十二章:過去 - 参




「しばらくして、俺が代わりの大将となった。戦争だからな、旗印は必要だった。そしてお前のことを聞いた。人間だが、人間を憎み、魔族として生きていると」



 なんだ、鬼大将様は何を言っているんだ? 鬼大将様の父を殺した人間の言うことを、信じたのか?



「混乱しただろう。俺も最後まで悩んだが、成人を期に渡すことにした。——受け取れ」



 血でぱりぱりに乾いた布切れ。だが、状態は綺麗だ。大事に保管されていたんだろうな。


「けど、やっぱり、読む気になれません。文字もわからないですし」


「それで良い。読みたくなったら、話のできる捕虜にでも聞け。あとはお前の自由だ」



 鬼大将様の部屋を出る。まだ心の整理ができていない。簡単に捨てるわけにもいかないが、今更、人間の父親の言葉なんて、読んでどうなるものでもない。



 そう言えば、私って他の人間に会ったことないんだなあ。



 ほんの出来心で、ナス基地の捕虜牢へ案内してもらう。文字を読んでもらおうなんて、これっぽっちも思っちゃいない。うん。


 牢は思ったよりもスカスカだった。ここのところ前線は上がっているし、鬼大将様の部隊は後方に回ってるって言ってたから、新しい捕虜がいなんだって。

 ここにいるほとんどは、前鬼大将様の時に捕獲した奴ららしい。


 何人かの捕虜は、私の姿を見て勘違いしているようだ。何か言ってるが、人間の言葉はわからない。

 違うよ、私は捕虜じゃなくて魔族。一緒にしないで。



 やたらしつこく話しかけてくる人間がいる。長い牢屋生活で、髪も抜け落ち、体も骨のように細い。

 せっかくだ。何を言ってるか、通訳を呼んでやろう。



「貴女ノ母親ヲ知ッテイル。同ジ捕虜ダッタ」


「……そうか。それで?」


「母親ハ、ズット貴女ノ父親ノコトヲ話シテイタ。酷イコトヲシタト。娘二逢ワセタカッタト」



 母に未練がないかと言えば嘘になる。別に覚えてないし、好きとかそういうのじゃないけど。

 なんて言うんだろう。『怒り』? 『寂しい』? わからない。



「父親ト決メタ名前。貴女ハ——」







 身の丈に合わない装備品ばかり。そりゃそうだ、大人の人間が来ていたやつだもの。

 だから、剣と胸当て、ガントレット、ブーツだけを装備する。


 それでも私には大きいけど、詰め物をすれば付けられないこともないし、私だって成長するし。多分。



 族長が涙ぐんでいる。やめてよ、こんなお墓のど真ん中で。


「全く、大きくなった。ずっと小娘だと思っていたら、ついに戦士か」


「世話になったね。しばらくは帰って来れない」



 私が出る戦場は、最前線、オオサカ地区。ここ一年ほど停滞している前線の戦力増加だ。




『ユカリ。由縁と書いてユカリ。君の母親と決めた名だ。僕を恨んでくれて良い。魔族として幸せに。どうか、自由と縁のある人生を。——父』



 好き勝手な男だ。今更こんな言葉、父親の顔も知らない娘に、なぜ伝えようと思ったのか。


 こんな男に、何で母は惚れたのか。そして、なぜ母は捕虜になり、この男は一人で魔族と戦っていたのか。



 私の父は父ちゃんだ。それは譲れない。けど、私のルーツを探るのは、戦場に行くテーマとしては悪くない。他にやることもないし。嫁になんて出されるよりはよっぽど。


 魔剣が手に馴染む。もともとは魔族のものだって聞いた。私に馴染むのは、あの男の魔力のせいだろうか。



「じゃあね、族長、父ちゃん、いってきます!」




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【完結済】魔より嶮しく、人より脆く 不思議たぬき @meedea

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