第28話 ディナータイム

「え?イベント? 良いじゃん!大賛成!」


 散歩を告げられた大型犬のように俺に詰め寄るたこらいす氏に掻い摘んでヴィラ・レオニス戦を語ること数分、意を決して切り出したイベントの誘いに、あっけらかんとした答えが返ってきた。


「俺はぶっちゃけ戦うより見るのが好きだから、今回のイベントはお兄さんのこと観戦してよーとしてたけど……特等席で活躍が見られるなら最高!」

「本当ですか……ありがとうございます。急なお話なのに受けてもらって助かりました」


 アリスの勇気に触発されて踏み出したイベントへの一步だが、残念ながら俺一人では参加が出来ない。すると俺に残された選択肢は三つ。

 コンコルド達と連絡を取ってパーティに入れてもらう。

 イベント用掲示板で募集をしている初対面のプレイヤーと臨時パーティを組む。

 そして、このゲームで一応の繋がりを得たたこらいす氏をパーティに誘う。


 一つ目は言わずもがな、二つ目は俺がもう一步勇気を振り絞る羽目になるため、正直生産メインのたこらいす氏が首を横に振ってしまうと、俺としては天を仰ぐ以外無かった。

 たこらいす氏は俺の語った戦いの概略で上機嫌も上機嫌であり、今にでもスキップで店外に飛び出してしまいそうな雰囲気だ。


「くくっ、マジで俺ツイてるなぁ〜! 生産職最高の瞬間って感じだ」

「とりあえずイベントのエントリーフォームに自分とたこらいすさんの名前と……これはプレイヤーIDですかね? この二つを登録をしても大丈夫ですか?」

「もち! てかお兄さん、俺にさん付けとか大丈夫だよ? ぶっちゃけ見てたら分かると思うけど俺って適当一直線だから、堅苦しいのはノーセンキューって感じ」

「……分かった。一応二人のパーティでフォームに登録を……あぁ」

「ん?なんかあった? プレイヤーIDならフレンド欄から見れると思うけど」


 プレイヤー名とID、パーティ人数を入力した俺の手が止まる。パーティ名……そういえばそんな項目があったな。たこらいすにそれを見せると、彼は面白そうに顎に手を当て、俺を見る。


「『たこらいす』と『ミツクモ』の二人パーティ……『ミツクモと愉快な仲間達』は微妙だろ?『みつらいす』は居酒屋感あるし、『タコクモ』はガチでキモい感じになっちゃうな」

「ははは……」


 武器に対するネーミングのセンスから、たこらいすにパーティ名を決めてもらおうとしたが、彼の頭には完全に悪ふざけの波動が芽生えている。

 別にパーティ名は大した問題ではないので一任してもいいが……この感じはとんでもないものが出てきそうだ。


「お兄さんはなんかアイデアある?」

「……正直自分にネーミングセンスがあるとは思ってなくてな。ただまあ、俺達の名前にちなんでると分かりやすいとは思うな」

「そうだね〜。ん~……らいす、たこ焼き、スパイダー……いや、飯系で行くべきかな。オードブル、アントレ、メインディッシュ……メインディッシュかぁ」


 パーティ名に使えるのは平仮名、カタカナのみで、最大十二文字だ。うんうんと頭を捻るたこらいすは、チラリと俺を見た。


「ざっくりと『メインディッシュ』ってどう思う?シンプル過ぎ?」

「変に凝ろうとしても平仮名カタカナだと凝れないし、ハイセンスな物を求めている訳じゃないからら良いんじゃないか?……個人的には『本日の主役』って感じがして良いな、と思う」

「いいねぇ〜! 確かに、本日の『メインディッシュ』ってカッコいいんじゃない? 実況とかで、『お次はこちらのパーティ、"メインディッシュ"です』って言われたら熱い!」


 確かにシンプルだが、シンプル故の味がある。たこらいすの案を採用し、パーティ名『メインディッシュ』で参加のエントリーを出した。

 サイトに砂時計と『Uploading』の表記がしばらく表示された後、正式にエントリーが完了した通知と、エントリー番号『Δデルター389』が返ってきた。


「デルタの389……単純に考えればブロックとパーティ番号か?」

「予選と本戦で分けるって話だったからねぇ〜。上位5%が通過って考えると、結構な数をしてかないといけないだろうね」


 腕が鳴るー、とたこらいすは笑った。彼のレベルは生産をメインにプレイしながらも、俺の一つ上の21だ。目線から俺の思いを察したらしいたこらいすが意味ありげな笑みを浮かべる。


「お兄さん、生産ばっかしてる割にはレベル高いなって思ってる?」

「そこまでざっくばらんには思ってないな。単純に高いなとだけ」

「ま、ス・ラーフって鉱石とか素材がウマウマな代わりに、生産職でもドンパチやって回収してかないといけない環境だからね〜。作った武器の検証がてらに砂漠を右往左往してんだわ」


 だから一応、ある程度なら役に立てるぜ、とたこらいすは親指を立てる。


「ま、今回に関しちゃお兄さんの独壇場かも知れないけどな!」

「はは……名前負けしないような独壇場、になるといいが」

「大丈夫大丈夫!お兄さんめっちゃ強いでしょ?冗談抜きに」


 たこらいすは半笑いで俺の目を見る。……まあ、そうだな。今でこそ、俺はそこらに居るプレイヤーの一人だ。だが……全盛期の俺は、ハッキリ言って無敵だった。1v1で俺に勝てるやつなんて世界中のどこにも居なかった。十全に策を練って、対策して、練習して、『最強』を狙うその他大勢を、数え切れないほど打ち負かしてきた。


 俺はそれに戻れるのか。答えは……分からない。けれど、このイベントが決定的な何かを俺に与えてくれる予感がする。


「……まあ、それなりに頑張るよ」

「狙うは本戦一位?」

「そうだな」

「ははっ! こりゃ俺も、寄生呼ばわりされないように気張んないとだな」


 たこらいすは肩を回しながら席を立ち、装備を工房で鍛冶をするためのサロペットから戦士職の鎧に切り替える。

 同時にその称号が【奇才の槌】から【武装要塞バスター・バスティオン】に切り替わった。


「んじゃ、早速どっか行く? イベントまで一週間しか無いし」

「そうだな。……と、その前に」


 たこらいすにパーティ申請を飛ばし、パーティを組む。そして俺は、俺の後ろで串焼きを完食し、素知らぬ顔で会話を眺めていたアリスに目を向ける。アリスは赤い瞳をパチパチと瞬かせた後、そっと俺の隣に立った。


「お? パーティ申請ありがと……おぉ、そっちのお嬢ちゃんもパーティメンバーなんだね〜。……NPCとパーティって組めるんだ」

「……こんにちは。ミツクモとパーティを組んでいるフェリシア・アリスと申します。二人の話には正直、ついていけていませんが、新しく共に旅路を進むのであればよろしくお願いします」

「おぉ、これは丁寧にありがとう。んー、この感じは素っぽいな……」


 俺の隣でアリスが丁寧な一礼をすると、たこらいすは頬を掻いて言葉を選ぶ。


「俺は堅苦しいのは苦手だから、ざっくり名乗るよ。俺はたこらいす。基本は鍛冶やってて、メインの職業はちょっぴり特殊な『武器使いウェポン・ディーラー』ってヤツなんだけど、正直普通の戦士と変わらないからその認識で、よろしく!」


 パーティに加入したことで、たこらいすの種族や職業・HPとMPが確認できるようになった。そこにあるのは確かに見慣れない職業であり、尚且つそのレベルは25。種族レベルよりも職業レベルが高いプレイヤーを見たのは初めてだ。

 少し特殊と言っていたが、二次職業のようなものだろうか。たこらいすは俺と同様にパーティメンバーの表示を見て、少し驚いた顔をする。


「お……? お嬢ちゃんのレベルも職業も伏せ字で見えない……というか、HPの桁おかしくない? 六桁あるように見えるんだけど気のせい?」

「それは……まあ、彼女にも色々とあるんだ」

「なるほどね~。人間生きてりゃ色々とあるわな。納得!」


 腕を組んで大きく頷いたたこらいすは、これ以上は踏み込まないで居てくれるらしい。……実際のところ、俺目線ではアリスの職業欄に思いっきり『勇無き騎神 Lv――』と書かれている。HPはたこらいすと同様に正確な数字が分からないのだが、確実に十万を超えていることは分かる。


 チラリとアリスの方を見ると、お得意の無表情で目を逸らしている。……俺も実のところ、ヴィラ・レオニス戦から流れでここまで来ているので、一度腰を据えてアリスの過去について聞いてみたい。

 というか、アリスのことをアリスと呼び続けていて大丈夫なのかも正直分かっていない。……人前でヴィラ・レオニス呼びすることは憚られるのでアリスと呼んでいるが、彼女が望むなら呼び方を変えるべきだろう。


 少し微妙な空気が流れたが、たこらいすは自分の装備の状態を確かめると、「さて」と口火を切る。


「まずはレベル上げ? 一応オススメの狩り場はあるけど……」


 彼の赤茶色の瞳が俺の姿を捉え、レベルを確認し、俺の装備を見た。


「もしかしてお兄さんって初期装備着てる?」

「……一応、頭装備は新しく手に入れたが、それ以外は初期だな」

「エグ……初期装備でボス戦ってマジの天才じゃん。一発も被弾してないってことでしょ?」

「いや、三発貰ったな。スキルが特殊なんだ」

「なるほどね~。どっちにしろイカれてるけど。んじゃ、まずは装備から手に入れますか」


 そう言うと、たこらいすはシステムコンソールからフレンドリストを開く。ズラッと並んだリストを何度かスワイプした彼は、目当てのプレイヤーを見つけたのか手を止めた。


ちゃんINしてるか。ならそっちで作ってもらったほうが早いかな。一応聞くけど、お兄さんは装備に固さとか欲しい?」

「いや、機動力最重視だな」

「だよねー。俺、鎧ならある程度作れるんだけど、布系はマジでからっきしなんだわ。知り合いに面白い子居るから、その子に作ってもらおう。ちょい待ちー」


 たこらいすが恐らく該当のプレイヤー、『わむ』と連絡を取っている間に、ワールドクエスト達成報酬である『勇気の冠』を装備してみる。


「ん?」

「んぁ?何そ……ゲッ!?ユニークじゃん!?しかも『等級』馬鹿高いガチユニーク!!」

「そ、それは……いえ。ふふっ……それはミツクモにこそ相応しいものですね」


『勇気の冠』を装備した瞬間、身体の表面に何かが纏まりつく感触があった。風……とはまた違う。気を抜けば何の感覚もしないが、手足を振って動かすと、遅れてその『何か』も追従するのだ。

 首を傾げつつ上を見上げると、俺の頭上に金の光で出来た冠が浮いていた。冠といっても、よく見る王冠とはまた別で、十字の小さな光が円形に連結して出来た冠だ。


 便箋上、金の光と形容しているが全く眩しい訳ではなく、目立つ光を放っている訳でもない。正直、これに近しい材質のものが現実世界に無いのでなんとも形容しがたかった。

 とりあえずメニューから装備の効果を確認する。


 頭装備:『勇気の冠』

【製作者】不明

品質レアリティ】 唯一無二ユニーク 

【装備制限】 必要CON:300

【装備重量】 10

【ステータス補正】

 筋力(STR):+10

 耐久(VIT):+70

 魔力(MAG):+10

 意思(CON):+100

 基礎速度: 

【装備効果】

 1)装備者は『恐怖』を無効化する

 2)装備者のCON2につき、1のシールドを獲得する

 3)シールドが維持されている間、頭部へのダメージに限り、ダメージを50%を軽減する

 4)装備者がダメージを受けると『不屈』を1スタック獲得する。頭部へのダメージの場合は2スタック獲得する


 シールド:数値分のダメージを吸収する。VITによる防御力が適応されない

『不屈』:1スタック毎に与ダメージが2%上昇。戦闘終了まで持続する



「これは……またピーキーなのが来たな」

「……うわぉ……なにこれぇ、ヤバすぎ。重量10とか軽すぎるし装備効果四つあるし、全部ヤバい。てか、頭装備なのにVIT補正値が鉄の鎧の胴体並みで笑っちゃうんだけど」


 ちょっと流石に気絶しそう、とたこらいすが引き攣った笑みでドン引きしている。俺と違って鎧や装備を作成している生産メインだからこそ、この装備がどれだけぶっ飛んでいるのか理解しているらしい。


 端的に言えばCONのステータス量に応じたシールドを獲得する頭装備なのだが、頭に限ってダメージが半減する特性を持っている。内容からして、攻撃は男らしく頭で受けろ、ということらしい。

 これはまた、かなり悪さが出来る装備だ。現状でさえ、装備による補正込みでCONの値は400を越している。


(土壇場でヘッドショットを狙ったら逆にダメージ半減なんて無法にも程があるな……ダメージ計算が狂うどころの話じゃない)


 シールドが割れた際の再展開速度にもよるが、とんでもない装備なのは見て分かる。と、そこでアリスが徐ろに口を開いた。


「……それは、アズラハットにて、『最も勇敢な勇士』に代々受け継がれていく冠です。アズラハットの滅亡に伴って、遺失したものと思っていましたが……彼らはずっと、それを鎧の内側に秘めていたのでしょう」

「そうなのか。……こそばゆいが、彼らが俺を選んだのなら、遠慮なく被らせてもらおう」

「はい。それがいいと私も思います」


 俺としてはアリスに被ってもらったほうがいいような気もするが……もしヴィラ・レオニスが俺を選んで託したのならば、堂々と受け取るべきだ。


「いやはや、ユニークネームドってそんなにヤバい装備手に入るのねー。躍起になって討伐隊が乱立する訳だわ。……ま、『勇気の証明』がヤバすぎただけかもだけど」

「実際とんでもなかったな。正直、セントラル共和国の『霧の凶星』のほうがまだマシだった」

「アレも大概らしいけどねー。っと、わむちゃんから連絡返ってきた。『ソイツ見てから検討する。面倒なのは連れてくるなよ』だってさ。相変わらず気難しいんだから」

「……お眼鏡に適うか心配だな」

「ん?あぁ、お兄さんなら絶対大丈夫だから気にしなくていいよ。てか、逆に気に入られるんじゃない?」


 だってわむちゃん、俺の同類だもん。そう言ってニカッとたこらいすは笑う。……どこがどういう風に似ているかでかなり話は変わってくるんだが、本当に大丈夫なのか?

 心配する俺を他所に、上機嫌に笑うたこらいすの背中を追って、たこらいす工房を後にした。

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