第11話 フィッシュタンクゴーレム


 俺は少しでも早く海に向かうため、大急ぎで出立の準備をしていた。


 魚を得るには港に出向くしかないからな。でもここから港は遠いから急がないと一ヵ月で戻ってこれない!


 特に帰り道はゴーレム徒歩だから、行きの時間は少しでも節約する必要があるので俺はミレスの商店に駆け込んだ。


「ミレス! ポーションをくれ! 安いのでいい!」

「はいはい。怪我用かな?」

「違う! 馬に飲ませて回復させつつ走らせる!」

「……えっ、馬にポーション飲ませるの!? いやまあどう使っても自由だし売るけど……」


 驚くミレスに金を渡してポーションを数本受け取る。


 この世界では馬にポーションを飲ませるという発想はない。馬鹿だと思う。


 ポーションの素材は基本的に薬草と水だけ。つまり草食の馬も(たぶん)食べられる。


 それにこの世界には回復魔法もあるのだが、馬を含めた動物にも効果があるのだ。なら回復魔法を込めたポーションだって効くだろ!


 馬は休ませながら走らせる常歩なみあしという移動で、時速5kmくらいのスピード。長距離の旅での走法で一日換算だと50kmくらい走れる。


 もちろん馬は時速5kmと言わずにもっとスピードを出せるが、そうすると体力が持たない。人だって長距離で全力疾走なんてせずに歩くだろう。


 なのでこの走法が最も一日ごとの距離を稼げる。


 だがここで思ったのだ。馬にポーション飲ませながら走らせれば、もっとスピード出しても体力持って長い距離を走れるはずと。


 こうして俺は街を出発して、馬にポーションを飲ませながら爆走させた。


 流石はライラス領! 領内はしっかりと街道があるので助かる!


「ひひん……」

「疲れたか、ポーションお代わりだ!」

「ひひん!」


 馬が疲れを見せ始めると止めて、ポーション飲ませてまた走らせる。


「ひひん……」

「ポーションだ、頑張ってくれ」

「ひひん!?!?」


 文字通り馬車馬の如き走らせ!


 これぞエナジードリンク走法、いやさドーピング走法だ! 馬が少し可哀そうだが理論上はポーションで回復させてるから無茶はさせてないはず……。


 でも罪悪感があるので街についたら美味しい飼い葉とか買ってやろう……。


 こうして本来なら馬で一週間かかる道を、なんと三日半ほどで駆け抜けた!


 いやこれまじやべぇ!? 本来一時間程度しか持たない走り方をずっと続けられる! 


 よし港に急ぐぞ! 帰りはゴーレムを歩いて連れ帰る必要があるから、全然スピードが出せないし!






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 私ことメーダー伯爵はライラス辺境伯の招待を受け、彼女の屋敷へと訪れた。


 彼女は小娘ごときとバカにはできない。もはや王家にも対抗しようかという権力を持った者だ。


 そうして屋敷の食堂に案内されて、出迎えの宴が行われていた。


「ほほう、これは美味ですな。流石はライラス辺境伯」


 豪華な家具などが整えられた部屋で、ライラス辺境伯と長机を挟んで座っている。


 もちろん机の上にも色とりどりの贅を尽くした料理が並べられていた。


 王宮で招かれた晩餐にも劣らぬ、いやこちらの方が香辛料などで少し高価かもしれない。


「お気に召したようで何よりですー。どんどん召し上がってください―。歓迎の食事ですのでー」


 一見すると和やかな食事風景。だがその陰では私と彼女は牽制しあっていた。


 権力を持つ者にとって晩餐の招待とは、己が力を見せつける絶好の機会。私はこれほどの逸品を用意できる力を持つ、と見せつける場にもなる。


 歓迎の食事とは名ばかりだ。実際、ライラス辺境伯は笑顔だが目がまったく笑っていない。


 部屋の家具や料理の価値を値踏みしているが……どれも素晴らしい物だ。


 ライラス辺境伯の力、もはや王家を越える時も近いやもしれない。


「やはりよい品ばかりですな、王宮で出されたものにも劣りません。流石はライラス辺境伯殿、もはやレーリア王にも並ぶのでは?」

「いえいえー。ですがこれだけではありませんよー? お出ししなさいー」


 ライラス辺境伯はテーブルに置いていた黄金の手鐘を鳴らす。


「失礼いたします」

「なっ!?」


 ノックの後に少年が食堂へと入って来て、思わず目を見開いて驚いてしまった。


 いや驚愕したのは少年にではない。後ろについてきた水のブロックで構成された三体のゴーレムを見てだ。


 そのゴーレムたちは異色に過ぎた。水で構成されていることもだが、なんと身体の中で魚が生きて泳いでいる。


 まるで人の身体をした海だ! こんなものがいったいどうなっている!?


「この内陸地で魚を出せば、鮮度に不安に思われることでしょう。ですのでこの生きた魚の中から好きな物をお選びください。料理人にすぐに調理させます」


 少年は深々と頭を下げる。


 な、なんとそんな……港の生け簀で魚を選ぶかのごときを内陸地でなどなんという傲慢か!?


 こんな贅沢の極めたような話、聞いたことがない!


 お、落ち着くのだ! このまま動揺していてはメーダ―伯爵家の名折れ!


 この晩餐は食うか食われるかだぞ!?


「……で、ではその魚を」


 ゴーレムに泳いでいる魚の中で、一般的に食べられている魚を指さす。


 いくつかの種類が泳いでいたりしたが、正直動揺していて……。


「こちらでよろしいですね? 承知しました」


 少年は再び頭を下げて、ゴーレムたちを引き連れて部屋を出て行った。


 凄まじく異質な風景を醸し出していた物体が消えることで、ようやく一息つくことができた。


「ご、ゴーレムにあのような使い方が……!?」


 ゴーレムたちが出て行って閉められた扉を、なおも茫然と見続けてしまう。


 そんな私の反応に対してライラス辺境伯はニコニコと愉快そうだ。


「ゴーレム魔法使いを何となく雇っていましてね。特に理由はなかったのですが、何かで役に立てばと。そうするとあのような使い道が」

「な、なんと……役に立つかも分からない魔法使いを、家で雇っていたのですか……!?」


 魔法使いを雇うのは高価だ。


 この世界において魔法使いとは、ひとりひとりが戦車にも位置するような者。


 当然ながら家で雇うとなればかなりの費用がかかる。


 もちろん伯爵家以上となればお抱えの魔法使いはいるが、役に立つかも分からぬ者にまで高い金は払う余裕はない。


 それをこともなくやってのけるライラス辺境伯……凄まじく恐ろしい存在だ。


 そうして魚を使った料理が運ばれてきて口に入れるが、やはりとれたての鮮度のよさ。


 海で食べる魚と全く遜色がない……これを内陸地で食べられるなど。


「……先ほどの言葉を撤回いたしましょう。もはやライラス辺境伯は、ともすれば王宮をも越える歓待でありましたと」


 食べた後の魚の骨をまじまじと見つめる。


「……このゴーレム、うまく利用すれば凄まじい利益をもたらせましょうな。我が家でもゴーレム魔法使いを雇いたいところですが……」

「いませんものねー、ゴーレム魔法使い。おそらく現状では私の子飼いの者と、後は隣領のご老体のみ」

「…………」


 私はもはや何も言い返せなかった。


 あのゴーレムを使うことにより、ライラス辺境伯は更なる発展を遂げることすらあり得る。


 もちろん国内の内陸地に魚を出荷できるメリットもある。


 だが……もし海に面していない他国に、このゴーレムごと魚を売れるならばいったいどれほどの莫大な利益をもたらすのか。


 もはや……もはやこの国の最有力者は、王家ではなく……目の前にいるこの小さな少女なのでは……。


「ところでー、少しご相談がありましてー。今の王家についてどう思われますかー? 私としてはー、ちょっとどうかと思うのでしてー」

「そ、それはどういうことでございましょうや!?」

「そこまで怯えなくてもー。あ、でもー」


 ライラス辺境伯殿のふわふわとした物言いと空気が、まるで化けの皮を剥がしたかのように消え去った。


「返答次第では今後の関係が大きく変わるので、そこだけご承知願えれば」



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本日二話目! 

三話目を投稿するか明日に回すかは状況次第です。


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