五章:人間 - 壱




 四年間で稼いだ自分と片岡の金で、高価な武具を買い漁りました。自動修復機能が付与された暗黒卿の外套、空蹴魔法が付与されたブーツ、魔導率が最大の火廣金であしらったロングソードなどです。

 この時の僕は、怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみに支配されながらも、その心は虚に空を仰いでいました。



『佐久間さんへ。時間が無いので端的に書きます。私は、私たちの仲間を助けに行きます。勝手なことしてごめんね。ずっと自分に嘘を吐いてきました。私が生きてることも、あの日のあなたも、憎かった。愛しています。——陽菜』



 補給部隊の、彼女の同僚から預かった切れ端に書いてあった僕宛の手紙は、翌日届きました。声を上げて泣きたい気分でしたが、余計な世話をやく周りのせいで、僕はただただ虚ろになって行きました。


 それからはその傭兵部隊を離れ、個人の傭兵として派遣登録し、ただただ戦場へ赴きました。その時のことはあまり覚えていませんが、「殺して欲しいと叫ぶような戦い方だった」と、当時の僕を知る人は言っていました。


 戦場以外に居る時間はほとんどありませんでした。そうするように仕込みました。小岩のアパートも解約しました。戦場以外には傭兵ギルドに住み着いていたと思います。



 半年くらいでしょうか。とある戦場で、軍学校以来の和真先輩と再会しました。



「死んだ方がマシって面やな」


 半ば無理矢理、呑みに連れて行かれました。

 傭兵たちで溢れかえった居酒屋で、久方ぶりのビールを流し込みます。喉を刺激する炭酸は、僕に忘れかけていた生身を思い出させました。


 話す気のない僕を見て、和真先輩はひたすら軍に対する愚痴を投げかけました。

 共感はせずとも、否定はできない内容だったかと思います。たいした興味もありませんでしたが。

 ひとしきり話切ると満足したようで、「俺の奢りや」と言って帰って行きました。こういうところは、学生時代と変わらないなあと思いました。


 それからたびたび、先輩は僕が寝泊まりする傭兵ギルドへ顔を出すようになりました。


 僕は戦場に居る以外やることもないですし、断る気力も理由もないので、誘いに付いていきました。居酒屋、クラブ、時には戦争賭博なんて不謹慎極まるものにまで連れて行かれました。

 嬉しくも嫌でもありませんでしたが、一時でも頭を空っぽにすることができたので、次第に僕はそれらに没頭するようになっていきました。



「いつまでも自分を憎まんでええ。やることが必要なら付いてき」


 案内されたのは豊洲にある、オフィスビルの一つです。『株式会社アクセス』という、どこにでもあるような名前の看板でした。

 一見すると本当にただの会社ですが、受付を済ませ、オフィススペースも抜け、とある会議室に入ると、そこには多くの高価な武具や魔道具が仕舞われていました。


 後から入ってきた、いかにも渋い中年の男は、僕にこう語りました。


「何があったかは知らないが、辛い思いをしたんだね。ここには多くの悲しみが集まっている。軍に任せていては、日本はいずれ落ちるだろう。——私たちと共に、魔族を滅ぼそう。君の力が必要だ」


 いわゆるタカ派、反勢力というやつです。自分たちの力を過信し、己を勇者だと信じ、独断的に強行的に戦争を終わらせようとする人たちです。被害を顧みないという問題を抱えながら。


 結局、僕とは同じ穴の狢です。僕だって今更、自分の身を案じてなどいません。それを組織だってやる彼らに同調はしませんが、やれというなら別になんだってやってやろうと思っていました。



 自称、『神罰』と名乗る彼らと共に行動するようになりました。一年後に大きな作戦を控えているとかで、そのための下準備が主です。

 ある時は命懸けで魔族領にワープゲートを設置し、ある時は魔道具の為に必要な魔物の核を調達に行き、ある時は無抵抗な魔物の群れを掃討しました。


 それら全ての行動は、単独で行いました。信頼されていなかったのでしょうが、されたいとも思っていませんでしたし、彼らを信用していたわけでもありません。都合の良い駒だったのでしょう。


 順調に進んだ準備のおかげで、多少、作戦の実行が早まりました。那須周辺に拠点を張る、魔族が四天王の一角『提頭頼吒(だいずらた)』を落とすのが勝利条件です。

 通常、人間が束になってかかっても手傷すら負わないのが四天王という存在ですが、『神罰』は物量でそれを越えようとしていました。それが、僕がかき集めた素材で作られた『魔核爆塵』と、彼らの持つ戦略兵器『グングニル』でした。



 作戦の本筋は、陽動による戦力の分断、『魔核爆塵』による障壁の剥離、『グングニル』による対象の破壊です。いうまでもなく危険な作戦ですから、被害の大きさは計り知れないでしょう。


 僕は陽動要因として参加します。直接に提頭頼吒と対峙することはないものの、周囲のあらゆる魔物を誘き寄せることになりますから、決して楽な役割とは言えません。


 軍に悟られればおそらく止められるでしょうから、やると決めたらすぐに動きます。作戦の開示からシミュレーション、実行までは三日とありませんでした。



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