第26話 戦後処理と前後叙事

 ヴィラ・レオニスとの熾烈な死闘。それを制した俺は、砂漠のど真ん中にある土龍列車の停泊駅で次の列車を待っていた。

 ちらりと俺の左前に佇むアリスの後ろ姿を見る。鞘に納めた大剣を背負い、じっと前を見るその姿に以前との大きな違いは無い。けれども、傷の目立つ手のひらや、頬に残る生傷……そして、堂々と前を見据える真紅の瞳からは堂々とした風格を感じる。


「……? ミツクモ、どうかしましたか?」

「いや、なんでも。……強いて言うなら、アリスの顔に傷が残らないかが心配だな」

「そうでしたか。安心してください。その……私はこれでも、『ヴィラ・レオニス』ですから。いずれこの傷は消えて、元に戻ります」


 アリスははにかんで、自身の手のひらを見下ろす。無表情が基本な彼女は、顔よりも目に想いが滲むことが多い。


「少し残念そうだな」

「残念、とまでは思っていません。ですが、私はこの傷が嫌いではないのです。前を向いて、踏み出して、誰かの為に背負ったこの傷が……とても誇らしい」

「……そうか。それなら俺も嬉しいよ」

「はい。全身の節々が痛んで、疲労に苛まれても、これほどまでに空が美しいと思えたことはないのです」


 これも全て、ミツクモのお陰ですね、とアリスは微笑んだ。……少し訂正が必要かもしれないな。無表情が基本なアリスは、憑き物が落ちたように綺麗に笑っている。この笑顔が見られたのなら、死ぬ気で戦った甲斐もある。


……そういえば、アリスに諸々の事情――アリスの真名がヴィラ・レオニスである、という部分についてや、その他について聞いていなかったな。まあでもそれは、もう少し腰を据えて話が出来る時に聞こう。

 内心でそう思いつつ、時間を確認するためにシステムコンソールを開いた。


 現在時刻は十二時半。昨夜から寝ずにぶっ続けでインしているが、俺の身体は全くもって異常が無い。強いて言うならば、ヴィラ・レオニスとの戦いで集中力が多少すり減ったくらいだろうか。


 土龍列車の次の便がここに到着するのは、恐らく十分ほど後になるだろう。それを確認して、俺は省略されていたボス戦のリザルトを開き直した。

 まずは俺のレベルやスキル、称号関係からだ。

 



【種族レベルが9上昇しました】 

【職業レベルが9上昇しました】

【下級風魔法 7→10(最大)】

 魔法を習得:『バースト・エア』

       『ストームファング』

       『サイクロン』

【下級風魔法のレベルが最大値に達したため、中級風魔法を取得しました】

 魔法を取得:『エアリアル・カーム』

【精神統一 8→10(最大)】

【条件を満たしたため、明鏡止水を取得しました】

【詠唱加速 6→9】

【魔術理解 6→8】

 アクティブスキルを習得:『デュアルスペル』

 パッシブスキルを習得:『マナシールド』

【条件を満たした為、ユニークスキル《臨界駆動オーバーロード》を取得しました】

【条件を満たした為、ユニークスキル《反心の逆刃リベンジ・スタブ》を取得しました】

【ユニークモンスターを討伐したため、ユニークスキル《四肢粉塵パルヴァライズ》を取得しました】

【以下の称号を獲得しました】

『レア・ハンター』

『欠け身の伝説』

『勇猛果敢』

不動の意思を持つ者アンシェイクン・リゾルブ

命知らずの魔術師ヒーローメイジ

『パリィの申し子』

精密機械カウンターマシン

閃光踏破者フラッシュオーバー

『口説き上手』

『勇無き騎神の盟友』

『四肢粉塵を超えし者』

落日神話イカロスの証人』

【以下の素材を獲得】

 ・勇獅子の遺骸片 ✕3

 ・勇獅子の聖骸布 ✕2

 ・勇者の魂片 ✕2

 ・不滅の黒鋼 ✕3

 ・無双の残滓(レア)

 ・勇猛の炉心核(ミシック)

【ネームドモンスターを討伐したため、ネームド装備『勇気の証明プルーフ・オブ・カレッジ』を入手しました】

【ワールドクエストをクリアしました】

 以下の報酬を獲得:

 2,200,000イェン

 『勇気の冠』(頭装備)

 勇無き騎神ヴィラ・レオニスの友誼

 『騎神の招来』(アクセサリー)




 長過ぎる……システムが省略をするのも納得の長さだ。取り敢えず目に付く所から見ていくか。俺の種族レベルはこの戦闘で11から20になり、職業レベルも19になった。よくもまあこの低レベルでヴィラ・レオニスに勝てたものだ、と思うが、このボス戦はプレイヤーにスペックではなくスキルを求めるタイプだった。スキルだけで言えば上澄みの上澄みである俺との相性は最高だ。


 何より、奮い立ったアリスの戦闘力はあのヴィラ・レオニスと拮抗しており、彼女が居なければ俺は何度死んでいたか分からない。


 天空に打ち上げられ、『落日賛歌』の火に焼き殺されかけたことを思い返しつつ、続くリザルトを読んでいく。

 順調に魔法やスキルが増えており、ユニークスキルに関しては今回の戦闘だけで新しく三つ取得している。他のプレイヤーと違ってまともにスキルを取得できない俺からすると有り難いことこの上ない。


 手に入ったユニークスキルの内一つは、ユニークボス討伐報酬によるものらしく……スキル名は『四肢粉塵パルヴァライズ』。いや、まさか、と思いつつ説明を開いた。



 ユニークスキル:《四肢粉塵パルヴァライズ

【スキル形式】

 アクティブ

【発動制限】

 武器カテゴリー:大剣、特大剣装備時のみ発動可能

【再発動時間】

 120秒

【スキル説明】

 1)自身に0.5秒間の『不可視インビジブル』を付与し、指定した対象の背後へ即座にテレポートする

 2)次の近接攻撃に『防御強化解除』『部位破壊属性』『装甲貫通』を付与する

 3)次の近接攻撃によってエネミーが倒された場合、即座に再発動可能になる


『防御強化解除』:『物理無効』『無敵』を含む『防御上昇』『ダメージ軽減』『属性耐性』『物理軽減』を解除する



 なんだ、これは……。流石にヤバいどころの話ではない。そっくりそのままヴィラ・レオニスの"四肢粉塵Pulverizer"がプレイヤースキルとして実装されている。

 というか、やけにとんでもないダメージだと思っていたが、あの四連撃には『防御強化解除』『部位破壊属性』『装甲貫通』が三重に乗っていたのか。


 何より壊れているのは、このスキルは背面テレポート+攻撃ではなく、効果自体は背面テレポート+バフであるということだ。

 要するに、周囲を囲まれる危機的状況になったタイミングで発動し、『不可視』を利用してさっさと距離を取ることが出来てしまう。その上、次の一撃に乗るバフは継続中なので、相手からすれば警戒を最大にしたまま緩めることが出来ない。


 リキャストは120秒と非常に長いが、『無冠の曲芸』のリキャスト短縮でいくらでも誤魔化しが出来てしまう上、オマケとばかりに次の近接で倒しきれれば即座に再発動可能。

 忘れがちだが俺の近接攻撃には『決死の牙』による『首狩り』で即死付与があり、武器である『慈悲の十字架』にはパリィ時に確定クリティカルの効果が付く。


 と、そこでスキルの【発動制限】に目が向いた。……大剣、特大剣カテゴリの武器装備時に発動可能か。忘れかけていたが、俺は一応魔導士だ。武器用のアイテムボックスが無い以上、流石に大剣を担いで戦う訳にはいかない。そこまで考えて、俺は気が付いた。


(ネームドボス討伐報酬のネームド装備って何処に行ったんだ?)


 他にも色々と装備は手に入っている。アイテムボックスには各種素材とワールドクエスト報酬である『勇気の冠』と『騎神の招来』があるが、『勇気の証明』に関しては見当たらない。

 どこへ行った、という俺の疑問にシステムが応え――俺の前方の空間が僅かに裂ける。


「ッ!? これは……」

「それは……そう、でしたか。彼らは貴方にそれを……」


『不滅の滅剣』の発動時を思い出し、反射でその場から飛び退いた俺と違って、アリスは落ち着いた態度で裂け目を見る。そして、どこか誇らしげな顔でその裂け目に指を差した。


「ミツクモ、安心してください。此処にあるのは貴方の為の剣――真の勇士の為だけに鍛造され、『勇気の証明』が貴方に託した、不滅の滅剣の一本です」

「俺の為の、剣?」


 訝しみつつ、目の前の裂け目に近づく。さあさあ、とばかりに目で俺に催促するアリスに従って、俺は空間に開いた裂け目にゆっくりと手を差し込んだ。

 瞬間、何かが手に触れる。驚きつつもそれを掴んで引い抜くと――それは、金の装飾が為された、白銀の大剣だった。


 外見はアリスやヴィラ・レオニスの不滅の滅剣に酷似しているが、刀身に精巧な金の意匠が為されている。俺は目を白黒させつつ、両手でそれを引き抜いたが、両手にまるで重さを感じない。

 それもそうだろう。俺が手に入れた『勇気の証明』は、アリスが生み出していた滅剣と同じく、空間に滞空していた。


「これが……おぉ。俺の考えてるのと同じ動きだな」

「ふふ、ミツクモが驚いたり不思議がったりしているのを見るのは楽しいですね」

「いくら俺でもこれは驚くし不思議がるさ。にしても、凄いなこれ」


 不思議な感覚だ。言うなれば、第三の腕を得たような、感覚の拡張を感じる。俺の目の前で銀の大剣がくるくると虚空を回転し、俺の意識した通りの剣閃で袈裟、逆袈裟の斬撃を放つ。それに驚きつつ、装備の詳細を確認した。



 武器:『勇気の証明プルーフ・オブ・カレッジ

【武器種別】大剣

【製作者】不明

品質レアリティ】 唯一無二ユニーク 

【装備制限】 必要CON:300

【装備効果】

 1)この武器は常時『浮遊』と『破壊不可』の効果を得る

 2)装備者は弱体化を一層付与される度に『勇心』スタックを獲得する

 3)『勇心』スタックが最大(5スタック)累積している場合、装備者は全てのスタックを消費してユニークスキル《四肢粉塵パルヴァライズ》を使用できる。


『浮遊』:地面から浮遊し、重量を無視する

『破壊不可』:使用によって耐久値が減少せず、破壊属性を持った攻撃によって破壊されない



「これはまた……とんでもないのが出てきたな」


 必要とされるステータスは筋力ではなく精神力、意思を現すCON。しかも必要数値は300と、魔術師である俺がそれなりにCONに振ってギリギリの数値だ。


 俺はしばらく虚空に『勇気の証明』を振り、試しに呼び出したのと真逆に帰還を試行する。すると再び目の前の空間が裂けて、そこへするりと大剣が吸い込まれた。


 この感じ、他のユニークスキルと装備もぶっ壊れのオンパレードな感じがするが……まあ、正直な話、そもそものヴィラ・レオニスが化け物中の化け物だから、これくらいはあってもいいか、という気がしている。


 俺とアリスの組み合わせ以外でアレを倒すなら、純粋なレベルの暴力とプレイヤースキルでどうにかするしか無いだろう。それにしても、常人ではいくら速度を積み重ねても凌げない"四肢粉塵"、常識を無視したターゲティング、常に正面から戦うことを要求される"勇気の証明"。


 それに重ねて第二形態の無茶苦茶なモーションと新技だ。……結局俺はあの"落日賛歌"を攻略出来ていない。

 レベルだけあっても、ヴィラ・レオニスには絶対に勝てないだろう。アレは尋常ではない程に高い足切りラインを持ちつつ、格上でさえ足を掬われれば即死するギミック型のボスだ。


 何かが噛み合わなければ……例えば、俺が無理矢理にアリスをあの場から逃していれば、二度と勝つことは出来なくなっていたかもしれない。

 ちらりとアリスの後ろ姿を見ると、視線に気づいたアリスが俺に振り返る。


「……?どうかしましたか?」

「いや……そうだな。これからどうしようかって考えてた」

「これから、ですか」


 誤魔化しがてらに思ったことを呟くと、アリスは少しだけ表情に強張りを含ませる。どうした、と俺が言う前に、アリスは俺に向き直った。


「ミ、ミツクモ……その、彼らにはその場で思ったことを答えてしまいましたが……もし、ミツクモさえ良ければ、私を――もう少しだけ、側に置いていてくれませんか?」

「えっ?」

「いえ、その……ミツクモに利が無いのはわかっています。ですが、私は――」

「いや、利とかそういう話以前だ。俺はアリスが嫌じゃないなら、パーティを解散するつもりなんてサラサラ無いぞ?」


 これだけの死闘を抜けて、ある程度お互いの心の内を出し合って、アリスとは一応仲間と呼べる関係になったんだ。ボス戦が終わったからNPCはもう用済み、なんて性根の腐ったことを言うつもりは無い。

 何より……そうだな。


「俺は俺が思う以上に、アリスを信頼してるみたいだ。こちらこそ、側に居てくれるなら心強いことこの上無い」

「っ……そうです、か。ふふっ、そうですか。分かりました……そこまで言ってもらえるのなら、う、嬉しいです」


 あまり良い言い方ではないのは百も承知だが、アリスは……俺を知る人間ではない。アリスが見ているのは『ミツクモ』で、俺と彼女は文字通り世界が一つ違う。

 だからこそ俺はアリスに掛け値無しの信頼を置けるし、昔を思い出さず向き合える。時折、アリスから向けられる信頼に背筋がヒヤリとすることはあるが、対人で感じるほどのトラウマや気分の悪さを覚えることは無い。


 そういえば、と俺は思った。


(さっきの戦い……俺は、『固まらなかった』な)


 俺の身体を蝕む呪い。世界最強の『good knight』を殺した、原因不明の全身麻痺。誰かと戦えば必ず訪れる硬直は、先程の戦闘では起こらなかった。

 あれだけ熾烈な戦いで、一秒近く硬直すれば何を以てしても死ぬ。何故、硬直が起きなかったのか。


 俺は自分の右手に一瞬だけ目を落として――顔を上げた。同時にアリスも緩んていた頬を元の形に戻して、砂漠の一点を見る。


「列車が来ましたね」

「……あぁ。とりあえず乗って、ス・ラーフに戻るか。後は左腕を無縁墓地で戻さないとな」

「来訪者は死から遥かに遠いと聞いていますが、欠け身さえも癒やすことが出来るのですね」


 砂丘を越えてこちらに進んでくる土龍を見つめながらアリスが呟く。部位破壊された左腕に関しては、システムから高位の回復魔法・ポーションの使用、或いは無縁墓地での休息で治癒が出来ると手引きがあった。


 ワールドクエストの達成で、文字通り桁の違う金を得たが、無料で治癒が出来るならそれに越したことは無い。

 こちらへ悠々と進んでくる土龍列車に合わせて、俺達以外のプレイヤーが砂丘を越え、徒歩で停泊駅に集まってくる。


 どうやら列車の運行表から狩りのスケジュールを組んでいるプレイヤーはそれなりに多いらしく、彼らはポツンと砂漠の真ん中に立ち尽くす俺達に目を白黒させ、アリスはそそくさと俺の背後に隠れた。


「恐怖を越えても、やっぱり人は苦手か?」

「もう、からかわないでください……これに関してはミツクモに責任がありますよ」


 少しだけからかうように言うと、アリスは不服そうな声を漏らしつつも、俺を視線の盾にする。まあ、確かにこれまでのアリスはプレイヤーが声を掛けてきても毅然と対応してきていただろう。変な意識を植え付けた俺にも一応の責任はあるか。

 駅に集まったプレイヤー達の奇異の目やコソコソ話に、久々の気分の悪さを感じつつ、戦闘のリザルトに目を通した。



 ――――――――



 場所は変わって、列車の車内。当然のように一両目に乗り込んだ俺は、隣にピッタリとついて座るアリスを一瞥して、車内を見渡した。

 昨日の深夜、早朝と違って、一両目の列車内には疎らにプレイヤーの姿がある。彼らのレベルはおおよそ15前後。以前襲ってきたデザートイーターを考えると、ここの適正レベルは大体その辺りなのだろう。


 彼ら彼女らは遠巻きに俺を見つつ、何やら居心地悪そうに小話を続けている。そんな態度をされても、気分が悪いのは俺の方なのだが……吐き気や動悸を抑えつつ、隣に座るアリスの心配そうな眼差しに、目で『問題無い』と返す。


「え、アレ……ミツクモって、さっきの人?」

「うわ、絶対そうじゃん……てか、隣の子めっちゃカワイイ」


「レベル20って、え……?『勇気の証明』ってス・ラーフ最強のやつでしょ?」

「隣の子レベル……低っ。てか、NPCじゃない?」

「クラスも種族も見えないね……特別な子なんじゃない?」

「てか腕痛そ〜……全然平然としてるけど」

「痛覚フィードバック下げてるんでしょ」


「俺、声掛けてこようかな……」

「辞めとけって。絶対疲れてるだろ」

「てか、声かけて何言うんだよ」

「そりゃ、どんな戦いだったかとかさ……運が良かったら付き合い出来るかもしれねえじゃん?」

「まあ……確かに、『次のイベント』に向けてあと一人欲しいとこではあるが……」


 チラチラと二両目からこちらを覗くプレイヤーさえ現れ、尚の事気分が悪い。それでも以前と違ってシステムから【ログアウトしますか?】の提案が出ないのは、隣のアリスのお陰だろう。

 アリスは俺の様子をじっと見て、車内のその他大勢へ最初に出会った時のような冷淡な表情を向ける。


「随分目線を感じますが、何か?」


 感情を感じさせない冷ややかな声に、さっとプレイヤー達の視線が逸れる。わざわざ声を張ってくれたアリスに小さく礼を言うと、どこまでも吸い込まれてしまうそうな紅い瞳を微かに細めて「このくらいはさせてください」と言った。


「……さっきは視線の盾にしてたけど」

「……そうでした。ミツクモは根に持つタイプでした」

「冗談だ」

「知っています」


 くすり、とアリスが笑うと、車内から「はぅっ」と何かに撃ち抜かれたような呻き声が響いた。アリスは困惑と警戒の表情を浮かべるが……俺はなんとも言えない表情になる。

 分かる。アリスは自分が人形のように整いきった顔をしていることに気付いていない。


 すらりと筋の通った小鼻。形が良く柔らかそうな唇。赤い琥珀めいた大きな瞳と長い銀色の睫毛にはこの世らしからぬ幽玄さがある。

 この世の何物にも染まっていないような無垢な顔付きと頬に残る痛々しい生傷のギャップは倒錯的で、そんな顔で柔らかに笑みを浮かべられれば悶絶の声の一つは出るものだ。


 俺は何かを言おうとしたが、また変な意識をされてもと思って言葉を取り押さえる。そうして、また別の意味で静かになった車内で、俺はシステムコンソールに目線を戻し……そこで視界の端に、控えめながらも見覚えの無い通知が来ているのを見つけた。


 手紙のアイコンに「!」のマークが付いたそれに視線をフォーカスすると、待っていたとばかりにウィンドウが開く。

 開かれたウィンドウの一行目、大見出しになる部分にはハッキリとこう書かれていた。


 ―――――――

 イベント告知! 『idea is you』初の大型イベント! パーティ対抗バトルロワイヤルPvP『find well heart』開催!

 総プレイヤー数100万人超えの頂点に立つのはどのパーティでしょうか!

 ―――――――


「イベント……?」


『idea is you』初の大型イベント。パーティ対抗によるバトルロワイヤルPvP。その単語を見た瞬間、ゾワリと俺の中の本能が疼く。

 対人戦。俺の戦場。誰一人俺に勝てるヤツは居なかった。俺の全てがそこにあった。


 その全てから逃げ出した先の、このゲームで……のがれられない過去が、俺の背後に迫るのを感じた。



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