四章:責任

 



 三度も軍規を犯した僕たちに行き場はありませんでした。

 指名手配されているかなんてわかりませんし、僕らの罪を知る人が居るかすら怪しいのですが、しばらくは陽の当たる道など歩けませんでした。


 結局、僕らに残された選択は、身分を隠して傭兵部隊に入るという片岡にとっては辛い修羅の道でした。



「あの嬢ちゃん、俺の見立てでは相当良い腕だがなあ……もったいない」


 僕は戦闘部隊、片岡は補給部隊への配属でした。僕はなんだって良かったのですが、片岡はもう前線で戦える精神力は残っていません。傭兵部隊への入隊は、彼女が補給部隊へ入る事を条件にしました。


 傭兵部隊は軍の要請か民間からの依頼で動きます。ただ、軍と同じ作戦上で動く事はほとんどないので、僕らにとっては都合が良かったのです。


 魔力判定が悪く軍学校へ進学できなかった者、軍学校で落ちこぼれ退学した者、体や頭に障害を抱える者、仕事を無くした臨界当時の社会人など、さまざまな人がいました。

 もちろん彼らの個人の戦闘力や連携は軍を大きく下回ります。しかしこの時代、数という一点においては、軍の六倍ほどいました。


 その中でも僕らは異色の存在でした。出自や経歴は一切秘匿し、それなのに軍人レベルの戦闘力や応用力があるからです。



 軍とは違い、傭兵は細かい作戦で動きません。それを理解できる素養が無いからです。軍や民間はそれを理解して発注しますし、そういう戦場にしか行きません。

 同時に帰属意識や愛国心も薄いですから、決して無理はしません。それが僕には心地よかったのです。片岡はどうだったのでしょうか。

 ただし、仲間意識は非常に強く、しょっちゅう飲み会に誘われました。僕はそれなりに上手く立ち回る自信があったのですが、片岡もすんなり馴染めていたのは意外でした。


「それにしたって、奥さんと一緒に入隊してくるなんて初めて見たぜ。お前一人の稼ぎでも、食ってけないって事はないだろう?」


 僕たちは便宜上、夫婦ということにしていました。その方が共に行動するのにも、余計な詮索を回避するのにも都合が良いからというだけです。

 もちろん、席は入れていません。僕はともかく、彼女は自分が幸せになることを受け入れないでしょう。


「まあほら、彼女は正義感が強いですから……」


 これは建前で、彼女を一人にして置けなかったのが正直なところです。精神的に不安定だからこそ、補給部隊ではありますが人の輪の中に入れておきたかったというのもあります。



 そこからの生活は、苦しくも楽しいものでした。戦場へ赴く頻度は高くなりましたが、軍ほど訓練が過酷なわけでも無いですから、逆に自由な時間も増えました。

 周りの仲間も僕を頼ってくれますし、片岡も仲間から多くの感謝を集めました。


 片岡とは小岩にある狭いアパートを借りました。お金がなかったわけではないですが、いつか幸せな、安全な明日が来ると信じて、お金を貯めようと二人で話をしたのです。

 傭兵を辞めたら何をしたいか話したことがあります。喫茶店かといえば二人とも料理ができず、小物かといえばお互いセンスがありませんでしたから、何もできないね、と言っていたのを覚えています。

 ただ一つ、彼女らしいと言えばそうなのですが、花が好きだと言っていました。



「しってる? ユーカリって花をつけるの。とっても香りが良いのよ」



 じゃあ将来は花屋だね、と。いつ来るかわからない未来を想像して暮らしていました。そんなぼんやりとした将来像があるだけで、僕たちの日々は彩られた気がしました。



 春、彼女の誕生日を迎えるにつれ、部屋に花瓶が増えていきました。ドライフラワーだと嫌がるので、わざわざ生花を探し生けて世話をするのです。贈った手前、なんとなくバツが悪いので、僕の方が世話をしていました。



 花瓶がちょうど四本になった頃です。魔族との戦線はさらに南下し、戦況は悪化の一途を辿っていました。既に足立区や、ここ葛飾区の周辺も、平和とは言えませんでした。


 今までは軍が担当していたような激しい戦場にも、傭兵部隊が駆り出されるようになっていました。圧倒的な人材不足、それが日本の置かれる状況です。


 そんな中で僕はと言えば、軍学校での経験を買われ、指揮官としての役割を果たすようになっていました。より複雑な戦場への派遣が増えたことで、指揮官の需要が増えたのです。



 あれは越谷周辺の広域作戦での事でした。複数の魔族が現れた区域で、それはもう絶望的な状況でした。多くのタンクがなんとか食い止めていましたが、強力な魔族の攻撃は彼らの命をごりごりと削っていきました。




 人も物も足りませんでした。このままでは部隊が壊滅する、それぐらいの危機でした。

 指揮官の手腕が問われる時です。しかし僕には、既に最善の一手を見つけていました。


 何も難しいことはありません。追加部隊と共同したローテーションでの耐久作戦です。


 軍への応援要請は済ませてますが、向こうも人手不足。一番近くても小田原基地からの応援になるので、耐久時間は三時間です。


 問題は、どの部隊を向かわせるかです。他の部隊から数人ずつ編成するのが妥当な線ですが、どこもギリギリですから、到底不可能でしょう。


 となると自由に動けるのは補給部隊——片岡の居る隊になります。



 結論、僕は他の作戦を取りました。葛藤を重ねた上で、です。もちろん被害はより大きく、戦死者の数は倍を超える想定でした。


 幸いなことに、僕以外にとっては不幸なことに、僕は指揮官としての信頼を得てましたから、皆がすんなりと受け入れてくれました。


 無理な撤退作戦を強行した彼らは、碌なしんがりもおらず、命を散らしました。

 しかし奇跡的なことに、今となっては奇跡では無いのですが、隊の六割が生還したのです。


 思ったより被害を抑えられた結果に対し、僕はさらに賞賛されました。当の部隊の人たちからは、泣いて礼を言われました。

 それに対して僕は少しの後ろめたさと、不安がよぎります。


 越谷の臨時基地で、僕は最後の一人になるまで待ち続けました。



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