第9話 下水路にて(後)

 ゴーレムを打ち倒し、一行は下水路を進む。

 アリエキシアスが語るには、あのゴーレムは造り主から居場所がわかるようになっているらしい。つまり、どこでゴーレムが破壊されたのかは、敵に筒抜けということだ。

 故に、急ぎその場を後にしたのだが。


「また出やがった」


 吐き捨てながら、トゥーラが一刀の下にゴーレムの首を落とす。頭部を失ったゴーレムは力なく崩れ落ちた。

 これでゴーレムと遭遇した回数は六回。しかし、二回目からは相手の出方が違っている。


「また一体だけだったね」


 遭遇するゴーレムは、全て一体ずつしか現れない。お陰で即座に撃破出来ているのだが、それが奇妙にも思える。


「俺らの居場所を探るのが目的だ。ゴーレムで獲れるとは思っちゃいねぇだろうさ」


 同時に操れるゴーレムの数は、限りがあるという。ならば一所に集めず、分散して下水路を捜索させる。そうすれば、アリエキシアス達の居場所を見付ける可能性は高まるし、斥候たるゴーレムの消費も少ない。

 後は、適宜追加のゴーレムを下水路に送り込めば、確実に居場所を知れるというものだ。

 そうなると、手数で劣るアリエキシアス達は圧倒的に不利だ。いずれは追い付かれ、ゴーレムが殺到することになろう。一体一体は弱兵であっても、挟み撃ちにでも合えば対処は困難だ。


「けどさ。それなら下水路の出口で待ち伏せしてればよくない?」


 疑問を口にしたのは、アイナだった。

 相手は既に、アリエキシアス達が下水路に隠れていることを知っている。ならば、全ての出口を封鎖してしまえばいい。永遠に隠れてはいられない以上、いずれは見つかることになる。それをしないのは何故か。目に見えた合理性を放棄するからには、相応の理由があるはずだ。


「時間をかけたくないのか、自分の手で俺らを捕らえたい輩がいるのか、どちらかだな」

「後者なら、私達を襲っているのは帝国の総意ではない、ということになるね」


 トゥーラとアリエキシアスが導き出した結論は、彼らにとっては朗報だ。この謀略の主犯が皇帝や他の貴族と協調していないのならば、その者さえ攻略すれば良いのだから。

 と、なれば────










 リベルトが見た物は、折り重なるように倒れたゴーレム達の残骸であった。

 数は……わからぬ。執拗なまでに解体されたそれらが、何体のゴーレムであったのかは、判然としない。

 しかし、これほどの数が一か所に倒れているところを見ると、どうやら、敵はここで待ち構えていた、ということか。

 リベルトがここに来たのは、オルフレードが先導役として付けた二体のゴーレムを追ってのことである。故に、敵の動き、その仔細はリベルトにはわからない。ここから先は、現場判断だ。


ォォォォォォォウッ!!」


 横合いの小路から、咆哮と共に飛来する人物があった。

 黒髪の極東人。その手には極東様式の太刀。猪突が如く猛進する蛮人が、帝国騎士へと迫る。


「ぬぅ!!」


 振り下ろされる刃を、辛うじて剣でもって逸らす。反撃は、叶わぬ。あまりの重さ、あまりの衝撃に腕が痺れている。

 だが、敵手も追撃は叶わぬ。渾身の奇襲を防がれた極東人に、二の太刀を放つ余裕はない。

 リベルトがすかさず後退すると、彼に随伴していた二体のゴーレムが進み出た。

 ゴーレムの手には、それぞれ大振りな剣が握られていた。やはりこれまでのゴーレム同様、受けるのは下策だ。すかさず、トゥーラもまた後方へと飛び退いた。


(出来る!)


 互い、敵手の力量を測る。

 打ち倒したゴーレムの残骸に注意を取られたところを襲った、トゥーラの剛剣。その威力、その気迫は並ではない。

 そして、それを防いだリベルトの技量もさるもの。直後に後退し、ゴーレムをけしかける判断も的確だ。

 よもや闘技場を出て、すぐにこのような相手に会えるとは夢にも思わなんだ。トゥーラの眼光が、狂暴に輝いた。


「極東は皇国の武士、イサヨ・トラコレ!貴殿も栄えある騎士ならば名乗られい!!」


 下水路にトゥーラの名乗りが響く。

 リベルトは切っ先を上げながら、暗い眼差しでトゥーラを睨み返した。


「……リベルト・ラストール」


 ただ名前だけを告げる。それで十分だ。

 喝采も栄光も与えられぬ下水路。そこで、武士と騎士が激突する。









 リベルトの武器は長剣。これまでの兵士達が振るうものよりも長い。

 鎧はない。防具らしいものは、平服に籠手を備えたのみ。防具を固められては厄介であったが……


(水路に落とされるのを恐れたか)


 甲冑を纏ったまま水路に突き落とされれば、溺死は免れまい。服の下に鎖帷子を仕込んでいる可能性は十二分にあるが、いずれにせよ軽装だ。あらゆる斬殺が可能、ということである。

 次いで地形を改める。トゥーラが立つ道は左に壁、右に水路。道幅はせいぜい、二人が横並びに通れる程度か。

 対し、リベルトが立つのは丁字路。背後は水路、左方は橋。

 互いに狭く、危険な足場だ。総じて戦いにくい地形と言える。左右への移動が困難である以上、前後の位置関係でのみ間合いを奪い合うことになる。

 その上で、トゥーラにとって厄介なものと言えば、ゴーレムだ。

 眼前の二体が単純な兵力である以上に、リベルトからすれば犠牲にして構わぬもの。ゴーレムを斬り伏せていれば、その隙にリベルトはトゥーラの首を獲りに来るであろう。

 かといって、守りに入ればゴーレムはさらに押し寄せるやもしれぬ。挟み撃ちにでもあえば、たまったものではない。


「さあ、て。下手ぁ打つと死んじまうぞ」


 逆境を前に、トゥーラは愉しそうに笑った。

 その様子を見て、リベルトもまた、考える。


(女共はどこだ?)


 魔導師アリエキシアス・カリフィア。それと、正体のわからぬ女。そのどちらもが見当たらない。

 リベルトにとって恐れるべきは、アリエキシアスの魔法だ。眼前の蛮人が振るう剣は、ゴーレムを盾にすれば制圧できる。しかし、そこに彼の大魔導師の魔法が加わればどうなるやらと、危惧していたのだが。


(隠れ潜むことを選んだか。やはり、小娘に過ぎぬ、か?)


 そも、魔導師とは戦う者ではない。謂わば学問の徒であり、戦いについては素人だ。戦場から遠ざける判断は、適切ではあろう。

 無論、戦うことのできる魔導師も存在はする。魔法のよって身を守り、敵を殺すことの出来る魔導師も存在する。

 だが、そうであれば、アリエキシアスが隠れ潜むこともあるまい。近くに身を隠せる場所などない。で、あればアリエキシアスはここを視認することすら困難な場所に隠れているはずだ。そうあっては、援護もままなるまい。

 ならば、この蛮人を始末した後、この下水路を隈なく探そう。そう結論すると、リベルトは殺害という作業に入る。

 進攻する二体のゴーレム。対し、トゥーラは大きく飛び退った。

 迂闊に攻めかかれば、その間隙を縫ってリベルトの剣が襲い来る。やむを得ぬ判断ではある。

 だが、後退すればそれだけ腰が引けるというもの。改めて打って出ることは、難しくなるものだ。

 ゴーレムが歩調を上げ、走り出す。その後ろにリベルトが追従し、機会を狙う。

 必勝の布陣だ。これを覆すには、神懸かり的な技量が求められる。


(さあ、どう出る?イシャオ・トゥラコア)


 リベルトの視線の先、トゥーラが足を止めた。

 ────覚悟を決めたか。

 二体のゴーレムが、剣を振り上げる。この二体はオルフレードのゴーレムの中でも出来のいい二体だ。その剣の鋭さ、速さは他の物に勝る。

 これを切り抜けた隙を突けば、この者を打ち取るは容易い。リベルトは確信し、その時を待った。

 だが……その時は、来ない。


「なに?」


 トゥーラが、跳んだ。それは後方でもない、前方でもない。右方、水路へと。

 水中に逃れるつもりか?で、あるならばゴーレムが追跡するのみ。彼らは呼吸も必要がない。水中であっても、その行動に大きな支障はないのだ。

 だが、そうではなかった。


「“”すなわち」「“地面”と変わらず」


 トゥーラの足が、


「アリエキシアス!!」


 リベルトが瞠目する中、トゥーラが水面を疾走する。砂埃を上げるかのように水飛沫を上げながら、水路を駆け抜けていく。

 たちまちリベルトの後方へと至ると、トゥーラは再び床の上へと跳んで戻った。

 既にリベルトは振り向き、トゥーラへと剣を向けている。後退する暇はない。

 互い、同時に攻めかかる。


シャァァァァッ!!」

「オオオオゥッ!!」


 両者の咆哮と剣戟の音が、下水路に木霊した。

 互いの剣が弾かれ合い、再び刃を振るう。振り下ろされる刃を斬り落とし、跳ね上がる反撃を巻き上げる数合の攻防。

 リベルトの後方から、ゴーレムが迫る。水上歩行の魔法は驚かされたが、リベルトは機を見て後退すればいい。そうすれば、状況は元通りだ。

 しかし、ならば疑念がある。


(アリエキシアスはどこにいる?)


 この戦いを、どこかで見ている筈だ。

 見るだけならば遠見の魔法でも出来よう。だが、的確に魔法を使うのならば、近くにいる筈だ。それほど遠隔地から、即座に魔法を使うことは極めて困難である。如何にターグディムスの弟子とは言え、それほどの力量があるとは思えない……否、思いたくはない。

 ならば、一体どこに……


「つっ、おお!」


 トゥーラの太刀が腕を擦過する。彼は強敵だ。目の前に集中せねば、容易く殺されるだろう。

 横薙ぎに襲い来る太刀を、打ち上げて防ぐ。追撃の振り下ろしが来るより速く、リベルトは後方へ飛び退いた。

 二体のゴーレム、その隙間を通り抜ける。これで、最初の布陣に戻った。例えトゥーラが同じ手で来ようとも、今度はそれを迎撃しよう。

 そのリベルトの流れを、アリエキシアスは断ち切って見せた。


「かかれぇい!!」


 トゥーラの号令が響くと同時、水面が盛り上がる。水面を破り、何かが現れた。

 

 水中から現れたゴーレムが、路面を行くゴーレムの脚を捕らえる。体格がそう変わらぬのであれば、低所より引きずり下ろす方が有利である。水柱を上げて、二体のゴーレムが水中に消えた。

 突然の、ゴーレム同士の争い。それが何故かとは、考えるまでもあるまい。水中のそれがアリエキシアスのゴーレムであることは明白である。


(ゴーレムを造ったのか?これほどの短時間で!?)


 ゴーレムは数秘術の秘奥。そう易々と造れるものではない。如何にターグディムスの弟子とは言え、一晩と経たずに造ることが出来ようものか。

 だが、現実に敵方にはゴーレムがおり、こちらのゴーレムが水中へと引きずり込まれた。それは純然たる事実だ。


「好し!」


 その結果を見るか見ないかというほどの機にて、トゥーラが駆ける。残されたゴーレムを掻い潜り、矢のようにリベルトへと襲い掛かった。

 袈裟に振るわれる太刀を打ち払うと、すかさず返す刃が迫る。これを受けると、両者の剣はがっちりと噛み合う形となった。いわゆる、鍔迫り合いバインドの形である。

 鍔迫り合いとは、単なる力の押し合いではない。高度な駆け引きが要求されるものだ。

 相手が押せば引いて体勢を崩し、引けば押して逃さない。力の加減、機会の読み合い。その精妙な駆け引きを制する者が生き残る。それが鍔迫り合いである。


ァァァァァァッ!!」


 至近距離から浴びせられるトゥーラの咆哮は、さながら顔面を震わせるかのような圧がある。だが、リベルトの鉄面皮は崩れることがない。

 リベルトが剣を上げ、トゥーラの太刀を跳ね上げんとする。しかし、太刀は長剣に絡みつくように離れない。むしろその表面を滑るように、切っ先がリベルトの心の臓へと向けられた。

 そこで、リベルトは長剣を横へ逸らす。それだけで太刀は標的を見失う。

 すかさず太刀の上を翔ける長剣。狙うはトゥーラの喉笛。

 今度はトゥーラが太刀を跳ね上げ、長剣を宙へと逸らした。解かれる鍔迫り合い。しかして、両者の振り下ろした刃は再び激突し、離れなくなった。


(蛮族の分際で、随分と!)


 豪剣の振るい手かと思えば、この精妙なる剣技。東方の武人は柔らかな技を操るとは聞いていたが、成程、これか。

 対し、トゥーラもリベルトとの攻防に、野獣めいた笑みを浮かべずにはいられない。

 闘技場の剣士達とは、また違う。歴戦の騎士、その高貴にして洗練された剣技とは、これほどのものか。己を相手に、これほど鍔迫り合いで渡り合った者は五人といない。


(帝国騎士リベルト、見事である!!)


 内心で賛辞を送りながら、互いに必殺の瞬間を狙う。

 そして、その時は訪れた。

 トゥーラの背後に迫るゴーレムが一体。鍔迫り合いに集中するトゥーラには、背後からの一撃を躱す術はない。仮に躱せば、その時こそリベルトの剣がトゥーラの身体を切り裂くであろう。

 リベルトに、卑怯、卑劣といったものに対する嫌悪はない。だが、それを差し引いても、この戦いに遠慮はない。何せ互いに剣士が一人、魔導師が一人だ。条件は対等である。

 故に、この必殺の挟撃に躊躇いはない。これで、決着だ。


「決着だ。やってしまえ、トゥーラ!」


 女の声と共に、ゴーレムが動きを止めた。

 トゥーラの背後で剣を振り上げるゴーレムの、その背後。そこに、もう一体のゴーレムがいた。

 水中に潜んでいた物とはまた別のゴーレムだ。それが、オルフレードのゴーレムを羽交い絞めにしていた。


(よもや、この短時間で二体ものゴーレムを造ったのか!?)


 完全なる想定外の出来事に必勝の布陣を崩され、リベルトの鉄面皮が歪んだ。

 それこそは勝機。一瞬の動揺を、歴戦の剣闘士は逃さない。

 トゥーラが半歩、下がる。機を誤ったリベルトの身体が前へとつんのめった。

 ひたり、と。白刃がリベルトの首筋に触れる。

 直後に引かれる刃。リベルトは首筋から鮮血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。











「いやぁ、上手く行ってよかった」


 すぐ近くに隠れていたアリエキシアスが、トゥーラの前に現れた。一緒に隠れていたアイナも、同様に現れる。

 アイナの顔は、暗く沈んでいた。それは目の前に死体があるから、だけではない。つい先ほどまで、下水の中に潜んでいたからだ。


「うえー、ばっちぃ……水、飲んじゃったし」


 涙目で唸るアイナ。しかし、アリエキシアスはけらけらと笑っている。


「あの魔法は窒息しないと呼吸ができないからね。致し方なしだよ」


 アリエキシアスの首飾りには、浄化以外にもうひとつの魔法がかかっていた。それは、呼吸の魔法だ。

 より正確に言えば、首飾りと紅玉、銀……そこにを合わせれば、呼吸することが出来るようになるらしい。魔法のレシピというのはアイナにもトゥーラにもよくわからぬが、何にせよ、水中で呼吸をする為には、まず窒息状態になる必要があったのだ。

 つまり、アリエキシアスとアイナは意図的に下水で溺れていたのである。


「なーに、浄化はしているから、病気の心配はないとも」

「いや、気分的に最悪じゃん」


 どうもアリエキシアスは理論派すぎて、気持ちの問題というのがわからないようだ。

 まあ、その感性のお陰で助かったのは事実だから、とやかくは言うまい。


「に、しても。見事なもんだな、ゴーレムってのは」


 トゥーラが感心して、アリエキシアスのゴーレム達を見やった。丁度、オルフレードのゴーレムを水中に突き落としているところだ。

 水中に落ちたゴーレムは、関節に用いられている泥を水に流され、緩やかに解体されていく。一方でアリエキシアスのゴーレムが崩れずに水中にいられたのは、魔法でもって防水を施していたからである。

 アリエキシアスのゴーレムは、全部で三体。水中から敵方のゴーレムを引きずり込んだ物、敵方のゴーレムを羽交い絞めにした物。そして、水中でアリエキシアスとアイナが流れず浮かぬようにするべく、支えていた物である。

 三体ものゴーレムを造るには、かなりの時間と労力がかかる。アリエキシアスとて、最短で半月程度はかかるものだ。

 だが、幸いにもここには良い材料があった。


「トゥーラが倒したゴーレム。その五体を繋ぎ合わせれば、何とかなるってもんさ」


 破壊されたゴーレムの残骸から、三体のゴーレムを造りなおす。そうすることで、部品の精製工程を省略したのである。

 もっとも、急造故にこれらのゴーレムは短命だ。程なくして崩壊し、今度こそ使い物にならなくなるだろう。

 だが、これで十分だ。


「で、次はどうすんの?」


 びしょびしょに濡れた服が気持ち悪い。そう思いながら、アイナが二人に問いかける。

 答えたのは、アリエキシアスだった。


「そろそろ、こっちからやり返そうか」


 それは、悪戯を仕掛ける子供のような笑顔であった。

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