第14話 来訪者の一歩
瞳を開けて、暗闇に手を伸ばす。少しばかり力を込めれば、ガコリと音が鳴って石棺の蓋が動いた。
……コンコルド達は……流石に居ないか。
石棺から立ち上がり、袖に付いたホコリを払う。開いたシステムコンソールに映る時刻はAM2:00。
コンコルドと別れ、ゲームから落ちた俺はしばらく自己嫌悪に浸りつつ食事を摂り、寝るに寝付けずここに帰ってきた。
実のところ俺の身体は睡眠らしい睡眠を必要としないのだが、チームメンバーからは『死ぬ気か?』『そんなわけないだろ』と非難轟々だったため、人並みの時間目を瞑ることにしている。
ただ、時折どうしても目を閉じていられないほどに目が冴えてしまう。いつもならば布団のシワを数えて時間を過ごすが、今の俺は……少なくともそれより有意義な時間の使い方が出来る。
ゲームが嫌いになったつもりなんだが……久々に身体を動かしたせいで調子が変になったかな。
どこをどれだけ凹ませても、俺の根っこはゲーマーだったということだ。少なくとも、こうして一人で夜空を見上げている分にはトラウマめいたものは走らない。
リアルと違って清潔で健康なこの身体は、頭から爪先まで思うがままに動かせる。
夜風が俺の法衣の余った袖を揺らす感覚に目を細めて、霊園の出口――ギルドへ向けて歩き出した。その途中でステータスを開き、前回との差異を確認する。
――――――――
『ステータス』
名前:ミツクモ 二つ名:『死と踊る風』
種族:ハルファスの民 種族Lv:8
職業:魔導士 職業Lv:7
HP:201 +20
MP:482 +100
筋力(STR):84
耐久(VIT):75 +30
魔力(MAG):192 +70
意思(CON):168 +30
基礎速度:120
ステータスポイントが100ポイント使用可能
《装備品効果》
:無し
【基礎スキル】
『下級風魔法 6』『魔力視 1』『魔術理解 5』『精神統一 7』『詠唱加速 4』
【ユニークスキル】
《無冠の曲芸》《決死の牙》《
【種族固有スキル】
メリット系:
『風詠みの一族』『器用』『弓術補正:小』『風魔法威力補正:中』『毒耐性:小』
デメリット系:
『異民族』『神に捨てられた民』『信仰減衰補正:中』『虚弱:小』
【
『
心識.1が開示できます
『
種族レベル■■より解禁
『
種族レベル■■より解禁
―――――――――
種族レベルは最終チェック時の4から8へ、職業レベルは2から7へ伸びている。格上相手に飛び跳ねていたのが功を奏したらしく、飛躍と言っていい成長だ。
相変わらず筋力と耐久の伸びは絶望的だが、俺のプレイスタイル的には問題無い。とにかく火力と成長率を重視して、100あるステータスポイントの内八割を魔力に、残りを意志に振った。意思のステータスは回復魔法の効果やデバフ抵抗率、魔法抵抗率に関わるステータスらしいので、対策していないと死ぬ系の攻撃に備えてある程度は上げるつもりだ。
(称号は……どれも微妙だな)
『
『月下美刃』は月光を浴びている間、全ステータスが10%上昇。
『死線を渡る魔導士』は移動系のスキルのリキャストが15%短縮。
『月下美刃』はアリかと思ったが、上昇するステータスに基礎速度が含まれていない。屋内や森の中では無意味と汎用性に乏しい。
『死線を渡る魔導士』に関しては、俺に移動系のスキルが無いので実質効果が無い。
深夜2時でもそれなりに人は居るようで、ギルドへ向かう道には、深夜2時でも人の流れがある。ライトなプレイヤーは夢の中に居るため、視界に映るプレイヤーの装備は初期装備の俺など比べ物にならないほど質が高く、個性的だった。
とはいえこのゲームは無闇矢鱈に武器や防具を発光させたり煩いエフェクトをかける無粋さは無いようで、至ってシンプルに形状の異質さや彫り込まれた紋様、華やかな装飾で装備に格差をつけている。
「うわ、その直剣何?」
「ん? コレ? いいっしょ? 『常闇の塔』の六層で新月騎士のネームド相手に三時間粘ってゲットした『紫月の聖剣』って武器」
「三時間って……え、ずっと戦闘? そんなにヤバかったんだ」
「いや、マジで強かったから毒矢と痺れ樽使ってチクチクして削った」
「いやエグっ! そしてダサい! 武器はカッコいいのに!」
「はぁ? 勝てばいいんだよ勝てば! ネームドなんて正面からやって勝てるやつの方が少ないんだから」
楽しそうに談笑する男性プレイヤーの背には抜き身の直剣があった。黒い水晶を思わせる柄と大きな鍔、そこからスラリと紫紺に透けた美しい刀身が伸びている。少しばかり無骨で角張った柄には目を凝らせば小さく星灯りが見え、窓から差す月光のように真っ直ぐで朧げな刃は、見る方向によって微妙にその色合いが変化していた。
その他にも、周囲に目を向ければ身の丈よりも巨大な結晶のハルバードを持つプレイヤーや、刀身から冷気を垂らす氷のレイピアを佩いたプレイヤー、全方位にトゲを生やした大鎧、紫色のツタが巻き付いたような鎧など、ユニークな装備を携えたプレイヤーが見受けられる。
(仮装大会に私服で混ざったみたいで気まずいな……まあ、気にしたら負けか)
肩を竦め、ステータスに目を通す。残っているのは、まともにスキルの取れない俺にとっての生命線……ユニークスキルだ。
ユニークスキル:《
【スキル形式】
アクティブ
【効果時間/再発動時間】
60秒/180秒
【スキル説明】
1)基礎速度が50%上昇し、耐久が50%低下する。
2)『死界踏破』中は毎秒HPの2%のダメージを受け続ける。
3)『死界踏破』中はHPが1以下にならず、HPが1を下回るダメージを受けた際は余剰ダメージ分、基礎速度が低下する。
4)基礎速度が『死界踏破』を発動した時点より低くなると即座に『死界踏破』が終了する。
ユニークスキル:《
【スキル形式】
パッシブ アクティブ
【説明】
1)1秒間滞空する毎に『隼の流儀』を1スタック獲得する。最大3スタックまで重複可能。
2)『隼の流儀』を1スタック消費すると『
3)『隼の流儀』は1スタック毎に基礎速度を10%上昇させるが、空中で攻撃を受けると即座に全てのスタックが解除される
「……マジか」
想像を遥かに超えるとんでもないスキルが出てきた。《死界踏破》は1分間の加速+限定的なダメージ肩代わりで、《隼の流儀》に関しては2段ジャンプを飛び越して最大で4段ジャンプが出来る上、加速バフまでついてきている。
その場でジャンプしてからノックアップ・エアで打ち上がってストレート・エアで延長。空中で一歩踏み込んで壁か障害物を踏みこんで自由落下。落下途中に溜まったスタックでまた上に飛び上がって……ノックアップ・エアのリキャストタイムが上がれば更にコンボが繋がるな。
(これに《無冠の曲芸》のリキャスト短縮と認識加速を合わせたらとんでもないことになるぞ)
普通のプレイヤーならば認識加速があっても、激しい戦闘中にスキルのスタックと魔法のリキャスト、上下する自分の速度と攻撃の回避を調整し続けるのは難しい。精々、戦闘が少しアクロバティックになる程度で持て余してしまうだろう。
だが、俺なら出来る。俺は5対5のMOBAゲーでも戦闘を続けながら自分とチームメンバー、相手選手のスキルが何秒で上がるかを正確にカウントし続けられる。マルチタスクには自信があるんだ。
少しだけ高鳴った鼓動を抑えて、足を動かす。ようやく辿り着いたギルドの内部は相変わらず人波でごった返ししており、受付嬢やその他のNPCから向けられる視線は厳しい。
上がっていたテンションがストンと落ちるのを感じながら、今後の動きに必要な情報を集めるためにギルド内を歩く。俺がハルファスの民じゃなければ、二階にあるらしい書庫で容易く情報が手に入っただろう。
無いものねだりをしてもしょうがないので、とりあえず入口から右手にある巨大なコルクボードに向かった。そこは深夜2時という時間を忘れさせるほど賑わっており、色とりどりの装備に身を包んだプレイヤー達がああでもないこうでもない、と顔を突き合わせて喧騒を生んでいた。
遠目に見る限り、このコルクボードにはこの街周辺におけるクエストが纏まっているらしい。
簡単なモノは犬猫の捜索や街のゴミ掃除に始まり、この都市――『セントラル共和国』首都の近郊の草原にある薬草の採集、数の多いモンスターの討伐、迷宮探索、特殊な鉱石の納品依頼など冒険者らしいクエストが並んでいる。
中でも人気なのは当然ながら討伐系だ。単純にモンスターを狩るものから、特定のモンスターの捕獲、モンスターの群れの撃退……そして危険度の高いユニーク、ネームドモンスターを賞金首としたバウンティクエストには腕に自信のあるプレイヤーが腕組みで羊皮紙を睨んでいる。
一番目立つ場所には憎きカマキリ、ネビュ・レスタの依頼が張り出されているが、その推奨レベルは圧巻の『50』。確かアイツのレベルは39だったはずだが、まともに倒そうとするならその程度のレベルはあったほうがいいだろう。
どのプレイヤーもその名前を見た瞬間気まずそうに目を逸らしているのが印象的だった。
「うっ……お? マッドハウンドのネームド個体か。どれどれ〜?『群雄争覇』とかマッドハウンドにしちゃ大仰過ぎねえか?」
「どんだけ強くても所詮マッドハウンドだろ。大湿地エリアだし、コイツ行こうぜ」
「いや〜、あたしソイツと戦ったことあるけど、無理かも……ソイツの推奨レベル30だし、特性で群れ全体のHPがソイツのHPとリンクしてるから」
「な……はぁ? マジで?」
「マジじゃん。ユニーク・ネームドスレで『検証の結果、このネームドの総HPは推定8万以上と判明』って書いてある。バケモンじゃねえか」
「じゃ、じゃあこのフレアバンシーのユニーク……うわ、コイツボス個体かよ。だったらこの……『天望の塔』のネームドとかどうだ?」
「あ、それはさっき別の人が討伐報告してましたね。確証取れたら消えますよ」
「マジっすか! ありがとうございます。……か〜っ! そう上手くいかねえよな……」
わちゃわちゃとプレイヤーが騒ぐ様子は縁日を思わせる。俺としてはあまり気分が良くないので目だけを通していく。
『大魔嘯』ドール・リリス、"
俺は種族上ギルドから依頼を受けられないし、ここにある賞金首を狩っても報酬を受け取ることは出来ないが……その場に行って倒してくること自体は出来る。
「……」
脳裏にすれ違ってきたプレイヤー達の武器が過る。同時に自分の着ている初期装備を見下ろし、ステータスの中にある《装備品効果》:無し、という項目を見た。ユニークスキルのおかげで、今ならあのネビュ・レスタ相手にも勝負が出来そうだ。とはいえ、結局の所あいつの『待ち』を崩す方法も、しっかりと通用する攻撃も無い。
三日三晩掛けて1ドットずつ遠距離から削れば勝ちの目はあるかもしれないが、ブランクがある現状だと途中でヘタをやらかして死にそうだ。
周囲のプレイヤーの会話から『ユニークモンスターはスキル、ネームドモンスターは武器防具がMVP報酬』という情報を小耳に挟み、同時に一体面白そうな賞金首を見つけた。
「『勇気の証明』"
ずらりと並んだ賞金首の中で、ユニークとネームドを同時に保有しているのはネビュ・レスタとこいつだけだ。推奨レベルはネビュ・レスタより下の40なので、恐らくはレベル30前後のモンスターだろう。
名前からでは全くもってその全容が掴めない……そう思っていると、俺の前方で腕を組んでいた男性プレイヤーが俺に振り返る。どうやら呟きが聞こえていたらしい。そのプレイヤーはハルファスである俺の容姿に片眉を上げ、次に俺の頭上のレベルを見て表情を固くした。
「おー、兄ちゃん……流石にアイツはやめといたほうがいいぞ。アイツとあのど真ん中のネビュ・レスタってのは、遠くから見物するのも許されねえバケモンなんだ」
「……そうなんですね。参考程度にお聞きしますが、あのヴィラ・レオニスっていうのはどんなモンスターなんですか?」
「……まあ、端的に言えば
どうやら男性プレイヤーは、ヴィラ・レオニスと相対したことがあるらしい。気の良さそうな顔を真っ青に染めて首を振る。ちらりと見たプレイヤーネームは『マルモディスク』。種族レベルは25と恐らくはかなり高めの部類に入るだろう。職業に関してはエミリアと同じく隠蔽されているか差が開きすぎているため不明だ。
「四本腕で宙に浮いてる継ぎ接ぎの騎士鎧……って言ったってイメージ出来ねえよな。見れば一発で『コイツか』って分かるぜ。デカいし」
「マルモディスクさんはそれと戦ったことがあるんですか?」
「ん、あ〜、ん〜……戦ったっつうか、轢き殺されたっつうか。……まあ、言っちまうと出会った次の瞬間には背後取られてパーティ全滅だった。何をされたのか分からんうちに四人まとめて棺桶送りだ」
理不尽過ぎて夢かと思ったぜ、とマルモディスクはため息を吐きながら言った。
「マジでコイツはネビュ・レスタ以上に積極的にプレイヤー殺しまくってるから、近くに行くのも……いや、余計なお節介か」
「いえ、とんでもないですよ。わざわざ丁寧に教えてくださってありがとうございます」
「……まあ、興味があるなら一回バラされてきたらいい。俺はもう二度と『アズラハット大聖堂跡地』には近づきたくないと思ったぜ」
苦笑するマルモディスクと少しだけ会話を続けて、その場から離れた。見たいものは見れたし、暗記も終わったので、次はこの世界の地図を探す。
少し見回せば、割と目立つ位置にデカデカと張り出されていたのでシステムコンソールから地図の写真を撮った。
(一応スクショもキャプチャも出来るのか……まあ、こういうとき以外使わないだろうが)
こちらを睨むギルド職員達に何もしないことをアピールしつつ、人波を抜けてギルドから出る。
……本当は森で手に入れた素材とか売って消耗品買いたかったんだが。
一応受付嬢の話的にはハルファスといえどプレイヤーである俺はギルドで消耗品の売買とアイテムの買い取りを行うことが出来るはずだが……あの目線に耐えてまでそれをやる気は起きなかった。
モチベーションやテンションは今の俺にとって死活問題なのだ。
(さっき撮った地図は……へぇ、面白い)
俺の意思を汲み取ったシステムが自動でコンソールを操作して対象の画像をウィンドウで開く。1枚の大きな
地図にある大陸はただ一つ、島国や離島の一つさえ地図には存在しない。まるで神が線を引いたように丸い大陸があるのみだ。残りの部分は全て海であり、この世界の地図屋は仕事が楽なことだろう。
とはいえ、真ん丸な大陸の中には国ごとの境界線がしっかりと引かれている。ズームをすればしっかりと森や山河の名前もある。
俺がネビュ・レスタと死闘を繰り広げたあの森は『ミルドラークの森』というらしい。
(アズラハット大聖堂跡地……ここか。森とは逆方面、それに砂漠か)
方角的にはセントラル共和国から真南、『ス・ラーフ商国』という国の境界線上の砂漠に小さく名前がある。ここからは……正直結構な距離があるな。
この首都から森までの距離との相対で考えれば、VRの徒歩で一時間以上掛かる距離だ。
流石にこの距離を歩かせるようなゲームではないと信じたい。
馬車とかファストトラベルを探すか。本当はチュートリアルで教えてほしいもんだが、頼みのシステムは俺に回答を寄越さない。流石に何でもかんでも答えてくれる訳じゃないらしい。
ため息を吐いて、適当に見繕った商人のNPCに声を掛ける。
「すみません、少し良いですか?」
「あいよ! ……あん?なんだよ、ハルファスか……で、何の用だ?」
「『ス・ラーフ商国』へ行きたいのですが、この世界に来たばかりなので勝手が分からないんです」
俺は魔力を込めて耳を澄ます。こいつの回答が何であれ、ハルファスである俺には答えの真偽が判る。後は「はい」「いいえ」の答えに誘導してくだけでいい。
そう構えた俺だったが、商人の男は俺の言葉に目を丸くすると、バツが悪そうな顔でおずおずと答える。
「んだよ、
「……なるほど。親切にありがとうございます」
「ふん……ス・ラーフに着いたらしっかりそこの『無淵墓地』に行けよ。死んでココに戻ったらまた砂漠越えをするハメになるからな」
――『真実』。この商人が口にした言葉は、全て嘘偽りのない真実だった。てっきり冷ややかな罵倒を投げられると思っていたが、俺がプレイヤー……この世界で言う『
『無淵墓地』という単語に馴染みが無い俺は商人に詳細を聞こうとしたが、視界の隅に無淵墓地に関するヘルプが開いていた。
【用語解説:『無淵墓地』】
・来訪者である貴方達の始まりの場所であり、長い旅路を支える輪廻の揺り籠。
・来訪者は、死亡時に訪れていた国家にて宿屋などの
・訪れた場所の無淵墓地に触れると、無淵墓地の間でファストトラベルを行うことが出来ます。
・無淵墓地を利用したファストトラベルを行うには、無淵墓地にて石棺に入る必要があります。
説明を読む限り、エリア単位のチェックポイントだろう。とりあえず商人の男に土龍列車とやらの場所を聞いた後に感謝と別れを告げて、颯爽と一歩を踏み出した――と、同時に思い出す。
……運賃、掛かるよな。ボランティアって訳じゃないだろうし。
法衣のポケットに手を突っ込んでも、返ってくるのは少し荒い生地の感触だけだ。仕方無しに、俺は溜め息を吐いて素材換金のためにギルドにトンボ返りを行うのだった。
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