第48話 魔王降臨

 本戦の舞台となったセントラル共和国。来訪者達が最初に土を踏み、空を見上げる始まりの地であり、どの国にも見劣りのしない豊かさと頭抜けた雑多さに満ちた土地。


 現実世界で言えば、日に数十人、数百人では利かない数の観光客が訪れ続ける観光地だ。あちらこちらに出店や市場、屋台が並んでいて、需要に応えるように二階、三階建ての宿屋がある。

 よほど来訪者達に魅力に思って欲しかったのか、街中には色とりどりの花を咲かせる生垣や目立つ色で塗装された馬車、幾度となく塗り直しの形跡が見られる屋根と、とにかく派手さを意識した街並みが広がっている。


 ……そんなセントラルの街中は絶賛、大戦争もかくやといった戦禍の坩堝になっていた。耳を澄ませば爆発音と建物の倒壊音。目を凝らせば目を疑いなくなるような無茶苦茶な魔法やエフェクトの数々。


 数え切れないゲームを渡り歩いてきた俺だが、自信を持って言おう。


「――ここまでぶっ飛んだゲームは早々無いな」

「アレは……恐竜?ヴェロキラプトル的な?」

「ん。敵は二人。あの鎌持った魔導士からフォーカスな」

「かしこまり〜!」

「ゴーゴーレツゴー!」


 困惑を乗せた笑みで、たこらいすが大剣を下段に構える。俺達の進路方向に現れたのは、三体の恐竜の骨格標本に跨ったパーティだ。前衛が二人、後衛が一人。見るからにネクロマンサーの装いをした後衛の職業は『霊媒師』。

 またまた見たことが無いのが出てきたな。


 身構える俺達に何を思ったのか、戦士二人が片手剣と盾を構えて肉薄してくる。速い。俺の左右を挟むように駆け抜けてくる恐竜の速度は文字通り矢のようで、同時に霊媒師が両手に持った枯れ木のような大杖に緑色の光を灯す。


「『トリプルスペル』!『霊魂の一矢』!」

「『疾風斬り』っ!」

「せいっ!!」

「『ストレート・エア』、『ノックアップ・エア』」


 小手調べに放たれた同時攻撃。頭への一閃を首を傾けて避け、同時にストレートエアで横にブリンクして追撃を避ける。

 狙いすましたように俺の頭上に現れた緑色の矢は三本。身体を捻りながらのノックアップでそれを回避して――彼らは一気呵成に俺へ肉薄した。


 たこらいすを完全に無視して、三方向からの挟み撃ち。どうやら彼らはある程度風魔法を扱う魔導士との戦闘経験があるらしい。ストレートエアもノックアップエアも使った。もう移動手段は無いはず。

 そんな思考を裏切るように……俺は小さく笑った。


「『ストームウォール』」

「おおっ!?」

「落ち着け。すぐ墜ちてくる」

「なんなら落下ダメージあるぞ!」


 空中に足場を展開して上昇。『無冠の曲芸』で加速した世界の中、落下地点に武器を構える戦士二人を嘲笑うように更に跳躍。


「なっ!?」

「ッ……『縛魂の――」


 三段に重ねて飛び上がると、セントラルの街並みが多少は見下ろせる。あちこちで黒煙が昇る街並みを目尻に捉えながら、終始冷静に俺へ杖を向ける霊媒師を見下ろした。

 本能で何かを感じたのだろう。彼はビクリと身体を震わせて、騎乗する恐竜が後ろに一步引く。


 青色の光が大杖の先端に灯って、『魔力視』が詠唱を捉えた。その魔法が詠唱される前に、大鎌を振りかざして呟く。


「――《収穫ハーヴェスト》」

「うぉっ!?」

「ちょっ、コレ――」

「コイツ、良く見たらさっきのワールドアナウンスの……!」


 気付くのが遅いな。振り抜いた鎌が捉えたのは、詠唱途中の霊媒師。ご自慢の恐竜の上から空の上にご招待だ。

 ローブに包まれた手足がジタバタと揺れ、急な浮遊感に目が見開かれている。その無防備な身体へ流れるように一閃。


「うぐッ!?」

「『ウィンド』『アッドスペル』『ストームファング』」


 ただただ落下するだけの身体を袈裟に裂いて、鎌を折り返し逆袈裟に追撃。細かな黒の斬撃が多段ヒットでゆったりとしたローブをズタズタに引き裂き、柔肌が張り裂ける。

 重力に引かれて落下しながら、ウィンド、通常攻撃、ストームファング、通常攻撃と容赦ない空中コンボを叩き込んで、霊媒師のヘルスを溶かし切る。


 そのまま落下する俺を、即座に二人が串刺しにしようとする。……この三人が跨っていた骨の恐竜はこの霊媒師を倒しても残るのか。ちょっとした計算違いだが、問題は無い。霊媒師に付与した『収穫の印マーキング』は消化され、『収穫』のリキャストが上がっている。


 冷静に鎌を振って、引き寄せではなくテレポート。空中の俺へスキルを叩き込んで空振らせた戦士の目の前に飛び込み、ゼロ距離で『星雲』を叩き込む。


 鎌を振り抜く動作が終了すると同時に武器をチェンジ。慌てて俺の背中を斬りつけようとする戦士へ振り返って視界に収め、『四肢粉塵』。


「ごぁァッ!?」

「『ペネレイト――クッソ!?どんだけテレポートすんだコイツ!?」


 悪いがそれが持ち味なんだ。『不可視インビジブル』の持続する0.5秒を生かして、恐竜に騎乗した背中へ、下から肝臓を穿つようにスティレットによるバックスタブ。装甲貫通に始まり、ありとあらゆる効果の乗ったバックスタブでHPが五割近く消し飛び、戦士がうめき声と共に恐竜から落馬する。


 さて……ここまで来たら、もう消化試合だ。格付けはとっくのとうに済んでいる。戦士二人はHPこそ残っているものの、片方は星雲の直撃で瀕死。もう片方は落馬した状態で俺を見上げ、引け腰になっている。


「コイツが、ミツクモ……!」

「クソ……テレポートばっかりしやがって!正面から戦えねえのか!」

「お望みなら正面からやるが、手加減されて嬉しいのか?」

「舐めやがって!」


 俺がチートでも扱っているような言い草にあっけらかんと言葉を返すと、戦士二人は文字通り死力で突っ込んでくる。

 懐かしい光景だ。プロになる前はファンメに『チーター野郎』とか『使ってんだろ?どこで買った?』とか、散々な物言いを受けたものだ。


 まあ、俺が『good knight』だと知らなければ、そう思うのも仕方が無い。


「クソッ!?」

「マジ、どうなって……攻撃があったんねぇ……!」


 魔法もスキルもパリィも用いず、ステップだけで二人の攻撃をいなす。感情任せの愚直な攻撃だ。目線も足並みも素直過ぎる。フェイントの一つもないのだから、速度が同格な以上当たる訳も無い。

 左右から挟み込むように同時で放たれた攻撃に合わせて『死界踏破』を発動し、一段ギアの上がった速度でギリギリまで引きつけて攻撃を回避する。


 完全にティルトした頭に血が昇った二人はお互いの立ち位置さえまともに確認出来ておらず、目の前から俺が消えた瞬間……自分達の攻撃が互いを射程に捉えていることに気付いたようだった。


「あっ」

「ぐっ!?」

「す、すまん!これは――」

「余所見か?」


 随分余裕があるな。お互いの攻撃がヒットし、フレンドリーファイアに血の気が引いた背中を取る。慌ててカウンターをしようにも、『死界踏破』中の俺相手に後の先を差し込めるはずもない。

 戦士の一人をバクスタで削り倒すと、取り残された一人は破れかぶれにスキルを切って突っ込んできた。

 が、そのこめかみに真横から矢が突き刺さる。


「『スターピアス』!……残念。俺も居るんだなぁ」


 見れば、短弓を構えたたこらいすがニヤリ、と笑って俺にウインクをした。相変わらずたこらいすは俺の邪魔にならないように努めつつ、肝心なところは綺麗に埋め合わせをしてくれる。

 俺に手を伸ばしながらポリゴンとなって消えていく戦士を目尻に捉えながら、たこらいすとハイタッチした。


「相変わらずの武芸百般だな」

「いやいや、お兄さんに比べたらどれもそこそこの器用貧乏だよ。まあでも……褒められると悪い気はしないね」


 たこらいすは照れくさそうに頬を搔く。……俺が言うのも微妙だが、たこらいすはもう少し自己評価を高めに見積もっても良い気がする。少なくとも俺が動き回っているのを邪魔しないだけの技量やマクロ的な目線は持っているはずだ。


 格上のグッドナイト相手であっても、胸裏を切れば一対多で圧倒出来ていた。充分に一線級の実力はあるはずだが……どうにも、その赤茶色の目の奥には自信らしい自信を感じない。


 ……少しは俺にも原因があるのかもしれない、と思いつつ、付近で響いた爆発音に思考を切り替えた。


「おおっと? 随分派手にやってる所ない?」

「派手も派手だな」

「この感じは何パーティかかち合ってる? 予選でエンデと戦った時みたいなゴチャゴチャを感じるんだけど」


 たこらいすの言う通り、二人して見据えた喧騒の発生地は……物理的に空の色が違う。黒煙の柱が幾本も立ち上り、立ち上る火炎で空は朱色に近い。

 その上で野太い咆哮や破砕音、鐘の音や時計の針が刻まれる音、大砲の発射音。このゲームらしい混沌がそこには詰め込まれていた。

 その場所はここから数百メートルも無い。たこらいすが俺に目配せをして、俺はそれに頷く。


「もう明らかにめーっちゃヤバそうなんだけど……勿論お兄さんは行くよね?」

「そうだな。良い腕試しになりそうだし……何より」


 面白そうだ。そう呟いたときの俺の顔は、どんな表情だったのだろうか。たこらいすが一瞬目を丸くして、満面の笑みを浮かべる。


「いや〜、間違いないね」

「相当カロリーの高い戦闘になるだろうが、準備は大丈夫か?」

「モチのロン!とはいいつつ、多分足引っ張りそうだから、俺のことは基本無視で頼むよ」

「……分かった」


 俺的にはあまり頷いておきたくないが、俺を見るたこらいすの目は真剣だ。当人がそういうなら、俺が否定する道理もない。

 武器を『霧の凶星』に切り替え、地響きの絶えない街の一角に真正面から踏み込んだ。



 ――――――――――



 セントラル共和国の一角。セントラル国立植物公園は、地獄の様相を呈していた。広々とした憩いの場は黒煙と炎に包まれ、白い石畳やガラスで出来た天球は粉々に砕け散っている。

 歪んだ鉄のフレーム、朽ちて燃える植物、上下逆さまで放置されたベンチ。


 そんな戦場のど真ん中で、一人の男――イヴァルステッドは小さなナイフと懐中時計を手に、不燃性のシダ植物の裏に隠れていた。


「マジ、ヤバすぎ……どうしてこうなった?」


 緋色の瞳が見つめる先では、神話の一節のような苛烈な戦いが繰り広げられている。


 鎧の上に鎧を着込んだような、三メートルを優に超える巨大な騎士鎧――アルフレッドの名を持つプレイヤーと純種の龍、レッドドラゴンの一騎打ち。

 攻略最前線を駆け抜けるエルヴィス率いるパーティと、このゲーム有数の『融心』持ちであるヴェルサスのパーティの衝突。

 そして彼らが生み出す戦禍に釣られた漁夫パーティによる混戦。


「地獄も地獄過ぎんだろ……まあ、『あの時』よかマシか?」


 そう呟きながら、イヴァルステッドは手元の懐中時計を見つめる。褪せた銀色の懐中時計には、精巧な龍の紋章が刻まれ、一目見ただけでそれが由緒ある代物であると感じさせる。

 これを手に入れるために百を越える死と挫折を経験した。あの時の絶望感と緊張感に比べれば、今の状況はまだマシ……のはずだ。


 ドォン、と広場に振動が走る。物陰から見れば、アルフレッドが鉄塊めいて巨大な特大剣でレッドドラゴンの尻尾を叩き斬っていた。


 アルフレッド……このゲーム最強の座をほしいままにするアルトリウスと何度となく相対し、このゲームで初めて彼の融心を引きずり出した対人勢の希望。

 アルトリウスを除けば間違いなくこのゲーム最強の一角であり、並大抵のプレイヤーではない。


 だが、これはバトルロワイヤルだ。一対一であればイヴァルステッドに勝ち目はなくとも、一対多では話が異なる。


「さて、何処に肩入れしようっかな……」


 イヴァルステッドのパーティメンバーはとっくのとうにアルフレッドに叩き斬られ死亡している。かくいうイヴァルステッドも、既にアルフレッドにだ。


 カチ、カチ、カチと等間隔で時間を刻む懐中時計を握り締め、十を超えるパーティが集まる戦場を一望した。

 エルヴィスとヴェルサスの衝突は……流石にヴェルサスが有利のようだ。融心……聞く所には『紅き皇帝アルハンブラ』とかいう名を持つヴェルサスは、この戦場を火の海に変えた張本人だ。


 彼は黒い鍔広の三角帽を目深に被り、身の丈を超える大杖を用いてエルヴィス達へ魔法を放っている。特筆すべきはその数で、杖の一振りで下級炎魔法のファイアーボールが八つ、中級炎魔法のスパークルレイが三本、そして上級魔法のメテオバーストが一つ飛び出している。


 その圧倒的な殲滅力と攻撃範囲に周囲のパーティも文字通り手を焼いており、遠くからでも「ヴェルサスを止めろ!」「他でやり合ってる場合じゃない!」とグチャグチャな戦場が彼を中心に巡り始めている。


「逆にヴェルサスに肩入れしてアルフレッドとやり合わせる?いや、残った方に押し潰されるか?なら、ワンチャンスに賭けてエルヴィス達に……」


 あのレッドドラゴンは、恐らくは誰かしらが発動させた胸裏の産物だ。純種の龍を使役できる魔獣使いなど聞いたこともない。恐らくはランダムな魔物召喚の類。効果時間が切れるか龍が死ねば、解き放たれたヴェルサスが瞬く間に戦場を席巻する。


『生涯未完』を名乗る鉄騎と『紅き皇帝』の一騎打ち。その最後をどうにか掠め取りたいイヴァルステッドだが、残念ながらその能力は漁夫の利を得られるほど扱いやすくは無い。


「マジでどうすっか」


 悩むイヴァルステッドの真横をエルヴィスが放った大砲の流れ弾が通過し、爆風と衝撃で頭上に吊るされていた植木鉢が幾つか落下する。

 ……観戦気分で隠れていられるのも時間の問題か。ふう、と息を吐いて、イヴァルステッドは覚悟を決める。そしてゆっくりと腰を上げ……彼の持つ『心識』が足音を捉えた。


(……?何か、来る)


 彼が持つ心識の一つは、ゲームが判断する『イヴァルステッドの勝率が50%以下の敵』の足音が強調されるというものだ。

 その上で、よく耳を凝らさねば聞こえないほど押し殺された足音。良く鞣された革靴が荒れた地面を踏みしめる音。


 それは戦場の縁で思案するように立ち止まり……一気に駆け出した。1、2、3のステップの後に足音が消え、風の巻き上がる音が聞こえる。

 コイツまさか、とイヴァルステッドは思わず腰を上げて、それを見た。


 それは混沌とした戦場の最も高い位置を翔んでいた。

 それは漆黒の軍服を纏い、金色の冠を戴いていた。

 それは多くのプレイヤーのトラウマである最凶の魔物の『鎌』を持っていた。


「アレは……」


 空に浮く雲のような白髪。蜂蜜のような金色の瞳。一切の迷いも恐れも感じず、悠然と戦場を睥睨するプレイヤーの名は――ミツクモ。

 高高度を飛行する彼にヴェルサスが自動追尾のファイアーボールを複数放つが、彼は空中で泳ぐように避け、滑らかに戦場の中心に降り立った。


 単騎かつ、魔導士。レベルは40と高めではあるが、この戦場ではさして関係は無い。あまりにも無謀なエントリーに一瞬、戦場の全員が目を向けて……ミツクモは静かに戦場を睥睨した。


 その瞳がぐるりと荒廃した広場を眺め――物陰に隠れているイヴァルステッドを捉える。


(ッ!?ば、バレたのか? 『不可視インビジブル』と『隠密カモフラージュ』の重ね掛けだぞ……!?)


 ゾワリ、と全身の毛が逆立つ。イヴァルステッドのほうが、そのプレイヤーよりもレベルが高い。純粋なステータスでも、恐らくは優に勝っているだろう。

 けれども、どこか得体の知れない圧が彼にはあった。彼は何の恐ろしさも緊張も感じている様子を見せず、全員のフォーカスを受けかねない危険地帯で『挑まれる側』の風格を持っている。


 ミツクモはイヴァルステッドから興味無さげに目線を外して、至極ゆったりとした様子でこう言った。


「――34人か。思ってたより少ないな」

「マジかよコイツ……」

「……強いな」

「随分面倒そうなのが来ちまったか」

「『ミツクモ』……!?コイツが……!」



 その日、イヴァルステッドは……この場の全員は知ることになる。


 かつて電脳の頂点に立った『理論値の怪物』。

 比類なき『全一』。


その片鱗と、その所以ゆえんを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元『全一』のプロゲーマーはVRMMOに挑戦するようです。 棚月 朔 @tanatuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ