三章:仲間 - 肆




「佐久間さん、ダメです、行かせてくださいっ! ──私だけでもっ!」

「……駄目だ、すまない。彼らの決死を無駄にするな」

「でもっ……!」


 自分の事ながらもっともらしい事を言います。本当は自分が死にたく無いだけのくせに。彼女に死なれると、ばつが悪いというだけのくせに。

 諦めきれない片岡を無理やり連れて去ります。彼女の目には涙が浮かんでいました。間違ってもそんな状態で勝てる相手ではありません。



「か、片岡っ……助け」


 新人の竹田から声が漏れます。ああ、それは駄目だ。それは彼女を、片岡を不幸にする。


 その瞬間、それを合図にしたかのように、竹田の左前頭葉が吹き飛びます。何をされたのかはっきりとは見えませんでした。しかしそれくらい容易くやってのけるのが、魔族です。

 片岡は「あぁ……」と声を漏らして放心します。こうなってはもう自力では動けません。仕方なしに僕は肉体強化を全力でかけて、彼女を担ぎました。



 それから退避時合流ポイントまで、片岡は使い物になりませんでした。幸い僕は肉体強化をしながらでも通常以上の力で魔法を撃てますのでなんとかなりましたが。


 半日かけて高山要塞まで南下しました。正しく言うと、高山要塞の近くまでです。

 見回りの軍人が発見してくれたところまでは覚えてるのですが、恥ずかしながらそれっきり気を失ってしまいましたから、目が覚めたらベッドの上だったのです。


 看護師に片岡のことを聞くと、僕よりも早く目覚めたようでした。彼女も大きな怪我はしていないはずなのですが、看護師によると少し困った状態だと言います。

 要は、塞ぎ込んでしまっているのです。無理もありません、初陣で同期の死を目の当たりにして、かつ自分はそこから逃げ出したのですから。

 僕は間違ったことをしたでしょうか。彼女の命を犠牲にしてでも、彼女の正義を優先した方が良かったのでしょうか。



 様子を見に行くと、僕を見つけた途端に線が切れたのか、赤子のように泣き出します。

 病棟のベッドも有限です。可哀想だとは思いながらも、健康で目覚めたのならば、他の誰かのために明け渡さなければいけません。


 その日、攻略隊で戦死したのは六名でした。僕たちが出会った四名と、別働隊の二人。いずれもおそらく、魔族にやられたとの事です。

 彼らの遺体は回収できません。なぜならあそこはもう人間領では無いからです。遺族には何と言ったら良いかわかりません。僕が言うことでも無いですが。



「未来ある若者の命を使った結果がこれか……自分が情けないっ……」



 隊長が人前で悔しがるのは初めてのことでした。それだけ悲惨な戦いだったのです。隊長に責任がないとは言いませんが、他の誰がこの状況を変えられたでしょうか。


 隊の全員に一週間の休暇が言い渡されました。主には、今回のことで心に傷を負った新人たちの為です。

 僕は実家に帰る気にもなれず、川越基地のすぐそばにある借家で一人、和真先輩に教わった酒を呑んだくれていました。


 二日ほど経ったと思います。そこへ、片岡が訪ねてきたのです。

 たぶん隊長に聞いたのでしょうか。今回のことでダメージが一番大きい彼女が言い出した事ですから、きっと止められなかったのでしょう。



「先輩、なんであの時——いえ、私は……私はどうしたら良いのでしょうか」


 彼女はもう、限界でした。己の信念を曲げた事、軍規に違反した事、そして脳裏にこびり着いた同期の瞳、その全てが彼女を追い詰めます。

 何を甘えた、僕だってそうだ、などと言えたら楽だったでしょう。ただ、僕は自分の薄情さを知ってしまっています。そんな僕を、唯一の秘密の共有者として、彼女は頼ってきたのです。


 かといって、彼女の問いに答えられるものなどありません。彼女もきっと、答えが欲しくて訪ねた訳では無いと思います。

 彼女の手首には、死にたがった痕跡がありました。本当に死にたいのであれば首でも切れば良いものを、おそらく僕に見せたかっただけでしょう。



 その日はそのまま、彼女と寝ました。僕は自分の不甲斐なさや薄情さを忘れたくて、彼女はぽっかりと空いた心を埋めたくて、肌を重ねます。


 休暇明けの川越基地に、僕と片岡の姿はありませんでした。



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