第11話 Do you wanna party?

 吐きかけたため息を飲み込んで、遺憾の意を込めた目線でコンコルドを見る。どう考えてもさようならの流れだったはずだが、名前を認知され、会話の輪に無理矢理加えられた今では無言で立ち去る選択を取れない。


 怪訝な目でこちらを見るエミリア。

 珍しい動植物を見つけたような雰囲気のグラシエル。


 どちらにしても対応が面倒だ。刺さる視線が俺の心臓にじんわりと嫌な感触を広げていく。コンコルド一人と社交辞令を交わすだけでも引きこもっていた俺にはしんどいのだが、俺の中に残っているまともな人間性を掻き集めて、なんとか人馴染みの良い笑顔を作った。


「……こんばんは。皆さんの邪魔にならないようにしようと思って自己紹介が遅れました。ミツクモです」

「……あたしはエミリア。コンコルドの親友。あと隣のシエルもあたしの親友。よろしくね」

「始めまして〜、グラシエルです。コンコルドくんとエミリアちゃんとは長い付き合いで〜……普段はシエルって呼ばれているから、ミツクモさんもそう呼んでくださーい」


 簡潔極まる自己紹介が終わり、俺と二人が顔を見合わせる。当然ながら、俺達を繋ぐ話題などコンコルドとこのゲーム以外にまるで無く、俺はどちらから話を切り出したものか考えていた。

 助け舟を求めてコンコルドに視線を送るが、彼はムフー、とでも擬音がつきそうな笑みで俺と二人との邂逅を見守っている。どうやら俺が彼とフレンドになった時に言った『これで自慢できますね』という言葉が厄介な方向に働いているらしい。


 余計なことを口走る俺の悪癖はまだまだ健在らしい……と内心唇を噛んでいると、エミリアが口を開いた。


「……それで、うちのコンコルドははっきり言って口が上手い方じゃないんだけど、ミツクモはどういう流れで知り合ったの?」

「一言で言うなら、偶然ですね。今ここに隣り合ってる棺桶が自分とコンコルドさんのスポーン地点で、偶々同じタイミングでゲームが始まったのでそのまま……という感じです」

「なるほど〜。コンコルドくんが凄くシャイでも、そういう運命的な出会いをすれば素敵な人に巡り会えるのね〜」

「はは……自分が素敵な人……かは分からないですけど、凄い偶然でした」

「ほらシエル、すぐそうやって初対面の人に微妙なこと言わないの。てか、コンコルドのことだから運命的な出会いっていうより、その時のミツクモの対応が大人だったって感じでしょ」

「うぇっ?い、いや……そんなことは……ない、ですよね、ミツクモさん……?」


 グラシエルの急な世辞になんとも言えない返事を返すと、それに気付いたらしいエミリアがシエルの脇腹を軽くつつく。彼女も彼女で初対面から呼び捨て、敬語抜きだが、なんとなく嫌な感じはしない。こうして言葉を交わすと、エミリアから感じるのは気安さや馴れ馴れしさではなく、どことなくかっちりとした生真面目さや利発さだ。

 この感じはチームメンバーだったα-ALアルファールに似ている。彼女は超が付くほど真面目な人間で、この俺が呆れるほどに凄まじい努力家だった。


「いつか私が、貴方を追い越してみせますから!」が彼女の口癖で……それで――



『……失望しました。それが、あなたなんですね』



 嫌な記憶が蘇る。全身からドロリとした汗が湧いて、足先に血液が行き渡っていないような感覚に陥った。降って湧いたトラウマに黙り込む俺に、何を思ったのかエミリアは片眉を上げてコンコルドを見る。


「……コンコルド、あんた何したの?ミツクモ、凄い顔になってるけど」

「えっ……いや……あっ、確かに最初はボイスチェンジャーを使うのを忘れてて……」

「あ〜、ミツクモさんの前でもコンコルドくんがいつも通り女の子なのはそういうことなんですね〜」

「あんた、また……まあ、ボイチェンの付け忘れくらい誰でもやらかすけど。他は?」

「えっ……?他?わ、私何か、失礼なことしちゃいましたか?ミツクモさん?」


 余程、今の俺の顔色は酷いのだろう。別にコンコルドが直接俺の気分を害した訳ではないのだが、そう思われるほどだったに違いない。不安げな表情でこちらを見つめるコンコルドのイケメンフェイスを見て、俺はようやく表情を取り繕い直す。


「いや、そんなことは全く無いですよ。本当に。ただ……そうですね。自分はコンコルドさんと同じように人が苦手で……時々変な汗が出てきてしまうんです」

「そうですか……良かったぁ。確かにミツクモさん、人混みが苦手って言ってましたもんね」

「なるほど〜。私もコンコルドちゃん程ではないですが人見知りする方なので、気持ちは分かりますよ〜」


 急ごしらえな俺の釈明にコンコルドは胸を撫で下ろし、何やらシンパシー感じたらしいグラシエルはニコニコとたおやかな笑みを浮かべつつ、しなやかな指を胸の前で絡めて大きく頷く。

 ひとまず場を取り繕うことは出来たか、と安心したが、そこでエミリアが俺の目を見つめながら「そうなの?」と言う。それは心底不思議そうな声音だった。


「ミツクモからは全然そんな感じしないけど」

「……はは、そうですかね。自分ではそういうつもりなんですけど」


 エミリアの赤い瞳は、俺の言葉が不満だったらしい。すぐにその様相を疑りに変えて、「だって」と口にする。


「今もあたしの眼、じっと見てるじゃない。むしろミツクモからは人と向き合うことに慣れた感じしかしないけど」

「……」

「エミリー……?」


 有り体に言って、図星だった。今はこんな有り様だが、一応俺は世界一のプロゲーマーだった。ヒーローインタビューなんて数えるのも馬鹿らしいくらいにしたし、バーチャルな空間ではあるがメディア露出もそれなりに多かった。俺にとって多くの目に晒されるのは当たり前で、何十万人とアバターが詰まった観客席の光景が日常だった。


「ミツクモの目からは、凄い自信を感じる。確かに佇まいとか話してる雰囲気は普通なんだけど、見えてる世界に敵なんて一人も居ないって感じ」

「……そんなに偉そうな感じの目つきでしたかね?」

「エ、エミリー……その、ちょっと失礼じゃない?」

「え?……まあ、確かに言い方は凄い悪いけど、あたし的には滅茶苦茶褒めてるつもりだよ」


 困ったように頬を掻いてコンコルドに釈明するエミリアを見て、コンコルドが彼女について『ゲームが上手くて大会にもたくさん出ている』と口にしていたことを思い出した。

 俺は彼女のことを何も知らないが、眼差し一つでここまでハッキリと人の胸の内を暴くことが出来る観察眼と感覚には天性のものを感じる。


 ……きっと、彼女を相手にしたら凄まじく手を焼かされるに違いない。


 ほんの少しだけ滾った昔の本能に綺麗に蓋をして、申し訳なさそうな雰囲気のエミリアに「気にしてないですよ」と口にする。


「ただ、一応人が苦手なのは本当です。コンコルドさんが言ったように、人混みはもっと苦手です」

「そうなの?……そっか。変な事言ってごめんなさい」

「エミリアちゃんが勘を外すのは珍しいですね〜。明日は曇り時々、槍が振るかもしれません」

「あたしだって失敗するときは失敗するよ。ま、大抵のことは成功するけど」

「自分で言っちゃうんだ……朝起きられなくていつも一限間に合わないのに」

「あっ!こら、ゲームにリアル持ち出さないの!てか、朝起きるのは普通に無理難題でしょ!ノーカウント!ノーカン!」

「ちょっ!脇腹止めて!痛くすぐったい!」


 ふふん、と胸を張っていたエミリアだったが、コンコルドの茶々に顔を赤くして彼の脇腹を人差し指で猛烈につつく。それを眺めるグラシエルがクスクスと上品に笑って、場の雰囲気が和やかに緩んだ。

 ……コンコルドの様子からして予想出来ることだったが、彼女はとても良い友人に巡り合ったようだ。


 若く溌剌とした彼女らの様子に少しだけ社交辞令な笑みを崩して笑うと、クスクスと笑っていたグラシエルが糸目を薄く開いてこちらを見ていた。ほんの微かに覗く目の色は俺と同じく蜂蜜めいた金色で、そこから読み取れるものは非常に少ない。

 何か言われるかと思ったが、グラシエルはじっと俺の表情を見つめた後、何も言わずに二人の方へ向いた。一体何を思われたのかは分からないが……あまり良い気分はしなかった。


 少しだけ生まれたモヤを千切るように、ひとしきりコンコルドをつつき倒したエミリアが虚空に目を向け、ボソリと呟いた。


「ん〜、二十一時ちょいね。コンコルド、まだIN出来る?」

「私?全然大丈夫!明日三限からだから!」

「あんた、またそうやって軽率にリアルのこと口走る……次からデコピンね」

「はっ!?油断したらポロッと出ちゃった……」

「私も大丈夫ですよ〜。いつも通り、二人が落ちる時に落ちますー」

「シエルがそれ言うとまたエミリーが意地になって徹夜しちゃうよー?」

「あんたがオルソン行きの途中でポカらなかったら、今頃オルソンの街中で解散してたんだけどね」

「あっ……次からはスリーカウントじゃなくて『せーの』で行こうね」

「あんたの場合タイミングの取り方のせいで『せーの』でも遅れるでしょ」

「ふふふっ、コンコルドちゃんの攻撃に合わせる形が一番安定しそうですね」


 そういえばコンコルド達は三人でオルソン公国へ向かっていると言っていたな。残念ながらハルファスの民である俺は最低限のチュートリアルも受けられていないので、オルソン公国がどんな場所か、地図上のどこにあるのかが分からない。

 まあしかし、俺には関係の無い話だろう。俺は一先ずラクトに連絡を取って、あのカマキリにリベンジを果たすために、ハルファスへの偏見が薄そうな『ス・ラーフ商国』、『カジェルクセス』、『ヴェスワーナテイト』のどれかへ向かおうと考えている。


 ちなみに偏見が薄そうだと考えている理由は、ミスターが俺に提示してきたクエスト『沈まぬ風を、君と舞う』において、クエストを受注しても好感度が低下しない国だったから、というメタ読みだ。


 そういった不明瞭なことも含め、いずれはこの世界の地図であったり世界情勢を知っておく必要がありそうだな。

 まあ、三つのうちどこへ向かうとしても、しばらくは気楽なソロプレイが続くだろう。


「――あ、そうだ!」


 と、そこへコンコルドの弾んだ声が響く。見れば、エミリア、グラシエルと話していたはずのコンコルドが緊張した面持ちで両手を謎に握りしめつつ、俺を一点に見つめていた。


「ミ、ミツクモさん。ミツクモさんは次の目的地とかって決められてたり、しますか……?」

「え、自分ですか?」

「はい!ここでまた会ったのも何かの縁ですし……もし宜しければ、私達と一緒にオルソン公国へ行きません、か?」


 ほ、ほら、私達フレンドですし!と最早緊張が吹っ切れたのか、コンコルドは汗の浮く顔で胸を張る。対照的に俺は、何故ここで俺に白羽の矢が立つのか理解出来ず、困惑していた。確かに奇妙な縁はあるかもしれないが……普通、仲の良いフレンドと三人で居る所に知らない男を混ぜようとするか?そのまま三人で向かえば気楽に楽しめるだろうに。

 俺は常識的な意見を求めエミリアとグラシエルを見たが、エミリアとグラシエルは無言で目を合わせ、首を傾けたり眉を動かす無言のコミュニケーションを行った後……無言で腕を組んだ。


 グラシエルは相変わらずニコニコと、エミリアは赤いツリ目に『さ、どうするの?』とでも言いたげな色を載せている。唖然とする俺の目の前に、小さなウィンドウが開かれた。


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