第13話 鬼の頭目ボクテン


 レジス達三人がシュテンと対峙している頃、単独でゴブリンを狩っていたハルトマンの目の前にボクテンが降り立った。

 敵の強さを瞬間的に感じ取ったハルトマンは、ボクテンの態勢が整う前に距離を詰めて斬撃を送る。だが、ハルトマンの剣はボクテンの『爪』に阻まれた。


 初撃が失敗したことを受けてハルトマンは一旦下がった。

 ボクテンの間合いはハルトマンより短い。逆に言えば、接近戦はボクテンに分があると踏んだためだ。


「なかなか鋭い剣だ。相当な使い手と見た」

「そりゃあどうも。俺の腕が分かった所で、警戒してゲートの向こうに退いてくれれば有難いんだが」

「そうはいかん。我らオウル族はこの地に新たな国を作ると決めた。貴様のような強敵は一刻も早く葬らねばならんのでな」

「やれやれ、移住希望なら正規の手続きを踏んでもらいたいもんだ」

「それは悪いことをした。詫びと言ってはなんだが、俺の全力で相手をしよう」


 言い終わるや、ボクテンがハルトマンに向かって疾走する。

 5mは離れているはずだが、まぶたを閉じて開く間にボクテンはハルトマンの目の前まで迫っていた。


「ぬうん!」


 ボクテンが左フックでハルトマンの腹を狙う。拳の先の爪はハルトマンの腹に食い込み、そのまま上半身を切り裂くに充分な威力を秘めている。だが、ハルトマンは爪の先を剣で弾き、フックの軌道を変えた。

 同時にボクテンの右ストレートがハルトマンの眼前に迫る。何とか左腕でボクテンの拳を弾いたハルトマンだったが、左の手首から先を持っていかれた。

 ボクテンの強襲を手傷を追いながらかわしたハルトマンは、一旦下がって剣を構え直した。


「ふぅ。こりゃあしんどいな」

「次は外さん」

「接近戦だと分が悪い。こっちもちょっとセコ技使わせてもらうか、なっ!」


 言い切ると同時にハルトマンが右手一本で剣を振る。ボクテンとハルトマンの距離は5mほど離れており、とても剣が届く間合いではないはずだ。

 だが、ハルトマンの斬撃は瞬間的に伸び、ボクテンの首筋に迫った。武器のイメージを瞬時に拡張し、間合いの外から攻撃する技だ。


 瞬間的に反応したボクテンが身を捻ってかわす。だが、手甲の隙間を突いたのか右手首の先が斬り飛ばされた。


「伸びる斬撃か。ますます厄介だな」

「アンタに密着されるとさすがに死ねそうだ。ちょっと離れて戦わせてもらうよ」

「攻撃が伸びるのはお前だけではないぞ」


 そう言ってボクテンが残っている左手でアッパーを繰り出すと、手甲の爪が光の斬撃に変化してハルトマンに迫った。

 ハルトマンは斬撃を剣で防いだが、その隙を突いてボクテンが再びハルトマンを自分の間合いに捉える。


 繰り出されたボクテンのハイキックをギリギリでかわしたハルトマンがもう一度距離を取った。

 その時、ハルトマンの視界の端にサラの姿が写った。


「今行くわ!」

「いや、サラは余所へ行ってくれ」

「でも……」

「コイツとサラじゃ相性が悪い。このオッサン、接近戦の強さは超一流だ」

「一人で大丈夫?」

「勝てるかは微妙だが、負けないでいることは出来るだろう。鬼人族は三人、こっちの隊員は二十人。先に使役獣を減らして数的優位を作ってくれ」

「……了解。死なないでね」


 念話での通信を終了した時、ハルトマンはボクテンが周囲の状況に神経質に目を配っていることに気がついた。

 その表情から、鬼人族は鬼人族であまり余裕が無いらしいと当たりをつけた。


「味方が気になるか?」

「族長としては、戦力を損なうのは避けたいのでな。早く貴様を葬って次のプライマー使いの所へ行かねばならん」

「奴隷の奪還にしちゃ、いやに陣容が厚いね。それとも、あっちで立場を失ったのかな?」


 ハルトマンの煽りに対してボクテンが明らかに苛立った様子を見せた。


 ――どうやら図星か


 アイシャも言っていたが、鬼人族も鬼人族で後ろに敵を抱えている。『ここに国を作る』という言葉から推測するなら、今回の侵攻は一族の建て直しが目的。

 この60日の間にで大きな戦いがあり、それに敗れた。その為、敗残兵を率いて新天地を目指したというのが実情だろう。

 要するに、敵は本国を落とされた落ち武者である可能性が高い。これだけの戦力を投入する理由も、それならば納得できる。残った全戦力を集中してこちらに避難所を作り、後日の逆襲を期するといったところか。


 そこまで考えが至った時、ハルトマンは己の役割をしっかりと認識した。

 この『族長』を足止めし、他の駒で残り少ない敵戦力を削る。敵の増援が無いならば、いずれ相手もジリ貧になっていくはずだ。


「おしゃべりで時間を稼がせるわけにはいかん。行くぞ!」


 再びボクテンがハルトマンに接近を試みた。




 ハルトマンの所を離れたサラは、もう一人の鬼人族ヘキテンの所へ向かった。

 ヘキテンは第二部隊が相手をしていたが、ヘキテンの攻撃を前に着実にダメージを受けているように見える。

 咄嗟にサラは短剣をヘキテンに投げたが、ヘキテンは冷静にサラの攻撃をかわして距離を取った。


 第二部隊の隊員が「サラ隊長!」と歓喜の声を上げる。


「援軍よ。サポートよろしく」

「了解!」

「それと、後方に通達して。『人型』は私達と第三部隊で抑える。第四・第五部隊、及びスナイパーは、使役獣を削りなさい」


 サラの言葉を受けて第二部隊の隊員が後方のスナイパーと連絡を取った。応答があったのか、その隊員がサラに叫ぶ。


「ハルトマン隊長は人型と一対一とのことですが、そちらへの援護は!?」

「要らないわ。彼は出来ないことは言わない人よ」

「で、ですが……」

「ハルトマン隊長はタルミナス最強の剣士よ。彼を信じなさい」

「は、はい!」


 ――なにしろ、彼はあのナリマサ様と唯一対等に渡り合えた剣士なのだから


 最後の言葉は口には出さなかったが、サラはそれだけハルトマンの腕と戦力分析を信頼している。ハルトマンが無用という以上、援護は無用のはずだ。


 サラは改めてヘキテンへ意識を集中した。

 敵は足甲を付けている以上、足技を主にしているのだろうと当たりをつける。


 すると、今まで距離を取っていたヘキテンが猛然とダッシュして飛び蹴りを放ってきた。サラが身を捻ってかわす。が、ヘキテンの体が回転してサラの視界の外から後ろ回し蹴りが襲い掛かった。

 咄嗟にシールドでガードしたが、サラはそのまま吹き飛ばされて路地の壁に突っ込んだ。


「私を前にしておしゃべりに興じるとは、随分と余裕だな」


 立ち上がったサラに目立ったダメージは無い。ヘキテンの方もしっかりガードされたことは理解している様子だ。

 まだお互いに実力を図っている段階といったところだ。


「それは御免なさい。こんなイイ男をどうやって口説こうかって話してたのよ」

「フン……減らず口を」


 それだけ言うと、再びヘキテンがサラに迫った。

 頭上から右足のかかと落としが空を切って地面に刺さる。と同時に右足を支点にして左足での前蹴りがサラの後ろの石壁を砕いた。


 サラは咄嗟に横に回避している。


 ヘキテンは地面に両手を付いて腰を支点に下半身全体をじり、逃げたサラを回転蹴りで追撃する。サラがたまらず短剣で足を払いのけると、その反対側からもう一本の足が違う角度を付けて襲って来た。

 サラの頬をかすめた蹴撃は、唸りをあげて地面に落ちる。その反動を利用してヘキテンが上体を起こした。

 攻撃から態勢の立て直しまで、流れるようにスムーズな連続攻撃だ。


「やるな、女」


 立ち上がったヘキテンの足には僅かな刀傷がついていた。乱戦の最中にサラが短剣で反撃した跡だ。

 とはいえ、こちらもかすり傷程度で有効打には程遠い。


「初見で私の連打をかわし、なおかつ反撃を試みるとは……。やはり相手を猿と侮っては痛い目を見そうだ」

「あら、お褒めに預かり光栄だわ。ついでに言うと、私の名は『女』じゃなくて『サラ』よ」

「サラか。覚えておこう。

 敵兵の早期殲滅を期して戦力を分けたのは失敗だったかもしれん。ここは一旦、お頭やシュテンと合流すべきだな」

「あら、こんなイイ男を簡単に逃がすと思って? もう少し私と遊んでいきなさいな」


 そう言うと、今度はサラから仕掛けた。

 素早い踏み込みでヘキテンの眼前に迫ると、右に跳ねながら左の短剣で首に一撃。ヘキテンが首をのけぞらせてかわした所へ切り返して右の短剣で太ももの辺りを斬りつける。

 ヘキテンは足を上げて足甲でガードし、周囲に甲高い音が響いた。


 続いてサラは右の短剣を軸にヘキテンの後ろに回り、地面に残っているヘキテンの片足を短剣で刈りに行った。

 飛び上がってサラの斬撃をかわしたヘキテンは、その勢いのまま空中で一回転してサラの頭上にオーバーヘッドキックを見舞う。だが、サラは頭上で両腕を交差させ、その上からシールドを張って防御した。


 空中で一瞬ヘキテンの動きが止まる。その隙を逃さず、第二部隊の隊員が銃弾をヘキテンに放った。


 ヘキテンは咄嗟に腕を使って銃弾を防御したが、そのおかげで腹が空いた。

 すかさずサラがヘキテンの腹部に蹴りを放つ。


「ぐはっ」


 愕然とするヘキテンの目に、さっきまでサラの両手に握られていたはずの短剣がサラの足先から生えている光景が飛び込んで来た。

 サラの足はヘキテンの腹部に刺さり、短剣の刃はヘキテンの腹を貫通して背中に飛び出していた。


 何とか身をよじって地面に倒れることを避けたヘキテンだったが、今の攻撃には明らかにダメージを受けた様子が見て取れる。

 銃弾を受けた腕はさほどでもないが、腹の傷からは大きく光が噴き出していた。


「私の前でよそ見をしちゃダメって言わなかった?」

「ぐっ……女ぁぁぁぁぁ!」


 腹の傷を塞ごうともせずにヘキテンがサラへ距離を詰める。

 一方のサラも短剣を両手に握り直し、ヘキテンに向かって行った。

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