飛躍
第18話 ツェペリア領が酷い件について
クソ豚王から「大義ー」をくらってから二ヶ月が経った。
俺はゴーレムを少しずつ作成していき、有事に備え始めている。
またアイガーク王国が攻めてくる恐れもゼロではないし、他にも戦いになるかもしれないからな。どこが相手とは言わないが。
ちなみに俺のゴーレム軍はライラス辺境伯の屋敷の庭に、埋めさせてもらっている。
俺の家の庭はとっくに満車? になってしまってるからな。まぁ地下だけだが。
近隣からゴーレム並んで怖いと苦情が出たので、仕方なく全て地面に潜らせたのだ。おかげでうちの庭の地中が酷いことになっとる。
なんで異世界に来てまで駐車スペースみたいな悩み持たないと駄目なんだろうな。
そんなこんなで屋敷と家を往復する毎日を過ごしていた。
そして今は夜、自宅でメイルと共に晩飯を食べていた。
テーブルにはパンや豆のスープが置かれている。ツェペリア領の実家と同じようなメニューだが、メイルの調理の腕のおかげで割と美味しい。
美味しいのだが……ほとんどこのメニューなんだよな。
「メイルー。肉が食べたい……」
「ダメです。坊ちゃまのお給料は少ないです、節約しないと」
「金貨百枚があるぞ?」
「あれはいざという時のためにとっておくです! 本当に必要と思ったときに使うです!」
「ところで今更だがいつまで坊ちゃま呼ばわりなんだ?」
「坊ちゃまが坊ちゃまじゃなくなったらです」
メイルがスープを飲みながら告げてくる。
坊ちゃまが坊ちゃまじゃなくなったら……禅問答みたいだなおい。
そんなことを考えていると玄関の扉からコンコンと音がする。来客のようだ。
「坊ちゃまは食べておいてください。出るです」
メイルは立ち上がるととてとてと扉の側に寄って、覗き口から誰が来たかを確認する。
夜間は危険だからな。うっかり扉を開いて強盗でしたは洒落にならない。
来訪者もメイルに気づいたのか声を出して来た。
「俺だよー。開けてくれー、俺だよー」
「メイル、庭に埋まってるゴーレムに命令してぶっ飛ばせ」
「いや待て!? 俺だってば!? お前の兄! ツェペリア家三男のスリーンだ!」
「坊ちゃま、スリーン様ですよ」
……ああ、三男の兄か。言われてみれば声が同じだな。
しかし何でツェペリア領にいるはずの兄が、こんなところにいるのだろうか。
「とりあえず入れてくれよ。クソみたいな伝言があるから」
すでに面倒クサい匂いがプンプンしているが、流石に三男の兄を追い返すのもな。
長男ならぶっ殺して二度と生きて帰さないが……あれ、どちらにしても別に帰しはしないなこれ。
メイルが扉の鍵を開けると、三男の兄が部屋に入って来た。
服や靴はかなりボロボロで髪なども薄汚れている。
「よおベギラ。それにメイルも元気か?」
「どうも。次男の兄といないのは新鮮ですね」
「おいおい、俺らいつでも一緒にいたわけじゃねーよ。まあいいか……にしても美味そうな物食ってるなぁ」
スリーンは俺達の食卓の飯を見て物凄く羨ましそうにしている。
「メイルのなら差し上げますです」
「まじか。あざす」
スリーンはメイルの皿をかっさらうと、パンをがつがつと貪ってスープを一気に飲み干した。
どれだけ腹が減っていたのだろうか……。
「ふぃー……二週間ぶりにまともな飯食った!」
「えぇ……」
「仕方ないだろ。この街に来るまでの馬車代だけで、渡された旅費が全部消えたどころか足りなかった。飯は得られなくて草食ってたりした」
「何でそんなことに」
「あー……うん。そうだな、とりあえずここに来た理由から話すわ。椅子借りるぞ」
スリーンは椅子に座ると俺の方をまじまじと見つめる。
そしてしばらくするとため息をついて。
「ツェペリア家当主ミクズからの命だ。ベギラ、お前の得た金貨百枚を全て実家に送れとさ」
「……はぁ? 色々とツッコミどころしかないのだけど?」
何で俺がゴミクズに命令されねばならないのか。更に言うなら当主ゴミクズってどういうことだよ。
俺の言葉を予想していたのか、スリーンは嫌そうな顔をしている。
「お前が出て行った後にミクズが発狂してな。親父に詰め寄ったんだよ、当主の座を渡さないならベギラを殺しに行くってな」
「返り討ちにしてやるので来いと言いたい」
「俺もそう思う。でも親父はこれ以上、お前に迷惑かけたくなかったんだよ。それにお前はよくてもその周囲が危険だと。それで当主がミクズになった」
「やはり領地を出る前に息の根を止めておくべきだったか……!」
罪人になったら困るからとやめておいたが、どうせ現状だと貴族になれないし損なかったかも……。
「それでミクズは、今まで育ててやったのだから今後稼いだ金は全て実家に送れと」
「嫌です」
「そりゃそうだ。俺も仕方なく伝えただけだからな。トゥーンの兄貴には悪いが、もう俺もツェペリア領に戻るつもりないし」
スリーン兄さんの考えは妥当と言わざるを得ない。
ゴミクズが当主の領地など戻る価値はない。
「それでな、ミクズが領主になってな。次男のトゥーン兄貴を殺そうとしたんだ」
「はぁ? いや意味わからない。別にトゥーン兄さんはゴミクズと対立してなかったはず」
あのゴミクズ、人を殺すしか能がないのかよ!?
いやよく考えたらそれもできてないな、あいつ無能じゃん。
「考えてみろ。もしミクズが死んだら次の領主は次男のトゥーン兄貴だ。つまり兄貴が領民と共に立ち上がられたら、ミクズからすれば困るだろ?」
「まあ確かに……?」
歴史でも弟を暗殺とか普通にあるからな……ただツェペリア領みたいな弱小領地でする必要ないとは思うが。
普通は権力争いの末にという流れだが、あの貧乏領地そこまでして欲しいか……?
スリーン兄さんも俺と同じ意見のようで、呆れたような表情を見せている。
「トゥーン兄貴はお前の師匠の屋敷に逃げてな。そこでミクズの舎弟共とゴーレムの内乱が勃発した。領民は石肉の争いと呼んでる」
「俺がいなくなってから数か月が濃すぎませんか?」
「それな。もちろんお前のゴーレム師匠は屋敷を襲って来た舎弟は撃退する。でもその後にゴーレムを動かさない、ミクズに追い打ちをかけないんだ。そのせいでいつまでも終わらない」
「あー…………」
俺の師匠が迎撃に徹している理由はいくつか思いつく。
ひとつめは人間実験体にはなるべく攻めて来て欲しいということ。他にはそもそもゴーレムは追撃とかには向かない。
ゴーレムの欠点は足の遅さなので、敵が逃げに徹すると追い付くのは無理。
敵が立ち向かってくれるか、逃げ場を完全にふさがないとダメなのだ。
「そんなわけで今のツェペリア領はやべーことになってんぞ、気をつけろよ。じゃあ俺はそろそろ行くわ、やることやったし」
そう言うとスリーン兄さんは椅子から立ち上がる。
「行くってどこに?」
「もう少し北にある工業街だ。俺は手先が器用だからそこで手に職つける」
「待ってください、スリーン様。話を聞いてたら旅費がないのです……坊ちゃま、ここは」
「よかったら貸しますよ。無利子出世払いで返してもらえれば」
スリーン兄さんさ、ゴミクズの伝言を俺に伝えに来たって言ってたけど。
実際は今のツェペリア領の状況を教えに来ただけだろ。
あの伝言を俺に話したところで答えなど決まっているし、スリーン兄さんも伝える意味はないと思ってる感じだ。
ましてや目的地までの旅費も足りてなかったのだ。普通に考えればゴミクズの伝言など無視する。
本来なら目的地に直行してもよかったのだ。
つまり俺にツェペリアの現状を伝えるために、わざわざ寄ってくれたのだ。
「いらんいらん、弟から金を借りたら兄の名がすたる。草食ってりゃ死なないし。それに弟にせびったらミクズと同じだ」
スリーン兄さんは手をヒラヒラさせながら、扉を開けて外に出て行く。
「今のツェペリア領はヤバイからな。お前ならゴーレムで何とかなるかもしれないが、関わるなら覚悟決めてやれよ? じゃあな」
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