第3話 襲撃
「アイシャはここで待っていてくれ!」
そう言い残して走りだそうとしたレジスをアイシャが制止した。
「待って! 昨夜の戦闘を見る限り、相手がオーガだった場合、君一人では勝てないわ。無理に突っ込めば、死ぬわよ」
「何を……!」
反論しかけたレジスだったが、言葉を飲み込んだ。
アイシャの言う通り、オーガはレジス一人の手に余る相手だった。アイシャが助けてくれなかったら、レジスはあのまま殴り殺されていたかもしれない。
「戦うなら町の中の方がいい。開けた場所では相手の動きを制限できない。敵の動きを制限して数を減らし、死角からオーガを狙うのが上策よ」
アイシャの言葉は的確ではあったが、レジスには受け入れられる物では無かった。
「ダメだ! それだと町に被害が出る。町を盾にするような作戦は容認できない。僕は町を、町の人を守らなきゃならない」
「あなたがやられたら、どのみち町に被害が出るわ。
理想だけじゃ戦いには勝てない。ある程度の被害はやむを得ない。被害を最小限に抑えるには、それしかない」
「最小限だろうと何だろうと、被害を受ける人には関係ない! 僕は誰一人死なせたくないんだ!」
アイシャはレジスの迫力に一瞬怯んだ。レジスは本気で町に被害を出さないつもりでいることが伝わったからだ。
「何で……あなたにとってもここは見ず知らずの町で、見ず知らずの人達でしょう!?」
「そんなのは関係無い。僕はこの町を守る。それが僕の使命だからだ」
アイシャが呆れを通り越して諦めたような表情を浮かべた。
「分かった。じゃあ、私も一緒に戦う。私のプライマーを渡して」
「……ダメだ! まだ君を信用したわけじゃない。とにかくそこで待っててくれ」
そう言い捨ててレジスは悲鳴のした方向に走り出した。
後ろから追いかけて来るアイシャの「ちょっと!」という声が聞こえたが、レジスはその声を無視して走った。
本音を言えば、アイシャが一緒に戦ってくれた方が勝算が高いのは分かっている。だが、これはレジスの役目であり、もっと言えばレジスが勝手にやっていることだ。アイシャを巻き込むわけにはいかないと思った。
戦闘体であるレジスに生身のアイシャが追い付けるはずもなく、二人の差は見る間に広がって行った。
レジスが城門の下に着くと、ちょうど城門の外で働いていた農夫たちが慌てて城内に駆け戻ってきている所だった。
農夫の後ろからは五匹のゴブリンが追いかけてきている。門番の兵は突然のことに慌てふためき、右往左往するばかりだ。
――ゴブリン程度なら!
レジスは城門の外に出ると右手のマシンガンで一番近い場所に居るゴブリンを狙った。
銃口から光弾が吐き出され、咄嗟に両腕でガードしたゴブリンをガードごと穴だらけにして吹き飛ばす。仲間が葬られたことを見て取ったゴブリンは、それぞれ狙っていた農夫から目標をレジスに切り替えた。
四匹のゴブリンはレジスを囲み、ジリジリと間合いを詰めて来る。
ゴブリンの武器はこん棒や先を鋭利に切った木の槍だったが、戦闘体であるレジスにそれは通じない。対アストラ体戦闘において、ゴブリンの主な攻撃手段は『爪』だ。
レジスの武器は中距離戦闘向きであり、ゴブリン相手には間合いを詰められれば詰められるほど苦しくなる。それはレジスも分かっているが、四対一でじんわりと包囲されれば牽制しつつも相手の出方を窺う他ない。迂闊に動けば、動いた隙を狙われる。
やがて膠着状態にしびれを切らしたのか、一匹がレジスに飛び掛かった。
レジスは咄嗟にそちらに銃口を向けるが、撃った弾丸はかわされた。オーガほどの攻撃力や耐久力は無いが、素早さはゴブリンの方が上だ。
レジスが片側のゴブリンに対応している隙を突いて反対側の一匹がレジスに襲いかかる。
――シールド!
咄嗟に出したレジスのシールドに阻まれ、ゴブリンの体が空中で止まった。レジスはすぐに銃口を向けたが、この銃撃も身を捻ってかわされてしまった。
再び膠着状態になり、ゴブリン側も打つ手がなさそうに威嚇を繰り返す。
ゴブリンの動きが止まったことを見て門番兵がゴブリンに矢を浴びせた。矢が当たったゴブリンは痛がる素振りこそ見せるものの、有効な打撃になっている様子は見えない。
「やめろ! 狙いがそっちに向くぞ!」
レジスの言葉通り、苛立ったゴブリンが一匹、矢を放った門番の方へと走り出した。
「くそっ!」
レジスは門番に向かって走り出したゴブリンを追いかけ、その背中に銃撃を浴びせた。
門番を追うことに夢中になっていたゴブリンは、背中にまともに銃撃を受けて光の塵に変わる。だが、それは同時にレジスも他のゴブリンに背中を向ける結果となった。
背後からのゴブリンの攻撃をシールドで防御するが、全てを捌ききることは出来ず、左足を刈られた。鋭い爪はレジスの左足首から先を引きちぎり、傷口から派手に光が噴出した。
機動力を削がれたレジスは、残る三匹のゴブリン相手に防戦を強いられることになった。
――もう少し
レジスは次々に飛び掛かって来るゴブリンの攻撃をシールドと威嚇射撃でかわしながら、左足の治癒を待った。
さきほどまで噴出していた光は徐々に収まり、失った左足部分には光の膜が張っている。光の膜の内側では新たな左足の再構成が始まっているはずだ。
だが、いまだ万全に動ける状態ではない。
「レジス!」
声のした方に視線を向けると、追いついてきたアイシャがレジスに向かって走り寄って来ている所だった。
「危ない!」
アイシャの接近を認識したゴブリンが一匹、レジスからアイシャに狙いを変えた。生身のアイシャにはゴブリンに対抗する手段がない。
だが、アイシャは飛び掛かって来たゴブリンの爪を体を低くしてかわし、逆にゴブリンの腹に蹴りを入れた。
無論、ダメージは与えられていないが、ゴブリンが派手に転んでレジスとの間の障害物が一時的に無くなった。レジスと合流したアイシャは、再びレジスに向かって叫んだ。
「早くプライマーを! このままじゃ死ぬよ!」
「ダメだ! まだ……」
「そんなことを言っている場合!? 見て!」
アイシャの言う通り、ゴブリンたちの奥から3mほどのオーガが巨体を揺らしながら走って来ていた。
残った三匹のゴブリン達も一旦オーガの側に戻る。ゴブリンの速さで攪乱し、オーガの一撃でとどめを刺そうというのだろう。
「このままでは勝ち目がない」
「……」
「お願い。私を信じて」
アイシャの瞳に見据えられ、レジスは何も言い返せなくなった。実際、片足に傷を負った今、オーガの攻撃をかわせる自信はない。
一瞬の逡巡の後、レジスはアイシャに指輪を渡した。
「
掛け声と共にアイシャが指輪を右手にはめる。
同時にアイシャの足元に出現した魔法陣が、頭上に向かって動いた。
布の服だけだったアイシャの胸と腰に鎧が出現する。戦闘体への換装が完了した証拠だった。
アイシャが腰の剣を抜き、手元に力を籠める。
鍔元から剣先に向かって光が上がっていき、ただの剣は昨夜見た光の剣へと姿を変えた。
「私がオーガを
「お、おい――」
レジスの返事も待たずにアイシャがオーガに向かって駆け出した。
三匹のゴブリンもアイシャに向かって走り出す。そして三匹同時にアイシャに飛び掛かった。
アイシャは一匹を斬り払い、もう一匹はシールドでガードする。残る一匹相手には無防備だったが、ちょうどその時レジスの銃撃がその一匹に降り注いだ。
ゴブリンの壁を抜けたアイシャは、オーガに近付くにつれて頭を低くした。オーガの拳が届く間合いに入る頃には地を這うような姿勢になっている。
オーガの拳がアイシャに向かって降り下ろされる。だが拳は空を切り、地面に派手な土煙を上げるのみだ。
オーガの横を駆け抜けたアイシャは、すれ違いざまにオーガの両足を刈った。
膝から下を失ったオーガは、態勢を崩して目の前の地面に両手を突く。それと同時に切り返したアイシャの刃先がオーガの首元を刈った。
――つ、強い!
レジスはアイシャの見事な剣技に目を奪われていた。
昨夜もそうだったが、レジスとは動きの質が根本的に違うようにさえ感じる。
オーガの首を刈ったアイシャは、そのまま返す刀で残った一匹のゴブリンも斬り捨てた。
出現したモンスターを全て掃討したアイシャは、再び指輪を外すとレジスに手渡した。
「ありがと。信じてくれて」
そう言ってニコリと笑うアイシャの顔をレジスはまともに見られなかった。
それは気まずさだけではなく、夕陽に照らされたアイシャの笑顔が眩しく、美しかったからだ。凄惨とも言える見事な剣技との対比が、余計にアイシャの美しさを演出している。
レジスは自分の頬が熱くなるのを感じた。
夜になると、町の中はお祭りのような騒ぎになった。
主役は言うまでも無くレジスとアイシャだ。特にアイシャは、その美しさからは想像もできないような剣技を町の人から口々に褒められ、門番の兵などは感動した様子でアイシャを取り囲んでいた。
レジスも助けた農夫から丁重に礼を述べられ、「これは私らからのお礼だよ。傭兵さん」と言うおかみさん達から次々に食べ物を振舞われた。
ひとしきり騒いだ後、浮かない顔をするレジスの横にアイシャが座った。
「
「そう……かな。僕には分からないけど……」
そう言いながらレジスはアイシャをチラリと見た。
先ほどの夕陽に照らされた顔も美しいと感じたが、やはり月明かりに照らされたアイシャには何か神秘的な美しさを感じる。
まるで昔話に聞く女神のように……。
「き、今日はありがとう。その……助かった」
「町を案内してもらったお礼。それに、そもそも君は町の人を助ける為に戦ったじゃない。あのまま知らない顔して逃げても良かったのに」
「そうはいかない。僕達タルミナスは、ビシニアンから人々を守るのが使命だから」
「そうなんだ」
少しの沈黙に気まずさを覚え、レジスは何か話題を探した。
だが、共通の話題と言えばビシニアやモンスターについての事しかない。
「そ、そういえば、今日のアイツらは何でこんな町に近いところに居たんだろう。普通はこんな人目に付く所には出てこないんだけど……」
我ながら色気もクソも無い話題だなと思いながら、それでも何か話さなければという使命感に似た感情で口を開いた。
だが、アイシャから返って来た答えはレジスを驚かせた。
「……もしかしたら、私のせいかもしれない」
――えっ!?
「昨日のあれで最後だと思ってたんだけど、ね……」
潮風に吹かれながら髪をかき上げるアイシャの口ぶりは、とても気楽な調子だった。
だが、その内容は気楽とは程遠い。
言葉の意味をそのまま受け取れば、アイシャはビシニアンから追われているということになる。
「どういう……こと?」
「ん……とね。実は私、ビシニアで奴隷してたんだ」
「奴隷!?」
「うん。そして、逃げて来た。だから、さっきのオーガやゴブリンは私を追いかけて町まで来たのかもしれないな……って」
次々に聞かされる情報にレジスの頭は混乱するばかりだった。
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