第9話 災難

 ルクバト商会の主は、事の顛末をキュグニー子爵に報告すると、若き領主は鷹揚にうなずいてその功を労った。


 此度の出兵で、アキュラ子爵領を割譲させた暁には、王都への貴重な素材の搬送を一手に担うことへの確約も得た。


 搬送を担うということは、卸す相手の選択も任されたということ。

 それは、男が計り知れないほどの利権を手に入れたにも等しい。



 まさに我が世の春が訪れたと有頂天になっていた男に、とある商会からの召喚状が届く。

 それは王都……否、王国一の大商会である【カニス・マイヨル商会】からのものであった。


 ルクバト商会としても、多くの取引きを頼っている、いわば得意先とも言える相手だ。


「確かシリウス商会の卸先がカニス・マイヨル商会だったか?ウチが搬送を担うと見越して、先手を打ってきたということか……。さすがは大商会。情報が早い」


 男はそう考えてほくそ笑む。

 これからは大商会といえども、我々の下風に立つのだと。



 こうして男は、王都に向かうことになる。

 そこに待ち受けている破滅を知らぬままに。



「はぁっ?」


 男が王都の一等地に立つカニス・マイヨル商会の商館で間抜けな反応をする。

 豪奢な品で埋め尽くされたその部屋は、まさに一流の取引きを行うにふさわしい威容であった。


 そんな部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで、男に向かい合っているのは、若干二十歳にして王都一の商会を切り盛りする副会頭【アデラ】であった。


 栗毛の髪を後頭部でひとつに束ね、メガネをかけた姿はとても理知的に見える。

 アデラは、呆けた顔の男にもう一度だけ商会の決定事項を告げる。


「ですから、貴商会とは今後一切の取引はしません。当然、当商会の子会社や取引相手にもその旨は通達します」

「どどどどど、どうしてですか!?何か私共に不手際でも?」


 突然の取引停止……否、取引拒否の宣言に男は思考がまとまらない。

 ここに来るまでは、カニス・マイヨル商会が頭を下げてくるだろうと思っていたばかりに、まさに天国から地獄へ一直線である。


「不手際〜?あ゛あ〜っ!?このダボが!そんなんじゃ済ませるワケねえだろうがよ!」

「ひいっ!」


 男は突如として豹変したアデラの物言いに悲鳴を上げる。

 アデラはそのまま男の胸ぐらを掴み上げると、ドスの利いた声で告げる。


「聞けば、シリウス商会を田舎商会と揶揄したとか?」

「なっ、何だそんなことですか……。王都に本店どころか支店すらない商会ですぞ、当たり前ではないですか」

「はぁ?殺すぞ?」

「ひいいいいいいっ!!」


 アデラのあまりの迫力に涙目になる男。

 それを制止したのは、アデラの補佐をしている大柄な男であった。


「姐御、いい加減にして下せえ」

「あ゛あん?【フルド】邪魔すんのか?テメエ殺すぞ?」

「いやいや、腸が煮えくり返っているのは俺もですよ……ただね」

 

 その瞬間、部屋に置かれた高級な壺が、フルドと呼ばれた男の手で粉々に砕かれた。


「ひいいいいいいっ!」

「自分がいかにバカでゲスでクソだったかを教えてあげないと、これから一生かけて後悔出来ないでしょう」

「なっ、ななななな何を?」

「なあ、ルクバト商会さん。ウチってねアンタが馬鹿にしたシリウス商会のなんだよ」

「はぁ?」

「だから、シリウス商会の王都支店が、このカニス・マイヨル商会なんだって」

「う、嘘だ……」

「ホントだよ」

「な……なぜ?」

「同じ商会が利益を独占するのは、いろいろと問題があるって上の判断さ。そんな訳で、シリウス商会が王都に本店を出さない理由はご理解いただけたかな?」

「ままま……」

「ちなみに、両商会のオーナーはアンタが無礼な口を利いた【アルタイル・フォン・アキュラ】様だったりする」

「ちょっ、ちょっ、ちょっとお待ち下さい……」

「理解したかい?」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと……」

「アンタの店なんて簡単に潰れるだろうな……」

「そんな……」

「良かったな、比較的温厚な俺たちが相手で」

「おおおおおお、お待ち、お待ち、お待ち下さぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁい!!!」

シリウス商会ほんてんだったら、ブチ殺されてたぞ。おい、叩き出せ!」 

「「「うい〜っ」」」


 商会の男が乱暴に引きずられて行く。


 王都一の商会と謳われているが、従業員の大半は貴族連中が見下しているアキュラ子爵家の領民ベルセルクたちであることを知る者は少ない。

 そして、彼らの領地への愛の大きさも。


 商売柄、直接的な手出しが厳禁な彼らは、その鬱憤を晴らすかのように、商売という戦場で敵対する相手を徹底的に追い詰めることを是としていた。

 その結果、シリウス商会の隠れ蓑として立ち上げたカニス・マイヨル商会は、今では簡単にひとつの商会を潰せるほどの権勢を誇ることになる。


 もはや、ルクバト商会の破滅は確定した。


 そして、アキュラ子爵家と敵対することを表明したキュグニー子爵家にも徹底した流通制限がかかることになる。

 それはじわじわとキュグニー子爵領を蝕んでいくことになるのだった。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


異世界知識をフル動員すれば、経済界をも牛耳れる証左ですね。


アルタイルのアイデアと、父親の財務能力によってアキュラ子爵家はかなりのお金持ちだったりします。


これからちょっと書き溜め期間に入ります。





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