第18話 臆病な勇者

 土龍列車を襲ったデザートイーターを倒した後、アリスを車内の座席に寝かせると、待っていましたとばかりに御者の男から感謝感激の嵐を受けた。俺はハルファスの民なのだが、彼にとっては関係無かったらしい。


 どこかの名のある魔道士なのか?だとか、ハルファスのヤツにも気骨のあるヤツは居るんだなぁ!とか、ひとしきり捲し立てた後、御者はしとしとと雨が振り始めたのをきっかけに、大慌てで列車の運行再開の準備を始めた。

 車内に戻る前にちらりと後続車両に目を向けると、やはり俺達以外にも乗客は居たらしく、ひょっこりと窓からこちらを覗くプレイヤーが二人居た。俺の目線に気付くと共に慌てて顔を隠してしまったので、性別やレベルまでは確認出来なかったが……あの感じを見るにある程度は予想がつく。


 そうして、しばらくの停車を経て、列車は運行を再開した。ガタン!と相変わらずに酷い揺れに合わせて車輪が回り、同時にその揺れでアリスが目を覚ます。

 高い所から落ちる夢を見たように身体を飛び跳ねさせ、同時に遅刻を確信した学生のような焦燥の表情で車内を見回す。


「っ!? はっ……はぁっ……?」

「お疲れ様でした。無事戦闘は終わりましたよ」


 大剣を固く握ったままのアリスにそう声を掛けると、状況を把握するために俺を見つめた後、ゆっくりと肩を落とした。続いて安堵の溜息が出てくると思いきや、出てきたのは掠れた独り言だった。


「また……駄目でした」

「……その剣の事ですか?」


 心臓を刺されたような沈痛のアリスは俺に一度目を向けた後、力無くよろよろと座席に腰を下ろす。……その顔は、見覚えがある。俺にとって、とても馴染み深い顔だ。

 俺に負けた対戦相手がVRデバイスの大型筐体から出てきた瞬間の顔。ゴーグル型のデバイスを外した対戦相手が天井を見上げて動かない時の顔。

 そして、薄暗い洗面所で歯を磨くときに鏡に映る……俺の顔だ。


「何はともあれ、ありがとうございました。最後のカバーが無ければ、俺は死んでました」

「……そんなことは、ありません。確かに貴方の反応は遅れていましたが、私が割り込む時には身体が動いていました。大きな傷を負うことはあっても、死ぬことは無かったでしょう」

「いえ、結果がどうであれ、あなたが俺を助けた事実は変わりませんよ」

「……」


 流石に過小評価が過ぎる言葉にはっきりと返すと、アリスは黙りこくった。傷一つ無い白い手が、大剣の柄をぎゅっと握る。光の無い深紅の瞳は、列車の床を穴が空くほどじっと見つめていた。

 しばらく列車が揺れる時間が続いて、目線を上げないままアリスが口を開いた。


「この剣は……『不滅の滅剣』。真の勇士のために鍛造された、恐れと邪悪を祓う剣です。この剣は……真の勇気を持つものにしか抜けないのです」

「真の勇気、とは、中々捉えづらいですね」

「死を恐れない勇気、強敵に震えぬ意思。定義は曖昧でも、形は明白です。……そして、私にはそれが無い」


 ギリリ、と何かを握り締める音がした。アリスの顔を見ると、彼女は唇を噛みながら俯いている。彼女がこれまでに歩んできた道のりを俺は知らない。だが、彼女の表情と剣を握りしめる爪の白さを見るだけで、ある程度分かるものがある。


「これまでも、そうでした。私は、この剣を抜けない。いつも先走るのは口先だけで、見様見真似で勇気を振り絞っても、この剣は私を認めない」

「……」

「剣を抜こうと力を込める度、手が震えるのです。どれだけ強く心を保っても、心臓が早鐘を打つのです。……そんな臆病者に、この剣が抜ける訳が無いと、私が一番分かっているのです」

「……あなたに勇気が無いなんて、俺は思いませんけどね」


 余計な一言なのは分かっていた。だが、どうしても口から言葉が出ていた。剣が抜けなくとも、鞘に入った大剣を振り回してデザートイーターに切り込んでいた後ろ姿を俺は見ている。大技の対応が出来なかった俺を庇ってくれた姿も見ている。

 少なくとも彼女が言う『臆病者』にそれが出来るのか?


 俺の言葉にアリスは肩を震えさせて……苛立ちの篭った口調で「そうですか」と口にする。


「貴方に、私の何が理解出来るのですか? あれだけ鷹揚おうように戦って、死の恐れなど何一つ感じさせなかった貴方に……何が……!」

「それは違いますね。……俺にだって、怖いと思う気持ちはありますよ」


 きっとあの日の敗北を経験する前なら、アリスの言葉に何も返せなかったかもしれない。ただ、今の俺は……最強無敵のプレイヤーじゃない。負けるのが怖い。負けた姿を誰にも見られたくない。誰も傷付けたくない。


 一瞬だけ、冷静な俺の頭の奥が『ゲームのNPCに何を言っている?』と冷ややかな言葉を吐くが、聞き流す。逆なんだ。彼女は人ではないからこそ、俺は正しく俺の言葉を吐くことが出来る。


「確かに俺は、色んな戦いを経験してきました。それらに恐怖を抱くことも、緊張することも無かった。けれど、一度失敗をしてから……ずっと怖い」

「で、では……何故、ああやって戦えるのですか? 私の目には、とても――」

「怖がりながら戦ってるだけです。アリスと同じですよ。……俺には、その剣が求めてる『勇気』っていうのが分かりませんが、勇気があることと、恐れが無いことは別なんじゃないかって思います」

「……」

「怖くて仕方が無いのに、それでも一歩踏み出せるなんて、それこそ勇者みたいじゃないですか。勇気だけ純粋にあるなんて、俺には逆に虚勢っぽく見えますね」

「勇、者……」


 口にしてから、気恥ずかしくなった。俺がこれを口にするのか、と。あの薄暗い部屋を出る勇気の無い俺が、チームメンバーにもう一度向かい合う勇気の無い俺が、分かったように口走って……とんだ滑稽話だ。


 きっと……彼女の『不滅の滅剣』は、俺にも抜けないんだろう。


 ……あぁいや、止めだ止めだ。どうしてボス戦後の労いの時間で古傷をお互いに舐めあってるんだ? もっとマトモな話題に乗り換えよう。

 そう口を開いたタイミングで、列車を牽く土龍が甲高くいなないた。馬とはまた異なった甲高いいななきに、また襲撃かと腰を上げたが、どうやら違うらしい。


「ス・ラーフ商国……そうか、着いたのか」


 窓の外を見れば、僅かに白んだ曇り空とス・ラーフの街並みが見えていた。システムを開けば時刻は午前四時。途中に色々とあったが、無事に終点に着いたらしい。


 俺と同じく窓の外を眺め、それを理解したらしいアリスは本当に小さく笑みを浮かべる。……どうやら彼女は悔しさや怒りなどの感情には慣れているものの、笑顔を作るのには慣れていないらしい。その上ではっきりと微笑んだアリスは「分かりました」と小さく言う。


「……私は臆病者です。もしかしたらずっと、この剣を抜けないかもしれない。でも……貴方の言う『勇者』になら……もしかしたら、なれるのかもしれませんね」

「なれますよ、あなたなら大丈夫です」


 ――俺と違って、真っ直ぐに前を見れてますから。その言葉を飲み込んで、微笑み返す。俺の言葉にアリスは目をパチパチとまばたかせて、「本当でしょうか」と窓の外を見た。


「ミツクモは口が上手ですから、すぐ私を調子に乗せてきます」

「……俺は人を慰めるために心にも無い事を言うような性質タチじゃないですよ」


 初めて名前を呼ばれて、少しだけ返事が遅れた。どうやら、多少は彼女の中に詰まっていたものを軽く出来たらしい。冗談めかした言葉に、俺も軽い調子で返して、窓の外に目線を向けた。



 ―――――



「お待たせしました。セントラル共和国以外の無淵墓地に来るのは初めてで、時間が掛かりました」

「いえ、それほど待ってはいませんよ」


 路地の壁に寄りかかりながら篭手の金具を弄っていたアリスに声を掛けると、そんな言葉が返ってきた。ス・ラーフ商国に到着した俺達は一先ずこの国の無淵墓地を探した。そうして人伝いに話を聞きつつ辿り着いたはいいものの、どうやら無淵墓地は来訪者以外の立ち入りが禁止されているらしく、アリスには外で待ってもらったのだ。


 俺は初めて訪れる無淵墓地でチェックポイントの登録はどうするのかをシステムに聞きつつ行って、試しにス・ラーフ商国からセントラル共和国へのファストトラベルも試した。

 基本的に来訪者が無淵墓地を利用するには、立ち並ぶ石棺のどれかしらに入って蓋を閉める必要があるらしく、蓋を閉じて瞼を下ろせば、僅かな無重力感と共にセントラル共和国に到着していた。


 一体どういう仕組みなんだと疑問は尽きないが、それがわかるのはしっかりとこのゲームのメインストーリーやチュートリアルを進めたプレイヤーだけだろう。


 そんなこんなで俺とアリスは早々に雨の止んだ朝焼けのス・ラーフを歩きつつ今後について話を進める。


「……それで、今後はどうしますか?」

「予定通り一回ヴィラ・レオニスがどんな相手か確かめたいですね。二人で戦うためにどういう作戦が必要になるか、一回見てみないと分かりませんから」

「そう、ですか……貴方には大きな負担を強いることになりますね」

「気にしないでください。俺にもう少し余裕があれば、初見で突撃もアリだったんですが……流石に怖いので」


 俺が受注したワールドクエストなるものは、失敗しても成功しても一度きりだ。失敗とはそれすなわちフェリシア・アリスの死。内容的にNPCが定期的に復活することを期待するのは無理だろう。

 と、そこで俺は一つ用事を思い出した。


「あぁ、そうだ。その前に一度、武器か防具を見てみたいですね」

「防具は分かりますが、武器、ですか?」

「確かに俺は魔術師ですが、近接戦が得意で、杖を持つよりメリットが大きいんです」


 どちらにしても俺の戦闘スタイル的に引き撃ちは出来ない。筋力的に持てる武器は短めの剣が精々だろうが、ダガーとかマインゴーシュみたいな武器なら問題なく扱える筈だ。

 俺の言葉にアリスは目を白黒させたが、先刻の俺の戦い方を思い出したのか小さく頷いた。


 武器屋を探して街中を歩きつつ、ス・ラーフの建築様式を観察する。砂漠にある街ということで、土色のレンガや砂岩を用いた建築が多い。一般的に三角屋根の建物は少なく、平べったい建物の屋上に他の建物との架け橋が組まれており、中々に複雑だ。


 見るからに賑やかで祭りのような活気のあるセントラル共和国とはまた異なり、ス・ラーフの街中は曇り空を気にしながら洗濯物を干す女性やベランダで洗い物をする男性、麻袋に入れたパン屑を鳥に与えながら散歩をする老人など、極々普通の営みが行われている。


 時折すれ違うプレイヤー達は俺と同じく上を見上げながら街中を歩きつつ、俺の隣のアリスに目を奪われるものが多かった。


「……ミツクモ。私はそんなに変な格好をしているのでしょうか?」

「砂漠で赤のサーコートは目立ちますけど、多分それだけじゃないですよ」

「それだけじゃない、ですか?立ち振る舞い方や、雰囲気という話ですか?」

「……あなたははっきり言って、高嶺の花といった感じですから。純粋に、綺麗なあなたにみんな見惚れてるだけですよ」


 ……正直言うのをためらったが、恐らくアリスは自分の見た目を客観的に評価出来ていない。はっきりと言うのも彼女の為だろう。俺の言葉にアリスは歩調を乱して、驚いたように俺を見上げる。


「それ、それは……本当なのですか? 確かに、ここ最近は来訪者から声を掛けられることが多かったのですが……」

「それじゃあ、これが答え合わせですね。……ん。多分あれ、武器屋ですね」


 あまり色々言うのは憚られたので会話を打ち切り、ようやく見つけた武器屋に入る。店舗はス・ラーフで珍しい木造建築で、大口に開いた窓からはずらりと並んだ武器が見えた。


「あいよぉー、いらっしゃい……って、なんか面白い感じのが来たな」


 店内に入ると、レジに頬杖をついていた赤髪の店員が気の抜けた挨拶を投げた。違和感を感じて彼の頭上を見ると、そこには【プレイヤー名:たこらいす Lv21】の表示があった。


「プレイヤー……?」

「おうとも〜。このゲーム、戦うだけじゃなくて生産も出来るからな。武器製作の楽しさに目覚めて色々やってたら店が出来てたっ感じさ。んで、お兄さんはどんなのが欲しいんだ?横の可愛い子ちゃんのサブ武器でも買いに来た?流石にソレと同じレベルのはうちに無いけど」

「いえ、魔導士の筋力でも扱える武器が欲しくて来ました」


 店内を物珍しそうに見回していたアリスがたこらいす氏の言葉に俺の背中側へ隠れるのを感じつつ、注文をする。たこらいす氏は「へぇ〜」と不思議なものを見るような目で俺を見た後、テーブルから立ち上がって、武器が並ぶ内の一角に案内した。


「一応聞くけどお兄さんのSTRはいくつ?」

「130ですね」

「んー、そうすると直剣でギリか。でも珍しいね〜、お兄さんのレベルの魔導士だとMAG極振りとか結構居るからさ〜」


 そう言いながら、たこらいす氏は何本か短剣、ナイフ、レイピアを手に取る。


「この辺りの素材使ってて安いのがコイツらかな〜。『辰砂断流デザート・カトラス 改式』『流砂の曲刀スティールウェーブ』『奇彩の牙刃ラディアンス・トゥース』。あと、ちょっと値は張るけど10K出せるならこの『悪食魔剣デザート・プレデター』とかオススメだよ。オムニヴァンプ付きで魔導士にも優しい!」


 たこらいす氏が掲げた武器は、括りで言うとシャムシールに近いが、波打つように曲がった刀身は紫色と黄土色が折り重なっており、刀身の背の部分にはどこかで見覚えのある牙がびっしりと並んでノコギリ状になっていた。


「見た限りだとかなり良さそうな武器ですけど、10Kなんですね?」

「あー、うん。まあ……性能求めた結果見た目がヤバくなったのと、時々武器からよく分からない音がして、アイテムボックスの中のポーションとか食品が減るらしくてさ……」


 なんだその武器は。そういうことは先に言うべきだろう。俺の目線にたこらいす氏は「たはは〜」と軽い調子で笑いつつ、それで、と口にする。


「予算はどんなもん?てか、気になるものあった?」

「予算は8Kでお願いします。武器に求めてるのは攻撃力とか特殊効果ではないので、もっとシンプルなものがあればいいですね」

「シンプル……攻撃力を求めてないってなると、ズバリ求めてるのは?」

「武器の耐久性と……純粋な硬さですかね。パリィとか咄嗟の防御で使いたいので」

「お兄さーん、それを早く言ってくれよ〜。良いのがあるよ、良いのが。ちょい待ち〜」


 パッと顔を明るくしたたこらいす氏が大急ぎで店の奥に消えていく。ガラガラガシャガシャと鉄の擦れる騒音が響いた後、彼は鼻高々な様子で一本の短剣を俺の前に差し出した。


 アイテム名は慈悲の十字架ラスト・スティレット。現実世界のスティレットと相違無い形状で、先端は鋭く尖っているが、両側に刃の無い刺突専用武器だ。黒……いや、目を凝らせば微かに藍色の滲む無骨な刀身は剣先から鍔までを含めて30センチ程しかなく、柄も短く細い為両手で持つことは出来ないだろう。刀身、柄、鍔が交差する十字架の中心に、小さく緋色の宝石が埋め込まれており、鮮やかな差し色になっていた。

 シルエットはまさしく聖職者が掲げる十字架そのもので、スリムな形状はこの武器のコンセプトをありありと示していた。


「こいつは『慈悲の十字架ラスト・スティレット』! 俺の超お気に入りの武器でねぇ〜、分類的にはパリングダガーっていって、ダガーやナイフの中でも特殊なパリィ判定付きの武器なんだよ」

「パリィ判定付きの武器……武器なら全部パリィが出来るわけじゃないんですね」

「ん?……あぁ、お兄さんもしかしてハルファスのなんとかってやつ? えっと、ギルドのチュートリアルでやる内容なんだけど、そもそもこのゲームには『弾きパリィ』と『逸らしドッジ』ってのがあって、ドッジの方ならどんな武器でも出来るのさ」


 たこらいす氏は若干俺に憐れみの眼を向けつつ説明を続ける。


「ドッジは攻撃に対して武器を上手いこと噛み合わせて滑らせる技術で、パリィは文字通り完璧に弾き返す技術。んで、パリィは基本盾でしか出来ない。しかも盾の中でもバックラー、小盾だけの特権ってわけー」

「でも、この武器はそれが出来る、と。例外中の例外ということですね?」

「そういうこと! パリィにはパリィの受付時間って概念があってねぇ、攻撃に対して盾をカチ合せた時、その受付時間中だったら筋力に関係無く弾き返せるんだよ。そしたら耐久値の減少も無いし、反動もなんとゼロ! でも、それが出来るのは一定の武器種だけって話。他の武器だとどうやってもドッジ止まりになるんだとさ」


 なるほど……つまりはパリィの受付時間を持たない武器では、どれだけ完璧なタイミングで攻撃を弾こうとしても筋力で押し返す形になり、武器の耐久値減少も反動も大きい、と。

 口が回ってきたらしいたこらいす氏が自慢の武器を掲げて紹介を続ける。


「その点、この武器は超ユニークな『パリィ武器』! しかもなんと、武器の特性でパリィ成功後の攻撃は確定クリティカル! 更に更に、パリィ後のクリティカルには装甲貫通効果も乗る超絶ロマン武器!」

「凄いですね……でも、そんなに効果が盛り盛りだとお値段もかなりするのでは?」


 聞いただけで欲しくなるようなセールストークに対して冷静にそう言うと、たこらいす氏は「うっ」と言葉を詰まらせた。そして何やら自慢の武器を悲しそうな目でじっと見つめた後、哀愁漂う表情で俺を見る。


「…………8K」

「はい?」

「この武器は、お兄さんに8Kで売るよ……」

「……良いんですか?」

「良くは無い!良くは、無いさ……本当なら200Kはするクソ強い追加効果がついたのに……もう購入、返品、購入、返品の繰り返しで八回目でねぇ。色々言われすぎて、自信作なのに店頭にも置けない……!」


 たこらいす氏の言葉に眉を潜める。どう考えてもこの武器が返品される謂れは無いように思える。先程の……悪食魔剣だったか。あれのように何かしらメリットを帳消しにするようなデメリットがあるのかもしれない。


「失礼かもしれないですが、返品の理由を聞いても?」

「パリィが、出来ないんだそうで……この武器、本当にパリィ出来るのか?って、全員口を揃えて言うんだ。確かに、パリィの受付時間は武器種毎に違う。一番受付時間が長いバックラーでのパリィでも受付時間は0.4秒。練習してるプレイヤーでも三回に一回はドッジになるし、失敗することも多いって聞く」

「パリィは高等な技術なわけですね。それで、この武器のパリィ受付時間はいくつなんですか?」

「……0.06秒。その時間でピッタリ相手の攻撃に適切な角度、適切な受けの場所で弾き返せさないといけない」


 フレーム数で言うと大体4フレームか。本当にドンピシャでの対応と、攻撃に対する適切な角度が求められる、と。確かにその受付時間では生半可に振った所でパリィが出来るわけが無いだろう。

 たこらいす氏は悔しそうに言葉を続ける。


「しかも、ダガーでのパリィは盾やバックラーと違ってドッジがほぼ出来ない……刀身が短すぎるし、筋力が多少ある程度じゃドッジが成功しないんだ。その上、ダガーでのパリィは盾と違って投射物……弓矢とか魔法はパリィ出来ない。あくまで近接攻撃だけ」

「攻撃を逸らすことさえ出来ないなら、失敗した瞬間に魔導士は即死ですね」

「魔導士だけじゃないさ。盗賊もパリィをミスった瞬間に大ダメージで死にかける。戦士職はそもそもリスクを取ってダガーパリィなんてしない。盾があるからねぇ。

 しかも、自慢の特殊効果は『パリィ成功時』に発動……パリィの利点の耐久が減少しないって部分も、失敗したら刀身がへし折れるのに変わりはない」


 なるほど。聞けば聞くほど、玄人向けの性能というわけだ。ハイリスク・ハイリターンの極みの武器……それなら、俺にとってこれ以上に最高の武器は無い。


「分かりました。この武器、買わせてください」

「……いいのかい? もう返品は勘弁したいところでさ。クレームも受け付けてないんだ」

「安心してください。4フレームあるなら、充分ですから」


 俺の言葉にたこらいす氏は目を丸くして、続けて心底楽しそうに大笑いした。


「はははっ!そうかそうか!お兄さんマジでイケてるな!慈悲の十字架ラスト・スティレット、確かに8Kで売ろう!」


 そう言って握手を求めるたこらいす氏に、これがこのゲームにおけるトレードなのか、と考察しつつ手を握り返す。途端に視界の隅で俺の所持金が10000イェンから2000イェンに変わる。


【プレイヤー名:たこらいす との取引が成立しました!】

【武器を入手:『慈悲の十字架ラスト・スティレット』】

【所持金が8000イェン減少しました】


 武器:『慈悲の十字架ラスト・スティレット

【武器種別】パリングダガー

【製作者】プレイヤー:たこらいす

品質レアリティ】 傑作エピック 

【装備制限】 必要STR:60

【装備効果】

 1)パリィ成功時、次の攻撃が確定でクリティカルヒットする

 2)パリィ成功後のクリティカル攻撃に『装甲貫通』を付与する

『装甲貫通』:装備品による追加VIT、スキル・魔法によるダメージ軽減を無視する。


「『装甲貫通』、思った以上に凄い効果ですね」

「そうだろ〜!?俺も付いた時『勝った〜!コレ最強じゃーん!』ってなったんだけどね……結果は不良品扱いですよ。……あ、そーだ」


 たこらいす氏は嬉しそうに破顔した後、何かを思い出したようにシステムコンソールを操作する。どうやらこのゲームお得意の思考操作ではなく、マニュアルの操作に設定をしているらしい。

 いつもの通知音と共に、『プレイヤー:【奇才の槌】たこらいす からフレンド申請が届いています』という通知が流れてきた。


「なーんかお兄さんとはココだけの縁って感じしないし、その武器、パリィミスり過ぎるとポッキリ逝くと思うからメンテもさせてくれ」

「……分かりました。よろしくお願いします」

「いぇい! よろしく!」


 たこらいす氏から慈悲の十字架を受け取りながら、またフレンドが増えてしまったことに思うところがあった。だが、たこらいす氏が言うようにこれも人の縁という奴だろう。


 受け取ったダガーを軽く握ると、思った以上に握りが細く、ダガーそのものが軽い。周囲に気をつけながら軽く一振りすると、俺の腕が伸び切った瞬間にダガーに埋め込まれた赤い宝石がキラリと光った。


「あぁ、これがパリィタイミング……」

「本当に一瞬すぎるよな……これでもパリィ受付時間が分かるように魔石埋め込んだ画期的な武器なんだけど……特許取るには実績がアレか」


 苦笑するたこらいす氏にどこか武器を振り回せる場所は無いか聞くと、胸を叩いて店の裏手の空き地を案内してくれた。四方を建物に囲まれた空き地は草の一本も生えておらず、今の時間帯も相まって薄暗い。

 空き地には何体か訓練用のカカシが並んでおり、広さもタイマンで軽く戦うくらいは出来そうだ。


 俺は何度か虚空に向けて慈悲の十字架を振って、宝石の煌めきを確認する。その後に目を閉じ、同じように何度か振って感覚を調整し、最後にその場で前後にステップを踏みながらパリィのモーションを試した。


(軽く振るだけでもパリィ判定は出るが、一振りに付き判定は一回まで。判定位置は基本振り切った場所。雑に振ると変な所で判定が出るな……)


 前方の攻撃、左右の攻撃、頭上の攻撃、そして最後の攻撃に対してパリィのモーションを組んでいく。俺は一度モーションを頭で組むと機械的にそれを繰り返すことが出来るので、何度か理想のモーションを探った。


「おぉ〜、やっぱりなんかサマになってるねぇ。お兄さん結構他ゲーでブイブイ鳴らしてた感じ?」

「……まあ、一応そうですね。昔の話ですけど」


 答えにくい質問に苦笑を返して、たこらいす氏と絶妙に遠い距離を保ちながらじっと俺の動きを見ていたアリスに声を掛ける。


「アリス、良ければ俺の練習に付き合ってください」

「私が?……いえ、分かりました。私で良ければ」


 どうすれば良いですか、と聞くアリスに簡潔な回答を返す。


「その剣で俺に斬り掛かってきてください」

「良いんですか?」

「大丈夫ですよ。全部弾くので」

「……そうですか」


 俺がわざと挑発的な事を言うと、アリスは固い表情筋にムッとした感情を乗せて、背中に背負っていた騎士大剣をゆっくり正眼に構える。

 たこらいす氏はニコニコと楽しそうな笑みを浮かべながら、空き地の隅に退避して俺を見ている。


 アリスは深紅の瞳でじっと俺を見据えている。……よく観察すれば、確かにアリスの腕は微かに震えていた。俺と対面しているだけなのだが、彼女にとっては緊張に値するらしい。

 数秒の目線のやり取りの後、アリスが身体を沈め、一気に俺に突っ込む。


 正面からの袈裟斬り――と見せかけ、アリスは自身の間合いギリギリで左にステップ、そのまま折り返すように右前へ踏み込んで、思いっきり横薙ぎに剣を振った。


「はぁっ!!」


 目にも留まらない速さの一閃。その黒い剣先に対して、その場から動かず片手を振る。肩、肘、手首、指先が緻密に連結し、理想と寸分違わぬ軌道でダガーが大剣の軌道と重なった。その瞬間に俺の腕が伸び切って、キラリと赤い閃光が散る。


 キィィ――ン!と澄んだ鉄の音が響き、次の瞬間にはアリスの大剣が大きく弾き返されていた。虚空に鉄が擦れて散る赤い火花に混ざって金色の火花――恐らくはパリィ成功のエフェクト――が散り、アリスは目を丸くしながら後ろに大きく仰け反る。

 あり得ない、という顔だった。アリスの手首から肘までしかないような短い刀身で、振りかぶった大剣を弾き返すなど、普通は出来ない。


 大きく後方に弾かれた大剣に体勢を崩したアリスは慌てて大剣を正眼に戻すが、その隙はあまりにも大きい。俺が反撃に移っていれば少なくとも喉と鳩尾にダガー突き立てることが出来ていただろう。


「そん、な……!」

「うぉおおおお!!すっご!マジか!! ダガーパリィ! やっぱこの武器は不良品なんかじゃなかったんだ!」


 どうやら初パリィは成功らしい。あれだけ言って失敗していたらダサいどころの騒ぎではなかったが、流石に俺の腕は錆びていないらしい。

 パリィタイミングが光って分かるメリットは中々に大きく、これなら激しい戦闘中でも問題無く決められそうだ。


「アリス、試しにもう何度か斬ってほしいです」

「……分かりました。全力でいきます。怪我をしても知りませんよ」


 どうやら彼女の中にある何かに火をつけてしまったらしい。再びアリスが大剣を構えるのと同時に、たこらいす氏が両手を大きく振って俺に声を掛ける。


「お兄さん!お願いっ!動画撮ってもいいかな〜!勿論二人共、名前と顔は隠すからっ! 不良品扱いした奴らに見せるだけだからっ!」


 反射で「駄目です」と返そうとした。だが、一応彼にはこの武器を格安で売ってもらった恩がある。顔と名前を隠してパリィをするだけの動画なら、まあ……いいか。


「……拡散は止めてくださいよ」

「もち!ありがとうお兄さん!」


 再びシステムコンソールを操作し始めたたこらいす氏を尻目に、俺は慈悲の十字架を軽く握ってアリスを見る。今度こそは、とその華奢な身体には強い意思が滲んでいる。


「いつでもいいですよ」

「……」


 最早、言葉は無かった。アリスは再び駆け出し、空き地の地面を抉りながら大きく踏み込む。速い。奇をてらったさっきの横薙ぎよりも、迷いの無く自分の強みを押し出している。

 緊張が抜けてきたのか、滑らかな動作で大剣を振り絞ったアリスは、全ての勢いと体重を乗せて、俺の胸に渾身の突きを放つ。

 それに合わせて俺は一歩後ろに利き脚を引いて同じ突きの構えを取ると、その場から後ろに飛びながら、大剣の剣先と突き合わせる形にこちらの剣先を押し込む。


「――っ!? っあ!?」


 大剣と短剣、二つの剣先が綺麗に突き合って……アリスの大剣があらぬ方向に弾き飛ばされる。全力で突きを放ったが故にその勢いは凄まじく、アリスは大剣に引っ張られて後ろに下がる。

 どうやら、たこらいす氏の説明通り、パリィ受付時間中に完璧なパリィが決まると筋力関係無しに攻撃が弾かれるらしい。


 近接攻撃のみ、猶予4フレーム、失敗したら基本死亡のデメリットと吊り合うだけのメリットは充分あるだろう。


 ちらりとアリスを見ると、相変わらず驚いたような目をしているが、まだまだ気は萎えていないらしい。愚直に大剣を構えると、再び俺に切り込んできた。

 それから数度、剣戟を重ねる。アリスが考え、全力で振り抜いた大剣を精確に弾いて、それに負けずアリスが弾かれた剣を無理矢理戻しては弾かれて、そして最後には大きく跳んで大上段から大剣を振り下ろしてきた。


「はぁ――ッ!!」


 轟、と空を切り裂く鉄の塊を相手に、精密機械めいた反射で右手を動かし、キラリと赤い閃光が走る。一際大きく澄んだ音が響き、黄金の火花が花火のように散って、アリスの身体が吹き飛ばされる。


「うっ、あ……」

「おっと」


 慌てて『死界踏破』を切って踏み込み、大剣片手に錐揉み回転するアリスの落下地点に跳ぶ。そのまま上手いこと彼女の身体を受け止めようとしたが、そもそも俺は魔導士。ただ持ち上げるだけならまだしも、重力加速を受けたアリスの身体と大剣を受け止める筋力は無い。


 当然のように俺はアリスの下敷きになって押しつぶされ、二人揃って地面に倒れ込む。


「痛た……アリス、大丈夫ですか?」

「す、すみません! 私は大丈夫です。その、ミツクモは……」


 若干HPは減っているが、この程度はカスダメと言えるだろう。対するアリスは当然の如くノーダメージ。今回は俺が下敷きになったのもあるが、相変わらずとんでもない耐久だ。

 慌てて立ち上がったアリスに手を引かれて立ち上がる。パタパタと土埃を払いながら「俺も大丈夫です」と口にする。


「すみませんでした。どうしても意固地になってしまって……」

「いえ、俺から提案した話ですから。むしろそれだけ本気を出してくれて良かったです。とても良い調整になりました」

「そう、ですか。……相変わらず、ミツクモは強いですね。まるで相手になりませんでした」 


 サーコートに付いたホコリを払いながら、少しだけ悔しそうにアリスが口にする。一瞬その表情が気になったが、彼女が浮かべているのは困ったような微笑だ。


「……このくらいできないと『俺は強いですよ』なんて言えませんからね」


 俺の言葉にアリスは「そうでしたね」と言って、大剣を背中に背負う。俺も武器をアイテムボックスに収納しようとしたが、システムから素材などのアイテムと武器は別枠での収納であること、武器の収納ボックスは別途アイテムとして入手が必要であると説明があった。

 仕方なく武器を法衣の懐に忍ばせつつ、満面の笑みで録画を回していたたこらいす氏に目線を向けた。


「調整はこの辺りで大丈夫そうです」

「オッケー、俺もあのクレーマー達に悔し涙出させる準備はバッチリ! ありがとうね、お兄さん」


 恐らくは俺が連続でダガーパリィを成功させている動画を見せて、この武器を返品したプレイヤー達に後悔をさせるつもりなのだろう。

 中々に良い性格をしたたこらいす氏に別れを告げて、彼の店『たこらいす工房』を後にした。


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