十一章:意志 - 壱




『母さん、長く待たせてごめん。僕は今年で三十三歳になりました。今でも、母さんの背中を追っていた頃を思い出します。たくさんの物を貰いましたね。だというのに、僕からは何一つ返せませんでした。



 思い返せば、実家を出てから色々なことがありました。軍学校に進学を決めた時、母さんは少しだけ反対していましたね。あの時、素直な気持ちを母さんに伝えられていれば、今のようなことにはならなかったでしょう。



 いざ進学してみてもやはり、僕と周りの差をはっきりと感じていました。教師になりたい僕と、英雄になりたい学友の間で、悩み、試行錯誤し、自分の生き方を見失ったのだと思います。それから戦場に出て、徐々に凍りつく自身の心に怯えていました。その時、僕はすでに怪物だったのかもしれません。



 そして軍から逃げ、行き着く先はまた戦場でした。恋人と二人、束の間の、慎ましやかな幸せを感じました。当時の僕は本当の愛という物を知りませんでしたから、お互いに依存し合うだけの、空虚な関係だったかと思います。それも、彼女を失ってから気付きましたが。



 そこからは何もかも捨て去って、戦いに身を投じました。いつも流されてばかりの僕が、そこでも昔の友人に唆されて、悪事に手を染めました。魔族に捕まり、命を対価に罪を重ねました。それはもう、数えきれないほどの人を手にかけました。彼らにも大切な人がいて、誰かの大切な人だったというのに。



 人の世に戻ってからは、罪を償う旅をしました。しかし、社会とは、人とは難しいものですね。そこでも大切な人を守るために、他人を殺めました。そこからはずっと逃げてばかりです。逃げてばかりの人生です。なにせ僕は罪人です。



 でも、ずっと絶望の中に居たわけではありません。心から愛せた人と、最期まで一緒にいられたのですから。だから、僕のことを不幸だなんて思わないでください。母さんや父さんが背負うことはないのです。あなたたちの息子は、自分なりに生きて、自分なりの最期を見つけたのです。



 ここに、二人の写真を残します。どうか、父さんと一緒の墓に入れてください。駄目な息子でごめん。——優人』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る