第6話
「オークと人間の混血でここまでデカいのは珍しい」
と盗賊の一人が言った。
盗賊のアジトは山の崖近くに建てられた小屋と、崖をくり抜くように掘られた洞窟だった。彼らはそこで15人くらいで住んでいる。
ヨハンの孫は胡坐で両の手足を何重にもロープで巻かれ決して身動きが出来ないようにして、小屋の近くに放置した。
盗賊たちの話を聞くに、奴隷商人がやってきて、ヨハンの孫を売ることになっているそうだ。
ヨハンの孫がそこに置かれてからしばらくして、小屋の中でリンの叫び声が聞こえた。彼女は絶叫し、そのたびに殴られる鈍い音が聞こえた。そして何度目かの殴られる音の後、叫び声は聞こえなくなったが、その代わり彼女の低いくぐもったうめき声が聞こえてきた。
ヨハンの孫はその瞬間、自分の血が沸騰していることに気が付いた。
全身の筋肉が膨張する。巻き付けられたロープを引きちぎるため力を入れるが、その時、異変を察した盗賊の一人が、鉄の棒でヨハンの孫の頭部を何度も殴りつけた。
ヨハンの孫の視界が真っ赤になる。皮膚が裂け、頭蓋骨にヒビが入ったのか吐き気もする。それでもヨハンの孫は力を入れ続けた。しかし、ロープが千切れるよりも先にヨハンの孫の意識が途切れてしまった。
※
ヨハンの孫が起きた時、あたりは真っ暗になっていた。うーーーと言う低い声が近くで聞こえる。その声は絶え間なく発せられ続け、抑揚がない。その声がリンのものだと気がついた時、ヨハンの孫の心は暗黒に包まれた。
小屋の中に男達が出入りしている。
中で何が行われているのか、想像もしたくない。
なぜ、この男達はここまで酷いことが出来るのか、ヨハンの孫は不思議で仕方がなかった。
まだ大人にもなっていない少女の心と体を蝕むことに良心は痛まないのだろうか?
痛まないのだ。この世界には恐ろしいほど残酷な人種がいる。彼らは教育、道徳、と言ったものを施されてこなかった。または施されても理解できなかった人種なのだ。
彼らは自分のことしか考えず、自分の痛みにはとても敏感だが、他人の痛みにはとても鈍感で想像力のかけらもなく、恐らく死ぬまでその利己的な考えは治らない。
こう言った手合いは自然災害のようなもので、出会ったら最後、悲劇しか待っていない。
彼らの災害のような暴力を防ぐ方法はひとつだけだ。殺してしまうしかないのである。
この世界には、信じられないかも知れないが、死んだ方がいいくらい程度の低い人間がいるのだ。
彼女のうめき声が大きくなる。
そして、なにかを叩きつける音、男達の卑猥な笑い声。何もかも聞きたくなかったが、手足を縛られたヨハンの孫には耳を塞ぐ手段がない。
心と言う器に感情と言う液体を注ぐ。
もしも、その液体が燃えたぎる溶岩だったら、心と言う器はあまりの熱さに溶けてしまうだろう。
ヨハンの孫の心はその時、完全に溶けてしまい、後には空虚しか残らなかった。
※
翌日の朝早く、盗賊はヨハンの孫達がいた村に向かって走っていった。
面白半分に皆殺しにするのだそうだ。
それも良かろう、どうせいつかはみんな死ぬのだから。
ヨハンの孫を見張る為に一人だけ若い見張りが残された。年は15歳くらいだろうか。
まだ成人はしていないだろう。
午後には奴隷商人が現れて、彼を売り払う手筈になっていることを盗み聞いた。
ヨハンの孫は全身の筋肉にくまなく力を入れた。すぐさま彼の体は通常時の倍ほど膨れ上がる。
少年はただオドオドとその場で立ち尽くすことしかできなかった。
ヨハンの孫はこの瞬間をずっと待っていた。
昨日、力を入れた時、縄を力ずくで千切れそうなことは分かっていた。
しかし、あれだけの人数がいれば、千切ったところですぐに返り討ちに会うのが関の山である。だから、盗賊の人数が少なくなる時をじっと待っていたのだ。
ヨハンの孫はその場で立ち上がり、優しく両の手で少年の頭を包み込んだ。
「冗談だよね?」
少年が絞り出した言葉はそれだった。
ぼくがこんなところで死ぬはずがない。
そんなところだろうか、残念だが死ぬ。
冗談みたいに死ぬのだ。
だって、これまで冗談みたいに人を殺してきたのだろう?
ならば、冗談みたいにアッサリと死ぬのも受け入れていかないと、いい大人になれないぞ。
ヨハンの孫は力を込めて少年の頭を粉々に粉砕した。絶命した少年を放り投げ、すぐさまヨハンの孫は小屋の中に入り、リンを救い出そうとかけた。
小屋の中に入ると同時に嫌な予感がした。
本能はこれ以上進むなと言っている。
しかし、行かなければならない。
少女を救えるのはヨハンの孫しかいないのだから。
ベッドの上に彼女は寝ていた。
窓から朝日が差し込み、彼女の痛々しい姿を照らしている。
ヨハンの孫が彼女にしてあげられることはひとつだけだった。
彼女の苦痛に満ちた見開かれた瞳にまぶたを下ろしてあげることだけだった。
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