外伝3 再生

 銀色の狼は、待っている。


 二〇〇年を生きる人狼は、そう簡単に死ぬことはできない。ましてや、今は野生の狼の身だ。食物連鎖の上位に近い狼にとって、死ぬことは容易ではない。


 ほんの少しだけ、意識があった。セシリアとして、一人の女として過ごしたたった半年のことを、今でも思い返しては眠りについている。

 山脈に、何度日が昇っただろう。何度沈んでいっただろう。算術までは教わらなかったな、と、銀色の狼は大きくあくびをした。


 何か月、何年、何十年経っただろうか。銀色の狼はまだ、たった半年の恋を忘れられないでいる。




 ――ねえ、レナト。レナトの名前の意味、セシリアは知ってるよ。「生まれ変わる」って意味だって、知ってるよ。

 いつ、また会えるのかな。いつ、生まれ変わってきてくれるのかな。待ってる。ずっと待ってる。命が尽きるまで、ずっと待ってる。

 



 叶わない願いを抱いている。レナトを、食べてしまった。骨まで齧ってしまった。レナトが復活の日に帰って来ることはない。教義で言えば、そうだ。


 それに、レナトはモリスコやコンベルソも人間だと、異端審問官の身でありながら気付いたのだ。それは、生まれ変わったと言ってもいいような出来事だった。彼の名に意味を持たせるのならば、そう。そのことを指すのだろう。


 そうだとわかっていても、銀色の狼は期待することをやめられない。

 もう一度でいいから、あの少し冷たい手で頭を撫でてほしい。抱きしめてほしい。愛していると囁いてほしい。

 




 そんなの、叶わないって知ってるけど。でも、レナト。セシリアは待ってる。ずっと待ってる。

 来世で待ってて。そうしたら、会いに行くから――またあの優しい微笑みで、セシリアって呼んで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異端審問官の寂寞 衣織 @desire0630

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ