第10話 再縁、再演。

 次の瞬間、夜の空を見上げていた。少し肌寒い風が裂けた法衣の隙間から地肌を冷している。見上げる空には星々が無く、代わりに空の向こうに見える大地に、夜景じみた灯りがあった。

 小さな小さな灯りの群れに、何度か瞬きをして……ばっと体を起こす。


「……霊園、か」


 周りを見渡すと、ゲーム開始直後に眺めた霊園の風景があった。今なお多くのプレイヤーが列を作りながら周囲を見回しており、ざわざわと遠い喧騒が聞こえる。俺が先程まで寝そべっていたのは、例の石の棺桶で、本当にゲーム開始直後に戻ってしまったようだった。


 一瞬の困惑に回答を出すように、システムが控えめな音量で通知を出す。


【貴方は死亡しました】

【死因:『霧の凶星』"収穫するハーヴェスター"ネビュ・レスタ】


【プレイヤーの死亡により、戦闘の終了を確認しました】

【死亡により戦闘が終了したため、種族経験値が取得できません】


【職業レベルが2上昇しました】

【下級風魔法 5→6】

 魔法を習得:『ストームブレイド』

【精神統一 5→7】

【魔術理解 4→5】

 アクティブスキルを習得:『アッドスペル』

【詠唱加速 2→4】


【条件を満たした為、ユニークスキル《死界踏破スラック・ランナー》を習得しました】

【条件を満たした為、ユニークスキル《隼の流儀ピルグリム・コール》を習得しました】


【以下の称号を獲得しました】

 ・『遠近両用スイッチヒッター

 ・『月下美刃』

 ・『死線を渡る魔導士』



「…………」


 じっと通知の群れを眺め、深く息を吸う。呼吸を落ち着かせ、深くため息を吐いた。


「はぁ……クソ……俺の負けか」


 もう一度ため息を吐いて、肩から力を抜く。内心で脳みそを食い破りそうなほど膨れている激情を冷静に押し流して、癖っ毛な白髪を掻きむしった。

 正直、死ぬほど悔しい。今すぐここから森の奥へ向かって走り出したいくらいには。だが、ここは一度リセットだ。感情を消すことは出来ないので、感情と思考を綺麗に取り分けて考え直す。


「……流石に手札が少なすぎたか?」


 普段ならば絶対に口に出さないような事を呟いた。他のゲームでならば、ドラゴン相手に素手で挑み、空母にハンドガン一丁で突っ込んでいるが、それらとこのゲームはかなり毛色が違う。

 このゲームはMMORPG……要するに、ボスを相手するのならばレベルを上げて装備を集めて、複数人で協力することが前提になっている。


 こういう言い方はあまりしたくないのだが……ネビュ・レスタは強すぎる。あのふざけたスピードとカス当たりですら即死の状況で一時間半近くノーダメージを通して、魔法を弱点に直撃させ続けても半分削れるだけなのは渋すぎる。

 少なくとも大多数のプレイヤーは、俺と同じ条件なら初太刀で即死しているに違いない。


「相手がプレイヤーじゃないのもしんどいな……一時間戦ってフルスロットルどころか、ギアが更に上がるのは……俺の得意な消耗戦も使えねえ」


 これがプレイヤー相手なら二日三日掛けてでも攻撃を避けまくって消耗してる所を刺すんだが、悲しいかなAIに疲労の概念は無い。PvP対人戦と異なって、PvE環境戦はそもそも互いの条件が対等ではないのだ。

 馬鹿正直に技量を高めても、時間をかけて積んだステータス数字で勝敗が決まりかねない。故に、始めたての俺とはとことん相性が悪いのだ。


「まあ、それはそれとして……ここからどうするかだな……」


 順当に行くならば、ラクトに連絡を取ってレベル上げか。取り敢えず使える手札を集めて、あのカマキリ相手にリベンジを果たさなければ、俺の中の溜飲フラストレーションが収まらない。

 そうと決まれば、とメニューを開こうとして……ゴッ!と鈍い音が左隣から響いた。


「痛っ! う、ぇあ……え?」


 見ればそこには、ベッドから落ちたような体勢で右肘を庇う、見覚えのあるプレイヤーの姿があった。後ろで一纏めになった黒髪、青い布服に皮の鎧、そしてやけに整った顔。目を白黒させるそのプレイヤーの頭上には『コンコルド』のネーム。


「あぁこれ……リスポーン……あ」

「お久しぶりです」

「え、っと……」


 周りを見渡したコンコルド氏は当然俺と目が合い、固まる。彼が次に発したのはわざとらしい咳払いで、スッと顔をクールに固める。


「――あぁ、久方ぶりだな」

「多分、今からキャラ作るのも結構キツイですよ」

「う……ぎ、逆にありかなーと思ってみたんですが」

「初対面で無理矢理やってたらワンチャンありましたね」

「で、ですよねー……」


 コンコルド氏はキリッと固めたアルカイックスマイルをナヨっとした苦笑いに変えた。中身と外見のギャップが凄すぎるせいで、両方を知ってしまうと茶番を見ている気分になってしまう。


「なんだか良い感じに分かれた後にこうして再開しちゃうと……カッコ悪い気がしちゃいますね」

「どっちもリスポーンした身ですから、ノーカウントで手打ちということで」

「ふふ……はい。手打ちです」


 コンコルド氏はにへらと笑いながら、埃を払うように手をパチパチと叩き合わせた。随分と物理的な手打ちだ。

 彼は笑顔を少し緊張感のある面持ちで「あの」と話を切り出した。


「聞いてよろしいか分からないんですけど、ミツクモさんはどういった経緯でリスポーンなささられ……んん、なさられ……」

「あぁ、いや、そこまで畏まらなくてもいいですよ。自分のことは呼び捨てで構いませんし」

「え……」


 慎重さと丁寧さを重ねた結果意味不明な敬語を連発するコンコルド氏にそう言うと、彼は酸っぱいものを舐めたような顔で固まる。なんだか小動物……とりわけリスっぽい行動だ。


「取り敢えずレベル上げを目指して、街近郊の森に入ったらネームドユニークボス? に三枚におろされました」

「あっ、それって掲示板とかで噂になってた奴ですか? 確か『霧の凶星』でしたっけ?」

「そいつに完敗です。自分の未熟さを思い知らされましたね。……それで、こちらが聞かれたので聞き返しますが、コンコルドさんは――」

「あ、えっと……名前」

「はい?」

「わ……俺のことは気安く、コンコルド、と呼んでくれたまえ」

「……もしかして恥ずかしくなるたびにそれやってますか?」


 訝しむようにそう言うと、図星ど真ん中といった感じでコンコルド氏……コンコルドが「ヴッ」とダメージボイスを吐く。

 話の内容的には「コンコルドで大丈夫ですよ」の一言で済むのに、どうやら彼にはそれがかなりのハードルだったらしい。

 少なくとも、先程からの見られる二枚目キャラのロールプレイは、コンコルドが自分の恥ずかしさや緊張を誤魔化す為のものらしい。


「ということで、コンコルドで……どうぞ」

「もうこの際、敬語も外してくれていいですよ」

「……それは素なので気にしないでくれたまえ」

「……ふふっ」


 もはや無茶苦茶なロールプレイに、久方振りのまともな笑いが漏れると、コンコルドはクールな表情を固めたまま顔を真っ赤にした。なんだこの人、独特過ぎる。最後に笑ったのがいつか覚えていないほどに何ヶ月も笑っていなかったが、俺の脳は笑うという行為を覚えていたらしい。

 取り繕いゼロの俺の笑いをクールな赤ら顔で見据えたコンコルドは、この話題は不味いと思ったのか、咳払いと共に話の軌道を一気に修正した。


「ち、ちなみに私は……パーティを組んだ友達と一緒にオルソン公国に向かっていたら、ランダムエンカウントのユニークモンスターのカウンターを食らってリスポーンって感じです」

「あー。他のパーティメンバーは大丈夫ですか?」

「あの二人なら大丈夫です。私がドジしなかったら完封勝利だったので……」


 そう補足するコンコルドのは伏し目がちで、見た感じはイタズラがバレて怒られる前の飼い犬、といった感じだ。これはそれなりのドジを踏んでしまったらしい。

 話を聞いてると、戦ったMOBはアーマメント・スフィアというゴーレム系のユニーク個体だという。


「"反発するリフレクション"アーマメント・スフィア……HPは低いんですが、20秒毎に『装甲』を自分のHPの倍取得するから、瞬間火力で倒さなきゃいけないんです」

「なんだか名前から色々と想像が出来ますね」

「ネームドの特性で、『装甲』を取得するごとに受けたダメージを衝撃波にして飛ばしてくるんですけど……タイミング合わせて一斉攻撃した時、私が出遅れちゃって」


 あぁ。出遅れの結果ほんの少し削りが足りず、近接で全力攻撃していたコンコルドにダメージ反射の衝撃波が直撃、そのままリスポーン、といった感じか。なんとなく事の経緯を察した俺の前で、その失敗を思い出してしまったらしいコンコルドが石棺の中で頭を抱えていた。


「うぅ……3、2、1、0で攻撃だと思ってたのに……またエミリーに怒られちゃう……」

「コールミスとコミュニケーションエラーはマルチの醍醐味ですから…………ふぅ」


 沈むコンコルドに慰めの言葉を掛けるが、その言葉が一拍遅れて俺自身にも刺さり気分が悪くなってきた。俺は俺で、かすてらいおんさんとかラクトに迷惑かけっぱなしの暴走機関車だったから、あまり人のことを慰めていられる身分ではないのだ。

 俺の場合は試合中に他のメンバーが見えていない千載一遇のチャンスや大きな隙が見えてしまうので、それに飛びついて当初立てていたゲームプランをぶっ壊してしまう。メンバーから、それが俺の持ち味だと言ってくれることもあったが……それが本心ではないことを今の俺は知っている。


 そんな具合に夜の霊園で男アバターの二人で項垂れていると、こちらへ向かってくる二人分の足音が耳に入った。その方角へ目を向けると、二人の女性アバターがまっすぐこちらへ歩いてきている。


 一人は背の低い女性。肩口で切りそろえた艷やかな黒髪と気の強そうな赤いツリ目が特徴的だった。装備は黒一色の軽装で、見るからに暗殺者めいている。腰に差さった二振りの短刀もその印象を強める要因だろう。

 もう一人は前者と対照的に、背が高くおっとりとした雰囲気の女性だった。服装は俺の着ている東洋風の法衣に近いが、彼女が着ているものは金の装飾が充てがわれ、俺のものより断然質が良さそうだ。髪は金髪で、緩やかなウェーブを描きながら豊かな胸元まで伸びており、瞳はその色がわからない。というのも、所謂糸目のパーツを用いているようで、その目元は聖母めいて穏やかに微笑み続けているのだ。


「あれは……」

「あっ……えっと、あの二人は私のフレンド、です。わざわざアイテムを使ってここまでファストトラベルしてくれたんだと思います……」


 俺の声に顔を上げたコンコルドが件の二人を見つけ、嬉しいような申し訳ないような顔をする。俺はまだ見たことがないが、このゲームにはファストトラベル用のアイテムが存在するらしい。


 俺は目を細め、こちらへ向かう二人の名前を注視する。システムが俺の意志を汲み取り、二人の名前を頭上に表示した。


【プレイヤー名:エミリア Lv27】

【二つ名:『闇夜の刃ナイトダンサー』】

【職業:『スキルによって隠蔽されているか、相手のレベルが高過ぎます』】


【プレイヤー名:グラシエル Lv16】

【二つ名:『聖堂の護り手』】

【職業:僧侶 Lv18】


 エミリアが黒髪の小柄な女性、グラシエルが金髪の背の高い女性だ。コンコルドが口にしていた『エミリー』とは恐らくエミリアのことで間違いないだろう。その証拠に、俺の隣の石棺に座り込むコンコルドを発見したエミリアは目を三角にし、口を「へ」の字にする。明らかな『私、不機嫌です』といった顔だ。


「うぅ……エミリーの顔……シエルちゃんに庇ってもらわないと」

「あのエミリアさんって方はそんなに気難しい感じなんですか?」

「あっ、えっと、別にそういうタイプの人ではなくって、普段は優しいし凄くお世話好きなんです。ただ、エミリーはゲームには凄く真剣で、あと今回は私がちょっと派手にしくじってしまったので……」


 コンコルドは慌ててエミリアについて補足する。その様子からして、どうやらエミリアは俺が想像していたようなヒリヒリとしたプレイヤーではないらしい。

 ゲームに凄く真剣、というのが具体的にどういう事なのかは分かりかねるが、恐らくはゲームに開放感や逃避を求めているのではなく、ゲームを遊ぶこと自体を求めているタイプの人間なのだろう。コンコルドやグラシエルと比べて頭一つ抜けた種族レベルと職業レベルの隠蔽がそれを裏付けているように感じる。


「コーンーコールード〜! あんた、なんでカウントしたのに一拍遅れるの? あれだけあたしは『3、2、1、0』で行くよって言ったのに!」

「え、えぇっ!?いや、その……私もそのつもりだったよ?えっ?」

「いや、あんた普通に『3、2、1、0、ハイ』ってテンポで入ったでしょ! あたし本気でビックリしたんだから!」

「そん……えぇっ?私、0のタイミングで出たつもりだけど……」

「コンコルドくん、0の一拍後に『えーいっ!』って飛び出していきましたよ〜。その時のエミリアちゃんの顔、凄かったです〜。その後に木っ端微塵になったコンコルドくんを見たエミリアちゃんは――」

「シエル! ストップ! 余計な事言うのは厳禁!」


 コンコルドと合流したエミリアとグラシエルは先程の反省会を始めたらしい。話を聞いている限り反省会というより審問会だが、どちらにしても彼女らの仲が非常に良いことが伺える。

 見た限りエミリアは全くトキシックな感じではないし、三人の雰囲気は和やかといっていい。


 ……これは、さっさと離れておいた方が無難だろう。俺はそっと腰を上げ、何も言わずコンコルドから離れる。コンコルドと合流した二人からすれば、俺は有象無象のプレイヤーの一人だ。目立たず消えれば数秒後には記憶にも残らないだろう。


 と、そんな風に思っていたのだが――


「……あっ、ミツクモさん」

「ん?誰、この人?」

「……あ〜、この方、コンコルドくんが言っていた『ミツクモ』さんですね〜。男性の方だったんですね……」

「この人が!?本当にコンコルドにフレンドが……てか男の人!?」

「……えぇっと」


 若い女性が会話に花を咲かせている所に、知らない男が居るのは……という俺の常識的な気遣いと、これ以上プレイヤーと関わりたくない、という後ろ暗い思いをぶち壊すように、コンコルドは慌てふためく両名の表情を確認し、達成感に満ちたドヤ顔で俺の方を見つめるのだった。

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