第8話 ローグ教団の隠れ家


 ガーミンを加えた第三部隊の四人は、その日のうちに古都フエを離れて港町ファランに入り、そこで一泊してディエトの町を経由し、ブオンの村へと到着した。フエへ来た時の順路を逆戻ったような形だ。

 村に宿屋は無かったが、村長の厚意で離れの家を借りられた。


 さらに翌日からアイシャを先頭にして周辺の探索を始める。

 探索と言っても森の中を記憶を頼りにうろつくだけであり、ガーミンなどはダラダラと周辺を見回っているだけだ。

 時々「アイシャちゃ~ん。この辺で水浴びでもしたんやないの?」などと無駄口を叩き、レジスを呆れさせている。

 そんなレジスの反応を面白がり、「あ! 今アイシャちゃんの水浴び姿、想像したやろー!」などとレジスをからかって遊んでいた。


 そうこうしている間に、日は中天を少し超えるくらいになっていた。


「やはり、アストラ反応も既に消え去っていますね」


 レジスはダメ元でオーガを倒した場所を探ってみたが、ビシニアンの気配は感じない。戦闘体ならば、同じくアストラル体であるビシニアンの気配を感じることが出来る。だが、時間が経てばその痕跡も消える。


 時刻が夕暮れに差し掛かった頃、アイシャがさらに山奥の方を指さして「夕陽を背にして歩いたような記憶があります」と言った。


 ガーミンは「一旦村に帰りましょうよ~」と文句を言ったが、ハルトマンは意に介さずに山の奥へと踏み入った。夜の山は危険な猛獣なども居て通常ならば避けるべきではあるが、戦闘体に換装すれば猛獣から逃げることも撃退することも難しくはない。

 そういう意味で、彼らにとっては夜だからと言って引き上げる理由にはならなかった。


 松明の灯りを頼りにさらに奥へと進んでいくと、アイシャが少し反応を示した。


「ここ……この辺り……だったと思います」


 アイシャの指示した場所は切り立った崖の近くで、山肌から突き上げるように岩山がせり出している。岩山には所々空洞があり、何らかの洞窟になっていることは想像に難くない。


「この洞窟の中、ということか?」

「多分……最初に暗いところに出て、明かりを探して歩いたのを覚えています」


 ハルトマンは松明を岩山に向けた。が、松明の灯りだけではとても周辺を確認しきれそうにない。せり出した岩山自体も相当な大きさなのだ。

 結局その日は野営し、翌朝から洞窟の探索をすることになった。


 一夜が明け、四人は洞窟内部の調査を開始した。

 洞窟は内部で複雑に分岐していたが、基本的には大きな空洞の周囲に人ひとりが寝起きできるくらいの小さな空洞がいくつか繋がっている構造だ。そうした空洞のかたまりが何か所かあった。

 恐らく過去に誰か、それも複数人が暮らしていたのだろうと推察できた。


「隊長ぉー!」


 ガーミンの呼ぶ声に全員が集まる。いくつかある洞窟の中で一番大きな洞窟の、さらに奥まった場所だ。

 松明に照らされた壁には、丸の中に正三角形を描いた独特の文様が刻まれていた。


「ローグ教団……か」


 ハルトマンがポツリと呟く。ガーミンとレジスも何やら神妙な顔つきだ。

 アイシャはレジスに説明を求めた。


「ローグ教は、以前この大陸で信仰されていた宗教の一派だ。彼らは『契約』に基づき、『魔法の力』を行使することで『精霊と一体になること』を修行の目的としていた。

 彼らの教義に拠れば、この世界はいくつもある世界のほんの断片であり、神や悪魔、精霊の住む世界も存在すると言われている。長く修業を積んだ高僧は、こちらとあちらの世界を自由に行き来できるとも……」

「それって……」

「うん。ビシニアのことを指しているともとれる。実際、僕らの使うプライマーは彼らの言う『魔法の力』と本質的には同じものだとも言われている」

「でも、それじゃあ何でこんな辺鄙な山奥に?」


 アイシャの問いかけにレジスは一拍の間を置いた。

 次に話す言葉の重さを自覚していたからだ。


「ローグ教は、皇帝ハリス・マハーバルによってその信仰の一切を禁じられた。信者を徹底的に炙り出し、悉く首を刎ねたそうだ」


 アイシャは思わず息を飲んだ。


「何で……そんなひどいことを……」

「一部のローグ教団が、タイソン公ヤチカ・シルドラに味方して皇帝ハリスに刃向かったからだよ。タイソン公が敗れた後、全てのローグ教団は徹底的に弾圧された」

「――!!」

「それでも信仰を捨てない一部の信徒は、こうした山の中の洞窟や古代の遺跡なんかに隠れ住んでいたらしい。ここも、そういう『隠れローグ信徒』の共同生活の場だったんだと思う」


 アイシャが思わず口元を手で覆った。見開かれた目は受けた衝撃の大きさを物語っている。


 レジスがさらに口を開こうとした時、ハルトマンが制止した。


「おしゃべりはそこまでだ」


 ハルトマンの手には銀色の真新しい首飾りが握られている。文様の近くに落ちていた物らしい。


「ローグ信徒の忘れ物にしては、鎖の裁断跡が新しい。恐らく、ここ数日で引きちぎられた物だ」

「それじゃあ――!」

「アイシャに聞いた話と合わせて考えると、近くで攫った村人をここに連れて来たんだろうな。どうやらここがゲートの発生場所と考えて間違いなさそうだ」


 ハルトマンは地図を取り出し、洞窟の場所に印を入れた。

 敵の攻めてくる場所が分かれば、防衛作戦はかなり楽になる。


「よし、洞窟周辺をもう少し探索してから本部に引き上げよう。特に近隣の村落や木こり小屋など、人の居そうな場所は無いかを探すんだ。

 周辺に民間人が居なければ、こちらとしても戦いやすくなる」


 近くには無人の炭焼き小屋があり、その他には少し離れた場所に何か所かの村落らしき建物が遠くに見えた。

 レジスは村落の方向をじっと見たが、人が動く気配は無い。加えて、建物も少し崩れている箇所があるように見える。


「廃村……ですかね?」

「そうやろうな。ここら辺はいっとき帝国が開拓民の入植を奨励してたけど、思うように住民が集まらんくてそのまま廃棄された村もあるみたいやし」

「少し行って調べてきましょうか」

「ん~まぁ、そこまでせんでもいいんちゃう?さすがにあんな所にまで戦線を広げる訳にはいかんやろうし」


 ガーミンの言葉の奥には、疲れたから早く野営地に戻りたいという願望が見え隠れする。それならそれで、ガーミンの狙撃銃で覗いてもらえば手っ取り早い。


「じゃあ、ガーミンさん覗いて下さいよ」

「え~。どうせ覗くんなら、オネーチャンの着替えの方がええなぁ」


 などとブツブツ言いながら、ガーミンは少しだけ狙撃中のスコープで覗くと、すぐに武器を解除した。


「なーんも無し! 動くモンなんか何も見当たらんわ」


 レジスは少し呆れたが、ガーミンとて無闇に民間人を巻き込みたいと思っているわけではない。普段はおちゃらけて見えるが、根は真面目で仕事も出来る兄貴分だ。

 ガーミンが誰も居ないというのなら、本当に誰も居ないのだろう。


 その日は一日周辺の探索に費やし、続けてハルトマンとガーミンは洞窟回りの地形を確認し始めた。ここで戦闘となる以上、地形条件を細かく調べておいた方が有利に戦いを進められる。特に狙撃に関しては、遮蔽物が少なく見通しのいい場所を複数見つけておきたい。必要ならば邪魔な障害物を事前に撤去しておく必要もある。


 結局、当初の予定よりも滞在が伸びてしまった。

 手持ちの食糧も心細くなったため、レジスはディエトの町に買い出しに行くことになった。


 追加の食糧を求めてディエトの町まで来た時、レジスは妙な違和感を覚えた。

 田舎町特有のどこか駘蕩とした緩い空気が消え去り、今のディエトからはピンと張りつめた緊張感のようなものを感じる。


 城門が見えて来た時には、その違和感が益々強くなった。以前ならば二~三人の兵が城門の下で無駄話をしているだけだったのが、今は十人近くの兵があちこちに視線を送っている。その上、城門の上にも見張りの兵が居た。

 そして、人の顔が認識できるほどの距離に来た時にその違和感の正体を知った。


 城門周辺を警備していたのは町の警備兵ではなく帝国正規兵だった。

 帝国正規兵は町の警備兵とは指揮系統が違い、皇帝ハリス直属の軍という扱いだ。その為、その振舞は傲岸不遜であり、にこやかに住民と触れ合うということがほとんど無い。だが、反面で無体な振舞もほとんどない。例えば、町の商店や民家を荒らして物品や女を奪い去るといったことも一切無かった。

 軍の命令系統がしっかりと機能しているとも言えるが、要するに融通の利かない連中ということだ。


 レジスが城門に近付くと、顔見知りの警備兵がすっ飛んできた。


「兄ちゃん、一体何やったんだ!?」


 レジスが警備兵の質問に驚いていると、同じく城門に居た帝国兵が数名走り寄って来て、警備兵の男を押しのけた。レジスはたちまち帝国兵に囲まれ、やがて隊長格と思しき男が前に出て来た。


「先日、この町に出現した怪物を退治したという傭兵はお前か?」


 帝国兵の隊長が居丈高に怒鳴る。

 レジスは警戒心を抱きつつも務めて冷静に応答した。


「そうです。と言えば、どうなりますか?」

「聞きたいことがある。屯所まで同行願おう」

「嫌だ。と言えば?」

「力づくでも同行頂く」


 レジスはこっそりと右手に指輪をはめた。いざとなれば、生身の人間に過ぎない帝国兵を振り切るのは難しくない。だが今後のことを考えると、ここで帝国兵と揉めるのは得策ではない。

 いざとなればすぐにでも逃げきれる態勢を保ちつつ、言われるままに大人しく付いて行った。

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