第29話 知っていること。知りたくないこと。

 たこらいすに連れられ辿り着いたのは、わむ氏が営む服飾屋『ベストオーダー』だ。布系の装備を扱う店ということもあって、建築様式は砂漠で珍しい木造である。

 黒と白のモノトーンを意識した店構えは落ち着きがあり、店頭のショーウィンドウには……ゴシックの四文字が思い浮かぶドレスや燕尾服、外套などが並んでいた。


「……あまりに見ない服の様式です。来訪者は新しい技術を呼び込むとも聞いていますが……」

「まあ〜、俺達にとっても普段着ってほど馴染み深い服装じゃないかな。ただ、こういうのに憧れるヤツはかなり多いと思う」

「ゴシック・ファッションか……」


 露出が少なく、レースやフリルをふんだんにあしらったドレス。ヨーロッパの貴人が纏うような漆黒の礼服。中世風な服の数々は、人によっては猛烈に興味をそそられるだろう。

 チラリと見たアリスはじっと真紅の瞳でフリルのあしらわれた黒のドレスを見つめていた。その目に宿る感情を読み取ることは難しいが、少なくとも好意的なものを抱いていることは分かる。


「んじゃま、行きますか〜!」


 たこらいすが暢気に声を上げ、『閉店中』の札が掛けられた扉を躊躇いなく押し開けた。カランカラン、とドアベルが鳴って、店内の空気が肌に触れる。

 服屋独特の目新しい布が放つ匂いは、ろうのりに似ており、無意識に背筋が伸びる。


 店内には木製のマネキンとハンガーに掛けられたドレス、壁掛けの帽子など所狭しと商品が並んでいる。これを全て一人で作ったのであれば、そのわむ氏は相当な活動家に違いない。


「お邪魔ぁ〜!」

「うっさいなぁ、ドタドタ煩いから誰が来たのかすぐ分かる……」


 並ぶ衣服の向こう側、店の最奥にある扉から響いた女性の声に身を構え……現れた姿に


「ん。それがあんたの言ってた二人?……ふーん」


 現れたのは、想像の一回り以上小さな女性のアバター。艷やかな黒髪は腰まで伸びており、こちらを下から見上げる垂れ目気味な瞳は血を吸ったような鮮血の赤。所謂ゴスロリと呼ばれる形式のモノトーンなドレスを纏った彼女の頭には……見間違いでなければ二つの狐耳が付いている。まさかこのゲームに獣人が、と思ったが、よく見ればそれは精巧な狐耳のカチューシャであり、頭装備の一部のようだ。


 ふわふわの狐耳のすぐ上に表示されているプレイヤー名は【夢幻の針子】『わむ』。彼女の種族レベルは12、職業レベルは驚異の32だ。何もかもが異質な彼女との邂逅に俺は固まり、挨拶を忘れていたことに気が付いた。


「……こんにちは。たこらいすの紹介でお邪魔しています。『ミツクモ』と申します」

「……」

「……?」


 軽く会釈をしたが、わむ氏はまるで無反応だった。ただ無言で俺の顔や服装、そして頭上で輝く『勇気の証明』を観察して、物言わぬままだ。


 助けを求めてたこらいすを見るが、彼はニヤニヤ笑いで俺を見守っている。片手にポップコーンがあれば炭酸飲料と合わせて映画鑑賞の雰囲気だ。

 しばらく俺を観察したわむ氏は目を細めてブツブツと言葉にならない言葉を呟いた後、背伸びをして俺に手を差し出す。……握手、か?

 少しだけ背を丸め、小さな手を握る。


「……丁寧な挨拶ありがと。アタシは『わむ』。突然だけどあんた、どこかでアタシと会ったことある?」

「すみません、私の記憶には無いですが……」

「じゃあ、アタシがどっかで見たことあるだけか」


 確信めいてそう呟くわむ氏に、どこかヒヤリとしたものを感じる。……いや、まさかな。俺の知り合いにこの雰囲気と声音のプレイヤーは居ない。少なくとも『good knight』の関係者ではないはずだ。

 わむ氏は黙る俺から目線を動かし、隣のアリスを見た。熟れた林檎を思わせる赤い瞳がアリスの容姿と壊れかけの装備群を観察して、苦いものを食べたように表情が歪む。


「……あんた、その装備に愛着ある?」

「私、ですか?……この剣以外は特に……いえ」


 アリスは思い出したように深くヒビの入った鉄の篭手を撫でる。無表情に小さな笑みが宿って、わむ氏を見た。


「この篭手には、愛着が湧いています。最近、ようやく正しい付け外しが出来るようになったのです」

「そ。それじゃあその子は残して、ここで着替えてって。あんたみたいにカワイイ娘がボロボロの装備着てるのは世界の損失だから」

「え、え……?」

「んー、確かに! 言われてみればその通りかもな。お嬢ちゃん、イヤじゃなかったらその篭手も修理するから俺に貸してみて」

「ね、そこのあんた。来てもらって悪いんだけど、少しの間この娘の相手してもいい? 職業病の発作だから料金とかは気にしないで」


 わむ氏の提案に、当惑しつつ首を縦に振っておく。……なんだこの人は。たこらいすとは完全に別ベクトルで、持ってるテンポが違いすぎる。彼は同類認定をしていたが、それは単に波長が合うというだけの話じゃないのか?

 困惑する俺の前で、同じく困惑するアリスが一回り小さな体躯のわむ氏に手を引かれ、店の奥に消えていく。


 去り際のわむ氏からアリスの篭手を受け取ったたこらいすは上機嫌な笑みで装備を鍛冶用に切り替え、懐から小さなハンマーを取り出す。

 この空間の異様な流れに取り残されないよう、俺は慌てて口を開いた。


「たこらいす、ちょっと待ってくれ」

「ん。あー、やべ。俺とわむちゃんが揃うと大体こうなるんだよな。ごめんね、お兄さん。ホントは俺が止めたりすんのが義務なんだろうけど」


 にへら、と笑いつつ、たこらいすは片手に篭手を持ったままハンマーの先端でコツコツと篭手をつつく。


「あれがわむちゃん。俺のフレンドで、生粋の職人。こういうジャンルの装備に関してはマジの第一線の子だよ」

「まあ、それはレベルを見れば分かるが……」

「言いたいことは分かるよ〜。マジで嵐みたいな子だよね。その場のノリと自分のポリシー十割で動いてるっぽいんだけど、悪気とかはホントに無いから多目に見てあげてほしいな」


 店の奥から試着室のカーテンを開け締めする音が定期的に響いて、ぼやけた会話の断片が聞こえてくる。……正直、アリスの装備に関してはヴィラ・レオニス戦を経て、戦場帰りの様相を呈していた。どうにかしてあげなければと思っていたが、流石の俺も女性の装備を見繕った経験は無い。 


「一応、渡りに船、ではあるか……」

「んね。まぁ、マジで料金については気にしなくていいよ。『相応しい服装を、相応しい人に』があの子のモットーだし、それを他人に押し付ける以上、押し売りみたいな真似は絶対にしないってのがポリシーらしいから」

「……参考程度に聞くが、わむさんの装備は一着幾らが相場なんだ?」

「えー……まあ、店頭に並んでるヤツのレアリティと等級的には、150K辺りじゃない? まあ、わむちゃんの装備って人気だからネームバリュー込みで200K以上かな」


 俺は静かに周囲の衣服から距離を取った。ワールドクエスト達成報酬によって纏まった大金は手に入ったが、あくまでこれは臨時収入に過ぎない。

 一着で『流転の水晶』が十個以上買えてしまう装備がぞろぞろと並んでいるこの空間は充分警戒に値するのだ。


「ははっ!そんなビビらなくても大丈夫だよ。わむちゃんはあくまで『服は服』ってスタンスだから。店ごと燃やしたりしない限りは――」

「また世迷言をペラペラ……その軽い口もお得意のハンマーで直せば?」


 ガチャリ、と扉が開いて、ジト目のわむ氏が現れる。対するたこらいすはヘラヘラと笑いつつ「ごめんて〜」と手を合せていた。

 わむ氏は呆れたように鼻を鳴らして、開いたままの扉に振り返りアリスを呼ぶ。


「ふん……で、あんたはいつまでそこに居るつもり? アタシは新しい従業員を雇った覚えは無いけど?」

「こ、この服装は、本当に私に似合っているのですか? ミツクモに笑われたりは、しないでしょうか?」

「安心して。もし笑うようならその口を縫った後、百回墓地にぶち込むから。……あんたは文句なしに超カワイイ。宇宙規模にカワイイ。アタシが保証する」


 そう言った後、わむは腕を組んで俺を見上げた。赤い目には『もちろん分かってんだろうな?』という圧が透けて見える。そう威圧されずとも、俺はNPCとはいえ女性の服装を見て笑うような頓珍漢ではない。


 平然と構える俺の視線の先、開きっぱなしの扉の隅から黒いドレスの裾が覗く。一呼吸、息を吸う音が聞こえて……アリスは姿を現した。


「どう、でしょうか?変では無いですか?」

「――これは確かに、宇宙規模の可愛さかもしれないな」

「マジでヤバい。このゲームの天井じゃない?宗教出来るレベルでしょ」

「っ……そうです、か。それなら良かったです……」

「ん。それでよし」


 アリスの装いは煤けた赤のサーコートから、黒一色のゴシックドレスに切り替わっていた。フリル、レースをふんだんにあしらったドレスのスカートは、戦士職のアリスが動きやすいように膝丈でふわりと広がっている。分かりにくいが軽くスリットも入っているようで、ほんの少しだけ見える肌色はあまりにも目に毒だ。

 背丈並の大剣を背負った銀髪赤目ゴスロリ美少女、というだけで属性過多なのだが、アリスの髪には新しく彼岸花めいた髪留めが付いていた。満開に咲いた紅蓮の花は、黒と銀で整えられた装いに文字通り紅一点の彩りを加え、深く沈む真紅の瞳をより際立たせている。


 あまりゲームでキャラのビジュアルを気にすることはない性質タチだが、これはそういうレベルじゃない。そこら辺のゲームだったら余裕で看板ヒロインの枠に収まっているだろう。笑ったら百回墓地にぶち込む、と言ったわむ氏の言葉は過剰ではないな。


「素材良すぎ。ぶっちゃけアタシが何しても宇宙規模になるわ。満足」

「間違いな……あ。いやいや、確かに宇宙規模?だけどさぁ、わむちゃ〜ん?俺のチャット履歴見れる?」

「ん?なんか文句……あー」


 俺から逸らしつつ、そそそ、といつも通り俺の背後に収まったアリス。わむ氏の目線が背後のアリスから俺に移った。


「そういえばそんな話だった。完全に突っ走った。そっちの服……性能って話だったら、あの冗談みたいな性能の頭装備だけで充分だろうけど」

「まーまー、それは一旦置いていて、お兄さんに相応しい服を見繕ったげて〜」

「置いとけないって……何、ユニークの等級『262』って。このゲームなら最寄りの眼科の予約画面出てもおかしくないんだけど」

「分かるぅ〜! なんかもう笑っちゃうよなー!」


 早速脱線を始めた生産職二人に向けて片眉を上げて目線を送ると、おずおずと話を打ち切った。わむ氏はシステムコンソールを呼び出し、俺を見ながら幾つか質問をする。


「装備、動きやすい方が良い?」

「そうですね。かなり空中を飛んだり走ったりするので、なるべく邪魔にならないような服が良いです」

「コート要る?」

「コートは大丈夫ですね」

「付いてたら嬉しい効果とかは?」

「……強いて言うなら、厳しい条件付きでもいいので回復系の何かがあると嬉しいですね」

「んー……かなり奇抜なヤツならあるけど、ちょっと動きにくいかも」


 そう言ってわむ氏がアイテムボックスから取り出したのは、赤と黒を貴重とした中世貴族風の衣装だ。ボタンや黒革のベルトが数多く用いられ、エレガントな見た目に仕上がっているが、ピシッと角度の付いた肩口や動きやすいように絞られた袖を含めて全体を見ると軍服めいた印象もある。


「『黒暗の舞踏服ブラックアウトマスカレード』。戦闘中に、誰の視界にも入ってない&誰も視界に入れてない状態でリジェネする装備。正直効果微妙だし等級もそれなり止まりだから100Kでどう?」

「やっす。マジで?原価で売ってない?」

「見た目重視で機能ほぼ死んでるからこんなものでしょ」


 自分の視界はまだしも、仲間含む他人の視界に映らないとか無理、とわむ氏は腕を組んで言い切った。……確かに、誰も視界に収めないようにしつつ、死角に居る全員の視界を管理するのは不可能に近い。だが俺なら出来る。

『四肢粉塵』があるのもそうだが、射線管理は俺の一番得意とするところだ。


(目を閉じて遮蔽に入るだけで回復出来るなら、あとはやり方次第だな。確かに少し動きにくそうだが、今の服よりはマシだろう)


「分かりました。その装備、買わせてください」

「ふーん……それじゃ、手」


 わむ氏は片眉を吊り上げて俺を見つめた後、俺に向けて手を伸ばす。こうして見ると、ビスク・ドールを思わせる容姿だ。わむ氏の目線を目線で返しつつ、小さな手を握る。


【プレイヤー名:わむ との取引が成立しました!】

【装備を入手:『黒暗の舞踏服ブラックアウトマスカレード』】

【所持金が100000イェン減少しました】


 装備:『黒暗の舞踏服ブラックアウトマスカレード

【装備種別】衣類(胴・足)

【製作者】プレイヤー:わむ

品質レアリティ】 傑作エピック 

【装備重量】 45

【ステータス補正】

 筋力(STR):

 耐久(VIT):+45

 魔力(MAG):+80

 意思(CON):+10

 基礎速度: 

【装備効果】

 1)戦闘時、以下の条件が満たされている場合、自身に『再生』を付与。

 ・全てのMOBの視界内に一切映らない

 ・全てのMOBを視界内に一切収めない


『再生』:1秒毎に最大HPの1%分HPを回復する



「……案外着てみると動きにくくはないか」

「ん。似合ってるんじゃない?服に着られてる感じは無い」

「お〜、わむちゃんの接客超レアだ。いつも『満足したら帰って』みたいなスタンスなのに……」

「あんた、アタシのこと何だと思ってるの?」


 早速装備したが、想像よりは手足を動かしやすい。ある程度機能性を確保するために伸縮性の良い素材を使っているのだろうか。飾りとなるボタンやベルトも、派手に手足を振り回したりしない限りは肌に触れないよう計算されているらしい。

 前の服よりは若干装備の重量を感じるところはあるが、バスローブめいた服とこの装備ではそれだけ差があるのは当然だろう。


 ちらりと背後のアリスを見ると、俺の姿に目を白黒させていた。……? なんだその反応は。


「ミツクモの服が一瞬で……いえ、これも来訪者故のものでしょうか」

「あ。ナチュラルに見てたけど、このゲームNPCの前で着替えると普通に反応するよー」

「……妙な作り込みをしてるな」

「まあ、普通に考えたら反応するでしょ」

「街中で上裸とかになると衛兵に連れてかれるから注意ね〜」


 俺にそういう趣味は無いが、一応注意しておこう。それから俺とたこらいす、わむは軽くイベントについての話をして、その場は解散になった。

 去り際、「ま、適当に頑張って。観戦はしとくから」の一言と共にわむ氏から飛んできたフレンド申請をなんとも言えない心持ちで受け取って、俺達が次に向かったのは宿屋だ。


 このゲームのNPCはプレイヤーと違って睡眠、食事の概念がしっかりあるらしく、たこらいすの勧めでス・ラーフの宿屋を二部屋借りた。相変わらずハルファスの俺に対するNPCの目線は冷たいが、段々この感じも慣れてきている。前と違って【ログアウトしますか?】が出てくることも無い。


「宿屋でログアウトすると、次INした時に『英気』のバフ付いて基礎速度とアイテム発見率がちょっと上がるからマジでオススメだよ」

「眠って集中力が上がったから、みたいな話なんだろうな」

「普段は野宿で過ごしていたので、宿に泊まるのは中々に新鮮です」

「……マジ?お兄さん?」

「これも諸事情だ。というか、俺とアリスはまだ野宿をしたことは無い」


 何しろ、今日はこのゲームをプレイして二日目だ。……思えば1日の濃度がとんでもないが、ほとんど眠らない俺からすればいつものことだった。

 周回が強さに繋がるタイプのゲームでマクロを使っているとか複垢で代走してるとかの疑惑でアカウントの一時停止を食らったことは数え切れないほどにある。その度にプレイヤー名と幾つかのスクリーンショットを送って俺が『good knight』である証明をする、というのがいつもの流れだった。


 薄ぼんやりと過去の記憶を思い浮かべながら、アリスとそれぞれ借りた部屋に向かう。このゲームは一人が借りた部屋には二人以上来訪者が入れないらしく、「俺達、吸血鬼みたいだよな」とたこらいすは宿屋の受付で俺を見送りながら笑っていた。


 実際、来訪者オービターに関する謎はあまりにも多い。無縁墓地、人々からの扱い、一騎当千と謳われるに至った過去。そして俺達全員がこの世界で絶対に聞くことになる『声』。


(……このゲームのメインストーリーに興味は無いが、多少アリスに聞いてみてもいいかもしれないな)


 ヴィラ・レオニスとして生まれたらしいアリスは、恐らく数百年近くこの世界で生きている。そこらのNPCよりも余程、来訪者に関する情報を持っているだろう。

 そう思いつつ、鍵を開けて部屋に入る。


「……六畳一間、寝るには充分って感じか」


 部屋の中にあるのはベッドと衣装箪笥、テーブルと椅子が一つずつだ。窓は無いが、風呂とトイレはきっちり別々。……まあ、俺達は戦闘が終わったら血も汗も綺麗さっぱり消えるが。


 部屋を見回して、なんとなくベッドに腰掛ける。相変わらず疲れは無い。磨り減った集中力も恐らくは戻ってきている。

 丁度いいので、このタイミングでステータスの振り分けよう。


 ――――――――

『ステータス』


 名前:ミツクモ  二つ名:『死と踊る風』


 種族:ハルファスの民  種族Lv20

 職業:魔導士       職業Lv19

 HP:450 +170

 MP:925 +291

 筋力(STR):189 +10

 耐久(VIT):159 +115

 魔力(MAG):455 +120

 意思(CON):322 +110

 基礎速度:120 

 ステータスポイントが180ポイント使用可能


《装備品効果》(タップで詳細表示)

慈悲の十字架ラスト・スティレット

勇気の証明プルーフ・オブ・カレッジ

『勇気の冠』

黒暗の舞踏服ブラックアウトマスカレード

 

【基礎スキル】

 『下級風魔法 10』『中級風魔法 1』『魔力視 3』『魔術理解 8』『精神統一 10』『詠唱加速 9』『明鏡止水 1』

【ユニークスキル】

《無冠の曲芸》《決死の牙》《死界踏破スラック・ランナー》《隼の流儀ピルグリム・コール》《臨界駆動オーバーロード》《反心の逆刃リベンジ・スタブ》《四肢粉塵パルヴァライズ

【種族固有スキル】

 メリット系:

『風詠みの一族』『器用』『弓術補正:小』『風魔法威力補正:中』『毒耐性:小』

 デメリット系:

『異民族』『神に捨てられた民』『信仰減衰補正:中』『虚弱:小』


星幽装アストラルコンバージョン

心識アヴェーダ

 心識.1『天の瞳と鉄の朶』

 心識.2が開示できます

 心識.3が開示できます

胸裏インスリット

 種族レベル■■より解禁

融心アスラヴァルナ

 種族レベル■■より解禁

    

 ―――――――――



「派手に変わってんな……ヴィラ・レオニス戦の前と後じゃ別人レベルだ」


 MPは遂に大台の1000を超え、唯一のダメージスキルである風魔法も無事中級になった。ユニークスキルが増えに増え、いよいよ基礎スキルと数が並んでいる。


 なんとも言えない気持ちになりながら、ステータスポイントをSTRとCONに半分づつ割り振る。MAGに振ってもよかったが、戦闘中に筋力があれば、と思うことが何度かあり、何よりパリィからの突きのダメージが想像を遥かに上回って大きかった。MAGも程々に高まっているので、ここは手札を増やしていくべきだろう。


「……手札、といえば」


 ――心識。未だ良く条件はわかっていないが、格上のモンスターを倒すと解放可能になる特大の精神攻撃。


「また解放可能になってるが……はぁ」


 このゲーム、『idea is you』特有の脳波スキャンは、プレイヤーから『嘘』を奪った。このゲームに対して、俺達プレイヤーは嘘がつけない。どれだけ目を逸らして、否定しても、心の奥底ではそれが正しいことだと分かっている。


 正直俺は、このシステムが嫌いだ。自分の心の中の、一番奥の部分を抉り出してくる無遠慮さが気に食わない。


「……」


 ただ、このままで居ていいのか、と思う自分が居ることも確かだ。今この場で目を閉じて、ログアウトして……そうして目を開けば、目を閉じているのと変わらない暗さの部屋があるだけ。

 逃げ出さなくても、踏み出さなければそれと一緒だ。


 このゲームが本当に俺の心を読めるというのなら、俺でさえ知り得ない答えを持っているのなら……勇気を持って踏み出さなければ。

 俺の頭上で輝く『勇気の冠』を一瞥して、深く息を吸い、目を閉じた。



【心識2を開示します】

【――Loading――】



 まず感じたのは、頬を撫でる微かな大気の流れ。背中に感じる硬い感触。そして、覚えのある『匂い』だった。一拍の躊躇いをもって、目を開ける。


「……ここ、は……ッ、は……は、はぁ……ッ!」


 すぐに後悔をした。反射で目を逸らそうにも、どこを見ればいいのか分からない。心臓が狂ったように爆発的な脈を刻んで、視界の隅が黒くなる。

 そこは、広々としたスタジアムだった。ずらりと円形に並んだガラガラの観客席。広々とした天井にはスタジアムの骨組みと大量の照明。正面には暗闇を映す巨大なスクリーンがあった。


 ――ここは、駄目だ。手足が震えて、呼吸の仕方が分からない。ここは……ここは、『あの夜』のスタジアムだ。good knightが死んだあの日の、忘れもしないトラウマの地。


 先程までの覚悟などとうに消え去って、堪えようの無い後悔が身に滲む。一回目の心識とはまるで違う。文字通り剥き出しのトラウマ。俺は声にならない奇声を上げながら座っていた観客席から立ち上がろうとして――隣から、声が掛けられた。


「座れ。どこへ行く」

「は、はぁッ……誰、だ……お前」


 見知らぬ男だった。俺の二つ隣の座席に深く腰掛けた男は、異様な外見をしている。ボロボロの黒い外套を羽織り、呪術師めいた怪しげなローブを着込んでいる。ローブから覗く手は骨と皮だけの、干からびた老人のそれで、スタジアムの床を踏む素足も皺に塗れている。

 そしてその男の頭には、ヤギの頭蓋骨が据えられていた。被り物、ではない。首にあたる部分からは黒いモヤがドライアイスめいて溢れており、空っぽの眼窩には黒が詰め込まれていた。


 男は俺の質問に答えず、じっとスタジアムの中心を観ている。俺は荒い息を無理矢理押さえつけながら、同じくスタジアムの中心を見た。

 ……誰も居ない。スポットライトの強い明かりに照らされるステージには、人影が無い。代わりにあるのは、見覚えのあるVR筐体が二つ。


「座れ」


 男は低く唸るようにそう言った。聞き覚えの無い声だ。少なくとも俺はこの声を聞いたことがない。ごくり、と粘ついた唾液を喉の奥に押し込んで、俺はゆっくり席に着いた。


「お……お前、はだッ、誰――」

「無理に繕わなくて良い。叫びたいなら叫べ。……まあ、一人じゃないと発狂も出来ないんだろうが」

「……ッ」


 口を閉じて奥歯を噛みしめる。心臓がずっとこめかみで脈打っていて、気を抜けば足の裏から体の中身が溢れてしまいそうだ。パニックに陥って元に戻らない俺と違って、その男はじっと動かずスタジアムを見続けている。


「ようやく、自分と向き合うつもりになったか?……心境の変化、めでたいな。おめでたい頭だ」

「……」

「過去と向き合えばとか、あの部屋を出る勇気があればとか、お前はそんなことを思ってるんだろう。そうすれば、もう一度『good knight』に戻れると」

「ッ……!お前」

「知っている。お前のことなら全部だ、『来訪者オービター』」


 そこで初めて、男は俺の方を見た。全身から脂汗を垂らして、手足を無様に痙攣させながら息を荒げる俺をじっと見て、小さく息を吐く。


「……過去、傷、トラウマ。それはお前に刻まれた呪いだ。心を蝕む病だ。――だが、そんなものはお前にとって大した問題じゃないだろう」

「……は?」

「お前が、お前を一番理解しているはずだ。お前は、『good knight』だ。お前は世界一の、世界最強のプレイヤーだ」

「お前、知った口をき、きき、聞きやがって……ふざけんなよ。好き勝手に人のトラウマを」

「――いい加減、やめろよ」


 こめかみに血液が集まって、無意識に歯を剥いて言葉をぶつける。しかし男は俺を見据え、淡々とした口調で否定した。


「お前が一番分かってるはずだ。本当に向き合わなきゃいけないものがなんなのか。お前が一番知っている」

「……やめろ」

「知ってるはずだ。お前は答えを知っている」

「その先は聞きたくない。ログアウト、ログア――」

「お前は、自分の身体がどうして動かなくなるのか。その理由を

「――」


 ゾクリ、と背筋が震えた。そんな筈は無い、と反射で否定したかった。だが、声が出ない。言葉が紡げない。俺はこの感覚をなんと言うか知っている。

 ……図星、だ。


「お前の悪い癖だよ。生真面目に自己分析して、沼にハマって、その癖肝心の答えから目を逸らして、自分が一番傷つく形で納得しようとする」

「……」

「お前の望み通り、その先を言うつもりは無い。ただ、いつまでも目を逸らしていられると思うな。この先に進むなら、いずれ向き合う時が来る」


 だから、と男はスタジアムの中心に目を向けた。相変わらず、そこには誰も居ない。けれど男の目は目に見えない何かを捉えているように感じた。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと男が席を立つ。そして俺に背を向け、独り言のように言う。


「……もしも次会うことがあれば、その時は」


 お前の答えを聞かせてくれよ、と男は言った。そして、スタジアムの出口へ向けて歩いていった。俺は全身に麻酔を打たれたように動けず、ただその背中を見送る。

 見送って、見送って……ただ一人きりになったスタジアムで深く息を吐いた瞬間に、


「――ッ!?はッ、はぁっ、はぁ……っ!」


 目の前にあるのは、質素な六畳一間。何の変哲もない景色。けれども、この手の震えはまだ残っている。高鳴り続けた心臓は、壊れるほどに脈打っている。

 遅れて流れる汗を拭うことも出来ないまま、俺はただ呆然と、目の前の通知を見ていた。


【心識2を解放しました】

 心識2『知の無知。白紙の辞書』

 ・貴方に背を向ける全てのエネミーは『無防備』と『スロー』の効果を受け続ける

 ・貴方はエネミーに背中を向けている間、すべての強化状態が無効化される

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