第11話 防衛戦
ハルトマンが広げた地図は現在の都市の地図ではなく、今後建物を整理した後の配置予定図となっていた。
城壁は石積みの強固な造りとなっているが、中の建物はほとんどが急造の小屋であり、ビシニアンに簡単に破壊されてしまうような代物だ。そのため、中の建物はほとんど撤去し、代わりに石壁で複数の路地を作る計画となっている。
そして、城壁の外側に階段を作る。
城壁の外側から階段で簡単に登れるため、城壁都市としては一見奇妙な構造となるが、内側から発生する侵略者に対応するという意味では、充分に城壁都市の役割を果たすはずだ。
「石壁の路地は袋小路にならないようにする。動きの素早いゴブリンは路地に誘い込んで包囲されるリスクを下げ、大型のオーガは城壁の上に陣取ったスナイパーが処理することを基本戦術とする」
ハルトマンがヌイヴィエムに視線を送ると、心得たとばかりにヌイヴィエムが頷く。こうした地形づくりは帝国軍の協力が無ければ不可能だ。
「第二隊は東側、第三隊は北側、第四隊は西側、第五隊は南側の城壁近くに陣取り、それぞれ出て来た敵に対処していく。各隊、戦闘が始まったらスナイパーは城壁の上に上げてくれ。
第一隊は動きが早い面子ばかりだから、各方面の戦況を見て敵戦力の大きい所へのフォローを頼む」
各隊の隊長が頷く。隊員のプライマーはそれぞれ固有のものであり、一つのリングで複数の武装機能は持てない仕組みになっている。
サラ率いる第一隊には射程武器持ちが居ない。だが、機動力と打撃力は全部隊の中でもトップであり、そうした遊撃的な動きはお手の物だ。
「帝国軍には、直接戦闘は避けて鉄砲による援護を頼む。路地に誘い込まれたゴブリンに対して銃撃を加え、敵の足を止めてもらいたい。
直接的なダメージはあまり期待できないと思うが、敵の足が止まればタルミナスの部隊が仕留めやすくなるはずだ」
ヌイヴィエムと帝国軍の指揮官が頷く。
だが、帝国軍隊長の一人から質問が出た。
「仮に接敵した場合は?」
「その時は全力で下がってくれ。間違っても剣や槍で応戦しようとは考えるな」
「我らの力を信じられぬ、と?」
「そうじゃない。今回の帝国軍の協力には心から感謝している。だが、今回の敵はあんた方が今まで戦って来た相手とは根本的に異なるものだ。
現場で対処しようとすれば、必ず無用の被害を招く。だから、逃げてくれ」
さらに何か言い募ろうとした隊長をヌイヴィエムが制した。
「ビシニアンとの戦闘に関しては彼らの方が専門家です。分を弁えなさい」
「は……失礼しました」
ハルトマンは改めて一座を見回し、質問が無いことを確認してから締めに入った。
「今回の敵は今までより大規模な物になると予想される。警戒要員以外は戦闘が始まるまで生身で過ごし、マグタイトの消費を抑えるようにと通達してくれ。以上だ」
その後もハルトマンは地形工事の進み具合を確認しながら何度か会議を行っていたが、その後の会議にレジス達が呼ばれることは無かった。
会議には呼ばれず、戦闘訓練は禁止され、レジス達にはやることが無くなった。
最初は出来たての町中をうろついていたが、やがてそれらも帝国軍に撤去されてしまった為に本格的に手持無沙汰な状態だ。
城壁付近の小屋はタルミナス隊員や帝国軍の詰め所として残されたものの、戦時体制を取っているため娯楽のたぐいはごくごく限られている。
ガーミンなどは「こんなに暇だと腕が鈍ってまうやんな」などと愚痴をこぼしていたが、本音は踊り子小屋が撤去された為に通う場所を無くしてしまっただけのことだ。
一方のアイシャは日毎に考え込むことが多くなってきている。それも浮かない顔をしていることが多く、時々ため息なども吐いている。
実戦を前にナーバスになっているのかとも思ったが、この中で一番実戦経験が豊富なのは他ならぬアイシャだ。レジスも心配になり、ある日、食事の時にアイシャにそのことを聞いた。
「どうしたの? 何か心配事?」
「あ……うん。ちょっと……」
アイシャの皿はほとんど手つかずの状態であり、スプーンを口に運ぶ手は進んでいない。こっちの食べ物に興味を示すアイシャらしくなかった。
「まあ、こう軍用食ばかりだとさすがに飽きて来るよね」
レジスが敢えて明るく話す。ここ数日、米とスープ以外は保存食という日が続いている。城壁の門はほぼ閉鎖されており、城壁内部は一種の隔離空間となっている為だ。
当然、新鮮な肉や魚、野菜などは望むべくもない。
「そろそろ、だね」
「うん……」
「大丈夫だよ。これだけの布陣で当たるんだ。隊長達もしっかり作戦を練ってくれているし、何も心配ないよ」
「……私、本当に
「何で?」
「これだけたくさんの人が戦いに備えている。このうちの何人かは死んでしまうかもしれない。もしかしたら、何人かでは済まないかもしれない。
私がこっちの世界に逃げて来なければ、私が助けを求めなければ、こんなに沢山の人に迷惑を掛けることも無かった。
レジスも、ガーミンさんも、隊長にも沢山迷惑かけて助けてもらった。
でも、本当にそれが正しい選択だったのかなって……」
レジスは少し笑って言った。
「そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって……私にとっては――」
「どのみち一緒だよ」
「……?」
「アイシャがこちらに来ようと来るまいと、ビシニアから敵が攻めてくるのは変わらない。目的はアイシャの奪還か、住民の誘拐か、その違いだけだ。
むしろ、今までほとんど何も分からなかったビシニアンの正体が、少しづつでも分かって来たんだ。それだけでもアイシャが来てくれた意味はある。
ヌイヴィエムさんも言ってたんだ。
『たとえ相手が何者だろうと、この国を侵す者を排除するのが使命だ』って。
今はもう、君一人を守るためだけじゃない。ビシニアンからこの国を守るために、僕達自身の為に戦うんだ。
だから、アイシャもそれに力を貸してほしい」
少しクサい台詞だったかなと内心恥ずかしくなったが、アイシャの表情が緩んだのを見ただけでもレジス言って良かったと思った。
「……うん。ありがとう」
アイシャに少し元気が戻った様子を見て、レジスも少し安心した。
戦場での迷いは命取りになる。後悔や反省は戦いが終わってからいくらでもすればいい。今は目の前に迫った戦いに集中して欲しかった。
アイシャもスプーンを取り上げ、スープの中の肉を頬張る。
お湯で戻した干し肉は独特のクセがあり、不味くはないがさして美味い物でもない。だが、アイシャはそれを心から美味そうに食べた。
レジスもスプーンを持ってご飯を口に運ぶ。
その時、詰め所のドアが勢いよく開かれた。
「敵襲! 敵襲だ! 本当に洞窟からバケモノが出て来たぞ!」
伝令の帝国兵が駆け込んでくる。
その声を聞いた瞬間、レジスとアイシャは右手に指輪をはめながら駆け出していた。
レジス達が外に出ると、すぐにあちこちから帝国兵の発砲音が聞こえた。
すでに周囲は騒然となっている。
「ガーミンさん!」
「はいはい~」
レジスが叫ぶのと同時に、戦闘体に換装したガーミンが詰め所の屋根に飛び乗り、そこから途中途中に設置された足場を飛び移ってあっという間に城壁の上に到達した。
城壁の上でガーミンは狙撃銃を出現させ、スコープを覗いてオーガの数を確認する。
「いち、に、さん、し、ご。五体やな。オーガ1にゴブリン5ってことは、ゴブリンは25ってカンジか。こっちには二隊来てるで」
ガーミンの声が頭の中に響く。戦闘体同士ならば、マグタイトを介して意識の一部を飛ばせる。効果範囲は視線の届く範囲であり、視線が遮られると念話は出来ない。そのため、高い所に陣取って全体の戦況を現場に伝えるのもスナイパーの役目の一つだ。
「正面やや右。急がんと兵隊さん達がやられるぞ」
「了解!」
ガーミンの指示でレジスとアイシャは石壁の上を移動し始めた。途中でハルトマンも合流する。やがてゴブリンの一団が唸り声を上げて帝国兵に飛び掛かろうとしている現場に到着した。
レジスはマシンガンを出現させ、一番近いゴブリンに弾丸を叩き込んだ。片腕を撃ち抜かれたゴブリンは、傷口から光を噴出しながら下がった。
「ここは俺がやる。お前らはもう一つの群れをやれ」
言い捨てるとハルトマンが剣を出現させて帝国兵の前に降り立った。
慌てていた帝国兵達はハルトマンの出現に安堵し、一旦下がって陣形を整え始めている。
だが、再び帝国兵が発砲する前に事は終わっていた。
ハルトマンがゴブリンの群れに飛び込むと、一振りごとに一匹のゴブリンの首が宙に飛んだ。反撃の爪を繰り出す暇すらも無い早業だ。
「強い……」
遠目で見ていたアイシャが感嘆の声を上げた。ハルトマンの剣技はアイシャの剣技に勝るとも劣らない。いや、最小限の動きで仕留めているあたり、剣の腕はアイシャよりも上かもしれない。
「アイシャ! ぼーっとするな! こっちからも来るぞ!」
レジスの声でアイシャが意識を戻すと、レジスとアイシャの正面からはオーガ付きのゴブリンが迫っていた。
レジスは路地に降りてゴブリンを迎撃した。銃撃に驚いたゴブリンが一旦下がって距離を取る。
「ゴブリンを!」
言いながらレジスがさらにゴブリンに銃撃を浴びせる。アイシャはその横から壁際を走り、一番端に居たゴブリンの首を刈った。
隣のゴブリンがアイシャに反撃を加えようとするが、横を向いたゴブリンの側面からレジスの銃弾が刺さる。
ゴブリン二匹を倒した時点でオーガが到着し、アイシャの居る場所に拳を叩き込む。だが、オーガの拳が届く前にアイシャは石壁の上に飛び乗っていた。
アイシャがオーガに反撃しようと視線を上げた瞬間、遠くから弾丸が飛来し、オーガのこめかみを撃ち抜いた。
「だーいじょうぶやで。デカブツは俺に任せて、アイシャちゃんは細かいのを頼むわ」
アイシャの脳内にガーミンの声が響く。
アイシャが再び視線を下げると、残った三匹のゴブリンはレジスの銃撃で身動きが取れないでいた。
アイシャが再び石壁を蹴り、一番後ろに陣取っていたゴブリンの首を刈る。そのままの切り返しでもう一匹のゴブリンの胴を薙いだ。
驚いたゴブリンが振り向くと、その背中にレジスの弾丸が命中する。
後ろで鉄砲を構えていた帝国兵達もアイシャとレジスの連携攻撃に驚き、また感嘆の声を上げていた。
レジスは手に持ったマシンガンを消し、石壁の上に飛び乗って周辺の戦況を見回した。各方面に散ったはずのオーガも既に姿を消している。それぞれの方面を担当した部隊がキッチリ仕事をしたのだろう。
「これで終わりか? 呆気なかったな」
レジスが拍子抜けしたように言った。もっとも、これだけの作戦を立てて臨んだ戦いはレジスにとっても初めてだ。戦術も練ってあったし、対策をしっかりすれば意外とこんなものかもしれないと思った。
だが、そんなレジスを嘲笑うかのように、中心部の岩山の上に再び巨大な黒いゲートが出現した。
「……来る!」
アイシャが呟くのと同時に、いくつもの巨大な一つ目の鬼が出現する。オーガやゴブリンは数えるのも面倒なほどだ。
「こんなに……あり得ないわ!」
アイシャの悲鳴に似た叫び声が上がった。事前に想定していた敵の数倍の規模だ。
だが、それだけで終わりでは無かった。
「なんだ!? どデカいアストラ反応!?」
「……帝国兵を下がらせて」
「なんだって?」
「鬼人族が来たわ。それも、三人も……」
アイシャが再び悲痛な声を上げた。
驚くレジスの目に、三人の『鬼人族』の姿が飛び込んで来た。
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