十二章:過去 - 弐




 ある日、この基地を人間の男が襲撃した。一人でだ。

 しかもそいつは今にも倒れそうなほど傷つき、目から生気が失われていた。

 最初はアンデットかと思ったほどだ。


 しかし、その男は強かった。一つ一つの水準は高くなかった。低くもなかったが、剣術、魔法、どれをとっても一流とは言えなかった。

 それなのに強かった。正直、俺は不気味だった。強さの正体がわからないこともそうだが、何より男の目的がわからなかった。


 いくら強いといえ、万全でもない状態で、最強の四天王率いる基地へ単独で攻め込むなど、自殺以外の何であるか。



 冷静に考えれば、その男一人を葬るのには充分な戦力があった。むしろ過剰だ。

 それでも、戦士たちの士気は少しずつ下がっていった。


 そこで俺の父、最強の四天王、鬼大将が現れた。



『貴様か。どうりで。其の意気や良し、私が相手をする!』



 一騎打ちだった。父が戦う時は、常に一騎打ちを好んだ。悪い癖だが、俺たちは父が負けることなど全く想像していなかった。



 戦いは三刻以上も続いた。一騎打ちで三刻など、異常だ。実力者同士でも早ければ一瞬で勝負がつくというのに、その男は生と死の狭間で、三刻も父の攻撃をいなし続けた。


 俺は固唾を呑んで見ていた。永遠に続くのではないかと錯覚した。だが、終わりは訪れた。



 父の小さな隙、焦り、急ぎを突いた攻撃だった。目でも追えない速度、おそらく瞬間移動に近い速度で、父の硬い皮膚を貫いた。それだけでは無い、その男はそれから、蒼い炎と稲妻を放ち始めた——自らを巻き込み。



『父上! 父上ぇ!』


『取り乱すな……。儂はもう永くない……。此奴もな……』



 まさか、父と戦える人間がいるなんて思っても見なかった。まして、負けるなど。

 いや、正確には相打ちだった。自らの魔法に焼かれて、その男は見る影も失っていた。



 だが、なんとその男は我々の言葉を話し始めた。



『ムラ、ニンゲン、イタ……。ワタシノ、ムスメダ……』



 初めは何のことかわからなかった。それどころじゃなかったからな。だがよく考えれば、確かに捕虜が産んだ人間の子が村に居たことを思い出した。


『それを言ってどうする。自分の代わりに、その子を恨めとでも言うのか!』


『チガウ……コレヲ……』


 その男が寄越したのは、耐火性の布に包まれた、衣服の切れ端だった。そこには人間の言葉らしきもので、血文字が書かれていた。

 男はそこで力尽きた。結局、何の意図かもわからなかった。よく見れば、泣いている様にも見えなくもなかった。



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