第21話 不退転
朽ちた残骸の残る廃都アズラハット、その中心にあるアズラハット大聖堂跡地は、有り体に言って『白い蟻地獄』だった。
かつての大聖堂を囲んでいたと思われる巨大な石柱。円形に置かれたそれらの先には、何一つ建物らしいものは無い。恐らくはかつて大聖堂を形作っていた石材が朽ち果てた白い粉が蟻地獄のようなすり鉢状の地形を形作っている。
恐らくかつての大聖堂には、地下があったのだろう。アズラハットが滅びた日、何かしらが起きて地盤が崩れ、そしてそこに砂が流れ込んですり鉢状の地形になったのだ。
ただ……白く粉微塵になった石材は、まず間違いなく、その中心で猛威を振るう『騎神』によって作られたものだろう。
「っ……!」
比較的形の残った廃屋の屋上から戦場を見下ろすアリスが、俺の手を強く握る。白い砂漠の中心、色とりどりのプレイヤー達に武器を向けられているのは、まさしく『騎神』と呼ぶべき巨大な鎧だった。
100メートル以上離れた場所から観察していても、遠近感覚が狂うほどにその体躯は巨大だ。目測で8メートル前後の、銀色の大鎧。雄々しく一本の角を生やした兜には褪せた緑色の布が短冊のように何枚も垂れており、兜の中の眼光を隠している。
それは噂通り、四本の腕を持っていた。左右で二本ずつ、傷の目立つ銀の篭手には、人間の身の丈ほどの大剣が一本ずつ握られている。巨躯の随所に傷や錆はあれども、握られた白銀の刃に陰りは一切無く、昇る朝日を思わせる。
『勇気の証明』"
大鎧の胸部には金の装飾が丁寧に施されており、太陽の光を受けて時折黄金の光を反射を放っている。
もしもヴィラ・レオニスに足甲があれば、恐らくその体躯は10メートルを優に越していただろう。遠目からでも、それが放つ独特の覇気にうなじの毛が逆立つ。
(……冗談じゃない。こいつが推奨レベル40? 雰囲気だけならネビュ・レスタなんて目じゃない化物だ)
陽光差す白い砂漠の上に滞空したヴィラ・レオニスは、荒れ狂う神の風格を放っている。しかし、それを正面から受けつつもプレイヤー達は、冷静に、果敢にヴィラ・レオニスの懐に飛び込んでいた。
「マナリアさん!次の『証明』まで耐えられそうか!?」
「無理!俺のスタックは充分だからヘイト引っ張ってくれ!」
「了解! B班!ツーマンセル四人でデバフ積みながら総攻撃!」
「あいよ〜ッ! 『サクリファイス』!『ブラッドコール』!」
「『枯死の呪い』!『異界龍降』! オッケ、突っ込む! ますたーさーん!死にそうになったら助けてくれ!」
「無茶言わないでください〜!」
ヴィラ・レオニスの四本の腕がそれぞれ別に駆動しながら、目にも留まらない速さで大盾を構えたプレイヤーに叩きつけられる。一撃を大盾で受けた瞬間、あまりの衝撃に地面の粉が舞い、大きな火花が散る。
続く二撃、三撃を冷静に大盾で
「『セーフウィーバー』!間に合った!」
「カウンター行くぞぉぉ!!『カリスト・ロア』――うげっ!?」
「『重崩黒掌』!打撃弱点付けた!集中ッ!」
「『ペネレイト・スマイト』!『テンペストスピア』!ケリア、出過ぎだ!下がれ!」
「ゴメン!僕今『疑心』1!あと2スタック取らないと詰む!」
「タゲ俺!タゲ俺!このまま十二時に引っ張る!」
即座にヴィラ・レオニスの背後へ四人のプレイヤーが攻撃を叩き込む。一人目の攻撃は四撃目を放つ予定だった大剣により後ろ手で止められ、しかし隙を穿って拳闘士のプレイヤーが上空から降り注ぐ形で掌底を兜に叩き込み、重い衝撃音と共にヴィラ・レオニスの後頭部に黒い印のようなものが浮かぶ。
ヴィラ・レオニスは即座に振り向きながらの横薙ぎを放ったが、四人はそれぞれ攻撃を見切って反撃に転じていた。
四本腕が機械のように剣を踊らせ、あらゆる角度から目にも留まらない連撃を叩き込む。しかしヘイトを引いたプレイヤーは最小限の動きでそれぞれを避け、大槍で逸らし、後ろに引きながらヴィラ・レオニスを誘導する。
振り下ろされた大剣が砂漠に直撃した瞬間、砂面が爆発するように捲れ上がり、白い煙幕が生まれる。俺ならばどれを受けても即死確定の連撃を捌くプレイヤーの表情は、遠目からでも分かるほどに強張っている。……ワンミスで全身が粉微塵に変わるのは俺も彼も変わらないらしい。
「ふっざけんな……!このッ、連撃、無茶苦茶、過ぎ!!」
「C、D、立て直した! 全員カリフラワーさんの援護!スタック稼げ!」
「俺スタック『疑心』のままっす!」
「時間無い!自信無いならアイテムで稼げ!」
パリン!と何がが割れる音と共に複数人のプレイヤーが腕や足を押さえながら砂の中から起き上がる。少しばかり人数が少ないと思っていたが、俺達が来る前に何人か纏めて落ちてしまっていたらしい。
蘇生されたプレイヤー達は何かに急かされるようにヴィラ・レオニスの背面を狙うが、その内の一人が渋い顔をしながら黒いオーラを放つ藁人形を手に持った瞬間――ヴィラ・レオニスの巨体が消えた。
「――はっ?」
「うっ!?」
「ヤツメウナギッ!後ろ!!」
「ヤバ――」
プレイヤー達の攻撃が空振って砂漠を波立たせ、全員が反射で後ろを振り返る。一瞬だけ空間から完全に消えたヴィラ・レオニスは……いつの間にかヤツメウナギと呼ばれたプレイヤーの背後にテレポートしていた。
四本の剣を上下左右に、矢印ならば時計回りに剣先が揃う形で大剣を構えたヴィラ・レオニス。その巨大の影に入ったプレイヤーは目を見開き、砂漠に
『――勇なき決断。それ即ち、死』
瞬きの一瞬、その間に四本の剣は振り抜かれていた。片手にアイテムを持ったまま、ヤツメウナギの身体が五分割に分断される。両手両足、そしてそれ以外。全員がそれを見る頃には、その身体は赤いダメージエフェクトの花火の中で青いポリゴンとなって爆散した。
「クッソ、マジか!?ヘイトの概念どうなってんだよ!?」
「バカテレポートが!ふざけんな!」
「ますたーさん!?『再誕』何秒!?」
「さっき使ったばかりです!アクトさんはあと40秒ですがスタックが……って、こっち来てません!?」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!」
「『ヘイトアップ』!あっぶねえ!?俺が引く!お前ら早くスタック稼げ!崩壊するぞマジで!」
「落ち着け!次の『証明』まで残り30秒!それまで俺とマナリアで捌く!」
にわかに騒ぎ立つプレイヤー達を一喝したのは、双剣を構えたエンデだった。華麗に宙へ飛び上がると、俺と同じように空を踏んで更に上昇――次の瞬間にはヴィラ・レオニスの身体を通り過ぎて砂漠に着地しており、遅れて白銀の鎧からダメージエフェクトが乱れ咲く。
「『
『汝、勇を示すか。ならば――死せよ』
ヴィラ・レオニスの放つ声は鎧の内側で何度も反響したような独特の響きがあり、しかしそこに込められた威厳や重圧はまるで衰えていなかった。
狙いを
しかし、既にそこにエンデの姿は無かった。エンデは既にヴィラ・レオニスの後頭部辺りに飛んでいる。頭を砂漠へ、足の裏を空へ向けたアクロバットな姿勢で、両手は双剣は既に振り抜かれていた。
「――
どうやらあの超高速の斬撃がエンデの胸裏らしい。いつの間にか彼の周囲には星座を象ったような幾何学なエフェクトが浮いており、双剣が辿った軌道が遅れて空間を走ると、ヴィラ・レオニスの身体からダメージエフェクトが散る。
一瞬の硬直の後、またもやヴィラ・レオニスの身体が掻き消えた。空を舞うエンデの更に上、高高度に浮いたヴィラ・レオニスは四本の大剣を時計回りに構えて荘かに言う。
『示せ。
上から降り注ぐ四本の大剣。俺には見える……あれは四本の剣による、超高速の連撃だ。あまりにもその感覚が短いが故に同時攻撃と感じるほどの四連撃。
エンデは目を見開き、しかし空中で身体を捻ってその攻撃に相対する。
一撃目、エンデの左腕を狙う剣閃を双剣で逸らす。
二撃目、エンデの右腕を狙う剣閃を身体を捻って避ける。
三撃目、エンデの右足を狙う剣閃を空を泳ぐような独特のモーションで逃がす。
四撃目、エンデの左足を狙う剣閃は、薙ぎ払いではなく突きだった。エンデは十字に重ねた双剣でそれを逸らそうとし……間に合わない。
「――ッ!?」
『足らぬ』
鉄が引き裂かれるような甲高い異音と共に、エンデの左足が切り飛ばされて宙を舞う。苦悶の表情と共に落下していくエンデと共にふわりと降下しながら、ヴィラ・レオニスは四本の大剣の先を自身の兜の前で交差させた。
そのモーションを見た瞬間に、エンデは顔を強張らせて叫ぶ。
「……ッ!全員避けろッ!『滅剣――」
『来たれ、"
不滅の滅剣。ヴィラ・レオニスは確かにそう言った。その瞬間に砂漠の空に複数の切れ目が現れ、そこから見覚えのある騎士大剣がプレイヤー達の頭上に降り注ぐ。
「あれは……」
「……」
俺は隣のアリスを見たが、アリスは無言で戦場を眺めている。俺に視線に気付いていないはずは無いが……どうやら、彼女は何も語る気が無いらしい。
再び戦場に目を向けると、まさしく雨あられと大剣が降り注いでいた。避けきれなかったプレイヤーが二人、それに貫かれて致命傷を負う。慌てて求道者のプレイヤーがメイスの先端に光を灯して二人のHPを回復する。
「『艱難返り』……!危な――」
「アクトさん!ヤバイッ!」
「その位置死ぬっ!」
「あっ」
降り注いだ騎士大剣は砂漠に突き刺さり、剣山のようになる。そしてヴィラ・レオニスが重ねていた四本の大剣を切り裂くように振るうと、刺さっていた騎士大剣と騎士大剣の間に黒い線のようなものが現れた。まるで不吉な星座のように、砂漠に黒い網が張られる。
アクトと呼ばれた求道者のプレイヤーは自身の鳩尾を貫通する黒線に目を剥いた。
次の瞬間、凄まじい持続ダメージを受け、その身体が黒いポリゴンとなって砕け散る。ちょうどそのタイミングで、片足を喪ったエンデが空を蹴りながら砂漠に着地し、冷や汗を流しながら声を張った。
「切り替えろ!今蘇生は厳禁だ!次の『証明』で即死する!ますたーをカバーしながらヘイトを取れ!」
砂漠に刺さっていた騎士大剣は攻撃の持続時間が終了すると同時に黒い灰となって消失する。反転でエンデはプレイヤー二人を伴って、片足のままヴィラ・レオニスに突撃した。
「第三篇……『
「ふー……
「
エンデの身体が青白く発光し、二人に分身する。プレイヤーの一人はどこからか持ち出した黒い仮面を顔に取り付けると同時に黒いモヤとなって姿を消し、もう一人は全身に大岩を纏い、4メートル近い巨躯となってヴィラ・レオニスにタックルを放つ。
『示せ』
ヴィラ・レオニスは重くそう言い放つと、四本の大剣を駆動させて三人を迎え撃つ。二人になったエンデの内一人を切り裂くが、その体は星くずとなってその場で消える。同時に一人残ったエンデの体が再び二人に分身して、四本の剣がヴィラ・レオニスの身体を切り裂いた。
三本の大剣が同時に大岩の塊となったプレイヤーを切り裂こうとするが、彼はお構い無しに両腕でそれを受ける。
バキン!と硬質な音が鳴って、纏う大岩に大きな亀裂が走る。だが、止まった。ヴィラ・レオニスの大剣が岩に食い込んで止まり、ニヤリと笑ったプレイヤーがそのまま拳でヴィラ・レオニスの胴体を殴り抜く。
鉄が軋む耳障りな音が響いて、この戦闘で初めてヴィラ・レオニスの巨体が怯んだ。仰け反った上体が戻ろうとする手前、ヴィラ・レオニスの兜に黒いモヤが掛かり……その体が綱で引かれたように後ろに引っ張られる。
明確な隙にエンデが再び二人一組でヴィラ・レオニスの頭から腰までを走り抜けながら切り刻む。ここぞとばかりに他プレイヤーも武器を構えて切り込み、巨体に熾烈な総攻撃が叩き込まれた。
大輪のようにダメージエフェクトがヴィラ・レオニスを覆い、反撃に大剣を振るうが再び分身を切り裂き、大岩に止められ、或いは避けられる。
さっきまでは、討伐隊の壊滅が頭を過っていたが、やはり胸裏はこのゲームにおける切り札と言っても過言では無いらしい。
「押し切れるか?」
戦闘に参加していない俺では、ヴィラ・レオニスの残存HPを見ることは出来ない。だが、適正レベル帯のプレイヤー達による総攻撃はさしものヴィラ・レオニスでも無視できないダメージだろう。
総攻撃に参加していないプレイヤーも無事にダメージから立て直している。これを繰り返せば恐らくは、と呟いた俺に、アリスは静かにこう返した。
「……足りていません」
「……火力がか?それとも人数?」
「いえ。地力は充分過ぎるほどです。彼らは私の想像を超えて強い。並々ならない準備を重ねています」
ですが、とアリスは深紅の瞳を細めた。
「彼らはそれに頼りすぎた。本質を忘れています。アレの前に立っていいのは、真の勇者だけなのです」
俺達が見据える先、総攻撃を受けるヴィラ・レオニスがダウンモーションから身体を起こし、即座にプレイヤー達が反転して距離を取る。エンデも何かをアイテムボックスから取り出しながら身体を離し、大岩のプレイヤーも一本後ろに引く。
ヴィラ・レオニスが、大剣を左右に大きく開いて構えた。
『汝らよ、示せ。真の勇気を――"
構えられた四本の大剣が虚空を切り裂き、それぞれが十字にぶつかり合う。バキャン!と鉄の擦れる音が響き、ヴィラ・レオニスを中心に巨大な白い魔法陣が展開された。
それらの上に乗ったプレイヤーの頭上に白、或いは黒色の天使の輪のような物が生まれる。エンデや積極的にヴィラ・レオニスに挑んでいたプレイヤーの頭上には白い輪が三重、或いは二重になっており、先程蘇生を受けたばかりのプレイヤーの頭上には黒い輪が二重、或いは三重になっている。
「クソ、間に合わなかった……」
「あっぶねえ、マジでギリ残るわ」
「勇心1ですか……次の『証明』まで調整しながら戦わないとですね」
プレイヤー達がそれぞれの反応をする中、ヴィラ・レオニスは最初遠くから聞いたのと同様の猛々しい咆哮を挙げる。同時に彼らの頭上の光輪が弾け、白い光輪のプレイヤーは身体の傷が大きく回復し、黒い光輪のプレイヤーは続々とデスしていく。
エンデも喪った左足が完全に再生しており、鋭い目をヴィラ・レオニスに向けながら全員に指示を放つ。
「『証明』終了!全員回復とバフ盛り、蘇生で立て直した後にスタック回復に努めろ!ヘイトは俺、ケリア、カリフラワー、マナリアが順番に引く!」
「了〜解!『ヘイトアップ』!」
「まずはアクトさん最優先です!次に回復!四人が時間を稼いでいる内に攻撃の準備!」
号令に合せて戦闘が再開する。……どうやら、これがヴィラ・レオニス特有のギミック『勇気の証明』のようだ。恐らく回復、バフ盛り、蘇生などの保守的な行動をする度に『疑心』というスタックが累積し、対照的にデバフを盛ったりヘイトを受け取ったり、攻撃をドッジ、回避するたびに『勇心』というスタックが累積する。
その状態であの『証明』が行われ、『勇心』スタックが多ければその分回復し、『疑心』スタックが多ければその分ダメージを受ける。
(道理で推奨職業が戦士と拳闘士だった訳だ。僧侶、精霊術師、吟遊詩人みたいなバフと回復が主体の職業はどうしようもないな。遠距離職も余程PSがないと『証明』に耐えられない)
ヴィラ・レオニスの咆哮にアリスが俺の手を固く握るのを感じつつ、再開した戦闘を眺める。疑心スタックの累積覚悟でバフ盛り、蘇生を始めたプレイヤー達。それらを見つめていたアリスが、「あぁ」と呟いた。
「それは……その行動は、『勇者』足り得ません」
アリスの呟きに呼応するように、四本の大剣を振り回していたヴィラ・レオニスが、突如として動きを止める。ピタリ、と四本の腕が静止して……褪せた緑布の奥から、目に見えぬ視線が彼らを睨んでいるのを感じた。
『――命が惜しいか。生きていれば、充足か』
「……は?こんなセリフあったか?」
「い、一旦下がる?なんかヤな予感すんだけど」
「"
『汝らよ、勇気を示せ。これより先は――勇猛果敢の頂点に立つ者のみが生き残る』
「この台詞は……形態移行ッ!?」
「はぁっ!?まだHP七割残ってるんだけど!?」
「特殊行動か!?なんのトリガー引いたんだよマジで!」
威圧するような、押しつぶすような荘かな声。それにハッキリと『憤り』を込めたヴィラ・レオニスは、『不滅の滅剣』を呼び出した時と同じ予備動作をする。
ヴィラ・レオニスから離れた位置に居たプレイヤー達はそのモーションに慌てて回避行動を取り始め、エンデ達四人は絶望の表情でそれを見上げていた。
『来たれ、"
空の切れ目から降り注ぐ漆黒の騎士大剣が、空中で静止した。そしてそれらは命を吹き込まれたように空を泳ぎ、ヴィラ・レオニスの背面へと集う。整然と並んだそれらは、四枚の巨大な剣翼と化した。
そして白い砂漠が沸騰した水のように泡立つと、そこから朽ちた鎧の残骸が大量に現れる。錆に塗れ、みすぼらしい鎧から、小さな火種が一つずつ放たれ……ヴィラ・レオニスの頭上と四本の大剣に集う。
赤熱した四本の大剣、燃え盛る天輪。それらを携えたヴィラ・レオニスは、静かに大剣を左右に広げて、巨体をふわりと浮上させる。
そのモーションは先程放った"
「は、はは……何でもアリかよ、コイツ」
「俺、ギリ耐えきれっかな……流石に胸裏ぶっ壊れて死ぬかな」
「安置があるとは思えないけど……やれるだけ、やるか……『
「これだけ準備しても、駄目か……」
空に昇っていくヴィラ・レオニスが、静かに赤熱した大剣の剣先を胸の前で揃える。それらの交点に、夜空の星を思わせる小さな煌きが生まれ、ヴィラ・レオニスが重く声を放った。
『四肢が
ヴィラ・レオニスの胸部で、光が弾けた。戦場からあらゆる音が消え、濁流めいた光……恐らくは、白熱しきった炎が戦場を押し流す。触れる全てを焼き尽くす白炎の波が途絶えた後、戦場に残っていたのはたった三人。
「カハ……装甲ブッ飛んだけどギリ死んでねぇか。マナリアも……エンデ、なんでお前生きてんだ?」
「……何かの条件を満たしていたんだろう。奴が言う所の、『勇猛果敢の頂点に立つ者』ではあったようだ」
「俺は軽減込みだが結構余裕持って耐えれてるな……多分、勇心が戦闘開始から累計で何個以上ってのが濃厚だろう」
「どちらかというと累計スタックに応じてダメージ軽減、といった所だろうな。『証明』に耐えられるだけスタックを稼げばいいと思っていたが……はぁ。根本からチャートと人選の考え直しだ……」
明らかに重装備、タンク職のマナリアというプレイヤーや、防御力を高める胸裏を用いていたカリフラワーはまだしも、完全に軽装のエンデはほとんどダメージを受けていない様子だった。
三人は互いに顔を見合わせ、ゆっくりと戦場に降り立つ第二形態のヴィラ・レオニスと向かい合う。
「……ケリアもああ言ってたし、やれるだけやるか」
「まー、第二形態のモーション見たことないし、良いデータになるんじゃないか?」
「色々と分かったことが増えた。充分な収穫だ。多少粘って、次に活かすぞ」
「オーケー。んじゃ、死んでくるわ!」
「ふははっ!おまっ、元気良すぎだろ!タンク置いて突っ込むとか!」
岩の鎧が剥げたカリフラワーがアイテムボックスから自身の獲物である槍を取り出し、笑みを浮かべてヴィラ・レオニスに突撃する。慌ててマナリアもそれに追従し、エンデは無言でじっとヴィラ・レオニスの兜の先にあるだろう目を見つめていた。
そしてボソリと何かを呟いたが、流石の俺でもこの距離では独り言まで聞き取れない。しかしエンデは、すぐに両手で頬を叩くと、双剣を構えてヴィラ・レオニスに突撃した。
「……最終篇『
「っしゃあ!根性根性!」
「待て待て!クソ痛え!AAが炎上ダメージ付きだぞこれ!」
「マナリア、回復使ってでも生き残れ!もうヘイト管理もスタック管理も必要無い!」
「それならなんとか……『バトルフォートレス』!『リジェネシールド』!」
三人はしばらくの間、第二形態のヴィラ・レオニスと打ち合っていた。しかし依然として残る"
エンデは残ったのが自分一人だと分かると、静かに双剣を下ろす。そしてヴィラ・レオニスの巨体を見上げて、また静かに独り言を吐いた。
戦闘音が途絶え、微かな言葉の断片だけが俺の耳に届く。
「俺――ウスだったら……――か?」
そうして、エンデの身体を大剣が切り刻み、その体がポリゴンになって弾ける。高レベルプレイヤー16人からなる討伐隊を全滅させたヴィラ・レオニスは、白い砂漠の中心で血を払うように大剣を振って、第二形態から第一形態に戻ると、静かに動きを止めた。
……ここが、潮時か。充分にモーションも、ギミックも確認できた。そして、ヴィラ・レオニスという存在の脅威度と、俺の勝算も。
(普通にやったら、まず無理だな。コイツはステータスの暴力でゴリ押してくるネビュ・レスタとは別のギミック型ボスだ。全部避けて全部当てるだけじゃ勝負にならない。ただ……逆に言えば突破口が分かれば今の俺でも勝算があるはずだ)
ギミック型のボスはあまり得意じゃないが、そこは経験とアドリブでカバーだ。何はともあれ、ここからは俺の出番だ。
ちらりと隣のアリスを見るが、彼女は何かを考え込むような表情で遠方に佇むヴィラ・レオニスの威容を見つめている。
……彼女が何を考えているのか、この観戦で掴めたものはあったのか、『不滅の滅剣』について。
彼女には聞きたいことが山ほどある。だがまずは、この場所から離れてもらわないと困る。どれだけ彼女のVITが高かろうと、ヴィラ・レオニスの大技を含む攻撃群はあまりにも火力が高い。
単純な攻撃速度こそネビュ・レスタの圧勝だが、"
俺はアイテムボックスからなるべく音を立てないように『流転の水晶』を取り出し、横のアリスに渡――
『――示せ。勇気を。危機死に勝る勇猛を』
全身に鳥肌が立った。あり得ない、と脳が呟く。戦場の中心からこの建物まで単純距離で100メートル以上は離れている。俺は気配を殺し、音も出していない。
何よりこの場所は、間違いなくボス戦のフィールド外だった。目だけを動かして、視線をアリスから砂漠へ向ける。あの巨体は、銀色の大鎧は、既にそこに居なかった。
(検知、された? アイテムのせい? 目線か?いや……)
目線を戻して、アリスを……彼女の騎士大剣を一瞬だけ見た。視界の隅に、巨大なものが見える。俺の背後に、信じられないほどの存在感がある。
極限まで認識が加速した世界の中、アリスがゆっくりと目を見開いた。
その瞬間、俺は完全な反射で水晶をボックスに格納し、空いた手で懐の『
『――"
「『ストレート――」
後ろを振り返る時間は無い。廃屋の壁を砕きながら巨大な物が接近するのが分かる。己の中にある勘だけを頼りに、後ろ手で自分の左肩へ十字架を振った。
一瞬の手応えの後、パギンッ!とガラスの割れるような音と共に、俺の左肩で金色のエフェクトが弾ける。
システムが『死界踏破』を発動し、更に世界が加速する。
二撃目、右腕狙いの斬撃を、アリスと繋いでいた左手で自分の身体を引っ張りながらギリギリ回避する。
三撃目、急な動きに体勢を崩すアリスから手を離しながら、振り返りつつ右足への斬撃を片手で弾く。
四撃目、左足への突き。振り切ったスティレットはもう引き戻せない。体勢が不安定で回避が間に合わない。視界の隅で巨大な剣先が俺の左足を吹き飛ばす――寸前に、詠唱が間に合った。
「――エア』ッ!!」
突風が俺の身体を押し飛ばす。しかしながら、風による加速では僅かに速度が足りない。押し込まれた大剣が俺の太ももを深く抉って、HPがゴリッと目減りする。
鋭い痛みに顔を顰めつつ、なんとか受け身を取ろうとしたが不安定な体勢に加え、建物そのものが一気に崩壊を始めた為、無様に転がりながら屋外へ弾き出される。
「っあ……っ!?」
恐らくは反応さえ間に合っていなかったアリスが同様に吹き飛ばされ、白い砂の上を何度か跳ねた。豆腐のように軽く建物を破砕したソレは、白い煙の中から宙に浮いた巨体を現す。
『矮刃にて弾くか。その意気や
「冗談じゃない……どうなってんだ」
ダラダラと左足から出血しながら、四つん這いで巨体を……ヴィラ・レオニスを見上げた。その姿は第一形態に戻っているが、放つ威圧感や覇気はまるで衰えていない。それどころか直接向けられる重圧にシステム由来の怖気が走って手足が震える。
ヴィラ・レオニスが化け物なのはいい。それは観戦で充分に分かった。だが、この状況は最悪すぎる。視界の隅で膝立ちになったアリスが、呆然とヴィラ・レオニスを見上げ、固まる。
「あ、ぁ……ぁ!」
『……死に値する臆病者。汝には生さえも
十中八九クエストによるものだろうが、ヴィラ・レオニスはアリスを見下ろし、深く憤りの篭った言葉を放った。ああ、こうなるよな。こうなるに決まってる。だが、俺にはまるで準備ってもんが出来てない。
断言する。このまま戦って勝てる確率はゼロだ。俺達は二人揃ってここで死ぬ。だが――
「俺が証明してやるよ、ヴィラ・レオニス。お前が言う『勇気』を。だから、かかってこい……お前の本気を見せてみろ」
安い挑発だ。だが、さっきの観戦でコイツの本質が『殺戮の機械』じゃなくて『審判者』だっていうのは分かっている。エンデの言葉に応え、ヘイトを向けたのを見ている。
ヴィラ・レオニスは視線をアリスから逸らして俺を見た。
……この戦い、俺達に勝ち目はない。だが、『俺』には勝ち筋がある。冷や汗をダラダラ流しつつ、俺は十字架を構えた。
(どんなタイミングでも良い。アリスのHPが尽きる前に、『流転の水晶』を渡して使わせる……。それが出来れば俺の勝ちだ)
『汝、勇を示すか。ならば――死せよ』
一度聞いた台詞。恐らくはターゲット変更の合図だ。ヴィラ・レオニスの巨体が砂漠に降下し、凄まじい速度で俺に迫ってくる。
同時にシステムが控えめな通知を流し、戦闘開始を告げた。
【エンカウント:
【『勇気の証明』"
【警告:エネミーのレベルが高過ぎます。撤退を】
【――Loading――】
【警告:撤退 非推奨】
【エネミーとの戦闘を開始します】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます