第2話
村人達は皆で共同の畑を耕し、作物を育てる。ヨハンの孫も鍬を持って畑を耕すのだが、彼に割り当てられた作業面積は他の人よりも明らかに大きい。だからと言ってもちろん、彼が他の人よりも多く報酬をもらえるなんてことはない。
彼はただ不当に扱われているだけなのだ。
その大きな面積を他の人と同じくらい、いや、なんなら早くに片付けてしまわないと、地主の息子は彼に更に多くの仕事を押し付ける。
この地主というのが、件のヨハンの息子の目を焼いた男なのだが、彼は申し訳ないなんて少しも思っていない。
ヨハンの孫は穢れた存在で、自分はこの村を実質統治している地主の息子なのだ、身分が違う。彼にとってヨハンの孫を虐げることは至極当然のことであり、そこには最早悪意も何もないのだ。
その日、地主の息子はイラついていた。
度重なる戦争により、今年の年貢は一段と高く、生産スピードをいくら早めても追いつけそうにないのである。
責任は全て地主に問われる。領主からの叱責を思うと、地主の息子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
地主の息子は皆に作業を早めるよう、そして、今日はいつもよりも長く働くよう言う。
それに対して、皆は反発もしない、反応もしない。全て無意味だと知っているからだ。
どれだけ意義を唱えてもそれで年貢が減るわけでもない。目の前の地主をどうしたところで人生は何も変わらない。ならば、やり過ごすことに注力した方が幾分か生産的ではなかろうか。
農民はじっと耐えるのだ。
そして、地主もことさら声を荒げて檄を飛ばすことはしない。農民が疲弊しきっていることを知っているからだ。ヨハンの孫にもこの時は暴言を吐かない。
彼を殴って暴言を吐いても、疲れている農民達の神経を逆撫でするだけだ。だから、彼にはただ重労働を押し付けるだけで良い。
ヨハンの孫は文句を言わない。皆、彼がデクだと思っている。だから何をしてもいいと思っている。
本当に誰かを見下している時、虐めなどと言うものは起こらない。虐める必要すらないからだ。争いは同じレベル同士でしか起こらない。
心の底から見下している人間に対して、虐める程の関心を持ちはしないのだ。
※
その日もヨハンの孫は夜遅くまで働いた。
そんな彼に地主の息子は、少しの作物を与えるのみだった。
そして、ヨハンの孫は家に帰り、その作物を家にいるヨハンに渡すのだ。
ヨハンは孫のことを孫とは思っていない。人間とすら思っていない。彼は忌み子であり、村や我々に恥をかかせた存在なのだから、毎日働いて、食べ物を渡すなど当たり前のことだと思っている。だからヨハンの孫が食べ物を渡してくれても、感謝などするはずもない。
ヨハンの孫は家に入ることは出来ない。
彼は家に隣接している馬小屋で生活している。食べ物は家畜用の飼料である。
馬小屋はお世辞にも綺麗とは言えなかった。日当たりは悪くいつもジメジメとしていてかび臭い。
壁は木の板が打ち付けられているだけで、隙間風が入ってくる。そしてくたびれた藁の山があり、そこでヨハンの孫は眠るのだ。
ヨハンはヨハンの孫が病気になろうとも、死にかけようとも決して家の中に入れることはない。
ヨハンの孫が子供の頃、ひどい熱を出したことがある。何日も何日も馬小屋の中で動けずにいた。そんな時でさえ、ヨハンは彼を決して家に入れようとはしなかった。
きっと、孫の穢れが家の中に入ることを恐れたのだろう。
ヨハンの孫は馬小屋の臭い藁の中で眠るのだった。
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