第3話 MMO初心者
「あの、ですね。重ね重ねになっちゃうんですけど、出来れば今回の件は無かったことに……」
「あぁ、はい。……そもそも言いふらすようなことでもないので」
「ありがとうございます……」
「別に感謝されるようなことではないと思うんですけどね」
そう言いながら、隣を歩く男を見る。目を凝らせば、薄く男の上には『コンコルド』の名前がある。十分ほど前に出会ったコンコルド氏との対面は、ガックリと肩を落とす彼に「とりあえず人波に混ざりますか?」と俺が声を掛けたことで、なんとか丸く収まった。
……正直な所、さっさと関係を打ち切って気楽なソロに戻りたい。先程から無難な会話を続けているが、正直これだけでもメンタルのイカれた引きこもりにはキツすぎる。とはいえ取り敢えず人波に、と自分から切り出しておいてハイさよなら、は二重人格にも程があるだろう。
一応、俺はコミュ障ではないので、適当な会話を続けること自体は難しくない。野良でランクを回している時はトキシックなプレイヤーから異国圏のファンキーなプレイヤーまで揃い踏みだからな。
ただそういう問題ではなく、単純に今は……誰ともゲームをしたいと思えなかった。理由は複数あるが、どれも碌なもんじゃない。考えるだけで憂鬱だ。
だから、無理矢理愛想笑いを浮かべながら石棺を離れ、石畳を歩きながら人波に合流した。途中、軽く自己紹介を互いにしたが、コンコルド氏は中々に理性的というか、落ち着いた人だった。
「……それにしても、凄いグラフィックですよね」
「そうですよねー。正直、靴の裏に感じる地面とか、太陽の熱とかそのまま過ぎてちょっと……」
「逆に違和感みたいな感じですよね、分かります。これゲームだよね? みたいな」
「あ、ミツクモさん、もしかして途中でメニューとか開きました? わ、俺はそうなんですけど」
「あー、やっぱり確認しますよね。自分もです」
社交辞令に話題を振ると、イケメンスマイルを浮かべながらしっかりと返してくれる。話題に合わせてちらりと周りを見てみると、俺やコンコルド氏に似た服装のプレイヤーや、また少し異なった服装をしたプレイヤーが同じように周りを見ながら歩いていた。
正直、この行列の先に何があるのか分からないし、そもそも人混みに混ざるのはあまり好きじゃない。ざわざわと周りの話し声が耳に入る度に、ジワリと背中に汗が滲むのが分かるからだ。
自意識過剰は百も承知だが、誰も彼もが俺の悪口を言っているような気分で、気持ちが悪くなる。
黙りこくった俺にコンコルド氏は同じく黙って、何かを考える素振りをした。
「もしかして、ミツクモさんはあんまりこういう感じのゲームはしない感じですか?」
「……あぁ。ゲーム自体はそれなりにやるんですけど、こんなに人が多いのは無いですね。多くて何百人とかだったので」
「あー……。ちなみにこのゲームは単一サーバーで、同接三十万人くらい人が居るらしいですよ?」
「……全員で一気にバトロワとかしたら鯖落ちしそうですね」
一時期流行っていたVR空間でのバトロワゲーが脳裏を過ぎった。最大255人、51チームが入り乱れて戦うシューティング×バトロワゲーだったのだが、あまりにもプレイヤーを増やしすぎてそれぞれにスポットライトが当たらない、ということで競技シーン的な人気はそれほどだった記憶がある。
懐かしい記憶に意識を割いている内に、コンコルド氏は三十万人が入り乱れてゲームが鯖落ちする様子を想像してしまったのか、「ふふっ」と笑いが漏れていた。相変わらず仕草の節々や笑い方が女性のままなのだが、触れないでおく。
「へえー……あのゲームまだ人気なんですね。認識というか知識が古いな俺」
「やっぱり二百人同時のバトルロワイヤルは画期的だったってことなんでしょうね。……あ」
「何か見えてきましたね」
「関所、かな?」
「規模的に関所っていうより市役所に見えますね。ギルドとかクランのホームみたいな感じかな」
会話のキャッチボールに切れ目を入れたのは、この霊園の出口らしき場所だった。長蛇の二文字が浮くプレイヤー達の列は、何やら市役所じみた建物に続いている。
目測では四階建ての建物は飾り気こそ少ないものの、流入していくプレイヤーの影響か、遠目でもかなりの活気が感じられる。
建物に近づくと、中の様子が見えてくる。鎧だのローブだのを纏ったプレイヤーがぞろぞろと中を歩いていて、かなりの人混みだ。窓は多いが大抵が閉まっている。白っぽい壁は石造で、かなり真新しく感じられる。
何気なしに出入り口と窓、一階分の天井の高さや屋根の形状を眺めていると、コンコルド氏から声を掛けられた。
「ミツクモさん?」
「はい?」
「……いや、ちょっと。自分の知ってるフレンドと動きが似てたので」
「動きですか?」
扉周りの人混みに足を止めながら、コンコルド氏は苦笑を浮かべていた。
「その子、すっっごくゲームが上手くて、大会とかにもたくさん出てるんですけど……知らない建物に入るときは、いつも射線とか、外から見た構造とかよく見てて」
「……いや、ちょっと珍しい建物だったので、つい見ちゃいました」
愛想笑いでそう返すと、コンコルド氏は「確かに日本だと珍しい」とそこまで口にして、ハッと口に手を近づけた。恐らく身バレに繋がるのでは? と考えたのだろうが、流石に国がどうこうは個人情報に繋がりにくいだろう。
変なところでタイトなネチケットに愛想笑いを返しながら、例の建物の中に入った。途端に中の喧騒が像を結んで、情報が耳に流れ込んでくる。
「職業レベル8以上の僧侶居ますかー? 10越えてたら求道者もOKです〜!」
「汎用スキルの『交渉』と『演奏』って結局どこで採れるんだっけ」
「『霧の凶星』のパターン見たいので一緒に特攻してくれる人募集です!」
「じゃあまずは南のほうの砂漠目指しますか。……あ、途中で『ス・ラーフ』寄ります?」
「『
「『
「はぁ? 白スクロール一本で80kは高すぎでしょ。純魔は死ねと?」
「しゃあない。どっかのバカが買い占めした挙げ句売り戻してるせいで値段が馬鹿になってるんだよ」
「そいつ、白スクロール買いすぎて肝心のインク買えなくなった挙げ句、意地になって高値で売り直してんだよ。単純に商売下手過ぎてヘイト買ってるw」
「私の今日の依頼湿気てますね〜」
「自分の方は結構いい感じだから今日は自分がホストで立てますね」
「受付はこちらですので、順番にお並び下さい」
「まだあのダンジョン落ちてないのか。中身美味いけど、流石に時間が掛かりすぎじゃね?」
「どっかのクラン同士が手を組んで落とすって聞いたぞ。『終幕』も『鼓動』も行くらしいし流石に行けんじゃね?」
……百人規模のFPSの開始直後の自陣みたいだ。初期装備のプレイヤーがぞろぞろ動いて居る中に、全身から紫電めいたオーラを放つプレイヤー、背中に何やら黒いモヤを背負ったプレイヤーなどユニークな立ち姿が混じって、皆一様に建物の壁を眺めている。
彼らが見る先には――と、そこで肩を誰かに触られた。
「ミツクモさん、ここ入口なので……」
「あ、はい」
そこそこ広い空間だとはいえ、建物の入口で棒立ちは不味いな。コンコルド氏の導きで建物の角に立ち、改めて全体を見てみる。
「ラノベに出てくる『ザ・冒険者ギルド』!って感じですよね。それにしてはちょっと清潔感ありすぎですけど」
「このグラフィックでこの人数が集まると本当に壮観ですね……相変わらずフレームレートも安定してますし、本当に現実世界と同じ感覚です」
「そうですねー。……ん?あれ、このゲーム、pingとかって表示できましたっけ?」
「あぁ……まあ、体感でそういう風に感じるっていう意味です」
「あ……そうですね。言われてみれば」
コンコルド氏は俺の言葉を聞き、顎に手を当てて目を細める。俺の特技というかなんというか、VRゲームにおいて肌感でゲーム内のレイテンシやパケットロスを測ることが出来る。チームメイトには『人間じゃない』『意味わかんない』と気持ち悪がられていたので、この場では黙っておこう。
さて、現状ギルドと仮称するこの建物の内部は木造で、外とのギャップが著しい。天井、壁、受付と少し多いくらいの照明、フードコートのように建物に組み込まれた飲食スペース、そしてそれらを歩き回るプレイヤー群。
俺達が入ってきた霊園側とは別に、ギルドを通り抜ける形でもう一つ出入り口がある。そちらからもプレイヤーが出入りしているが、比重としては霊園から出ていくプレイヤーの数のほうが圧倒的に多い。
建物を上から俯瞰して見た時、ギルドの上下に出入り口があるとして、左手に受付と昇り階段、右手にフードコートと紙を大量に貼り付けたコルクボードがあった。
とりあえずここはコンコルド氏と共に受付の方に、と思ったが、彼は何やら険しい顔で虚空を見つめていた。
「んー……」
「どうかしましたか?」
「えっと、実はですね……」
ゲームの中のフレンドと待ち合わせをしてまして、とコンコルド氏は申し訳無さそうな顔をした。待ち合わせの時間が近いのか。であれば、ここで彼とは別れることになるだろうな。
なんてことはない、ゲーム内の出会いはいつも一期一会だ。
「そうでしたか。そのフレンドさんって、さっきの……」
「あ、そうなんですよ! その子とあともう一人です!」
「それじゃあ、尚更待たせちゃったら悪いですね」
「で、ですね。あっ」
相変わらず見た目と仕草の乖離が激しいコンコルド氏だったが、言葉の途中で声が止まった。このまま流れるようにさようならをしたかったが、一応「どうかしたんですか?」と声を掛けた。それを受けた彼の顔に悩みの表情が浮かび……「えい」と掛け声をするとともに、空中に人差し指を差し出した。
同時に俺の視界にポップアップが出る。
『プレイヤー:【来訪者】コンコルド からフレンド申請が届いています』
『申請を許可しますか? はい/いいえ』
「……」
「そ、その、ゲーム側からポップアップが勝手に出てきたので……」
黙る俺に、コンコルド氏は謎に縮こまりながらそう言った。その見た目は屈強な剣士なので、どうにもちぐはぐ感がある。それに少しだけ、愛想笑いではない笑みが溢れて、どうしようかと考える前にシステムが自動で『はい』を選んだ。
同時に『フレンドリスト』のウィンドウが出て、そこには確かに『コンコルド:プレイ中』の表記がある。
あぁ、と内心で少しため息を吐く自分が居た。もう誰とも繋がりを持ちたくないと思う自分だ。けれども、このゲームがそれを選ばなかったのであれば、俺の心はなんとなく決まっていたのだろう。
「あっ、やっ、やった……!」
「やったって、何がですか?」
「フレンドの子からいつも、『コンコルドはコミュ障過ぎ』『フレンドいつも私達だけじゃん』って煽られてたので……」
「……それじゃあこれで自慢できますね」
「はい!自慢してきます!」
イケメンスマイルを浮かべたコンコルド氏はキョロキョロと周りを見渡し、ギルドの出口の方へと歩いていった。人混みに紛れてうまく見えなかったが、最後にこちらへお辞儀をしていたように思われる。
「……良い子だったな」
育ちがいいのか、根が良いのか……多分どちらともだろう。俺はどちらかというと荒れた界隈に居る時間の方が長かったので、正直毒気が抜かれたというか……まあ、多分ああいう子はどのジャンルでも希少な方だろう。
目を閉じれば思い浮かぶ屈伸死体撃ち、テレビの音を垂れ流しながら発狂する音割れVC、大量のファンメに回線抜き、DDoS攻撃に出会い厨、チャットに流れるスパムと煽りの数々。
慣れると犬が尻尾を振っているのを見ている気分になるが、あまりいい変化とは言えないだろう。
まあ、それはどうでもいい。俺は俺でゲームを進めるとしよう。一人で頷いて、受付の方へと並ぶ。まだまだ分からないことだらけなんだ。この受付で世界観だとかシステムについて聞かせてもらおう。
そう思って列に並んだ瞬間、周囲の視線がざざっと俺に集まった。当然全てではないが、多くのプレイヤーの目線が俺に集まったのだ。
反射で身構えるが、それらに込めれているのは害意ではなく……どちらかというと「あーあ」という憐れみの念。まるで、ゲームを始めたての初心者が定石のムーブを外してプレイしているのを見ているような……なんだこの目線は?
落としていた重心と腰を上げて、とりあえず列に並ぶことにした。なんにせよ、チュートリアルさえ受けてないこの状況じゃ、このゲームで何を目的にすればいいのかさえ分からない。
当面の目的はラクトが言っていたとんでもなく強いってボスを倒すことだが……そういえばアイツとフレンド交換はしてなかったな。
後でDMで聞くか、とぼんやり考えていると、いつの間にか自分の順番がやってきていた。新規のプレイヤーを受け入れている受付は見た限り五つあり、その他にも合わせて十以上の受付がずらーっと並んでいるので、列の長さに対してかなり周りが早い。
次の方、こちらへどうぞ、と滑舌の良い声で俺を見た受付の女性がカチリと固まる。
その目には面倒そうな色がありありと浮かんでおり、こちらとしては困惑だ。とりあえず受付の方に歩いて女性と対面する。
「遠路遥々、空を渡って、ようこそいらっしゃいました、
「ミツクモです。よろしくお願いします」
「……来訪者、ハルファスのミツクモ様ですね」
「……? 確かに私はハルファスの民ですが」
手元の書類に何かしらを記しながら、やけに受付の女性は『ハルファス』を強調してきた。確かに俺の種族はハルファスの民だが、そこまで強調するか? そんな思案と女性の態度、周囲の目線が絡み合って、一つの単語が脳裏に滑り込んできた。
ハルファスの民のデメリットは――『異民族』だ。
気づきと同時に、システムが俺の意図を汲んでウィンドウを開く。同時に受付の女性が目を細めながら口を開いた。
「残念ですが……現在、こちらの冒険者ギルドではハルファスの方の申請を受け付けていません。
来訪者ということで特別にギルドの出入りや設備、商店の利用は許可されていますが、貴方がこの街で冒険者として依頼を受けること、依頼の報酬を受け取ることは出来ません」
「……は?」
デメリットスキル:『異民族』
・貴方はかつてこの大陸にて栄華を極め、そして全世界への宣戦布告の果てに滅びた『ハルファス神聖帝国』の数少ない末裔だ。
・貴方には帰属する国家が無い。
・貴方はあらゆる国家から保護を受けられない。
・貴方は『セントラル共和国』『マルコシア連邦』『エルコシア自治共和国』『オルソン公国』の全てのNPCの初期好感度が低くなり、好感度上昇に負の倍率が掛かる。
・貴方は同じ『異民族』のNPCの初期好感度が高くなり、特殊なイベントが発生しやすい。
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