三章:仲間 - 参




 それから八度、初陣も合わせると年間で九度の戦場を経験しました。九度と言っても、ほとんどが三日以上の長期に渡る作戦でしたので、戦場にいた期間は一ヶ月を超えると思います。


 そこで僕は死なないように上手く立ち回る術を身に付けました。決して強くなった訳ではなく、強くもなったのでしょうが、死への嗅覚が鋭くなったのでしょう。そしてそれは残酷な能力でした。



 時に、人を見捨てなければならない時があります。全体を優先し、自らの命を優先した結果です。僕はそれを「仕方ない」と割り切ってしまっているのです。

 ある隊員は、それを必要な能力だと言います。長年やっていれば、嫌でも身につく能力だと。


 人は、限界に直面すると無感情になると言います。自己防衛を働かせるのだと。しかし、それを僕は一年で身につけました。要領が良いのか心がないのかは、捉え方の問題ですが、きっと後者でしょう。



 春になると十四名まで減っていた攻略部隊に、十名の新人が入りました。男性八名、女性二名です。元から居た三名の女性隊員たちは、やっと女性が増えたと大喜びでした。


 うち一人の新人女性隊員は、同じ分隊を想定して訓練しました。片岡陽菜といって、明るく思想家で、ホスピタリティの高い女性でした。

 僕は腕を買われて隊長に次ぐ切り込み役の役割を与えられていて、片岡はそのフォローです。〈女王の足具〉というスキルで高い機動力と足技を活かして、連絡役や追撃など多くの役割をこなせます。


 いつもいつも「佐久間先輩のようになりたい」と慕ってくれますが、僕はそんな大そうな人間ではありませんから、後ろめたさを感じていました。


 出来心で、なぜ軍人を目指したのか聞きました。人を助ける方法なら他にもあるだろうに、彼女は大真面目な顔をして「これ以上、誰かの大切な人に死んでほしくないんです」なんて言うのです。

 愚直というかなんというか、本気で彼女はこの戦争を終わらせたいと思っているのでしょうか。そして彼女は、"誰かの大切な人"では無いのでしょうか。


 彼女にとっての初陣、僕にとっての十一回目の出陣は、すぐに訪れました。年々、人間側の戦況は悪化しているようで、戦いの頻度は増すばかりでした。



 今回、僕たちはしんがりを務めます。西の端、富山市エリアを放棄するにあたり、飛禅山脈基地から高山要塞辺りまで南下するのですが、民間人の避難なども含め時間が必要です。その為、彼らを応援しに行くミッションです。


 新人には荷が重いミッションです。うまいっても、戦死者が出ることは免れないでしょう。ほとんどの場合、多くの戦死者が出るはずです。

 ロマンチストの片岡がこなせる戦場だとは、とても思えませんでした。


「お前が守るんだぜ。それが先輩だ」


 隊長は僕のことを買いかぶっていました。僕が今まで死ななかったのは、逃げることが上手かったからです。


 装甲バスが国道を走ります。外装に施された医薬品の広告を見ると、日本人の商魂逞しさをひしひしと感じます。


 情報では飛禅山脈基地は既に落ちています。落とさせたと言った方が良いでしょうか。もちろん物資は残していないので、補給線の伸びた魔族陣営は攻めあぐねていることでしょう。

 人間陣営は少ない物量ですが、山岳の特性をうまく活かして戦っていると聞いています。しかし、彼らも長くは持たないでしょう。戦争において物量とはそれだけ大きな力の物差しです。


 一刻の猶予もない状況ですから、山脈の麓に着くと僕たちは手筈通り、分体にばらけて行動を開始します。成功条件は十六時間の足止めです。もちろん、生きて帰ることが前提ですが。



 隊長は各地で陽動しながら移動を繰り返すヒットアンドウェイ戦法で戦場をかき乱し、魔法を中心とした分隊が広範囲を管理しながら現地部隊の退路を確保します。

 そして僕たちのような二人一組の分隊いくつかが、各個撃破で戦力均衡を測ります。


「ありがてえ、あと頼む」


 現地部隊の軍人たちはぼろぼろでした。そもそもが日本で最も激しい戦線地帯の一つでしたから、絶え間無く戦っていたはずです。彼らも断腸の思いで基地を捨てたのでしょうが、そうせざるを得ないほど追い込まれていたと言うことなのです。


 僕と片岡も各個撃破に努めます。深追いはせず、ただ出来るだけ深い傷を与えるよう、剣戟を主体とした戦いです。

 死んでしまえば捨て置かれる魔族も、怪我であれば荷物になります。成功条件を考えるなら、数を減らすよりも荷物の数を増やす方が得策です。


 作戦自体は機能しました。誤算は、敵の数が想定を遥かに上回っていたこと。どうやら補給を必要としないタフな魔物が多く投入されたようで、時間が経つにつれこちらの状況は悪化します。


 明らかな引き際でした。まだ十三時間ほどですが、これ以上は被害と効果のバランスが取れません。

 隊長が最大出力で火炎を放出します。退却の合図です。森を焼き、混乱を作りながら魔物の住処を奪います。


 僕と片岡も山を降ります。追っ手は僕の氷魔法と片岡の空中機動で捲きました。しかし、退避ルートの直線上に仲間の姿……そして魔族と魔物の姿もありました。



「……迂回する」

「なっ!? 助けないんですか!?」

「あれは無理だ、この戦力じゃ魔族には勝てない」



 嘘です。絶対に勝てないとは言い切れません。ただ、僕の見立てでは八割方、死ぬでしょう。

 本来であれば軍規違反です。ばれたら厳正な処罰を受けますし、牢獄に入る可能性もあります。


 それでも、死ぬよりはマシです。


 今にも飛び掛ろうとする片岡を制止します。これ以上近づけば僕たちも危ういのです。既に敵もこちらに気付いていますから。

 そしてもちろん、仲間の軍人もこちらに気付きます。幾度も見たあの目、死にたくない、助けてくれ、そう訴えかけてきます。


「山内さんっ……近藤さんっ……竹田、朱音っ……!」


 四人の中には新人が二人、つまり片岡の同期も含まれています。彼、彼女は確か、片岡と同じ学校出身でした。

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