二章:期待 - 弐

 



  下位の男子学生の扱いは、ひどいものでした。詰まるところの使いっ走りで、同じ学年でもA組寮の男子からは、いいように扱われ、時には暴行も受けていました。

  僕の通っていた中学校でも虐めが無かったわけではありませんでしたが、さも当たり前のように、集団で虐められる様子に、僕は怖くて口に出せませんでした。


  僕はそれよりも授業の方に関心を向けていました。振り返れば逃げていただけだったように思いますが、魔力を使うこと自体が新鮮な体験だったのは事実です。

  一般魔法の使い方や、戦略戦術作戦まで、一年生の時は広い分野を学びました。基礎体力や魔力実技の授業は全体の三分の一程度を締めていて、やはり皆、魔力実技の授業が一番の楽しみでした。



  一年次では、全ての学生が魔力による筋力強化や身体保護、一般魔法のいずれかの属性を体得します。共通進級試験での実技科目もここが含まれます。

  加えて、進級すると専門コースを選択するのですが、コースごとの進級試験もあり、一年次の十月ごろになると、それぞれ進級したいコースごとの自主練習も行いました。


  僕は周りからすれば頭がよく、魔力適正が高かったので、いわゆる出世コースである士官を期待されていました。士官になると三年次で卒業した後、さらに二年間の魔境軍事士官学校へ通うことになります。


  士官を目指せる学生は数少なく、A組寮をまとめているトップの荒坂という先輩からも、たびたび目にかけられていました。

  僕はあまり付き合いはよく無かったかと思いますが、根気強く下位学生との集まりに誘われたのを覚えています。


  ところが、僕は戦闘科剣技コースを選びました。誰にも相談せず、一人で決めたのです。周囲からは”なぜ”や”期待はずれ”などの感情を向けられました。

  先輩や琴海も例外ではありません。僕はそれを努めて気にしないようにしていました。


  とにかく、この学校の雰囲気が嫌でした。カーストが激しいこともそうでしたし、中学の頃から続いていた愛国心というか、戦争欲を掻き立てるような雰囲気が。

  この頃から、僕は周囲との壁をはっきり感じていました。なので、一年でも早くこの学校を卒業したかったというのが、士官コースを選ばなかった理由です。



  無事、進級試験に合格し、剣技コースに進むと、周囲の人間は僕から少しづつ離れて行きました。魔力適正Aというのは変わらないのですが、出世コースを外れただけでこうも変わるのかと、逆にそれだけ僕は優遇されていたのだということを知りました。


  琴海ともだんだんと疎遠になりました。僕からだったか、彼女からだったかは覚えていませんが、カースト上位から腫れ物になった僕ですから、こうなることはなんとなく察していました。

  裏切られた、とでも思ったんでしょうか。それとも僕が裏切ってしまった、と思ったんでしょうか。いえ、どちらもでしょう。期待に応えないことは、裏切ることと一緒なのですから。


  先輩は、最初こそ懐疑的な態度でしたが、時間が経つとそれまで通り自然に接してくれました。同じ空間で生活していると、どこか情みたいなものが湧くのでしょうか。

  先輩とは二年次も同じ部屋のままでした。仕組みはよくわかっていませんでしたが、そんなしきたりなのでしょう。


  先輩が武道家コースを終え卒業すると、僕たちがいた部屋に一年生を迎えます。その男の子からは慕われてたと思います。

  こんなしきたりの中でも上手く立ち回らせましたし、かと言って孤立させる事もなく、自分では上手くいかなかった事を教えられました。


 〈 双極〉スキルの特性上、魔法の習得には力を入れていましたし、効率も良かったので、後輩からすると頼れる先輩では在れたのでしょう。

  曲芸師を演じながら、和真先輩の様にはいきませんでしたが、それなりの先輩風は吹かせられました。



  僕はと言うと、孤独でもなく、かと言って人気者でもないまま、三年次の魔法剣士コースを終えて卒業しました。

  成績はそこそこです。経緯がありますから、少し遠慮していた部分もあったかもしれません。いえ、僕が優秀だと言いたいわけではなく。


  そして琴海は治癒士科だったと思います。その頃には殆ど交流もなくなっていたので定かではありませんでしたが、風の噂という奴です。


  卒業時のコースと成績によって、魔境軍へ入隊した後の配属が決まります。

  こうして僕は、魔境軍攻略師団一番隊に配属されました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る