第6話 fight of night
森に入り込んでまず感じたのは、異様な静けさだった。もちろん、パーティ単位で人がうろつく草原よりかは静かに違いないのだが、そういった類の静けさではない。
この森は、生き物の気配が少なすぎる。聞こえるのは自分が雑草を踏む音ばかりで、虫の鳴き声さえほとんどしない。
とはいえ、静か過ぎるというだけで踵を返すほど、俺は臆病じゃない。遠慮なく森の中を歩いていく。袖や裾が長い魔導士のローブに面倒を感じていると、ブゥ……ン、と左方から重低音が響いた。
見ればそこには、紫色の外骨格に身を包んだ毒々しい巨大トンボがこちらへ向かってきていた。
【エネミーの奇襲を看破しました】
【戦闘を開始します】
通知に伴って、紫トンボの頭上に赤い文字で『ナイトリッパー Lv.12』という表記と、体力バーが現れた。相手のHPは出るようだが、数字は出ないのが残念だな。
呑気にそれを確認している間にナイトリッパーは俺を射程圏内に捉えたらしく、薄い翅を一瞬だけ光らせた。
(ん、速いな)
攻撃の予備動作に合わせてその場にしゃがむと、頭上に微かな風と、刃物を振るったような澄んだ風切り音が響いた。
立ち上がりざまに振り返ると、ナイトリッパーはその場で文字通りのトンボ返りを披露し、俺と相対する形で空中に静止した。黒い複眼に感情は見えず、じっと俺を観察しているように見える。
このレベル差でこのスピードか。俺のレベルが1というのもあるが、動作を見てから回避するまでの余裕はそんなに無い。まあいいか。さて、魔法……はこのゲームだとどう使うんだ?
他のゲームだったら、視界内のホットバーから魔法を選んで、とか、
『下級風魔法 1』
・ウィンド
・ストレート・エア
使えるのは二つか……っと。ん? 『簡易詠唱』と『完全詠唱』、『不完全詠唱』?
使える魔法を確認している間に、ナイトリッパーがまた接近戦を仕掛けてきた。横にローリングで初撃の羽を避け、旋回して足元を狙う羽を前への飛び込み前転で避けると、ナイトリッパーは木立の隙間に体を隠し、そのまま姿を消した。
恐らくはまた奇襲狙いだろう。
タイミングが良いので、もう一つのウィンドウを見ると、そこには魔法の詠唱の種類が記されていた。基本的な説明だけあってそれなりに文字数がある。
要点だけ纏めて読み上げてくれたらいいんだが、流石にそれは高望みが過ぎる――
『詠唱には3つの種類があります』
「あぁ? 嘘だろ……柔軟ってレベルか?」
戦闘中にチュートリアルしてるほうが悪いしな、と諦めて説明文を読もうとしたが、その手前で声が響いた。ゲーム開始時の声とは別の、もっと機械的な声がイヤホンで聞くように両耳のすぐ後ろから聞こえてくる。
『魔法発動に必須な詠唱は【魔法の名前】の部分です。これを発声することで魔法を発動することを【簡易詠唱】と呼称します』
『また、簡易詠唱の前に
・使用する魔法の属性
・使用する相手の数
・使用する目的
・追尾型の魔法であれば追尾型であること
・範囲型の魔法であれば範囲型であること
を合わせて発声することで、詠唱した魔法の威力が上昇し、消費するMPが減少します』
『前述の詠唱を【完全詠唱】と――』
「ああ、スキップ」
要点だけ纏めてって注文は流石に聞いてくれなかったか。今の時点では完全詠唱と周りの説明は要らなかったんだが……まあ、勉強になったから結果的には良い。良いんだが――コイツ説明聞いてる間も容赦がねえな!
「チッ……」
システムの解説中は戦闘を中断、なんてことは当然無く、ナイトリッパーはあの手この手で俺を攻め立てていた。途中、説明の声に混じって羽音が聞こえず、ギリギリの回避になったこともあり、初期設定では説明の読み上げがOFFになっている理由が良く分かる。
途中、ナイトリッパーが翅での一撃離脱ではなく、六本ある脚で掴み攻撃を狙ったり、加速しながら長い腹の部分で打撃を決めようとする場面があり、その度にギリギリの回避になった
何にしろ、かなり遅めの掴み攻撃でさえ、加速した態勢からだと残像が見える速さだ。あと、脚を全開にして突っ込んでくるので少しキモい。
翅攻撃は流石に無理だが、掴みと腹の一撃は隙が見えるので、説明途中に軽く素手で打撃を当ててみたが、これっぽっちもダメージになっていない。それどころか紫色の外骨格が硬すぎて、俺の方に僅かなダメージが入った。
(速い、硬い、見えにくいの三拍子揃えてるな……その辺のMOBにしては強すぎだろ)
攻撃を誘導して樹木に羽をぶつけさせた時は軽く木の幹を軽くえぐる程度だったので攻撃力はまだ低い方だろうが、最初のフィールドから少し歩いた程度でかち合うエネミーだとは思えない。
「まあ、長ったらしい説明のお陰で、ようやく魔法が使える。――『ウィンド』」
首を執拗に狙う翅を回避して、下級風魔法『ウィンド』を簡易詠唱で唱える。同時に俺の視界に、草原で見た魔法使いと同じようなゲージが現れ、緑色のバーが一瞬で溜まった。
俺の目の前に透明に近い緑色の風の球体が生まれ、ナイトリッパーへ直進した。風は僅かなホーミングをしながらナイトリッパーの長い腹部に当たり、バシィ、と鞭で叩くような音がした。8%くらいか。充分だな。
ウィンドで消費したMPは200あるMPの15だ。この詠唱速度でこの威力なら、かなり良いダメージソースだろう。種族固有の『風魔法威力補正:中』のお陰だろうが、格上にそれなりのダメージが通せるのは大きい。
初めてダメージらしいダメージを受けたナイトリッパーは、複眼の下にある厳つい顎を軽く動かして、また翅を光らせた。だが……。
「もう見切った。一方的にボコるぞ。『ストレート・エア』」
放たれた風は矢のように真っ直ぐナイトリッパーへ進むと、その体を押し飛ばして近くの樹木に叩きつけた。消費したMPは10……見た限り入ったダメージは4%あるか無いか、程度。どちらかというと相手を押しのけてノックバックさせるタイプの魔法だな。
ナイトリッパーは木に叩きつけられた体制から翅を翻して、加速しながら樹木の間を縫うように飛行する。そのまま俺を中心にぐるぐると旋回し、一気に最加速しながら俺に突撃した。
狙われたのは首。瞬きの一瞬の油断で、ゴルフボールみたいに俺の首が飛ぶ速さだった。
それに特に構えるでもなく、迎え撃つ。
「『ストレート・エア』、『ウィンド』。どんなに速くても初動見えてたら問題ないな」
そもそもこのくらいだったら見てから反応できる。多少引きこもってブランクがあっても、この俺がトンボ程度に負ける訳――
「……ッ」
一瞬、脳裏に昔の記憶が過る。あの夜の敗北から、どんどんと沈む俺の姿が。
勝てるはずの相手に大逆転を喫し、遠いスタンドの歓声を聞きながら、スタジアムの便所にゲロをぶちまけて、次は勝つ、次は勝たなければ、と歯を食いしばった。
そうして次も負けて、負けて、負け続けた。けれど今度は勝てる、はずなんだ。大丈夫、大丈夫。
「ッ……『ウィンド』!」
背筋に伝う脂汗を無視して、魔法を唱える。気にするな、考えるな。メンタルが崩れたらまた……いや、クソ。
とにかく何も考えず、機械的に戦闘を続けた。何度目かの攻撃の後、放たれた風を避けられなかったナイトリッパーはHPバーを全損させた。その体が地に落ち、紫色のポリゴンになって宙に消える。
同時に、システムが大量に通知を流した。
【エネミーの全滅を確認】
【戦闘が終了しました】
【種族レベルが3上昇しました】
【職業レベルが1上昇しました】
【下級風魔法 1→2】
魔法を習得:下級風魔法『ノックアップ・エア』
【精神統一 1→2】
【アイテムを獲得しました】
『夜切蜻蛉の甲殻』
『夜切蜻蛉の翅』×2
【ステータスポイントを20獲得しました】
【スキルポイントを2獲得しました】
【以下の称号を獲得しました】
『
『死と踊る風』
一気に通知が流れてきたが、それを見る前に、少しだけ立ち止まる。
「……勝った、のか」
流石に、勝てたか。そうだ、このくらいなら問題無い。動きは追えていたし、俺の回避も間に合っていた。
あまりにも久々の勝利に呆然として、首を振った。待て待て、これはただのゲームの雑魚敵だ。逆に、これに勝てなかったらもうゲーマーの看板を下ろした方がいい。
嫌な感慨を振り払って、気分を切り換えた。
……種族レベルの上昇でステータスが伸びているが、それに比べて職業レベルの伸びは悪い。種族レベルが純粋な戦闘で上がるものだとして、職業レベルの上昇はまた別なのか?
あと、ステータスの中にある『基礎速度』。これは種族、職業レベルが上がっても全く変化していない。ステータスポイントとやらをそれに振ろうとしても、【基礎速度にステータスポイントは振れません】と弾かれてしまう。
上げるなら速度一択だったんだが……仕方ない。魔力に全部振るか。
――――――――
『ステータス』
名前:ミツクモ 二つ名:
種族:ハルファスの民 種族Lv:4
職業:魔導士 職業Lv:2
HP:124 +20
MP:240 +100
筋力(STR):66
耐久(VIT):50 +30
魔力(MAG):140 +70
意思(CON):120 +30
基礎速度:105
《装備品効果》
:無し
【基礎スキル】
『下級風魔法 2』『魔力視 1』『魔術理解 1』『精神統一 2』『詠唱加速 1』
【種族固有スキル】
メリット系:
『風詠みの一族』『器用』『弓術補正:小』『風魔法威力補正:中』『毒耐性:小』
デメリット系:
『異民族』『神に捨てられた民』『信仰減衰補正:中』『虚弱:小』
【
『
心識.1が開示できます
『
種族レベル■■より解禁
『
種族レベル■■より解禁
―――――――――
職業レベルが一つ上がって手に入ったステータスポイントは20。それに対して種族レベルが三つ上がった場合のステータス上昇値は、魔力と意志が20ずつ、耐久は10、筋力は驚異の6だ。
これは……無理に遠近両用の二刀流を目指すと器用貧乏になりかねないな。出来ればどっちも出来るのが俺の理想なんだが、このゲームでは魔導士に注力した方が良さそうだ。
スキルポイントは文字通りスキル取得に使用するポイントだが、システムの解説によると街中……ギルドなどに所属している『伝導師』とやらに支払ってスキルを得る方式だという。
「……種族差別ゲーか?」
思わずネガティブキャンペーンが口から出てしまった。取り敢えず、新しいスキルに関しては後回しで、新しい魔法を見るとしよう。
「『ノックアップ・エア』……あぁ、やっぱり打ち上げ系か」
適当に地面へ向けて魔法を打つと、地面に折り重なっていた落ち葉が、ドン、という音と共に空へ舞い上がった。攻撃範囲は俺が両腕を一杯に広げたくらいで、形としては円柱形に空気が動いている。
相変わらず発動までの詠唱時間が短い。簡易詠唱だと0.5秒、リキャストは25秒と長めだが、ウィンドが10秒、ストレート・エアが20秒なので大して変わらない。……これはかなり応用が効くか?
魔法のリキャストを待って、まずはストレート・エアを――自分に向けて発動する。背中に強烈な風がぶち当たり、前方に吹き飛ばされながら自分の真下にノックアップ・エア。そしてそこから『ウィンド』。
俺の体は見事に真上へ打ち上げられ、危うく樹木の太い枝に頭を叩きつける所だった。その状態からウィンドを放つと、お手軽移動&高所からの攻撃になる。
ノックアップ・エアで飛べるのは地上から2メートル程度だが、回避の転用には充分だ。ただ……
着地狩りには注意か。ストレート・エアがリキャストに入ってるから自由落下になる。
地面に着地しつつ、考察した。まあ、課題はあるが移動速度としては悪くない。一発目なら意表も付ける。
さて、次は称号か。手に入ったのは『大物喰らい』と『死と踊る風』。
称号:『
【取得条件】
自分よりも種族レベルが10以上高い相手にソロで戦闘を開始し、勝利する。
【効果】
自分より種族レベルが10以上高い相手に対して与えるダメージが20%上昇する。
称号:『死と踊る風』
【取得条件】
自分よりも基礎速度が50以上高い相手にソロで戦闘を開始し、ダメージを一度も受けずに勝利する。
【効果】
この称号を設定している間、基礎速度を15上昇させる。
「……俺の『大物喰らい』か」
は、皮肉も良いところだろ。『大物』だったはずの俺が……いや、止めだ。気分はさっき切り替えた。
さて、格上相手のダメージソースになり得る『大物喰らい』に対して、『死と踊る風』はパッと見の印象こそ弱いものの、今のところ上げる手段の無い基礎速度を上昇させてくれる。
惜しむらくは基礎速度の上昇が固定値なので、レベルが上がった時にどうなるかだが、腐らない効果には違いない。
とりあえず『死と踊る風』を称号にセットした。
(……マジか、かなり違うな)
流石は格上相手にソロ、ノーダメージが条件の称号なだけあって、速度上昇の感覚が違う。羽が生えたよう……は言い過ぎだが、軽く走ったり跳んだりの感覚は感動の一言だ。
先程までが一般人に毛が生えた程度の俊敏性なら、今は一流のアスリートを名乗れるのでは、といった具合だ。
15の上昇でこれなら、50以上基礎速度に差があったナイトリッパーは……やっぱりそれなりに強かったのか?
戦闘で手に入れたナイトリッパーの素材をインベントリから出して眺めながら、そんなことを思った。ナイトリッパーの素材の詳細が知りたかったが、システムから【スキル『鑑定』が必要です】の通知が連続で流れてきたので諦めた。
キリも良いし、全く触れてない心識とかいう要素の確認もしたいが……。
ブゥーン、と低い風切り音がした。見ればそこには先程倒したナイトリッパーの別個体が居る。付け合せに、目に悪い着色の巨大なアゲハ蝶じみたモンスターまで一緒だ。
さっきの風魔法の移動検証の騒音に釣られてきたか。
『ナイトリッパー Lv.13』
『バフ・バタフライ Lv.11』
「トンボと蝶で徒党組むのか……」
捕食者と被捕食者の関係じゃないのか? 凸凹な組み合わせに困惑していると、アゲハ蝶の方が動いた。極彩の翅を大きく動かし、虹色の鱗粉を周囲に散らす。
それに触れたナイトリッパーはキラキラと謎のエフェクトを纏い、恐らくは
……なるほど、どちらかというとイソギンチャクとクマノミみたいな共生関係か。まあ、どちらにしても関係無い。
【戦闘を開始します】
開始の通知と同時にナイトリッパーが突撃を掛けようとしたが、先制で真正面から『ストレート・エア』。一瞬競り合ったが、無事に吹き飛ばされたナイトリッパーは後続のバタフライを巻き込んで樹木に直撃。
すかさず二体を『ノックアップ・エア』で打ち上げようとしたが、ナイトリッパーは即座に翅を翻して回避、そのまま俺に突撃してきた。
「『ノックアップ・エア』。全ステータスにバフが掛かってるのか?」
胴体を両断しかねない一撃を、自分へのノックアップで回避。ナイトリッパーが動き出した初動で構えていたからギリギリ詠唱が間に合ったが、攻撃からの発動だったら差し込まれてたな。
宙に浮いた俺を見て、鋭角にターンし、即座に追い打ちに来たナイトリッパーだが、既に『ウィンド』の準備は出来ている。
あとは前読みで詠唱、を……。
本能が、視界に収めていたバタフライに反応を示した。目だけを動かして確認すると、その頭上には魔法使用時のゲージと、体の周囲に漂う黄金の粒子。
あれは――雷。
「『ウィンド』」
それを視界に捉えた瞬間、既に口が動いていた。バタフライから放たれる金色の雷が、俺のすぐ手前で生まれた風に衝突し、方向がズレる。
体の正中線を撃ち抜く筈だった雷が僅かにズレて、それを捻った体でなんとか避けた。視界の隅にウィンドを受けて吹き飛ぶバタフライを収め……クソ、『ストレート・エア』のリキャストが2秒残ってる。歯噛みをする俺を、力強い衝撃が吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
胴体に感じたのは、鞭で打ち据えたような感覚。受け身を取りながら地面に落下し、そのままの勢いで後転しながら距離を取った。
即座にナイトリッパーが上空から旋回してきたが、俺との距離を見て木立に姿を隠す。
旋回するそれから目を離さず、胴体に触れた。
(結構ばっさり切られたな……血が滲んで気持ち悪い)
腹に受けたのはナイトリッパーの翅。一文字に切り裂かれた腹部からは赤黒い血が流れており、白いローブを染めている。
システムにHPを見せてほしいと要求すると、【HP:38/144】と、【出血:小】の表記が出た。大体1秒に1のペースで、体力が減っている。
(一撃でこれか……つか『バフ・バタフライ』のくせに魔法撃つのかよ……)
脳内で愚痴を吐きながらバタフライを見ると、煽るように左右に動き、鱗粉を撒き散らしている。完全に動きをミスったな。バタフライが動くのが分かってたら、ノックアップは自分じゃなくてバタフライに撃っていた。
ナイトリッパーの攻撃は自前の動きで回避して、ウィンドは空いた隙に撃っていただろう。
……いや、違うな。バタフライが攻撃するとかしないとかの問題じゃない。そもそも、さっきのセルフノックアップには意味が無い。
反射でやったが、その選択をすることで得られる利益は全く無い。余計なリスクを背負うだけの魅せプレイだ。
「……ブランク、キツイな」
反射で魅せプかまして反撃を貰うくらい、俺のプレイヤースキルは鈍っているのか。思ったよりも大きいブランクに愕然とする俺の背後から、また重低音。
振り返りながら軽く後ろに飛び、首を狙う翅を後ろへ倒れ込みながら回避した。その勢いのまま地面に手を着いて、
その隙を狙うバタフライの雷魔法を横へのローリングでなんとか回避し……んん?
「二体目か。 『ストレート・エア』」
顔を上げたそこに映るのは、こちらへ直進しながら足元を刈りにくる二体目のナイトリッパー。ローリング直後で回避が間に合わないので、逆にその攻撃へ踏み込み、軽く跳ねた。
そして、的確に軌道を修正するナイトリッパーへ、ぐっと足を折り畳み、思いっ切り顔面を両足で踏み付けた。
当然俺は吹き飛ばされるが、翅による一撃で無ければ大したダメージにならない。追い打ちを掛けてくる別個体のナイトリッパーにストレート・エアを直撃させると、ようやく一息がつけた。
【エネミーの奇襲を看破しました】
【乱入したエネミーとの戦闘を開始します】
遅い通知にため息を吐き、気配の方に目をやる。眼前に見えるのは、二体のナイトリッパー、一体のバフ・バタフライ。乱入した個体がそそくさとバタフライに近寄り、鱗粉のバフを受け取った。
乱入した個体を確認したところ、レベルは12だった。
さて、と目を細めると、またシステムが通知を流した。
【エネミーが乱入します】
【乱入したエネミーとの戦闘を開始します】
「おいおい……」
戦場に参加してきたのは、呑気に空を舞う二体目のバフ・バタフライLv11。何だよこいつら、ツーマンセルで動いてるのか?
いや、それよりも状況がかなり悪い。
現在出血中。
HPはカス当たりでもワンパン圏内。
四対一で相手は全員格上、さらにDPSはバフられている。
立地の有利は相手に有り――と、そこで乱入してきたバタフライが新たに鱗粉を撒き散らした。その鱗粉は薄い緑色で、それに触れた近くのバタフライとナイトリッパーのHPが……回復した。
「……マジで言ってんのか」
条件追加。相手はバフとヒールを二枚積みだ。まさしく、四面楚歌を絵に描いたようだった。ああ、なるほどな。これは草原に居たプレイヤーが苦い顔で踵を返すわけだ。
ちょっと奥に入っただけでこの布陣とかち合わなきゃいけないんだろう?
最悪すぎる状況に、ハハ、と笑いが漏れた。絶望だとか失望の笑いじゃない。……逆だ。
「いいな。やろうか」
死ぬほどに病んでいようが、突き詰めていけば俺の根っこは『ゲーマー』だ。ゲーマーなら、この状況で笑わないなんて無理だろう。うず高い壁がある。倒し難い強敵が居る。久々の刺激で腐っていた本能が鎌首をもたげて、笑みがこぼれる。
重低音を響かせながら二方向に分かれて旋回を始めるナイトリッパー。バフと回復をそれぞれ撒き散らすバフ・バタフライ。
それらを見ながら、歯を剥いて笑った。
「リハビリ感覚でやらせてもらうぜ」
昔の勘を取り戻すには、これくらいがちょうど良い。素手ってのも良いハンデだろう。
走り出す俺の頭上で、木々から差し込む陽の光が、ゆっくりと赤みを帯びていった。
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