第8話 経緯
「私は【キュグニー子爵】家の御用商人だぞ!こんなことをしておいて、いったいどうするつもりだ!」
城下町にある商館に場所を移して、諍いの双方から事情を聴取することにした。
当領地からは、犬獣人の【ジュバ】。
相手の商会からは、商会主の男が話し合いの卓に着く。
開口一番、そうまくし立てるのは商会の男であった。
彼はスライム獣人かと思うほどに、ぶよぶよの脂肪で覆われていた。
あれだな……ハー◯様だとか、ジャバ・◯・ハットみたいなものだ。
トイレだとお尻に手が届かないんじゃないだろうか?
そんな、どうでもいいことを考えていると、男はゼエゼエと肩で息をしていた。
言いたいことは終わったようだな。
「お分かりか!?」
はいはい。
何のことかは分からないが、適当に相槌をうっておく。
「それで、今回の諍いについて話を進めてたいのだが……」
僕がそう告げると、スライム獣人まがいの男やジュバが無言で頷く。
一応、僕は子爵家の嫡男だからね。
「じゃあ、ジュバ。何があったのか聞かせてもらおうか……」
「はいっ。今回、私は大森林の魔物素材を王都に届ける商会の選定に当たっていました」
うんうん、いくら価値のある素材でも消費者のもとに届かなければ無意味だからね。
でも、たいていはウチの御用商人である【シリウス商会】があたるのではないかな?
僕はそんな疑問を投げかけると、ジュバがこれに答える。
「ええ、私もそのつもりでした。ですが、そこに……」
「【シリウス商会】などという、どこの馬の骨か分からないようなところに貴重な素材をお任せするのは問題だと申し上げたのです」
こいつ、ジュバの言葉を遮りやがった。
しかも、シリウス商会をディスりやがった。
オーナーは誰だと思ってるんだ?
僕だぞ。
「聞けば、【シリウス商会】は王都ではなく、こちらに本店をお持ちとか?これは由々しき問題ですぞ?」
「何がですか?」
僕は少し……ほんの少しだけカチンときたけれど我慢して話を聞く。
「ああ、こんなに辺鄙な場所にいるせいで、商いの何たるかを知らないとは。いいですかな?そもそも、王都に本店を持たない商会は信用が得られないのですよ」
「はぁ?」
何を言い出すのかと唖然とした僕に、目の前の男は得意気に説明する。
「そもそも、商いの中心は王都。そこに本店を置くことは、ひとつのステータスなのです。そんなことすら出来ていない商会を信頼せよと?」
「今までは問題ありませんでしたが?」
「ああ〜っ、それは王都の人々が寛容だったのです。何も知らない田舎者だと、憐れんでくれていたのですよ」
だが、その沈黙が是だと判断したのか、男は調子づいてまくし立てる。
「そこで、当商会が仲立ちをして差し上げましょう。ああ、手数料はもちろんいただきますが、王都の各商会と調整して差し上げます」
男は気持ちの悪い笑みを浮かべて、さらに続ける。
「これはですね、【キュグニー子爵】からの提案でもあるのですよ。隣の哀れな領地に手を差し伸べてやろうというですね」
ああ、そうか。
結局は貴重な素材の利権絡みか……。
要は、貴重な素材を卸す権利を寄越せということだ。
これまでは、ウチの御用商会が王都のとある商会に品物を卸していたのだが、貴重な素材を卸す先を自在に選べるとなれば、それは商売において大きな優位性を持つことになる。
だから、その権利を寄越せ、と。
王都に本店云々は関係ない。
単に
そう理解した僕は、丁重に断ろうとした。
だが、男の言葉は止まらなかった。
隣の子爵家の意向であると告げたことで、僕が萎縮したとでも思ったのかも知れない。
調子に乗って、無礼な発言を繰り返している。
「だいたい、こんな野蛮人ばかりの領地にまともな商会があるはずがないでしょうが」
…………まぁ、領民が野蛮人なのは間違いないしな。
とりあえず、笑顔は崩さない。
「しかも、こちらの御領主は王都での貴族の集いにも参加しないとか?それで、貴族と言えるのですかな?」
…………だって、遠いんだから仕方ないさ。
そこまで栄達を望んでいるワケじゃないしね。
「そもそも『切取御免』とは何ですか。先王陛下から僻地開拓の餌を与えられて喜んでいるとは……」
ああ、ダメだ……。
僕はその言葉を聞いた途端に頭に血が上ってしまう。
気がつけば、僕は机を乗り越えて商会の男を殴り飛ばしていた。
男はそのデカい図体にも関わらず、窓際まで転がっていく。
「領民が野蛮なのも、領主が貴族らしくないのも認めよう。だが、先人たちの命懸けの努力を嗤うことは許さない」
僕は男をの目の前に立つと、そう言って睨みつける。
やってしまった……。
冷静になってみると、ここまで挑発を繰り返す男の本当の目的に気づいてしまう。
おそらくこの男の真の目的は、こちらを挑発して戦端の大義名分を得ることだったのだ。
シリウス商会の後釜に座れればよし。
ダメでもこちらを挑発して、僕から何らかの言質を取って、それを名目にキュグニー子爵家から
軍が出る、と。
うわぁぁぁぁぁ、やっちまったぁぁぁぁ!!
内心でそうは思っているのものの、表情を変えることはしない。
これ以上、つけ込まれることは避けたいので。
そうして立ち尽くす僕に、男の護衛が剣を抜こうと柄に手をかけるがそれは適わなかった。
僕の動きと同時に、ヴェガとミザ爺が後ろに控えていた数名の護衛をあっという間に、無効化したからだ。
「よく言った。腕が鳴る」
「若、よくぞ言ってくれた!ああ、戦じゃ!」
何故かヴェガとミザ爺にそう褒められる。
ミザ爺にあっては涙目だったりする。
「若の気持ちに応えろ!」
「ぶっ殺してやらぁ!!」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
しかも、ドアの前で待機していた
たちまち身ぐるみも剥がされて、裸になる商会の男やその護衛たち。
「おおい、そいつらを街の外に叩き出せ!」
「「「へ〜い!」」」
ミザ爺のひとことで、ヒャッハーな領民たちが裸にひん剥かれたボコボコの男たちを担いでいくのであった。
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