第10話 怒涛の帝国軍


 買い出しから戻ったレジスを見て、ハルトマン達三人は驚きを隠せなかった。

 食料の買い出しに行ったと思ったら、帝国兵の一団を引き連れて戻って来たのだから当然だろう。


 一方のレジスは、ハルトマンの怒りを想像して気が気ではなかった。


 タルミナスは決して裏の活動を秘匿しているわけではないが、ローグ教団の件もあり、余計な誤解を生まないように関係者以外には口外しないことが不文律となっている。

 今回レジスはその不文律を破って帝国軍の中枢に話を打ち明けてしまった。いかに誤解を解くためだったとはいえ、そのことを責められれば言い訳のしようも無い。


 だが、ハルトマンは思いのほか冷静であり、事の仔細を話したところ「ま、仕方ないな」とあっさり納得してくれた。

 緊張していた分だけ、レジスの安堵も大きくなった。


 続いて、レジスに同行していたヌイヴィエムがハルトマンの前に進み出る。


「初めまして。アドラス帝国軍総参謀長のヌイヴィエムです。あなたがこの隊のリーダーということで良いかしら?」

「ああ、ハルトマンだ。この隊を率いている」


 ある種横柄とも取れるハルトマンの物言いに周囲の帝国兵が色めきだったが、当のヌイヴィエム自身がそれを制止した。

 ハルトマンを専門家として尊重する姿勢であり、どうやら本当にレジスの話を信じてくれている様子だ。


 ヌイヴィエムがハルトマン、ガーミン、アイシャの順に視線を移す。

 アイシャの顔を見た時だけ珍しいオッドアイに驚いたのかピクリと反応した。だが、それも一瞬のことでヌイヴィエムはすぐにハルトマンに向き直った。


「あらましはあなたの部下から聞きました。ここが次に敵が現れる地点というわけですね?」

「確定というわけじゃない。ただ、ここが一番怪しいというだけだ」

「根拠があるのならば、それで充分です。迎撃作戦の概要を教えて頂けますね」

「お断りだな。素人が手に負える相手じゃない」


 ハルトマンの対応が気に障ったのか、ヌイヴィエムにも苛立ちが見えた。傍で見ているレジスにしてみれば気が気ではない。

 相手は隠れも無い帝国軍のナンバー2なのだ。ヌヴィエムの機嫌を取れとは言わないが、あまりに邪険な対応をして帝国軍との関係がこじれることは避けたい。

 仮にも傭兵ギルドなのだから、帝国軍からの依頼で動くこともある。帝国軍に睨まれて良いことなど何もないのだ。


 さすがに見兼ねたのか、ガーミンが間に割って入った。


「まあまあ、隊長。先方も厚意で言うてくれてはるんですし。素人さんにも分かるように状況を説明してあげるくらいはええやないですか」


 ヌイヴィエムがピクリと反応する。


「知るか。まだ迎撃作戦の概要を煮詰めたわけじゃなし、敵戦力の予想にしても確たる物は何もないんだ。現時点でこれ以上言える事なんかないだろうよ」


 ヌイヴィエムの表情が少し緩んだ。


「そらまあ、俺らだってどこに陣取ったらやりやすいかな~ぐらいを確認している程度ですけど、そんなこと素人さんに分かるわけないやないですかぁ」


 もう一度ヌイヴィエムの片眉がピクリと上がった。


「馬鹿を言え。仮にも帝国軍を率いる総参謀長殿だぞ。そのくらい察する能力はあるはずだ」


 ヌイヴィエムの拳に青筋が浮かんでいる気がする……。


「そうは言っても……」


「もう結構!!」


 突然のヌイヴィエムの怒声にハルトマンとガーミンがピタリと会話を止めた。

 ガーミンはフォローに入ったのかバカにしに入ったのか微妙な所だが、ともかくも二人の息の合った掛け合いでヌイヴィエムを完全に怒らせてしまった。


「まだ作戦概要すらも出来上がってないということはよーく理解できました。では、これから我々が独自に作戦を展開しても問題ないということですね?」

「いや、勝手されるのは困るな。まあ、いて言えば、この山を城壁で囲ってくれりゃあ、周辺の被害は抑えられるんじゃないか?

 そんなことが可能ならば、の話だが」


 ハルトマンは揶揄するようにそう言ったが、ヌイヴィエムはハルトマンをキッと睨みつけると、後ろに控える側近達に宣言した。


「全軍、只今よりこの山を要塞化します! 期限は30日! ただちに作業に入りなさい!」


 ヌイヴィエムの号令一下、側近の帝国兵らが一斉に動き始めた。

 ヌイヴィエムは本気でこの山を一か月以内に要塞に仕立て上げるつもりらしい。これにはさすがのハルトマンも慌てた。


「お、おい。本気でやるつもりか?」


 ヌイヴィエムが再びハルトマンを睨みつける。今回は何故かレジスも一緒に睨まれた。


「私達は戦争の専門家です。必要ならば一か月で築城するくらい訳ないわ。あなた方の言う『素人』の力がいかほどのものか、とくと見ていなさい!」


 言い捨てるとヌイヴィエムも馬に跨って山を駆け下った。


 翌日には周辺の山々から一斉に木を伐る音が響き始め、辺りは一時騒然となった。

 周囲に生息していた動物は蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、代わりに続々と人と資材が送られてくる。

 その翌日にはポツリポツリと行商人の姿が見え始め、さらに翌日にはディエトや近隣の町から食い物や酒を満載にした荷馬車が到着して屋台街ができ始めた。

 数日経つと地形の整備が始まり、それと時期を合わせるようにファランや近隣の中都市から遊女屋が集まり始めた。

 そして、一週間が経つ頃には大都市から資材を持ってきて本格的に店を出す者が現れ、元々ローグ教徒がひっそりと隠れ住んでいた岩場周辺は、もはや町と言って差し支えないほどに人と小屋でごった返すようになっていた。

 周囲を見回せば、既に城壁を組む為の足場が立ち始めており、一か月で城壁どころか城塞都市そのものが完成しそうな勢いだ。


 煽ったハルトマンにもさすがに言葉が無い。

 これほどの大工事を渋滞させずに取り仕切るヌイヴィエムと帝国軍の実力を認めざるを得ない。順調すぎるくらいに順調に進む築城工事の様子を見て、「コレ、後でウチに請求来ないだろうな」とポツリと呟くのが精一杯だった。


 岩場の調査開始から三週間が経った頃には、既に地形条件など有って無きが如しとなってしまった。今後は迎撃作戦の概要を詰めていかねばならない。

 無論、作戦会議にはヌイヴィエムも呼ぶ必要があるだろう。地形を作っているのは帝国軍なのだから、今後の整備計画を踏まえておく必要がある。

 また、帝国軍本体や軍が駆り集めた人足はともかくとして、人足や兵を目当てに商売している者達は強制的に退去させねばならない。既に食い物屋の屋台や踊り子の小屋などが活況を呈してしまっている現状では、それにも帝国軍の力を借りる必要があった。


 そして、第一回目の作戦会議が始まった。


 会議にはタルミナスの全五部隊の隊長に加え、アイシャとレジス、ガーミンも呼ばれた。今回の作戦の中心がアイシャである以上、全体の作戦指揮は第三部隊が中心となって行うようにというギルドマスターの指示によるものだ。


 ハルトマンの第一声はアイシャに向けられた。


「まずは、敵戦力の把握が最重要だ。追手の情報を可能な限り教えてくれ」

「私の居た氏族では、ゴブリン五匹にオーガ一匹が一つの隊でした。

 オーガは攻城用使役獣で、城門や建物の破壊が主な役割です。ゴブリンは主力の使役獣ですが、数で押すのが基本戦術ですので、一匹一匹はそれほど脅威にならないはずです。

 問題は、一つ目鬼サイクロプスが出て来た場合です。

 サイクロプスはオーガの破壊力とゴブリンの敏捷性を併せ持ちます。他の使役獣と連携されると厄介な相手になります」


「ふむ。一つ目は二人以上でかかった方がいいということだな」


「ですが、出て来たとしても二~三体程度でしょう」


「何故だ?」


「サイクロプスを生成するには大量のマグタイトを消費するんです。そう何体もこちらに回すほどの余裕は無いはずです」


「……ふむ。他に注意点はあるか?」


「万に一つ『鬼人族』が出て来た時は、帝国兵の方々には下がってもらった方が良いかもしれません。一対一では、私も勝てる確証はありません。

 彼らは拳と脚を武器として使いますが、その威力はオーガとは比べ物にならないくらい強力です」

「鬼人族ね……。中々に厄介そうだ。だが、その口ぶりだと鬼人族とやらが来る可能性は高くないということか?」

「はい。一族は使役獣と違い、人間ですから」

「替えが効かない貴重な戦力というわけか」

「その通りです。戦奴一人の為に一族を派遣する理由は、無いと思います」


 ハルトマンとアイシャの会話に全員が耳を傾ける中、ヌイヴィエムがアイシャに質問を発した。


「ちょっといいですか? あなたの話から推測すると、ビシニアという異世界には複数の『氏族』とやらが存在する、と理解していいのでしょうか?」


「はい。私が知る限りでも、六つの氏族が戦争を繰り返しています」


「それで、あなたを追って来るのはそのうちの一つという訳ね?」


「その通りです。私が最初に居た『キズミ族』は既に滅ぼされています。私はそのキズミ族を滅ぼした『オウル族』の元から逃げてきました」


「つまりは、相手は我々だけでなく後ろにも敵を抱えている、ということですね」


「そう理解して頂いて構いません」


 ヌイヴィエムの質問が終わり、他の質問も無かったので、次にハルトマンが地図を広げた。


「それじゃあ、次は各員の配置と役割分担についてだ」

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