第3話

やーいやーい、ヨハンの孫はカタワのデクノボウ!

 ヨハンの孫は汚れた淫売の息子!



 ヨハンの孫はそんな声で目が覚めた。

 見れば、馬小屋を遠巻きに何人かの子供らが見ており、彼らは石を小屋に放り投げたりなんかしていた。

 村の子供らはこうして、たまにヨハンの孫を馬鹿にする。

 きっと、彼らが発する罵倒は彼らの家族がヨハンの孫について語っていたことをそのまま話しているのだろう。中には例の地主の息子の子供もいる。

 そんなことを言われてもヨハンの孫は怒らない。

 彼はひたすら耐えるのだ。彼にとって自分以外の人間は自然災害のようなもので、ただ過ぎ去るのを待つほかないのである。

 生まれた時から軽んじられて生きてきた人間は、自分のことも軽んじるようになるのである。



 「こら!何やってるの!?」

 そんな、彼らを諫める声が聞こえた。

 子供らに少女が怒鳴る。彼女はリン、町から派遣された神父の一人娘である。

 2年前この村に来た彼女は今年で16歳になる。

 ナーロッパでは治世の為、国教であるアコライト教の教会を各村にひとつは設置しており、定期的に町から村に神父を派遣するのであった。

 リンは村の外から来たので、ヨハンの孫に対しても分け隔てなく接する。

 更に言えば、彼女が生まれ育った都市部では決して他種族間での混血児も珍しくなく、彼女からすれば、不当に差別をする村人の方が恐ろしい存在のように思え、早く都市部に帰りたがっていた。

 彼女に対してヨハンの孫はありがとうと、感謝の言葉を述べるでもなく、呆けたようにまた畑へと野良作業にでかける。

 その意思のない目を見て、リンはもしかするとこの人の心は既に壊れてしまっているのではないか、と思うのだった。



 その日の夜、リンは家で父である神父に今日自分が見たことについて話してみせた。


 「ねえ、村の人ってなんであんなに野蛮なの?お父さん、私、早く都市に帰りたいわ」

 「リン、村の人達のことをそんな風に言っちゃあいけないよ。彼らには彼らの文化があり、彼らからしたら当たり前のことでも、僕らからしたら恐ろしいこともある」

 「お父さんは差別するのが当たり前だって言うの?」

 「それは違う。村の人達はずっと村にいたから、あんまりモノを知らないんだ。だからお父さんはこうやって村に来て、みんなにいろいろ教えてあげているんだよ」



 神父は村において、教師も兼ねることがほとんどであり、彼も子供達に初等教育を施していた。

 口では娘を諫めた神父だったが、心の奥底では娘以上に都市に帰りたがっていた。

 彼がこの小さな村に来たのは、ひとえに都市での政治に敗北し、左遷されたからであり、粗野で無教養で汚い農民の子供たちの教師をするのにほとほと嫌気がさしていた。

 とはいえ、神父は大体の場合、国王の遣いとして、村では丁重に扱われるのが習わしであり、彼は彼が思うほどの苦労をしてはいなかった。

 

 アコライト教の開祖は1000年前に実在したとされるアコライトであり、彼は全人類が平等であり、神を信じ他者を愛せば苦しみから解放されると弟子たちに伝えた。

 当初、この教えはナーロッパでは新興宗教として忌み嫌われていたが、後に国教となる。時の権力者が『神の代理人こそ王であり、そして王を信じれば苦しみから解放される』と歪曲した教えを広め、治世に利用したのである。

 そして、いつしかアコライト教の一番大事な『他者を愛する』と言う教えはごっそりと消え去り、形骸化された陳腐な教えのみが残った。

 神父たちは神の遣いではなく、権力と金銭の奴隷でしかないのが現状なのである。


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