第12話 鬼人シュテン襲来


 ゲートから出現した鬼人族の三人は、洞窟のあった岩山の上に降り立った。


 三人のうち、赤を基調とした衣装を身にまとい、両腕に手甲を付けた『シュテン』が額に手を当てて周辺を見回した。


「おお? なんじゃなんじゃ? 寂しい場所と聞いておったが、随分とにぎやかではないか」


 シュテンは胸の大きな女性の姿をしており、腹を露出させた姿は肉感的な踊り子を連想させた。

 シュテンの感嘆に隣の『ヘキテン』が応じる。


「先遣隊も全滅した。どうやら、待ち構えられていたようだな。相手は猿と侮り過ぎたか」


 ヘキテンは青を基調とした衣装を身にまとい、両足に足甲を付けていた。

 細身の男性の姿で、ピッチリとした衣装は優雅さすらも感じさせる。額の角と足甲さえなければ、どこかの国の王子と言われても納得しそうなほどだ。

 最後に言葉を発したのは『ボクテン』だ。


「プライマー使いも複数居るようだ。舐めてかかるなよ、シュテン」


 ボクテンの衣装は黒を基調としており、手甲と足甲に加えて巨大な爪のような武器を手に付けていた。

 筋骨たくましい男性の姿で、上半身は露出している。ちょうど西方の拳闘士のような出で立ちだ。


 ボクテンの言葉にシュテンが噛みつく。


「ふん。わらわが猿ごときに後れを取るわけがなかろう。先の負け戦で自信まで無くしたか」

「我らには後が無いということを忘れるな。今は少しでも使役獣を減らしたくない。プライマー使いを優先的にれ」

「言われんでも分かっておる」


 シュテンの言葉を合図にしたように、三人の鬼人族はそれぞれ岩山から移動を開始した。



 一方その頃――


 レジスは、目の前に迫ったサイクロプスの対応に追われていた。

 アイシャの言っていた通り、サイクロプスはオーガよりも一回り大きい巨体でありながら動きも素早く、レジスの弾丸もかわし、あるいはガードされてしまう。銃撃で隙を作ろうとするが、なかなか隙を作れずにいた。

 レジスがサイクロプスを足止めしている隙にアイシャが足を払いに行くが、片足を上げて難なくかわされた。その瞬間を狙ってガーミンが首筋に弾丸を撃ち込むが、相手が巨大すぎて一撃で仕留められない。


 サイクロプスの後ろからはゴブリンの集団が迫っており、グズグズしていれば取り囲まれて窮地に陥る。


 レジスに焦りが見えたその時、アメリアが援軍に現れた。


「何をグズグズしてんのよ! ザコ!」

「アメリア! こいつはオーガやゴブリンとは別物だ! 油断するな!」

「見りゃわかるわよ! アタシを誰だと思ってんの!」


 アメリアが現れたことでアイシャも一旦レジスの所まで下がった。


 アメリアが「んで、コイツの弱点はどこ?」と聞くと、アイシャが「弱点は目よ」と応じる。

 すぐにレジスが念話でガーミンにそれを伝えると、「オッケーオッケー。ほな隙作ってや」と返答が来た。

 情報共有が完了すると、アメリアが「私は右から、アンタは左から攻める。ザコは正面で気を引きなさい」と言った。


「お前が仕切るな!」


 とツッコミながらレジスがサイクロプスの頭部に銃弾を集めると、サイクロプスは目を守りながらレジスを踏みつぶそうと迫って来た。


 同時にアメリアとアイシャが走り出す。石壁を蹴って二人が跳躍すると、サイクロプスは一瞬戸惑ったように動きを止めたが、すぐにアメリアに向かって蹴りを繰り出した。


「アメリア!」


 思わずレジスが叫ぶが、アメリアは迫って来るサイクロプスの足を空中にシールドを作ってかわした。かわしざまに斬撃も入れている。同時にアイシャも反対側の足を深々と斬った。


 サイクロプスが態勢を崩して膝を着く。


 切り返したアイシャとアメリアは、サイクロプスの両肘を斬り飛ばした。ちょうどガラ空きになったサイクロプスの目にガーミンの弾丸が命中する。


 唸り声を上げて地面に倒れ伏したサイクロプスは、そのまま光の塵となって消えていった。


「ナイスぅ~ 自分ら息ピッタリやな」


 ガーミンの茶化す声にアメリアが抗議を入れる。だが、ゴブリンの群れがまだ残っているので悠長に話しているヒマは無い。

 レジスが次にゴブリンへ向けてマシンガンを構えた時、ちょうどゴブリンの群れに飛び込む人影が見えた。第一部隊長のサラだ。


 サラは光の双剣を振るいながら群れの中を風のように駆け、十匹以上は居たゴブリンを瞬時に光の塊に変えた。


 アイシャが再び目を見張る。ハルトマンと言い、サラと言い、タルミナスの戦士は鬼人族にも引けを取らないのではないかと思えた。

 少なくとも、今すぐビシニアの戦争に参加したとして、ハルトマンもサラもアメリアも充分な戦果を叩きだせる腕前を持っている。


「アメリア! ここは任せるわよ!」


 それだけ言い残すと、サラはどこかへ去って行った。まるで一陣の風のような動きだ。


「サラ様の命令だから、私がアンタ達をサポートしてあげるわ。さっさと次に行くわよ」

「だからお前が仕切るなって」


 アメリアとレジスの言い合いを楽しそうに見ていたアイシャだったが、突然真顔になって「二人とも! 危ない!」と叫んだ。アメリアとレジスも咄嗟に反応して後ろに飛び退る。

 その時、今まで三人が居た地点に上空からシュテンが飛び降りて来た。シュテンの飛来した地面は大きくへこみ、今の攻撃の破壊力をまざまざと見せつけた。


「おお? なんじゃ、ガキではないか」


 幾分かガッカリしたような顔でシュテンが立ち上がる。

 アイシャの言う通り、額の角以外は人間と同じ姿をした鬼人族だが、レジスはそのアストラ反応の大きさにぞっとした。

 今倒したサイクロプスなど比ではないほどのマグタイトエネルギーを感じる。身長は2mに近く、人としては巨躯と呼べる体格だ。にも拘わらず、その全身にはネコ科の生物を思わせるしなやかさと力強さを感じた。


「まあ、プライマー使いをれという命令じゃからな。ガキとはいえわらわに遭ったことを不運とあきらめぃ」


「何で……何で私一人の為に三人も来るのよ!」


 鬼人族を目の前にして、アイシャが取り乱した。これほどの戦力を投入して来るのは予想外だ。いかに戦える人間は貴重であるとはいえ、三人もの鬼人族を派遣する理由にはならないはずだ。

 だが、シュテンの返答はさらに想定外なものだった。


「ん? おお、お主はこの前逃げ出した戦奴か。心配せぬでも、こちらも今更お主なんぞに用は無いぞ。我らはこの『獣人界』に拠点を作りに来たのよ」

「なんですって!?」

「月の重なりを待ってチマチマと猿を攫うのにも飽きたのでな。ここに拠点を作れば、大量のマグタイトをいつでも好きなだけ調達できる。

 そういう訳で、邪魔なプライマー使いは先に殺しておかねばならん。悪く思うなよ」


 言い切ると同時にシュテンがレジスに向かって疾走し始める。

 レジスは足を狙って銃撃で応戦するが、悉くシュテンの手甲に弾丸を弾かれ、あっという間に目の前に迫られた。

 シュテンが左脇腹に強打を浴びせると、レジスはそのまま後ろに吹き飛ばされて路地の壁に突っ込んだ。

 レジスの腹部は大きく削られ、破損した箇所から大量のマグタイトが噴き出している。


「レジス!」


 思わずアメリアが叫んだ。

 アイシャは瞬間的にシュテンに反撃を繰り出していたが、クルリとバク転をしてアイシャの斬撃をかわしたシュテンは、そのまま一旦後ろに下がって距離を取った。


「カッカカカカ。プライマー使いとはいえ、所詮は猿よな。ボクテンの心配性にも困ったものじゃ」


 シュテンが勝ち誇ったような顔で宣言するが、レジスは立ち上がって銃を構え直した。レジスのドテッ腹に空いた傷には光の膜が張られ、戦闘体が破損個所の再構築を始めている。

 その様子を見てシュテンが満足そうに笑った。


「ほう。上出来上出来。一撃で死ななんだのは褒めてやらねばの。少しは楽しませてくれそうじゃ」


 腹の傷を抑えながらレジスがシュテンに問うた。


「待て! 何故お前たちはこちらの人間を攫う!

 例えマグタイトが必要だとしても、人を攫って行く必要は無いだろう? そちらの技術や知識と交換ならば、話し合うことも出来るはずだ!」


 レジスがアイシャの話を聞いて以来、ずっと考えていたことだ。こちらの世界ではマグタイトの活用法はほとんど無いに等しい。ゲートを開く技術すらも無いのだ。

 それらの知識と引き換えにある程度のマグタイトを供給するのならば、交渉の余地はあると思っていた。

 だが、レジスの声にシュテンは薄ら笑いで答えた。


「何故、我らが貴様ら猿に知恵を授けてやらねばならんのだ。貴様ら『猿人族』は大人しくマグタイトを提供し続ければ良いのよ」

「話し合う気はないのか!?」

「くどい!

 貴様らは牛や豚の命乞いに耳を貸すのか?

 食わないでくれと言われれば殺さずに知識を授けるのか?

 殺して食われぬだけでも有難いと――」


 その瞬間、ガーミンの狙撃がシュテンの頭部を捉えた。かに見えたが、シュテンは右手の手甲でガーミンの弾丸をガードしている。

 シュテンの顔から笑いが消え、真顔のままゆっくりと近くにある石を拾った。

 人の頭ほどもある大きな石だったが、シュテンは難なく拾い上げ、二、三度空中に放った後、城壁に向かって投げた。


 シュテンの投げた石はちょうどガーミンの居る辺りに命中し、城壁の一部がガラガラと崩れる。


「人の話を邪魔するでないわ。タワケが」


 シュテンはこともなげにやっているが、対オーガ用に強固に組まれた城壁を破壊する威力はもはや大砲並と言って差し支えない。

 驚異的な破壊力だった。


「ガーミンさん!」


 レジスが念話を飛ばすが、視線が切れたのか応答はない。あれでガーミンがやられたとは思えないが、少なくともレジス達の援護は難しいかもしれない。


「さて、ガキ共。妾ものんびりしている暇は無い。三人まとめて相手してやる」


 シュテンの言葉を合図にレジスが銃弾を発射する。同時に左右からアメリアとアイシャがシュテンに迫った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る