第6話 アメリアとガーミン
レジスとアイシャは酒場を出ると、マーラムの案内で隣の棟に入った。「こっちが正会員の宿舎だ」とレジスは小声でアイシャに教えた。
アイシャの部屋はレジスの部屋の隣になった。正会員には女性も何名か居て、そういった『女子部屋ゾーン』にアイシャの部屋が作られるとレジスは思っていたが、マーラム曰く「あっちには今空きがない」とのことだ。
肝心のアイシャ自身がレジスの隣になることに頓着しなかったので、レジスもそれ以上何も言わなかった。そもそもレジスが文句を付ける話でもないし、内心で喜んでもいた。
アイシャの落ち着く先が決まり、荷物の運び出しや簡単な掃除を済ませると、あたりはすっかり暗くなった。随分と腹も減っている。
ベッド以外の家具の搬入は明日以降ということにして、二人は夕食を摂りに酒場へと戻った。
正会員は基本的に酒場で自由に飲食ができるが、無料のメニューは厨房から指定される。正会員の健康管理という側面もあるが、要するに傷みそうな食材は身内で処理してしまえということだ。
アイシャは厨房から出された料理の他に先ほど目を付けていた鳥肉の香草焼きを注文した。『お客向け』の料理や酒は有料だが、アイシャに手持ちがあるはずはない。
世話役ということもあり、その分はレジスのおごりということにした。無論、アイシャの前で格好つけたいという心理も働いている。
美味しそうに鳥肉にかぶりつくアイシャを眺めながら夕食を摂っていると、酒場の入り口にレジスの見知った顔が二つ見えた。
相手もレジスを認識したようで、真っすぐこちらへ向かって来る。
二人とも小柄な女性で、一人は黒髪をツインテールでまとめ、背中に剣を背負っている。年齢はレジスと同じだが、髪型のせいかレジスよりも随分幼く見える。名前はアメリア・ペイジ。
もう一人はショートボブのさっぱりした髪型で、腰に短剣を二本差している。四十歳手前の年齢のはずだが、こちらも見た目は二十代後半に見えた。名前はサラ・メルヴィル。
レジスが軽く手を振ると、ツインテールのアメリアがニヤニヤと笑いながらレジスに近付いて来た。
「聞いたよ。あんたゴブリンごときにやられかけたんだって? ざぁこ♪」
いきなりのアメリアの罵倒にレジスも「う、うるさいな。アメリアだって不覚を取る時くらいあるだろ」と言い返した。
「あんたと一緒にしないでよね。私ならゴブリン五匹くらい瞬殺よ瞬殺」
「仕方ないだろ。逃げ遅れた人を守りながらだったんだから」
「はいはい。言い訳は見苦しいわよ」
レジスとアメリアがいがみ合っていると、ショートボブのサラが間に割って入った。
「二人ともやめなさい」
「だって、サラ様。本当のことじゃないですか」
「レジスのプライマーは射程を使って相手を削るタイプなんだから、前衛無しでゴブリン五匹に囲まれたら苦戦するのは当然でしょう」
「だから、それがザコいって――」
「いい加減にしなさい」
サラに叱られてアメリアが頬を膨らましながら言葉を引っ込めた。
一つため息を吐いたサラは、改めてアイシャに向き直ると「あなたがアイシャね」といって右手を差し出した。
「タルミナス第一部隊長、サラ・メルヴィルよ。よろしく」
「私はアメリア・ペイジ。サラ様の忠実なしもべ。このザコを助けてくれて、ありがとね」
「アイシャです。こちらこそ、レジスには色々助けてもらって感謝しています」
アイシャがサラ、アメリアとそれぞれ握手を交わし、自己紹介が終わった所でサラがレジスに向き直った。
「悪いけど、アメリアの相手してあげてね。私はボスの所に呼ばれてるから」
レジスが露骨に嫌な顔をするが、サラは見ない振りをしてさっさとその場を離れてしまった。レジスとしてもサラはアイシャ防衛の作戦会議に呼ばれているのだということは想像できるため、強いて苦情を言うことも出来ない。
やがてカウンターで自分の食事を受け取って来たアメリアは、レジスを押しのけてアイシャの向かいに座った。
アメリアはアイシャに興味深々な様子で、「アイシャの目って綺麗だね」だの「足細! いいな~」だの「胸の大きさは私の勝ちだね。アイシャももっと筋肉鍛えなきゃ」だの、アイシャの返事などお構いなしに次々と質問とも独り言とも取れない言葉を重ねていく。
グイグイと前に出るアメリアにアイシャもただただ戸惑っている様子だ。
「ねね、アイシャは剣を使うんだよね?」
「え? ええ、まあ」
「私もなんだー! 私達仲良くなれそう」
「そ、そうしてもらえるとありがたい……かな?」
その時、今までニコニコと言葉を発し続けていたアメリアが、一瞬だけ凶暴な空気を発した。
「でも、その前にどっちが強いかハッキリさせたいな♪ 一度手合わせしようよ」
アイシャも一瞬ピクリと反応したが、「まあ、いずれ機会があれば」とまともに取り合うことを避けた。
アメリアは相変わらず笑顔のままだが、目だけが少し据わって来ている。
「ふぅん。逃げるんだ」
「やめろよ、アメリア」
「ザコは黙ってなさいよ」
レジスが割って入ろうとするが、アメリアは歯牙にもかけない。アメリアの露骨な挑発にアイシャもだんだんと目が険しくなっている。
――これは、マズい
レジスが冷や汗を流した時、「ぃよ~う」と軽い男の声が聞こえた。
振り返るといつの間に来たのか、長身の男が後ろに立っている。天然パーマのもさもさした金髪がトレードマークで、常にヘラヘラした笑いが顔に張り付いているようなニヤケ顔の男だ。
「ガーミンさん」
レジスはほっと胸を撫でおろし、アイシャは怪訝な顔で男を見、アメリアは今までの笑顔を引っ込めて面倒くさそうな顔に変わった。
「楽しそうやないの、アメリアちゃん。俺とも遊んでよ」
「ガーさんはからかい甲斐が無いからツマンナイの」
「えらい冷たいこと言うやんか。サラさんが居なくて寂しいんやないの? ほれほれ、オニーサンが話聞くよ?」
ガーミンがアイシャを押しのけてアメリアの正面に座ると、アメリアは「チッ」と舌打ちをして席を立ってしまった。
レジスが「お、おい」と声をかけると、「部屋に戻って寝る」とだけ言い捨ててさっさと行ってしまった。
「ゴメンなぁ、アイシャちゃん。アメリアちゃんも腕は確かやし悪い子やないんやけど、どうにも負けず嫌いってのがあってなぁ」
「あ、いえ……」
次々現れる新しい人物にアイシャも少々混乱を隠せない様子だ。
「おっと、まだ名前言ってへんたな。俺はガーミン・ジャイルズ。
「あ、えっと、アイシャです。今日から第三部隊に入ることになりました。よろしくお願いします」
ガーミンはうんうんと頷くと、突然席を立ってレジスの隣に座り直すや、レジスの首に手を回して顔を近付けた。
「カワイイ娘やんか。もうキスぐらいした?」
「な、何言ってんですか!」
「まだ何もしてへんの? 四日も一緒に居て? ホンマにぃ?」
「僕はガーミンさんとは違うんですよ」
ガーミンはレジスの純朴な反応を面白がっている風でもあり、兄貴分としてレジスをけしかけている風でもあった。
なにしろ顔は常にニヤけているので、その感情が読みにくい。
レジスをからかうガーミンに対してアイシャから質問が入った。
「ところで、スナイパーってどんな役割なんですか?」
「ん? え~と、レジスのプライマーは見たんやんな?」
「はい。連続して撃てる銃ですね」
「俺のはコイツと同じ銃型やけど、射程が長いんよ。300mくらいは弾丸を飛ばせる。その代わり、連続して撃つことはできひんって感じ」
「じゃあ、第三部隊はあまり前に出て戦う戦法は使わないんですね」
「そんなことは無いよ。普段は隊長が斬り込んで、レジスがその背後を守りつつ敵の数を減らす。俺は全体の見張りと浮いた敵を落としていくって感じやね」
アイシャが真剣な顔で「なるほど」と頷く。
自分の立ち位置を把握しようとしているのだろうが、ガーミンから見れば少々真面目に過ぎるように感じたのだろうか、「ま、堅苦しい話はまた今度にしよ」と軽口を叩いた。
「そんなことより、お近づきのしるしに一杯どお? オゴるからさ」
「お酒は……飲んだことないんです」
「何!? そらぁアカン。こういう時は一緒に飲んで初対面の緊張をほぐすのがこっちの世界の流儀ってもんやで」
無茶苦茶な理屈だが、アイシャも『酒』というものに強い興味を示したため、そのままレジスも一緒に飲む流れになった。
だが、一時間後には飲ませたことを深く深く後悔した。
アイシャの酒は陽気で賑やかな酒であり、別にそれはいいのだが、一言で言うと絡み酒のたぐいだ。
今もレジスの首に腕を回しながら大笑いでジョッキをあおっている。どちらかと言えば清楚な印象のアイシャからは想像もつかない乱れっぷりにレジスは困惑し、主犯のガーミンも「アイシャちゃんって、割とカラむ方なのね」と終始苦笑いを作っている。
結局、この日は散々に酔っぱらったアイシャを連れて宿舎に戻り、マーラムにアイシャを任せてレジスも眠りに就いた。
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