第4話 強制ソロプレイ

「……せめて攻略くらいはしっかり見ておくべきだったか」


 独り言を呟きながら、街中を歩く。ちらりと目線を傾ければ、街路に並ぶ露店や商店が目に入り、それらに吸い込まれていく人の流れが見える。

 プレイヤーが最初に通る街だからというのもあるが、その活気ぶりはまるで何かしらの祝祭のようだった。


 そんな中を歩きながら、先刻の事を思い返す。ギルドの受付で俺を待ち受けていたのは、過酷にも程がある冷遇だった。


 まず、ハルファスの民である俺は、公共施設が扱えない。行政の認定を受けた宿には当然泊まれないし、店もそうだ。ギルドに関しても、素材の買い取りや消耗品の補充以外のすべてが禁止されている。

 具体的に言えば、ギルドから受けられる冒険者研修とやら、修練設備や職業ごとの訓練、ギルド内にあるらしい書庫への立ち入りが出来ない。

 当然、ギルドで張り出されているらしい依頼クエストとやらも俺には縁が無いらしく、要するに俺にとってギルドとやらは、飲み食いと消耗品の売買くらいしか役割が無い、ということなのだ。


 初手からあまりにも厳しい対応につんのめりそうになったが、せめてこの世界の基礎知識くらいは、と俺は受付のNPCに食い下がった。

 その結果得られた回答は、『次の方もいらっしゃるので』である。

 そうですか、とため息を吐き、見世物にならない内に施設を出て、今に繋がる。


 今歩いているのはギルドから直線に出た街道なのだが、どうやらここは大通りの商店街らしく、歩く街並みは美麗極まりない。

 屋台から香る肉の匂いに、色とりどりの装備を着込んだプレイヤー達、恐らくはNPCと思われる町人が街角で談笑している。


 武器防具などの他に、錬金術じみたファンタジーな物を売っている店もあり、見回すだけで目が疲れる。

 ごった煮返す人の群れと色とりどりの混沌は、平常なら好奇心を高めてくれたかもしれないが……生憎今は気が重い。


 歩いているだけだというのに、井戸端会議中のご婦人方は俺を見るなりヒソヒソと話を始め、露店の店主は露骨に目を逸らす。

 これが少し……いや、かなり俺の心に良くない。定期的にゲーム側から【ログアウトしますか? はい/いいえ】のポップが出るくらいには気分が最悪だ。


 だが、腐り切っても俺はプロゲーマー。手を出したゲームのチュートリアルで気持ち悪くなって落ちるのは、矜持が許さない。

 なるべく前を見ないように意識しつつ、自分のステータス――その内の種族固有スキル『異民族』を眺める。


 説明によれば、この好感度低下は特定の国のNPC全員が対象だという。正直笑えないが、説明を見る限り、俺の母国らしい『ハルファス神聖帝国』がとんでもないやらかしを披露しているので、いわれのない差別とは言えぬだろう。

 俺への扱いを鑑みるに、過去によほど禍根の残る戦争があったに違いない。


 ざわざわと賑やかな街中を当てもなく歩きながら、自分のステータスを開き、念のため他の種族固有デメリットも確認する。特に不穏な『神に捨てられた民』から見よう。 



 種族固有スキル:『神に捨てられた民』

 ・貴方の故郷『ハルファス神聖帝国』はかつて、これまで奉じられてきた神を捨て、人を神の上に置いた。

 ・自らを捨てた民を愛するほど、貴方達の主神は慈悲深くない。

 ・貴方は神の加護を得られない。

 ・貴方は神の力を借りて呪いを解くことが出来ない。

 ・貴方は信仰関連のスキルが成長しにくくい。



 ……何をやってるんだハルファス神聖帝国。大方、王権神授説の延長線というか発展形みたいなことをやったんだろうが、本物の神が居そうなこの世界でそれをやるのはマズすぎる。

 続くデメリット系二つ『信仰減衰補正:中』と『虚弱:小』は額面通り信仰系のスキルの効果、威力が下がるものと、ステータスの筋力、耐久の初期値が少し下がるものだった。


『虚弱:小』の説明に「ハルファスの民は優雅に豪遊を続けた繁栄の民であり、その血は肉体労働に縁が無い」とご丁寧に表記があって笑えてきたが、ゲーム的に考えれば笑えない。


「……ヤバいな、これ」


 このゲームについてド素人な俺でも分かる。この種族はデメリットの時点で環境落ちも良いところだ。であれば、メリット系の方に縋るしかない。


『弓術補正:小』、『風魔法威力補正:中』、『毒耐性:小』は名前の通りだろうから、重要なのは『風読みの民』と『器用』の二つだろう。



 種族固有スキル:『風読みの民』

 ・ハルファスの民は国を持つより遥か昔、風と共に生き、風と共に死ぬ放浪の民だった。

 ・その目は夜闇をものともせず、第六感は天候の移り変わりを読むことが出来た。

 ・そうしてその耳は、聞いた声の真偽を知ることも出来たという。

 ・故に彼らは、真に団結して国を創ることが出来た。真に疑わしきを罰し、真に頼るべきものを忘れずにいられたのだ。

 ・貴方は常に『暗視』の効果を得ている。

 ・貴方はフィールドの天候が変化する1時間前に、次の天候が分かる。

 ・貴方はMPを消費することで、耳にした言葉が真実か嘘かを判別できる。



 種族固有スキル:『器用』

 ・貴方は武器カテゴリ『弓』『短剣』関連のスキルの成長しやすい。

 ・貴方は『制作』『操縦』『演奏』関連のスキルが成長しやすい。


 ……なんというか、そういう感じじゃないってスキルだ。素晴らしいのは恐らく間違いない。


「ただ、今の俺が嘘を見抜くとかやっても……意味ねえんだよな」


 試しに深呼吸を一つして、俺へ向けてコソコソと嫌な目線を向ける婦人がたの言葉に耳を澄ましてみる。魔力を消費っていう操作の仕方がわからないのだが、このゲームならきっと意図を汲み取ってくれるだろう。


「嫌だわ本当に。なんで街の中にああいう人が居るのかしら」

 ――真実。

「最近街も外も治安が悪くなっているって話だし……きっとああいう人の影響よね」

 ――真実。

「どうして領主様は動いてくれないのかしら。来訪者っていったって……ねぇ?」

 ――真実。


 不思議な感覚だ。言葉を聞いた瞬間に、直感で『ああ、本当のことを言ってるな』って分かってしまう。


 とはいえ、スキルを使ってわかったのは、俺に向けられている差別が真実であるという確信と、やはり気分が悪い、ということだけだ。もう一つの固有スキルは文字通り器用になるだけ。

 職業が魔法使いじゃなければ、と思ったが、ハルファスの民が作ったアイテムとか演奏とか……絶対に酷い評価を受けるだろうな。


 あまりにもデメリットの塊すぎないか? と一人悩んでいると……唐突に背後から声を掛けられた。少し浮ついた、男の声だ。


「そこの君〜」

「……」

「君だよ、ハルファスの民の君」

「……?」


 声に従って振り返るが、そこには誰も居ない。繁盛した商店街と、路肩に止まった馬車、あとは裏路地に繋がる細い側道くらいしか――


「……」


 一瞬、俺の周りに目を向けた。周りからの視線が無い。先程まで俺を睨んでいた衛兵も露店商人も、笑顔で接客を続けている。

 改めて裏路地へ繋がる側道を見ると、そこには黒い手袋をつけた手が、そっと俺に向けて手招きをしていた。

 こっちに来い、ってジェスチャーだろうが、相手の姿が見えていない。少し考えて、俺は側道へ向けて歩き出した。


 なんでもないように歩いて商店街から離れる。入り込んだ路地は思っていたより細く、左右の売店だか宿屋だか分からない建物が三階建てなので、驚くほど日が差していない。

 見るからに陰気な路地の先には、誰も居ない。代わりにまた、路地の曲がり角からこちらへ手招きする手がある。さながら不思議の国へ案内する白ウサギだ。


 少し湿った石畳の地面を踏み締め、路地の奥に進む。少し入り込んだだけで表通りからの物音が減って、流れる空気に濡れた土のような臭いが混じった。

 手招きに従って路地を曲がるが、やはり誰の姿もない。少し遠くの突き当りに、また黒手袋が手招きをしていた。


「……早速暗視の活躍か」


 ぼそりと呟いて、また歩き出す。さて、のこのこと誘いに乗っているが、この時点で幾らか相手の予測は立てている。


 手袋の主は、未だ俺に姿を見せていない。そして、人目の付かぬ路地裏に案内している。考えられる第一の予想は、裏路地に引きずり込まれてタコ殴りにでもされるか、といったところ。

 だが、手袋の主は最初に俺を『ハルファスの君』と呼んだ。


 先程から分かる通り、ハルファスの俺は目立つ。そんな俺に街中で『ハルファスの君』呼びだ。周囲の目を集めない訳が無い。

 なのに、そうはならなかった。路地に入る前に確認した時、誰も路地に居る声の主を見ていなかった。それどころか……俺への目線がまるで無かった。


 つまりこの手の主は、周囲の視線を外す手段を持っている。ここで重要なのは、どうしてそれを使う必要があったのか、だ。


 手招きを追って、さらに裏路地の奥に入る。進めば進むほど、すえた臭いと嫌な雰囲気を肌で感じる。ちらりと見れば、路地の地面に折れた歯と乾いた血の跡があった。

 それらから目を外し、前を見た時――そこには影が立っていた。


 否。それは影と見紛う、長身の男だ。黒のタキシードめいた服で包まれた体躯は折れそうな程に細く、それらを誤魔化すように野暮ったい黒のマントを羽織っている。

 デッサンの狂った人形のようなシルエットの男は潰れた黒のシルクハットを目深に被っており、こちらから見えるのは三日月のように笑みをこぼす口元だけだ。


「ハハ、凄い、凄いですね〜、君。全然驚いてないじゃないですか。まるで最初から最後まで予定調和……そんな印象さえ受けます」

「……こう見えて経験豊富なもので」


 俺は電子の世界で山よりデカい宇宙怪獣や侵略生物と戦ったこともあるんだ。今更不気味な男一人で驚くつもりはない。

 眼の前の男はシルクハットから覗く満面の笑みを更に深めて、いつの間にか右手に持っていた黒の錫杖に両手を預ける。

 ……いつ、それを持ち出したのか全く分からない。自慢じゃないが、1Fフレームを見切るだけの動体視力はある。だが、その上でも『いつの間にか』男は杖を握っていた。


「自己紹介が遅れましたね。私の名前は、ミスター。もちろん偽名ですので、気軽にミスターさんと呼んでください。呼び捨てでも構いませんよ? あるいはMrミスター.ミスターなんて、ハハ! 冗談です」

「……自己紹介するなら帽子は取ったほうが良いんじゃないか?」


 やけに馴れ馴れしい上気分の上下が激しい男……ミスターにそう返すと、ミスターはまた笑みを深めた。ぐぐ、と口角が左右に広がって、白い歯茎まで良く見える。


「いえいえいえ、私はこの通り、お喋りなものですから。帽子を外してしまうと、きっと君は辟易してしまうでしょう。もしかしたら踵を返してしまうかも?」

「……?」

「ハハ。『目は口ほどに物を言う』と言うでしょう? この口が三つなんて、まるでケルベロスじゃないですか!」


 あー……OK。彼はちょっと話が通じにくいタイプかもしれないな。加えて、恐らくプレイヤーではなさそうだ。目線を動かさずプレイヤーネームを見ようとしたが、ミスターの頭上に浮かんだのは『?????』の文字。

 直後にいつものシステム通知布を擦るような音が耳元に聞こえ、【スキルによって隠蔽されているか、相手のレベルが高過ぎます】との通知が流れてきた。これでプレイヤーなら大したロールプレイだと拍手する他無い。


「おやおやおや? 余所見ですか? まあ、仕方がないかもしれませんね。私の話は君にとってそう面白い物ではないでしょうし、そう考えれば余所見の責任は私にあると言っても過言ではありません」

「分かってくれてるなら、そろそろ本題に入ってくれてもいいんじゃないか?」

「おお、そうでした。失敬失敬……」


 ミスターは笑顔のまま器用に咳払いをすると、そっと俺に向けて手袋に包まれた左手を差し出してきた。


「君を呼び止めたのは他でもありません。君に、素敵な話があるのです」

「その前に、一つだけ質問させてくれないか?」

「はい? ええ、どうぞ。私ばかりずっと話をしていては、それは会話ではありません。私は君に演説をしにきた訳では――」

「貴方はハルファスの民か?」


 まどろっこしいので行儀は悪いが話を途中で割り込ませた。俺の質問にミスターは笑顔で固まっている。

 単純な予想だ。俺を路地裏に誘うのは、人目につかない場所でしか出来ないことがあるから。その上で周りの視線を逸らしたのは、ミスター自身が表に出て俺に声を掛けられないから。


 もしも彼がなんのしがらみもない一般人なら、表通りでハルファスの俺に声を掛けて、『君に用がある』とでも言って、どこか目立たない場所に案内すればいい。

 ミスターはそうせず俺も、自分も周囲から目立たないように隠蔽した。わざわざ手招きだけでなんとか俺を誘導した。そんな面倒な事をしなければならないほど表に出られない身分など、指名手配犯か……それこそ異民族ぐらいなものだろう。


 そして、これらの予想がはっきりと確信に変わる証拠があった。


「――お前の髪色が分からないんだよ。シルクハットを目深に被って目の色が見えないのは分かる。マントで身体の線が分からないのも当然だ。けど……それ以外の情報が、どうやっても得られない」


 目の前に立つミスターをじっと見つめる。その体をはっきりと見ているのに、。歯茎を剝いて笑う口元と手袋以外、何一つ容姿の情報が得られない。帽子で隠せるほどの短髪なのかとも思ったが、そういう次元ではないのだ。

 まるで、視線が誘導されているような……いや、違う。喩えるならば、死角だ。人間が自分の鼻を目視するのに寄り目をしなければならないように、ミスターに関する情報があまりにも見えない。


「ここまで徹底的に容姿を隠してるんだ。それが逆に答えだろう」


 やや決め打ち気味な俺の言葉に固まっていたミスターは、やがて体を軽く震わせ始めた。


「ハハ、ハハ。良いですね〜、良い。上手く言葉に現せないのですが、君はとても『良い』。色んな同胞を見てきましたが、君はその誰とも異なる」


 同胞。その言葉に俺が反応するより前に、ミスターがより笑顔を深めた。もはやそれは笑顔というより野生動物の威嚇めいていて、形の良い歯列の隙間から、興奮したような吐息が漏れていた。

 異様な雰囲気にほんの少し、後ろ足に体重を入れ替える俺に対して、ミスターは「おや、失敬」と手を口に添えて笑顔を戻した。


「ポーカーフェイスはお手の物、なつもりだったのですが……まあ、それはおいておきましょう。君……いえ、同志。私は君に提案があります」

「話は聞く」


 名乗ってもいない名前がバレているのはもう気にするべきではない。ミスターがハルファスの民である以上、彼の前では嘘偽りは全く意味を為さないだろう。

 ミスターは俺に手を差し出しながら、またしてもいつの間にか素手に変わった左手でシルクハットをより深く被り直した。


「見たところ、君は結論から話すのが好きなのでしょう。なので、望み通り結論から――私は、ハルファスを国として再興したいと考えています。ですが当然、私一人では民族の再興など夢のまた夢。今は一人でも、頼れる同志が欲しいのです」


 ミスターの言葉に、ハルファスの民の種族固有スキル『異民族』の効果を思い出した。


【貴方は同じ『異民族』のNPCの初期好感度が高くなり、特殊なイベントが発生しやすくなります】


「どうでしょう、同志ミツクモ。この地に降り立ったばかりの来訪者とはいえ、既に君も感じたはずです。この国の、この街の人々の目線、口ぶり」

「……」

「これからどうしたものか、途方にくれていたのではないですか? 私達には、小さいですが拠点があります。拠点には私達の同胞も居ます。私達には、貴方の旅路を助ける力がある」


 言葉の終わりに、システムが通知音とウィンドウを出した。半透明なそれに記された大見出しは【クエストが発生しました】。


【クエストが発生しました】

 クエスト名:『沈まぬ風を、君と舞う』 

 推奨Lv: 未確定 推奨職業: 無し

 推奨スキル: 『交渉』『信仰』 複数人受注: 不可

 クエスト報酬種別: 未確定 

 クエスト報酬: Lv80相当


 クエスト達成目標: ハルファス神聖帝国の再建、または『セントラル共和国』『マルコシア連邦』『エルコシア自治共和国』『オルソン公国』『ス・ラーフ商国』『カジェルクセス』『ヴェスワーナテイト』の内2カ国以上の崩壊、または■■■■■■の■■■を降臨させる。


 クエスト失敗条件:未確定


 警告: このクエストを開始すると、『ス・ラーフ商国』『カジェルクセス』『ヴェスワーナテイト』を除く周辺国家及び周辺国家に属するNPCからの好感度が【天敵アークエネミー】に固定されます。

 警告: このクエストを開始すると、ハルファスの民、『―――』所属のプレイヤーとNPC、『ス・ラーフ商国』所属NPC以外とパーティを組めなくなります。


【クエストを受注しますか? はい/いいえ】



 サラリと通した目が途中で固まる。そんな俺を知ってか知らずか、ミスターは笑顔の口を開く。


 「さあ、同志ミツクモ。共に新しい風を創りましょう」


 こちらに一歩踏み込みながらそう告げるミスターの声は恍惚に満ちており、ゆらり、と黒い手袋が手招きをしていた。

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