第9話 アドラス帝国軍
屯所に着くと、早速に尋問が始まった。
尋問と言っても傍らに拷問用の器具などがあるわけではない。担当した兵の物腰も丁寧であり、思ったよりも荒事の気配は無さそうで少し安心した。
出された質問は「何の目的でここに来ていたのか」「ギルドとして公式に動いているのか」「山に入って何をしていたのか」などの通り一遍な質問だ。
とはいえ、馬鹿正直に答える訳にはいかない。
目的は商隊護衛任務の為の現地調査であり、特に野盗の襲撃が予想されるポイントの洗い出しやその対策などを行っているということにした。
「傭兵ギルドがそこまでするのか?」
「大事な上得意ですから」
そう言って誤魔化す。一応の筋は通っているはずだ。
レジスは一瞬本当のことを言ってみたい衝動にもかられたが、そもそも『異世界から襲って来る怪物を迎撃する為の下調べ』などと言っても信じてもらえないだろう。
狂人か大ぼら吹きと思われるのがオチだ。
もっとも、数日前にこの町に現れたゴブリンやオーガについては言い訳に苦労した。
何しろ目撃者が多数居るし、レジスがそれらに応戦したことは事実なのだ。
だが、時刻が薄暮の頃であったことは幸いだった。
「件のモンスターとやらは、一体何者だ?」
「僕にもよくわかりません。暗かったので良く見えなかったんですが、人間の動きじゃありませんでした。多分、獣か何かだと思います」
住民の目撃証言と食い違う部分は当然あるだろうが、尋問官が『常識的な範囲』で考えれば、『襲われた恐怖で獣をモンスターと見間違った』程度の理解にならざるを得ない。
まして当事者であるレジスがそう言っているのだから、帝都への報告は『夕暮れのことで獣をモンスターと誤認した』という報告になるだろう。
尋問官の顔に納得の色が浮かんだことで、レジスも内心安堵した。この件はこれで落着となるはずだ。
だが、後から入室してきた係官が尋問官に何か耳打ちすると、「場所を変える」と言ってレジスを室外へ連れ出した。
尋問官の目には今までよりも緊張の色が強く出ている。何か尋常ではないことが起こった証拠だ。
一旦は安心したレジスだが、急に不安が増大した。
やがて別室に通されると、先ほどよりも大きめの机の前に座らされた。向かい側には身分の高そうな女性が座っている。目が見えているのかどうかも分からないほどの細目の女性だ。
階級章などを見る限り、帝国軍の中でもトップクラスのエリートだろうと想像した。
「初めまして。私の名はヌイヴィエム。アドラス帝国軍総参謀長を務めています」
レジスは腹の中で思わず唸った。
総参謀長と言えば、皇帝ハリスに次ぐ帝国軍のナンバー2だ。決してこのような辺境に訪れるような人物ではない。つまり、帝国軍は今回の騒動を『ただの獣の襲撃』とは捉えていないということになる。
内心の緊張を押し殺し、レジスは改めて名乗った。
「レジス・ジーベックです。傭兵ギルド『タルミナス』に所属しています」
「改めて、先日あなたが撃退したという『モンスター』について聞かせていただけますか?」
「先ほどの方にも申し上げましたが、恐らく獣か何かをモンスターと見間違えただけだと思いますよ。僕が必死で石を投げていたら退散したので」
ヌイヴィエムはレジスの目をじっと見つめた。
まぶたに隠れて目が見えないので、その感情は読み辛い。だが、少なくとも今のレジスの言葉を信じていないことだけは理解できた。
「これを見て頂戴」
ヌイヴィエムの指示で机の上に地図が広げられる。この周辺の地図だ。
地図の上にはいくつかまとまった書き込みがあり、それらが赤のインクで〇と×に塗り分けられている。
「これはこの周辺の開拓村の分布図です。あなたたち、ブオン村の村長には『近くに野盗の拠点がある』と言ったそうね」
最初にアイシャと出会った日のことだろう。
結局野盗は見つからなかったということにしておいたが、何か不審な点があっただろうか。あるいは、何か別の情報を得たのかもしれないと思い、レジスは「ええ、まあ。結局空振りでしたけど」と慎重に答えた。
「野盗かどうかはともかく、少なくともこの周辺で何者かが複数の開拓村を襲ったのは確かなのよ。この地図の×印は襲撃を受けた村よ。ほとんどの建物が破壊されていた痕跡があったわ」
レジスは二日前にガーミンと見た村落を思い出した。廃村だと思っていたが、あれはつい最近人が居なくなったのだと理解した。
平静を装ってはいるが、腹の中では「不味いことになった」と思った。
「不可解なことに、それだけの被害を受けたにも拘わらず死体は一つとしてなかった。……血痕すらもね。
こんな真似は野盗如きに出来ることじゃない。それこそ数千人規模の軍勢を動員しなければ不可能よ」
レジスは改めて地図に目を落とした。
恐らく被害を受けた村はゴブリンによって住民が連れ去られたのであろう。十ある村の内、無事だったのはブオン村を含めてほんの三ヵ所だ。
そして、ブオン村は開拓村の中でも中心近くに位置している。その他の二か村は地図の外れにあり、距離的に被害を免れた物と思われた。
「念のため、周辺の森や山は一通りの調査をさせたわ。結果は何も無し。野盗のやの字すらも見つけられなかった。大規模な軍勢が駐屯していた痕跡も、人が活動していた跡すらも」
レジスの頬を冷や汗が伝った。
「見ての通り、あなた方が『野盗』を探しに行った村だけが生き残っている。まるでそこだけ何者かが襲撃を避けでもしたかのように、ね」
ヌイヴィエムが一つため息を吐いた。
レジスは言い逃れが難しくなったことを痛感した。ヌイヴィエムでなくとも、この地図を見ればブオン村に何かがあったと考えるのは当然だ。そして、ちょうどその時ブオン村に滞在していた『傭兵ギルド』。
レジスは周囲の壁が少しづつ迫って来る感覚に襲われた。
「あなたは『何か』を隠している。私はそう確信しています。
一体あの夜、『何が』あったのか……話していただけますね?」
正面に座るヌイヴィエムからは威圧感に近い迫力を感じる。悪いことに、既にタルミナスの名は知られてしまっている。ここでシラを切り通せたとしても、ギルド本部に調査の手が入ることは疑いようが無い。
相手が『軍勢』という言葉を出して来ている以上、帝国に対する反乱か何かを想定しているのだろう。下手をすると、タルミナスが帝国に反乱を企てていると受け取られかねない。
心臓の鼓動が早くなる。こんな時はどう答えるのが正解なのか、必死に頭の中を探してみるが、適切な回答はどの引き出しにも入っていない。
心音が耳の中にこだまする。どう答えればいいのか、それだけが頭の中をグルグルと回った。
「あなたはまだ若い。恐らく首謀者は別に居るはず。
さ、話して頂戴」
もはや疑いは無かった。
ヌイヴィエムは先日の襲撃を反乱軍の仕業と考えているのだ。そして、レジスがその手引きをした、と。
このままでは、自分のみならずイルミナス自体が反乱の首謀者とされてしまいそうな形勢だ。
レジスの沈黙を逡巡と受け取ったのか、ヌイヴィエムが一転して優しい口調に変わった。
「本当のことを言えば、あなたやあなたの仲間は罪に問わないと約束します。必要なのは首謀者の首だけ。それだけあれば、後のことは総参謀長たる私の責任において便宜を図りましょう」
「は、反乱なんかじゃない!」
思わず声を荒げてしまった。
ヌイヴィエムはレジスから情報を聞き出せると確信したのか、態度に少し余裕が出てきている。もはや、本当のことを話すしかないと覚悟を決めた。
「その……貴女が想像しているようなことではありません」
「だったら、どういう事情なのか、詳しく話していただけますね」
一つ深呼吸をすると、レジスはビシニアンについて知っていることを話した。
魂のエネルギー『マグタイト』
異界からの侵略者『ビシニアン』
彼らはマグタイトを得るために人を攫ってゆくこと
それらの村の住民は、異界へ連れ去られた可能性が高いこと
全てを話し終えた時、長い沈黙が訪れた。
やがて、ヌイヴィエムがポツリと呟く。
「……とても信じられないわ」
ヌイヴィエムの第一声は、レジスが予想した通りの物だった。自分だって現実にこの目にしていなければ信じられなかっただろう。
ただの苦しい言い逃れと判断されれば、自分は拘束され、タルミナスに調査が入る。
理由は何でもいい。帝国に対する反乱を企てた可能性があると総参謀長が言えば、それは充分な根拠になり得る。
幸い見張りの兵は三名ほどだ。今すぐにここを脱出してハルトマン達と合流し、すぐに本部に戻れば……。
レジスが戦闘体に換装しようとした瞬間、ヌイヴィエムが予想外の言葉を発した。
「でも、あなたの言うことが本当だとすれば、全ての辻褄が合うのも事実ね」
レジスは驚いて顔を上げた。
「反乱ではないと信じてもらえるのですか?」
「あまり私を舐めないで頂戴。
ただの反乱なら、どれだけ隠しても必ず兆候が表れるものよ。特に近隣の町には必ず補給場所が置かれる。
例えば、ここディエトの町、とかにね。
でも、この町をいくら調査してもそれらしいものは何一つ出てこない。出てくるものといえば、モンスターの襲撃から町を守った英雄的な傭兵の話ばかり……。
だから、あなたに話を聞きたかったのよ」
レジスの全身から力が抜ける。
帝国軍に追われる身となれば、タルミナスはこれ以上の活動を続けられない。アイシャをビシニアの追手から守るどころではなくなる。そうならずに済んだだけでも大いに安堵した。
「で、あなたはその襲撃者が出現する地点をある程度絞り込んだ。間違いないわね?」
「何故……それを?」
「もう一度言うわ。あまり私を舐めないで頂戴。
今もあなたがこの地で活動しているということは、異界からの侵略に『次』があり、それは『この近辺』で起こるということでなくて?」
レジスは心の中で舌を巻いた。
総参謀長という肩書は伊達ではない。ヌイヴィエムは相当に頭のキレる女性なのだろう。
「侵略者に対して通常の兵器ではほとんどダメージを与えられない。ということは、主たる戦闘はあなた方に任せる他は無い、ということよね」
ヌイヴィエムのこの発言はレジスにあてた物ではない。一人でブツブツと呟いていると言う方が正しい。
恐らく頭の中の情報を整理し、取れる最善の手を考えているのだろう。
やがてヌイヴィエムの独り言が終わった。
「分かりました。今回帝国軍は、あなた方の作戦を全面的に支援します。必要な物資の手配、周辺地区の避難や警備などは我々で行います。
あなた方は、侵略者との戦闘に全力を尽くして頂戴」
「あの……何故そこまでして下さるのでしょうか?」
「決まっているでしょう」
ヌイヴィエムは机から立ち上がると、高らかに宣言した。
「相手が何者であろうとも、この国を侵す者は排除するのが我々の使命だからよ」
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