五章:人間 - 弐




 以前、僕が設置したワープゲートを使います。とはいえそこから対象までは、隠密行動で丸一日移動する必要があります。休憩なんてものはありません。皆、死に物狂いです。


 敵も馬鹿ではありませんから、異変はすぐに察知されます。そこからは時間との戦いです。できるだけ同時多発的に、いくつかの地点で豪快に戦闘を開始します。


 魔族の基地を取り囲むように、いくつかの地点で大きな火の手が上がります。一番大きかったのは、僕と反対方向でした。そこに提頭頼吒を誘き寄せるのでしょう。



 作戦は上手くいっているかのように見えていました。距離があったのでわかりませんでしたが、少なくとも魔核爆塵とグングニルが作動したのまでは確認しました。


 それを合図に、陽動部隊も撤退を開始します。どれほど生存しているかもわかりませんでしたが。僕も途中から陽動なんて気にせず、ただ己の身を守るだけで精一杯でした。


 しかし、一向に敵の攻め手が緩みません。大将が獲られたというのに、そこまで魔族というのは殊勝な、優秀なものなのでしょうか。答えはすぐにわかりました。



 筋肉が隆起し、硬質化した巨躯の鬼人。手には赤く染まった大人二人分の長さがあるであろう刀が握られています。聞いていた提頭頼吒の特徴と一致していました。いえ、きっと聞いていなくても四天王だとわかったかと思います。


 彼が現れた途端、周りの魔物や魔族は戦いを止めました。巻き込まれないようにするためか、動く必要が無くなったかはわかりません。


 僕は、必死に戦いました。死にたかったはずなのに、いざ死に襲われると、抵抗する他ありませんでした。


 提頭頼吒の動きはほぼ目視できませんでした。なんとか目の端に捉えた土埃と風切り音であたりをつけ、体を転がしては魔法で目眩しするしかできませんでした。

 反撃も試みましたが、まるで手応えがありません。障壁と、本来の硬質さが相まって、僕の剣など通るはずもなく。


 〈双極〉はこんな時には無力です。剛力も、殲滅力も、防御力もない、まるで中途半端な僕を映す鏡のようなスキルです。

 身体強化や防壁、魔術を繰り返し駆使しながら生き永らえますが、心身ともに削られていく一方です。


 そんな戦いはやはり長くは続きませんでした。覚えているのは、目を覚ましたら鉄格子の中だったということだけです。



 移動式の檻といったところでしょうか。手足は折られ、武器や防具も当然ありません。魔族が捕虜を取るとは、意外でした。


 しばらくすると鳥頭の魔物が人間の女性を連れてやってきます。手足は縛られていましたが、傷もなく、痩せこけてもいませんでした。


「私は捕虜です。魔族の言葉を覚えて、通訳として生かされています」


 機械のように彼女は話しました。余計な言動はお互いのためになりそうもありません。彼女は鳥頭の言葉をただただよく聞き、翻訳しました。


「情報を話すか、死ぬか選べ、と」


 まあそうだろうな、と思いました。目を覚ました瞬間からある程度覚悟はしていました。どちらを選ぶにせよ、一つだけ言いたいことがありました。



「僕の彼女が魔族に殺された。僕はあなたたちが憎い」


 翻訳していた女性は少しためらった後、おそらくそのまま、鳥頭に伝えました。魔族の表情はわかりませんでしたが、間を置かずにこう答えました。


「彼女の生死を教える訳にはいかないが、我々は無駄な殺しはしない。その彼女が無駄に抵抗などしなければ、生きていてもおかしくはない」


 なにを馬鹿な、と激昂しそうになりました。正義感の強い彼女が従う訳ないだろうと。一方で、片隅には生きていてほしいという希望もありました。

 生きていたとして何ができるだろう、とも思いました。今後会うことはできるのか、彼女は生きていて幸せなのか、僕に何ができるのか。



 どれぐらい時間が経ったのかわかりませんが、考えが巡るうち、僕は人間が憎いのではないかと思うようになりました。


 突拍子もなく、節操もありませんが、僕の中ではしっくり来ました。結果的に僕たちを追い詰めたのは、人間の善意なき社会性と、悪意なき倫理観だと気付いたのです。もしかするとそれはただの、生存本能だったのかもしれません。


 再び現れた鳥頭の魔族と通訳の女性に、一通りの憎しみをぶつけた後、情報を話すから生かしてくれと頼みました。

この憎しみを持ったまま死にたくはありませんでしたし、人間の為に死んでやるのも馬鹿らしいと思っていたのです。


 鉄格子ごと洞穴に運び込まれ、そこでおそらく数日の聴取を受けました。”おそらく”というのは、外が朝か夜かもわからなかったからです。

 聞かれたことには従順に答えましたし、おそらく何らかの方法で裏も取っているでしょう。捕虜になっているのは僕だけでもあるまいし。



「あなたと同等の戦力を何人知っているか」

「計ったことはないが、僕クラスならいくらでもいる」

「……その戦闘方法は、どこで、どうやって培ったものか」

「軍学校で習ったのと、あとは実践だ」


 いまいち的を得ない質問ばかりでしたが、ようやく解放されるかという頃、あの提頭頼吒が現れました。



「人間の戦士を殺せ、と」


 魔族も踏み絵をするのだなと思いました。僕が信頼に足るかどうか判断する為、もしくは僕に残る人間の心というやつを駆逐する為でしょう。


 詰まるところ、提頭頼吒は僕の監視です。どさくさに紛れて逃げ出さないようにと、対象自ら足を運ぶ殊勝さには感心します。

提頭頼吒は無造作に僕の装備を押し付けてきました。いくらでも暴れてみろ、今度こそ俺が殺す、と言わんばかりでした。



 久しぶりの外の風は思ったよりも冷たく、乾いていました。


 なるほど、冬だったかと思い出します。雪の降らない、まだ浅い冬。頑なに遠慮する僕を祝おうと、毎年むりやり連れ出された冬。


 小岩の団地に埋めた四輪の花は、こんな冬でも枯れずにいるのでしょうか。

 決して戻らぬであろう街の幻想を振り払い、消えない血で手を濡らす覚悟をしました。



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