十章:自愛
「治療魔法ですか……傷を見ればわかります。医者ですから」
電気も通っていない捨て小屋に、むりやり医者を連れてきて加奈子さんを見て貰った。幸い命に別状はなかったが、咄嗟の治療魔法がなければ、もう生きてはいないだろうとのことだった。
それでも治療しきれなかったのは、神楽の矢にこめられた魔力のせいだ。最後の矢には特別な念が込められていた。僕も軽症といえど、身体中に外傷が残った。
加奈子さんは腹部を抉られていた。咄嗟に避けようと飛び退いたのだろう。そうでなければ、脳天が貫かれていてもおかしくはない。
治療魔法で最低限、臓器の止血はできていたが、それでも縫い合わせた腹部は見ていられないほどに痛々しかった。
「うっ……」
「!! 加奈子さんっ」
ただでさえ治療魔法は被術者の体力を消耗するというのに。彼女は精神力だけで、なんとか意識を保っていた。
「お医者さんは……無事に帰りましたか……?」
「意識があったんですね。……無理せず寝ていてください」
田舎の医者が持つ医療器具など限られている。それでも、今の加奈子さんには清潔な包帯も痛み止めも必要だった。そして、何より僕らの存在を外部に漏らすわけにはいかなかった。
人里を離れているとはいえ、日本の山林は川も資源も潤沢で、生き抜くだけなら問題なかった。それでも加奈子さんは日々、少しずつ、少しずつ衰弱していった。
内臓の損傷を治療しきれなかったのだ。肝臓か、胃か。満足に食事を消化することもできず、たびたび嘔吐してしまっていた。
「懐かしい……あなたと出会ってから……もう四年になりますか……」
「考えたこともなかったです」
「私は……ずっと考えていましたよ……あなたの瞳の暗さも……罪に耐えきれない、その小さな心も……」
「加奈子さんに救われました」
「いえ……救えませんでした……」
「そんなことはない。加奈子さんは僕に本当の愛を教えてくれた」
加奈子さんは、ふふっと笑ったように口を歪めて、窓の外を見る。
夜は冷える。窓は暖炉の灯りを映すばかりだった。
「私は……誰も救えなかった……親も……パートナーも……我が子も……」
「僕を……救った……」
「悪人でもなく……善人でもなく……ただ愚かで……可哀想な人。時代が……違えば……普通の……人……私とも……出会えなかった……」
「本当に……本当に愛したのは……あなただけだったのに……」
それから何度、陽が登ったかは覚えていなかった。涙も、空腹さえも乾いたというのに、まだ僕は生きていた。
苦しい。ただ、この苦しみが憎い。人の心なんてなければ良いのに。
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