第17話 もう王なんかに頼らない


 俺はライラス辺境伯と共に馬車でリテーナ街に帰還した後、そのまま自宅へと戻った。


 本来ならまだ昼なので屋敷に戻るべきだが、その前にどうしてもやることがあったからだ。


 そして俺はメイルに頭を下げている。


「すまん……! 騎士どころか褒美すらもらえなかった……! せっかくもっとよい暮らしをさせてやれるはずだったのに……!」


 メイルには俺の勝手でずっと家にいてもらっているのだ。すぐに出世するからと言って、俺が帰ってきたら出迎えて欲しいという我儘。


 本人は働きたいと言っているのをさせていないのだ。それであれだけ飲み会で騒いで期待させておいてその結果がこれだ。


 本当にメイルに合わせる顔がなく頭を上げられない。この家から出て行かれたらどうしよう……。


 すると俺の頭に柔らかい感触が当たった。視線を上げると彼女は俺を撫でてくれていた。


「よしよし……私はいいです。坊ちゃまのことです、何か落とし穴があると思ってたです。それよりも坊ちゃまこそ、あれだけ期待してこれだとすごく傷ついたですよね?」

「……メイルぅぅぅぅ!」

「次の機会に頑張るです。そもそも私は働かないで楽な暮らしをさせてもらってるのです」


 メイルはそうは言うが家事など全てやってもらってるし、何ならたまに屋敷の仕事も手伝ってくれている。


 ……彼女のためにも出世だ。絶対に出世しないと……!


 そう決意した後、ライラス辺境伯に呼び出されているので屋敷へと向かって行った。

 

 そして今は執務室で話し合っている。


「ベギラ。思ってること、全部言ってくださいー」

「いいんですか……?」

「はい。少しは口に出した方が楽になるでしょうー」


 ……俺は耐え切れずに全てを吐くことにした。


「こんなのあんまりです! 俺はゴーレムほぼ全部使って、アイガークの侵略者を撃退したのに! なのに王からたかが褒められただけなんて! メイルにも散々期待させて!」


 俺は我慢しきれずにライラス辺境伯に叫んでしまう。


 最低でも騎士になれるのは確定、準男爵や男爵への爵位授与だってあり得ると踏んでいたのだ!


 それが「大義ー」の一言で終わらされて! 許せるわけあるか!


「そうですよねー……貴方の働きならばどんなに最低でも騎士。普通なら準男爵が相応でしょう。正当な怒りです」

「しかもあの敵前逃亡野郎が褒美もらうなんて!」

「アレもあり得ないですー。本来ならば土地没収のはずですー」

「こんなのやってられません! 俺は何のために戦ったんですか!」


 俺は貴族になるために頑張って来た。


 そして敵国の侵略を防ぐほどの活躍をしたのに叙爵されない。これは俺にとって絶望的だ。


 本来ならば余裕で貴族にしてもらえるはずが、王がゴミなせいでお褒めの言葉なんてゴミのみだ。


 つまり今後どれだけ活躍しようが手柄をあげようが無駄。今の王位が続く限りは、俺が貴族になることは無理と言われているに等しい。


 ライラス辺境伯は大きくため息をついた。


「王は我がライラス領にー、今回の出兵の費用は全て負担するようにと言ってきましたー。しかも捕らえた敵の将は王家に引き渡せとー」

「は? いやあのそれって、出費だけ払って儲けは全部王家に渡せということでは……?」

「そうなんですー」


 王のあまりに意味不明過ぎる采配に対して絶句してしまう。


 いやあり得ないだろ。ライラス辺境伯は王国のために出兵したんだぞ!?


 当然ながら出兵には兵士の雇用代や兵糧など多額の金がかかる。それを全て自腹切らせるとか頭おかしい!


 挙句に唯一の戦利品である敵将はよこせと!? 身代金だけ王家がかっさらうと!? お前ら何様のつもりだ! 王様か畜生!


「い、いくら何でも……! こんな王の国なんて……」


 あまりの怒りに身を任せて、言ってはいけないことが口からもれそうになる。


 するとライラス辺境伯は、小さな可愛らしい人差し指を俺の口に立てた。


 物凄く顔が近い……! よい匂いもする……。


「しー。その先は言ってはいけませんよー? まだですねー、もう少し準備が必要なのでー。口に出した言葉は力を持ちかねませんー」


 ライラス辺境伯はニコリと、天使のような微笑を俺に向けてくる。


 だがその顔にはほんのりと影があるように見えた。


「……! ま、まさか……ライラス辺境伯は……!」

「ダメですよー。ですがこれだけは言っておきますー」


 ライラス辺境伯はコホンとかわいい咳払いをした後。


「私は国を憂いています、このままではいずれ腐り滅ぶ……。そうなる前に何とかしたいのです」


 白磁のように美しい手を、困ったように頬に充てるライラス辺境伯。


 見た目は十三やそこらの少女。だが今の彼女が持っている気品はとてもそんな若輩には見えない。


 あの歳と贅だけ食ったクソ豚王よりも、よほど高貴で気高い賢者だ。


「もう少しだけ待ってくださいー。決して悪いようにはしませんのでー、自暴自棄にならないでくださいー」

「……ははっ!」


 俺はライラス辺境伯に深々と頭を下げた。


 このお方ならばきっと俺を悪いようにはしない! あの腐れ王を断罪する機会も生まれるはずだ! 


 あんな奴らが国のトップになってたら汚職まみれどころの話ではない。


 なにせこのライラス領に支援をしない。それは守ってくれないと宣言しているのと同義だ。


 この領地の民たちは蹂躙されようがどうでもよいと言っているに等しい。


 そんな王に従ってられるか! ライラス領の民を守る大義のために、俺はゴーレムで暴れるんだ!


 あのクソ豚王とスクラップ男爵覚えていやがれ! この恨み絶対に晴らすからなぁ!






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「あーくそ、せっかく活躍したのに……」


 俺はトボトボと街の道を歩いていた。さっきライラス辺境伯に慰められてだいぶ楽になったが、それはそうとしてやはり落ち込む。


 ライラス辺境伯からもらった金貨百枚もあるので、とりあえず懐に余裕はあるのが救いだ。やはりあのお方は素晴らしいお人だ。


「どうしたの? そんな暗い顔して」


 声をかけられた方を見るとミレスが俺にいた。よく見るとここは彼女の店の近くの通りだ。


 知らない間に知っている場所に歩いていたようだ。


「それが……王宮で王から褒められた」

「よかったじゃない! それで何をもらったの? 察するに準男爵ではなくて騎士の位だったのかな? ちょっとけちだよねそれ」

「……何ももらえなかった」

「…………ひ、酷い。ほら元気出して! また美味しいお酒でも持ってきてあげるから」


 ミレスが必死に俺を励ましてくれる。


 俺好みの美少女がやってくれていることを考えると、気持ちが落ち着く……。


「ありがとう……ところでミレス、店は?」

「もう夕方だよ? 今日はもう店じまい。これから酒場で働きに行くんだ」

「えっ? 店の営業時間って朝から夕方だよな? 更に夜も?」


 ミレスの店が開いているのは、朝の8時くらいから夕方の5時くらい。暗くなり始めるまでに閉める。


 朝が少し早い理由は簡単だ。この世界では暗くなってから商店を開けていても客はほぼ来ない。なのでその分だけ早く開店するのだ。


 閉店が早いのは現代日本に比べて夜道は危険だからだ。欲しい物はその日の明るいうちか、もしくは次の日の朝に買う。


 基本的に夜に営業しているのは酒場とかくらいだろうな。それも割と早く閉めるイメージだが。


 ちなみにこの世界では魔法で造れる明るい照明などもあるので、夜でも明かり代などがあまりかからない。


 少し考えが逸れたな。ようはミレスは朝8時から夕方の5時まで働いた後、更に夜に酒場で働くということだ。


 更に言うなら店の準備などもあるから朝も8時より早いなたぶん……。


「あはは。前に確か話した気がするけど、お父さんの病気のためにお金がね」

「あー……そうだったな」


 ミレスの父親は大病を患っていて、治すのに金貨百枚もするポーションが必要なのだ。


 以前に果物屋のおばちゃんから聞いて、その後にミレスと仲良くなってから直接教えてもらったりもした。


「もうすぐ貯まりそうなんだ! ここが頑張り時かなって!」


 物凄くいい娘である、是非頑張って欲しい。


 ……いや待てよ? 俺ってライラス辺境伯から金貨百枚を報酬で受け取ったな?


 メイルのものでもあるが、彼女だってミレスのために使うなら文句を言わないだろう。


「なあミレス。実は俺、金貨百枚あってな? 何ならあげても……」

「ダメだよ。それしたらもう、友達じゃなくなっちゃう! 断固拒否!」


 ミレスは両手でバツ印をつくる。


 拒否されたなら仕方ない。俺のできることは応援くらいだな!


「頑張れ! また何か買いに行く!」

「ありがとう! 少しオマケするね!」

「助けるために買うのにオマケしたら意味ないだろ」

「あ、そうか。おっとそろそろ行かないと、じゃあね!」


 ミレスはあわただしく去っていく。


 ……彼女もすごく頑張っているのだ。俺も見習わなければな。


 もう国王のために何かするのは御免だが、ライラス辺境伯のために今後は働こう!  


 俺は決意を新たに自宅へと帰って!


「おろろろろろろろ」


 更なる成長のために魔ゲロを吐くのだった。



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