第5話
それは盗賊だった。10人近くの男達が馬に乗って村にやってきた。
皆、剣を帯び、衣服も顔も何日も洗っていないようで汚れており、見ただけで、ぷんと嫌なにおいが漂ってきそうだった。
彼らの一人が大声を出した。
「おーい、村長はどこにいる!?この村の食料と若い女を全て差し出せ!」
すると、地主の息子がもみ手をしながら、頭をペコペコと下げて彼らの前に現れた。
「申し訳ないだ、オラたちの村は食べ物も若い女も・・・」
言ったと同時に地主の肩から袈裟懸けに切り裂いた。
随分と浅かったのだろう。血はちょっとしか出なかったし、痛みも少なかっただろう。でも、それで十分だ。
地主の息子はあわあわと叫び転がる。
「いいか、明日また来る、お前ら食料と女を用意しておけ!」
そう言って、彼らは嵐のように去っていった。
※
リンはそれでも村をでることを止めなかった。
いや、盗賊が来たからこそ、逃げなければと思ったのだ。
村に若い女はリンしかいない。絶対に村の人々はリンを盗賊に差し出すだろう。
日和見な父は彼らに逆らえず、リンを見捨てるだろう。
そして、盗賊に渡された暁には散々おもちゃにされた後に子とされるのは目に見えている。
逃げないと、逃げないと、逃げないと。
リンは冷やしの中を走った。
「あー、いたー!」
後ろから声が聞こえる。
振り返れば、いつもヨハンの孫をイジメている子供がこちらを指さして叫んでいる。
「いた、いた、いた、いた、淫売の女が逃げていくよー!村を見捨てて逃げていく、裏切者が逃げていく!」
そして、馬が駆ける音が聞こえる。
いやいやいやいや、リンは心の中で叫ぶ。
私は村を出たい、村を出て私は普通に生きていきたい。
絶対に盗賊のおもちゃになんかなりたくない。
しかし、少女の願いは聞き入れられない。何頭も馬が彼女を追いこむ。そして、何人もの男が彼女をおいかける。未来男になる子供たちが彼女をおいかける。
そして、彼女は追い詰められ、生け捕りにされた。
※
まるで、それは魔女裁判のようだった。
広場に手足を縛られたリン、その隣には食料の山、そして何故かヨハンの孫まで縛られていた。
その前で地主の息子が集まっていた村人に向かって説明をしていた。
リンはヨハンの孫と姦通していた売女であり、汚らわしい存在だ。
二人をもうこの村には置いておけない。だから二人まとめて盗賊に売り飛ばそうというのだ。混血種は地域によって高く売れるので盗賊も嫌な顔はしないだろうと言った。
地主の息子の言葉に同調して、村人たちが汚い言葉をリンに投げかける。
そして、その中には神父の姿もあった。
神父は申し訳なさそうに娘を見つめる。見つめるだけで救おうとはしない。
村人たちにとってリンが姦通していたかどうかなんてどうでもいいのだ。
ただ、彼らは少女を一人見殺しにする自分を正当化したくて、そのためにそれらしい理由がひとつあればそれにすがるのだ。
彼らは最低最悪の人間なのだが、それを決して認めたがらない。
小市民はいつでも善人でいたいのだ。
人を殺したあとでも。
一方、ヨハンの表情は晴れやかだった。
ヨハンの孫がようやく死んでくれるのか、ようやく口減らしが出来るのか、と彼は安心していた。娘が帰ってきてから、ヨハンの人生は狂った。汚らわしい血が我が一族に入ったことを恥じ、村人からは蔑まれた。
しかし、そんな日々もようやく終わるのだ。
リンは絶望していた。
これから起こる悲劇を想像すると身が震え、小便を漏らした。
自分の舌を噛み切って死のうかとも思ったが、怖くて舌を噛むことも出来ない。
そして、盗賊たちが現れ、彼らはリンを馬の後ろに載せ、そしてヨハンの孫の首にロープを結んで馬で引きずり、アジトへと帰っていった。
運ばれる最中、リンは一度だけ後ろを振り向いて、ヨハンの孫に微笑みかけた。
「ねえ、私、言いたかったことがあるの、あなたに名前がないのは悲しいから、名前をつけてあげたいと思ってたのよ。ねえ、どんななま」
そこまで言ったところで、盗賊は無言で彼女を殴りつけ、彼女は痛みのあまりもう話すことはなかった。
彼女を殴った盗賊に他の盗賊が言う。
「おい、顔はやめろ、顔は、楽しめなくなるだろ」
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