第19話 心を識る人

 偶然にも良い武器に巡り会えた幸運に感謝しつつ、ス・ラーフにおける拠点としてどこかしらの宿を借りようと考えていたのだが……そこで俺は自分のミスに気が付く。


「あー……面倒だな」

「……?どうかしましたか?」

「いや、今の手持ちが2000イェンなんだが、宿代と土龍列車の運賃を考えると、一度デザートイーターの素材を売らないといけない」

「なるほど。ではギルドに一度向かうのですか?」

「そうなりますね」


 純粋に手間であることと、またあの疎外感を受けながら換金をしなければならないのか、と気を落としながら、二人で朝のス・ラーフを歩く。既に曇り空の雲は割れて日が出てきており、街中は活気を盛り上げてきている。ちらほらとINしているプレイヤーとのすれ違いも増え、彼らの視線から逃れる為にアリスはまたもや俺のすぐ後ろ隣に立つ。


「……やっぱり気になりますか? ジロジロ見られるのは」

「これまではそうでもなかったのですが、ミツクモが変な事を言うので気になっています」


 だから責任を取って目線の盾になれ、と言外にそんな訴えが聞こえてくる。まあ、アリスが警戒心を持ってくれるのは良いことだ。

 半ば諦めつつ、先程無淵墓地から歩いてきた道を逆行する。中央街道を進み、朝になって開いた市場マーケットや露店に寄り道をしつつ、ス・ラーフのギルドの前に辿り着いた。


「俺はハルファスですし、アリスは目立ちますから、ここで待ちますか?」

「……いえ、一緒に行きます」

「分かりました。では行きましょう」


 ス・ラーフのギルドは市役所めいていたセントラル共和国のギルドと異なり、全体が木造で西部劇に出てくる酒場を彷彿とさせた。

 これまたウエスタンな両開きのスイングドアを押し開けると、途端にカラフルな人の群れが目に入る。初期リスポーンのセントラル共和国と違い、ある程度進んだ場所にあるス・ラーフでは、プレイヤーの質が違うようだ。


 目を凝らせばちらほらとレベル30を越すプレイヤーも見受けられる。剣ではなく紅蓮の三節棍を肩に担いだプレイヤー、頭の上にキラキラと光る鳥を乗せたプレイヤー、両腕が機械化し蒸気を上げているプレイヤー。相変わらずに誰も彼もがオンリーワンな姿を見せている。


(……そういえば、俺は心識ってものをまるで開放してなかったな)


 なるべく目立たないようにギルドの隅を歩きつつ、向けられる目線を無視する。基本的に俺よりもアリスに目が向くことが多いのだが、アリスはここぞとばかりに俺を盾に歩くのであまり変わりが無い。


 ス・ラーフのギルドは独特の建築様式を採用しており、中央に円形の巨大なバーカウンターが設置されている。それらを囲むようにスツールやテーブルが並び、階段や受付は四隅に寄っていた。

 そして中央のバーカウンターは、天井から糸で何枚もの紙を吊り下げている。よく見ればそれらはクエストの依頼書であったり、賞金バウンティが掛けられたモンスターの手配書だ。


 ギルドは一階と二階に分かれており、中央は吹き抜けになっている。つまるところ二階は「ロ」の字になっており、二階では手すりに体重を預けながら中央に吊られた依頼書を吟味するプレイヤーが散見された。


「ここが、来訪者達の集う場所……一騎当千の来訪者が、こんなにも居るのですね」

「そうですね。見た限りレベルの高い人ばかりです。……ん?」


 なるべく人目を引かないように角の換金所へ歩いていたのだが、ギルド中央のバーカウンターに、やけに気迫に満ちた集団が見受けられる。

 レベル34、25、29、38、41……このギルドの中でも上澄みに近い猛者達が、遠目では16人。彼らは一人の男性プレイヤーを中心に、自身の武器や防具の手入れ、アイテムの確認をしていた。


「……ミツクモ、あれは何でしょうか?」

「……見る限り、パーティが固まったユニオン……何かしらの『討伐隊』って感じですね」

「討伐隊……」


 俺の言葉を反芻したアリスが、じっと俺の目を見る。……まあ、アレだけの人数が集まって戦うなら、それはそれは手強いボスを相手するのだろう。見た限り、彼らの職業は全員前衛職。戦士、盾使い、拳闘士、求道者で構成されている。普通のMMO的な目線で考えれば奇妙なことこの上無い。


 と、そこでユニオンの中央で各パーティに確認や指示を出していると見られる男性プレイヤー……『エンデ』がパンパン!と手を叩いた。


「よし!全パーティの補給と確認はバッチリだ!全員……準備は良いか!?」


 おう!とプレイヤー達は拳を掲げる。エンデは彼らの顔つきや雰囲気をじっと見回して、自身も拳を突き上げた。


「今日、俺達はこのゲームに名前を残す!このゲーム始まって以来、不落のユニーク・ネームドモンスターの一角――『勇気の証明』を狩りに行く!」


 芯の通った覇気のある声だ。ギルドに響いた宣言に一瞬喧騒が途絶えて……プレイヤー達は皆、期待を込めた拍手と指笛を彼らに送る。どうやら彼らは今日この日のために、随分と準備をしてきていたらしい。


「良いぞ〜!やったれ!」

「お前達なら余裕だって!ファイト!」

「伝説になった後に、たっぷり話を聞かせてくれよ〜!」


 周囲の目が彼ら……便宜上『勇気の証明』討伐隊と呼称する面々に集まっているのを横目に、さっさと換金所へ向かおうとする。数歩前に進んで、そこで俺は、アリスが俺について来ていないことに気が付いた。

 彼女はじっと佇んで、拍手の中で円陣を組んでいる討伐隊を見つめていた。


「……」

「……気になりますか?」

「……はい」

「彼らなら、もしかしたら自分達が戦う前にヴィラ・レオニスを倒してしまうかもしれませんね?」


 言外に、『彼らに混ざるか?』と聞いた。彼女の目標はヴィラ・レオニスの討伐であり、故郷の負の遺産を解体することだ。そしてそれは、必ずしも俺の手によって行われなくても良い。

 ワールドクエスト達成の報奨は確かに惜しいが、俺はそれよりも、目の前の少女に後悔の無い生き方をしてほしかった。


 俺の言葉にアリスは一度俺の目を見て、再び彼らの方を眺め……静かに首を横に振った。


「……いえ、大丈夫です」

「そうですか」

「はい。……恐らく、彼らは『あれ』に勝てないでしょうから」


 俺は反射でアリスの目を見た。赤炯々とした冷淡な瞳には、小さく憐れみが浮かんでいる。彼女は、可哀想だと思っているのだ。それぞれが自慢の武器を掲げ、プレイヤーの中でも上澄みで構成されたあの16人のことを。


「確信は全くありません。ですが、感じるのです」

「……」

「『勇気の証明』を、あれが再三示せと吼える『勇気』を、彼らはきっと持ち得ていない。そんな予感がします」


 彼女の視線の先、勇ましい掛け声と共にプレイヤー達がダン!と一斉に足を踏み鳴らし、『オォ!』と声を挙げた。レベル的にも、心構え的にも、彼らにはヴィラ・レオニスと相対する資格があるように思える。

 パーティ構成をワールドクエストの推奨職業である戦士と拳闘士で固め、抜け目なくウィンドウを操作してアイテムの数やそれぞれの立ち回りを確認する様子は第一線の在り方を示していた。


「……俺には少し分からない感覚ですね」

「私も、はっきりと言葉では言い表せません。彼らは確かに強いです。万夫不当の英雄でしょう。でも……そう感じるのです」


 アリスは篭手に守られた両手へ視線を落として、少しの間口を閉じる。そして、何かを決意したように俺を見上げた。


「……ミツクモ、お願いがあります」

「なんですか?」

「私は、彼らの行く先をこの目で見たい。あれに向かい、戦う彼らの姿を見たいのです」

「……理由を聞いても?」

「私の中に渦巻く、この感覚の答えを知りたいのです。どうして私は彼らに足りないものがあると感じるのか、果敢なる輝きを持つ彼らに、『あれ』はどんな答えを返すのか」

「……」


 彼女の言葉は、はっきり言って抽象的だった。だが、それは彼女自身も理解しているらしい。胸に手を当てて、戸惑いながらも言葉を続ける。


「それが分かれば……近付ける気がするのです。……真の勇気、その在り方に」


 アリスの目は真っ直ぐに俺を見据えている。相変わらずその目に光は無いが、渦巻く感情には興奮と、僅かな期待が滲んでいる。

 ……はっきり言って、ノーを返したい。あまりにもリスクが大きく、リターンの少ない提案だった。確かにヴィラ・レオニスの行動パターンを確認できるメリットはある。だが……万が一何かが起きて、そのまま戦闘に巻き込まれたら? 俺は彼女を庇い切れるのか?


 俺の理性が首を横に振って……しかし、俺の『勘』は耳元で『行くべきだ』と言う。俺の勘は、二択を間違えた事が無い。何より、他でもないアリス自身がそれを望んでいる。

 俺はしばらく黙って、その間に続々と討伐隊の面々はギルドから戦場へ舵を切る。


「……一つ、約束してください。絶対にヴィラ・レオニスと戦わないこと。俺が逃げろと言ったら、すぐに俺を捨てて逃げること」

「……」

「それが約束出来ないなら、無理です」

「…………分かりました」


 渋々、といった表情でアリスが頷く。それを見て、俺は小さく溜め息を吐いて、最初の目的通り換金所へ歩いた。

 この約束は、あくまで保険だ。出会って一日だが、アリスの性格はなんとなく掴めてきた。彼女は一度結んだ約束は決して破らない。そんな『勘』が俺にはある。何があっても一目散に逃げてくれるなら、後は俺が時間を稼ぐだけだ。


 頭の中のフローチャートを破り捨てて、新しくチャートを組みつつ、俺に怪訝な目線を向ける換金所の受付嬢に愛想笑いを向けた。



 ――――――


『勇気の証明』討伐隊を追って、俺とアリスはセントラル共和国行きの土龍列車に乗っていた。噂によると彼らは一本前の便に乗っていったらしい。


「ミツクモ、それは何ですか? 珍しく悩んだ顔で購入していましたが……」

「『流転の水晶』というらしいです。これを砕くと、最後に立ち寄った街に戻れるアイテムですね」


 ガタン、ガタン、と相変わらず酷い土龍列車の揺れに揺られながらアリスの質問に答えた。俺の手元には、拳大の半透明な水晶が握られている。雨で結露したような曇りを持つこのアイテムは、先刻ギルドのショップで購入したファストトラベル用の消耗品だ。

 その値段、驚異の20000イェン。信じられない価格故に一つしか購入出来なかったが、背に腹は代えられない。


 ギルドでデザートイーターの素材を売却した際、希少らしい角の素材が高く売れ、総額36000イェンという大金を手に入れたのだが……ショップで下級のHPポーションとマナポーションを数本、そしてついでに見つけたこの『流転の水晶』を購入しただけで、ほとんど差し引きはゼロだ。

 宿屋を手配する必要が無くなったために帰りの運賃はあるが、これは何かしらの素材を手に入れて帰らなければ今後が危うい。


 もう一度デザートイーターが出てきてくれれば……などと邪な思いを抱えつつ、水晶をアイテムボックスに収納する。


「……少しだけ、罪悪感が湧きますね。私のわがままで、ミツクモに少なくないお金を出させてしまいました」

「気に病むことはありませんよ。これは保険ですし、使わないなら使わないで、今後の備えにもなります」


 確かに痛い出費ではあったが、腐るようなアイテムではないだろう。そう思いつつ、俺は列車の中を見る。まだまだ朝方で、相変わらずに揺れの酷い一両目に乗っているからか、最大12人乗れる筈の座席には俺達以外の姿が無い。

 2両目以降を見るとそれなりにプレイヤーの姿が見受けられるので、純粋に皆、金を払って気分を悪くしたくないだけだろう。


 それを確認して、隣に座るアリスに冗談めかしたことを言う。


「――それに、この程度でアリスの安全が守られるなら安いですよ……って言ったら、キザ過ぎますか?」


 俺の言葉にアリスは一瞬だけ目を丸くして、すぐにいつもの無表情に戻る。しかしその口元には微かな笑みがあった。


「口が上手くて私を調子に乗せる、と言ったことを根に持っているのですか?……態々言わなくとも、あれだけ悩みながらそれを買う様子を思い返せば、気持ちは伝わります」


 ミツクモは私を大切に思ってくれているのだと。……そんな風にさらりと言って、アリスは目元を緩める。軽いロールプレイに対し思いもよらないカウンターを食らって、俺は思わずこめかみに手を当てた。

 ……なんなんだ、これは。噂には聞いていた。これまでも充分に感じていた。だが……このゲームのNPCの作り込みは、度を越している。言われなければこんなの人間と区別がつく訳がない。


 柔らかく破顔したアリスに一時フリーズしつつ、なんとか言葉を絞り出す。


「……中々、ダイレクトな言い方をするんですね」

「……? 私の言葉が変でしたか?」

「変では無いです。ただ、今の言い回しは気軽に他人に使わないほうがいいですね」

「理解出来ません。ミツクモは他人ではありませんが?」


 少しだけ眉を下げてアリスは言う。いや、まあそれはそうだが……この場合は俺の言い方が悪いのか? 尾てい骨にダイレクトに響く車両の揺れを体感しつつ、「まあそうですが」とアリスへ苦笑いを返す。

 アリスは納得いかないような表情で「そういえば」と繰り出す。


「ミツクモは戦闘中、敬語が抜けていましたね。そちらが素なのであれば、私に対して他人行儀に敬語を使う必要はありません」

「それは戦闘中に敬語を使うと無駄が多いからなんですが……他人行儀っぽいと言われれば、確かにそうなので……はい。それじゃあこれからは、こんな感じでいいか?」

「はい、それで良いです」


 初対面の彼女はかなり刺々しく、なるだけ刺激しまいと敬語を保っていたが……どうやらもうその必要は無いらしい。

 満足したように窓の外を眺めるアリスに苦笑しつつ、俺は俺で自分のステータスを確認した。



 ――――――――

『ステータス』


 名前:ミツクモ  二つ名:『死と踊る風』


 種族:ハルファスの民  種族Lv:11

 職業:魔導士       職業Lv:10

 HP:303 +20

 MP:600 +100

 筋力(STR):130 

 耐久(VIT):102 +30

 魔力(MAG):312 +70

 意思(CON):231 +30

 基礎速度:120 

 ステータスポイントが60ポイント使用可能


《装備品効果》

慈悲の十字架ラスト・スティレット

 ・パリィ成功時、次の攻撃が確定でクリティカルヒットする

 ・パリィ成功後のクリティカル攻撃に『装甲貫通』を付与する


【基礎スキル】

 『下級風魔法 7』『魔力視 3』『魔術理解 6』『精神統一 8』『詠唱加速 6』

【ユニークスキル】

《無冠の曲芸》《決死の牙》《死界踏破スラック・ランナー》《隼の流儀ピルグリム・コール

【種族固有スキル】

 メリット系:

『風詠みの一族』『器用』『弓術補正:小』『風魔法威力補正:中』『毒耐性:小』

 デメリット系:

『異民族』『神に捨てられた民』『信仰減衰補正:中』『虚弱:小』


星幽装アストラルコンバージョン

心識アヴェーダ

 心識.1が開示できます

 心識.2が開示できます

胸裏インスリット

 種族レベル■■より解禁

融心アスラヴァルナ

 種族レベル■■より解禁

    

 ―――――――――



 ようやくレベルが二桁に到達した。ステータスの伸びは相変わらずで、遂にHPとMPがダブルスコアになっている。俺はプレイスタイル的に被弾をそもそも勘定に入れないので問題は無いが、システム的に回避が不可能な攻撃が来た時の切り札は何かしら持っておきたい。

 現状その役割を担うのは『死界踏破』だが、これもHPが1以下になる場合に基礎速度をHP代わりにするピーキーなスキルだ。背中を預けるのに適しているとは言えない。


心識アヴェーダ……確か星幽装は最初、パッシブのスキルって形で出てくるんだったか)


 なんとなく手を出していなかったが……これから俺とアリスはリスクのある行動に出る。少しでも地力を盛れる何かがあるなら手を出しておくべきだろう。解放といってもやり方が分からないが、このゲームなら柔軟に説明してくれるだろう。

 少しだけ深呼吸して、システムに対して『心識1を開放する』と意識を――


「――あ」


【心識1を開示します】

【――Loading――】


『こんにちは、来訪者オービター


 世界が一気に暗転し、俺の耳元に女性の声が聞こえた。これは……キャラクリの時に俺に声を掛けていた女性の声か?

 その時と同様に、俺の身体は指一歩として動かせない。呼吸も出来ない……いや、違う。呼吸していない。今の俺の身体は、それを必要としていない。


 黒一面の世界に呆然としていると、再び女性の声が響く。


『貴方に逢うのは、もう少し先になると思っていました』

『来訪者。見えますか?この一面の闇の先が』


 声は続く。俺は冷静に目だけを動かして周囲を見るが、目を動かせているのか不安になるほど何も見えない。そこは一面の闇で――


『いいえ』

『貴方には、確かに見えているはずです』

『貴方の目は、目に見えないものを捉えている』

『貴方の視座は、人のそれよりも遥かに高い』

『距離ではなく、時間を。そして光ではなく形を』

『貴方の目は捉えている』


 その声は妙に断定的で、やけに説得感をはらんでいる。……実際、彼女の言うことは事実だ。俺の目は、常人が捉えられないフレームの隙間を見ている。時折、見えないはずの『先』が見える。

 俺が見ている世界を他人に伝えると、まるで俺が冗談を言っているような反応をされた。


『――ですが、代わりに貴方が喪った感覚がありました』

『貴方はそれを自覚していますか?』

『それとも知った上で、仕方の無いことだと飲み込んだのですか?』

『……』

『いつかまた、貴方に逢えたのなら』

『その答えを聞かせてください』


 少しだけ寂しさを滲ませた言葉を最後に、俺は無意識に。パッと開けた世界は何一つ変わりのない列車の中で、俺の呼吸は少しだけ乱れている。……なん、だ? 何が起きた? 今のは心識の開放イベント……なのか?


「……? ミツクモ、どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」


 周囲を見回す俺にアリスが怪訝な目を向ける。どうやら先程の声はアリスに聞こえていなかったらしい。今のは恐らく、このゲームお得意の『心を読む』演出だろう。俺の深層意識を読み取って、俺の知っている俺を、俺の知らない俺を俺に伝えた。


(まさしく心を識るイベントって訳か……にしては随分と、最初から飛ばしてくな)


 よくあるMMORPGを遊んでいるつもりだった俺に、『idea is you』の洗礼が降り掛かった。スキルが貰えるなら貰うか、程度の軽い気持ちで心識を開けたが、頭の中を弄られているような気分で心地が悪い。


 溜め息がてらにステータスを開き、心識の欄を見て、なんとも言えない心地になる。


 心識.1『天の瞳と鉄のえだ

 ・貴方は向けられる全ての範囲攻撃の範囲とタイミングが見える

 ・貴方には友好NPCとパーティを組んだプレイヤーの足音が聞こえない


 これはまた……なんとも悪趣味なモノを押し付けられたものだ。メリットは大きい。いくら俺とて、初見の攻撃にはどうしても対応が後手になる。それらに対して強く出られるのは間違いなくアドバンテージだ。

 ただ、同時に与えられたデメリットは面倒な上、何より悪趣味極まりない。


 どうやらこのゲームは俺が喪った感覚とは、仲間の足音を聞く聴覚だと言いたいらしい。……正直な所、言い返す気も無くなるほどに正解だ。この気分の悪さが何よりの証明だろう。


 これは……2つ目の心識を開けるのは少し待った方が良いな。メリットはあるが、これ以上のデメリットを背負わされると考えると手放しに開放出来ない上、俺の精神衛生上よろしくない。


 システムコンソールを閉じ、深く列車の椅子に座って、ただ窓の外の景色を見る。


 ――貴方はそれを自覚していますか?

 ――それとも知った上で、仕方の無いことだと飲み込んだのですか?


「……そんな訳ねえだろ」


 耐え切れずどうしても口から零れ出た独り言にアリスが俺の方を見る。心配そうな顔が何か気遣う言葉を口にする前に、俺は「大丈夫、何でもない」と呪文のように言葉を唱えて、じっと遠くを見つめていた。

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