第5話 観察&歓待

 表情を崩さずミスターを見据え、クエストとやらの内容を目で追う。追えば追うほど、明らかにこれが普通ではないことが分かった。

 このゲームにおけるクエストがどういうものかを全く知らないが、クエストの目標に国家転覆×2がある時点でどう考えてもおかしい。


 推奨レベルは『未確定』だが、報酬はレベル80相当……俺はレベル1なんだが、どう考えても釣り合ってない。

 何より、このデメリットはヤバすぎる。クエストを受ければミスターの言うハルファスの組織に加入出来るので、そこで色々帳尻が取れるようにはなっているだろうが……。


 少し考えて、口を開いた。同時にシステムが俺の意思を汲み取り、クエストに『いいえ』を選択する。


「……少し、時間を貰っていいか?」

「ふ~む。時間、ですか?」

「恐らく、今俺が差し出されてる手を掴んだら、もう普通の生活とはおさらばだろう。提案は魅力的だが、即決できるほどこの世を捨てていない」

「……そうですか」


 ミスターは残念そうな声を漏らしたが、シルクハットの下に覗く笑みはまるで衰えていない。非常に愉快そうな、余裕を含んだ笑みだ。

 もう少しゴネるなり機嫌を悪くする流れになると思っていたので、意外だ。


「ええ、勿論良いですよ。むしろ、君のその言葉にまた興味が湧いてしまいました。私の提案に即決してくれる来訪者の同志はそれなりに居ましたが、真剣に考える同志は数えるほどです。

 ハルファスへの忠誠心が旺盛な同志は求める所ですが、こうして一度立ち止まれる君もまた、素晴らしい人材です」


 興奮したような口調で捲し立てたミスターは、こちらへ差し出していた手を、またしてもいつの間にか持ち出していた杖に添えて、それでは、と名残惜しそうな声音で言った。


「また必ず、君を誘います。ですから君。次に会うその時には、君の答えを聞かせてくださいね」


 ミスターが羽織っていた黒いマントを翻すと、次の瞬間には冗談のように消えていた。俺が目を凝らし、周りを見渡しても、影も形も見当たらない。


「神出鬼没すぎるな……せめてあの視線誘導のギミックだけでも解いておきたかったが」


 まあ、それは追々だろう。それにしても、かなり面倒な相手に目をつけられてしまった。あの瞬間移動と視線誘導を使われて、ストーキングをされたら気付けるか怪しい。


「……とりあえず敵対してないなら、考えるのは後か。とりあえずセオリー通りならレベル上げとかが第一目標……」


 で、合ってるよな? ミスターとの邂逅というイベントが起きてしまったせいで見失っていたが、俺はまだこのゲームでゲームらしいことを何もしていない。

 このゲームにおいて強くなる近道は分からないが、とりあえずレベルを上げて装備を充実させれば、自前のPSプレイヤースキルでどうにでもなる。

 さて、そうと決まれば街の外へ向かおう。




 街中の不躾な視線を突き抜けながら大通りの果てにある巨大な門を抜けて、遥々やってきた街の外。そこに広がっていたのは広々とした草原だった。

 多少勾配はあれど、おおよそ平らな草原の先には薄っすらと森が見える。正門から右手の草原は遠くに見える山岳へ、左手は草花が減って荒れ地へ続いているようだ。


 いかにもチュートリアルらしい草原には、指を折って数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程度のプレイヤーが闊歩している。

 それなりに広い草原なので人の密度は全く感じないが、何人かで纏まったプレイヤー達が談笑混じりに歩いている様を見ると、久々のゲーム体験に目を細めてしまう。


 俺が長く過ごしてきたゲームでは、チュートリアルを抜けた先は戦場に他ならなかった。弾丸、ミサイル、投げ槍、中世のチャリオット、プラズマブレスに魔法が交差する戦闘空間キルゾーン

 それらと比べて、こんなにゆったりとした冒険が広がるゲームは本当に久し振りなのだ。


「これも中々悪くない。落ち着いてて、気分が……ん?戦闘か」


 何かが砕かれるような音が耳に入ったので目を動かすと、三人ほどのプレイヤーが武器を構えて何かと対峙していた。

 爽やかな風が吹くこの草原だが、やはり敵は居るのか。気配を消しつつ戦闘に近づいてみる。


「ミオさん、さっきの魔法のリキャスト上がったら教えて」

「あと十秒くらいですー」

「やべー、ごめーん。普通に今のクリティカル当ててりゃ終わってたわ」

「次挽回すれば……っと!」 


 前衛の男二人、後衛の女一人のパーティだ。前衛が後衛を庇いつつ、何かを探すように首を振っている。その視線が大きな死角を生んだとき、背の低い葦草から緑色の何かが飛び出した。


 それは男の首を狙って躍動したが、咄嗟に首を捻られ当たらない。緑色のそれは、攻撃が避けられたと踏むやまた草原に身を伏せる。

 一瞬見えた何かの正体は、緑色の狼だ。


「今のよく避けたと思わない?」

「油断してギリ回避になっただけじゃね?」

「あ、今行けますー!」

「了解です!」


 女の声に伴って、その頭上に灰色の体力バーじみたものが浮かび上がった。さらによく見てみると、女の周囲に金色の粒子がホタルの光めいて浮いている。

 経験上、こういうのは大抵属性の溜め技って感じだが……。


 さらさら、といつものシステム通知音がして、同時にまた狼が草原から飛び出す。その牙は女の元へ向いているが、彼女は余裕を持ったバックステップでそれを避け、同時に頭上のバーに黄色のゲージが溜まり、女の持っていた杖から強烈な雷が撃ち出された。


「『ライトニングタクト』!」

「おぉ、消し飛んだ」

「ナイスですー。あ、レベル上がった」


 杖から放たれた魔法は緑の狼に直撃し、電子レンジで焼かれた茹で卵のようにポリゴンとなって爆散した。成人以上を対象にしたゲームとはいえ、流石に黒焦げの死体になって転がったりはしなかったようだ。

 狼を倒した三人はそれぞれに一礼しつつ、「心識アヴェーダもう一個開けようかなぁ」だとか「こうなると職業レベルの上がりが問題ですね」だとかを和やかに話している。


 気付かれていないとはいえ、あまりジロジロと見ているのはマナーに反するので、そそくさとその場を離れつつ、システムの通知を見る。


【スキル『魔力視』が発動しています】


 ……あー、初期に持ってた『魔力視』か。詳しく確認すると、視界内の魔法の発動タイミングと属性が見えるスキルらしい。威力とか範囲みたいな詳細はまだ分からないようだ。


 魔法を使っていた女の周りに浮いていた粒子が属性を表していて、頭上のゲージが魔法発動までのタイミングに違いない。

 その2つが分かるだけで、かなり便利だ。逆に、俺が魔法を使う時にも、相手が魔法使い……ああいや、このゲームだと全員スキルを取れるだろうから、それなりに対人をやってるプレイヤーにも予備動作が見える訳か。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、適当にフィールドを歩く。


「……何だあれ」


 目先のプレイヤーは、見た目こそ普通の剣士だが、全身が発火している。比喩ではなく爪先から頭まで燃えながら、腰元の剣を抜いた。同時にその口元が軽く揺れる。

 そこから読み取れたのは一つの単語。


 ――『胸裏インスリット


 同時に男の体を包んでいた炎が腰元の剣に吸い込まれ、次の瞬間には男の姿が消えていた。いや、消えたと錯覚するほどの速度で剣を振り抜き、移動していた。

 男が移動した後の空間には薄く火花が散っており、その一撃で切り捨てたであろうMOBが、草の中でポリゴンとなって空に散っていた。


「あれが噂の『星幽装』の『胸裏』か……」


 多分今の動きは星幽甦装のスキル……俺のステータスだと黒塗りになっていた『胸裏インスリット』だろう。正直情報が薄いので予想でしかないが、多分そうだ。


「……発生から何Fだ? 剣に手を当てるモーションからなら9……切り終わりに硬直……速度的には……」


 また歩き出しながら、先程の男の動きを思い返す。発生から攻撃の判定と思しき斬撃までは大体9フレーム。切った後に恐らくは1秒未満の硬直が発生している。

 それなりに早い一撃だったが、昔にやっていた一人称のアクションシューティングゲーム『Over CLOCK2』では、運営の調整ミスで狂ったスピードの居合い切りを繰り返すキャラクター『ムサシマル』が生まれていた。


 アップデートの際に加えられた各キャラへの調整で、ムサシマルの居合いの射程距離を『1.250m』を『1.500』へ上方修正する際に小数点の位置を間違え、『150.0m』にしてしまった結果、小さな町一つ分の広さがあるマップの端から端までを、居合い四回、時間にして3秒で駆け抜ける超光速のスピードスターが爆誕した。

 ムサシマルが修正を貰うまでの四時間、プレイヤーはこぞって彼をピックし続け、居合いを打ちまくった。彼の居合技のボイス「カミノケンヲクラエェェェ!!」にちなんで、通称『カミケンタイム事件』と呼ばれている。


 レーティング戦で出会うムサシマルの群れに比べれば、先程の一撃はかなり有情だ。叫び声を上げながら進路上のすべてを切り裂く高速サムライの群れに死ぬほどスナイプされて、俺は……いや、あれはもう忘れよう。


「……ん? あぁ、森か……」


 嫌な記憶を散らしながら目線を上げると、そこには鬱蒼とした森があった。草原との境目ならまだしも、ここから見える奥の方は、木漏れ日も疎らで薄暗い。

 色々考えながら適当に歩いていたら、戦闘もせずに森まで辿り着いてしまった。


 プレイヤーが多く敵の少ない草原と異なって、見た限り森からはそもそも生き物の気配をあまり感じない。

 森が深いから、というには違和感があるほどに、人気が無い。よほど旨みの無いエリアなのか?


 ちらりと草原に振り返ると、俺と同じく森の方へと歩いていったパーティが森の手前で立ち止まり、あまり良いとは言えない雰囲気の話し合いの後に回れ右をしていた。


「……」


 森へと振り返り、少し考えてから……ゆっくりと前に踏み込んだ。そこに何があるのかは分からないが、人気が無いのであれば俺個人としては好都合だ。

 この先に強い敵が居るだとかであれば張り倒せば良い。デメリットのある何かがあるなら、大らかに受け入れよう。



 そんな――いつもの俺ならばしない、軽率の極み。冒険心の塊のような行動。それがまさか、久々にゲームでキレる原因になるとは、露ほどにも思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る