第8話オマケ 裏話 常連客と雑談と趣味談義

ただ、珈琲を飲みに行くだけ。

あと、フルーツサンドを食べに行くだけ。

それだけ。

そう、それだけのことだ。


紅月駅近くの商店街。

その一角に、喫茶店【寄り道】はあった。

現在、三代目の若き店主が切り盛りしているそこには、様々な客が通ってくる。

店に向かう道中、ミカゲは緊張でごくりと唾を飲み込んだ。

カラカラに喉が乾いていく。


「すーはー、すーはー。

落ち着け、落ち着け」


いつも通りにするんだ。

なにも変なことはない。

時々いく喫茶店で、フルーツサンドかフルーツパフェを食べるだけだ。

ミカゲはそう自分に言い聞かせながら、歩を進める。

鼓動が高鳴る。

次第に彼の頭の中は、ひと月ほど前に知り合ったとある少女のことで占められていく。

ミカゲが、チンピラ達から助けたのだ。

少女は、ルリアという名前だ。

あとでわかったことだが、彼女はこの街では知らないものはいない、大企業の社長の娘だった。

そう、色々疎いミカゲでも知ってる大企業の社長令嬢だ。

彼女は後日、その時のお礼だと言ってとても高価なお菓子をくれた。

それだけ。

そこで、ミカゲとルリアの繋がりは切れるはずだった。

でも、そうならなかった。

ルリアはその身分ならしなくていいだろうアルバイトを始めたのだ。

なんでも、社会勉強のためだということだ。

先週から、彼女は働いているのである。

そのアルバイト先は、ミカゲのよく行く喫茶店【寄り道】である。


(今日明日と土日だから、どっちもシフト入ってるって言ってたよな)


バイトリーダーである粟田から聞いた情報だ。

ルリアの入っている時間まで丁寧に教えてくれた。

ミカゲがルリアに何か用でもあるのかと、勘違いしたようだ。


そうして、店に着いたのだが。

通りに面した店の窓ガラス、そこに、特攻服を着たヤンキーが何人もベタベタと張り付いていた。

それを見た、通りすがりの幼子が手を引いている母親に向かって、


「お母さん、あのお兄ちゃん達なにしてるのー??」


なんて聞いて、


「しっ、見ちゃ行けません」


などと言われたり。

はたまた別の親子連れは、


「ママー、あの服かっこいいー!!

買ってー!!」


「んー、たっ君にはまだ十二、三年早いかなぁ」


などとやっていたり。

または、


「いい?

アレは通称ヤンキーといって、絶滅危惧種、バンカラ族っていう亜人種なの。

亜人種はしってるわね?

なろう系のハイファンタジージャンルの作品に出てくる、オーガ族とかエルフ族とかドワーフ族みたいなものなの」


「じゃあ倒したり食べたりしたら能力てにいれられるの?!」


「能力じゃなくて、舎弟とか子分を手にいれられるわね」


子供の夢を壊さないよう、そんな事を教えていた。

そんな冷たかったり、生暖かったりする視線を向けられている不良達。

半分は、ミカゲが総長を務めている【麒麟愚童流】所属の連中だ。

もう半分は、何度か喧嘩したやりあった事のあるチーム、【羅紅鳴勒ラグナロク】の幹部連中だった。

今のところ、【麒麟愚童流】と【羅紅鳴勒】の決着はついていない。

とはいえ、それは不良の世界の話だ。

今日はそれは関係ない。

喧嘩や抗争とは無関係の、ただの休日なのだ。

もちろん、アイツらが暴れ出せばミカゲは容赦なくどちらも潰す。

この店に迷惑はかけられないからだ。

と考えていた矢先に、麒麟愚童流の構成員と羅紅鳴勒の幹部がお互いの胸ぐらをつかみ始めて、すわ殴り合いか、となった。

しかし、そうはならなかった。

ベテランバイトの粟田が、ルリアを伴ってこういう場合の対処法を指導しはじめたのだ。


(アイツ、喧嘩はからきしなのにこういうの強いんだよなぁ)


粟田には、妙な圧があるのだ。

とりあえずそんなバイトリーダーがいるのだから大丈夫だろうと判断して、ミカゲはルリアをそれとなく見ながら店に入った。

ついつい、ミカゲはルリアを目で追ってしまうようになっていた。


(とはいえ、ルリアが粟田みたいになるのは想像つかないな)


ホワホワしたあのお嬢様が、粟田のような圧を不良達に向けるところなど想像できない。

真面目なのかなんなのか、今だってメモ帳片手に教わったことをせっせと書き込んでいる。

ミカゲは店に入って、カウンター席に腰を下ろした。

それから通り沿いの窓ガラスのある席へ視線をやった。

女性客が戸惑った顔をして不良とバイトリーダーのやり取りを見ていた。

女性客は、何度かこの店で見かけたことのある顔だ。

常連なのだろう。

話したことはない。

その彼女の手には、スマホがある。


ミカゲは女性客よりも、窓の外にいるルリアを見ていた。

ルリアが、あのやわらかい優しい笑みを窓ガラスに張り付いていた不良達に向けていた。


モヤモヤとする。

というか、イライラした。


(俺以外のにヘラヘラ笑いかけやがって)


そのことが、無性に腹立たしかった。

するとルリアがミカゲの視線に気づいた。

目が合った。

ドクドクと、ミカゲの心臓がはねる。

それまでのモヤモヤとイライラが消えてしまう。

あのホワホワした笑顔で心が満たされる。

思わず、パッと視線を外してミカゲはメニューを手に取って目を通し始めた。

メニューが上下逆になっていることに、彼は気づかない。

さらにその様子を見ていた、窓ガラスのところの席にいた女性客が鼻息荒く悶えていたことにも、彼は気づかなかった。


やがて、粟田とルリアが不良達を引き連れて店に入ってきた。

ルリアが、不良たちをそれぞれ席に案内する。

その時、中堅バイトがミカゲの注文を聞きに来た。

フルーツサンドを注文する。

中堅バイトは厨房にオーダーを通して、空いているテーブルを拭いたりと動き回っている。

麒麟愚童流のもの達は、ルリアと何度かこの店で顔を合わせてるので、少しほんわかしているだけだった。

しかし、羅紅鳴勒の幹部連中はソワソワと落ち着きなくルリアを視線で追っていた。


そのことに、またイライラとモヤモヤがぶり返してくる。

けれどそこで、先程の女性客と中堅バイトの少女が雑談しているのが聞こえてきた。


「新人さん、ルリアちゃんって言うんだ。

モデルさん?

あ、違うんだ。

でも、あんな美人さんだと彼氏いそうだよねー」


そんな、何処ででも聞く恋バナを展開していた。

ミカゲは、そちらに視線を向ける。


「そういう話、したりするの?」


女性客の言葉に、中堅バイトは答える。


「しましたよー。

この前聞いたんですけど、冷泉さん彼氏はいないらしいんですよねぇ」


中堅バイトの言葉が耳に飛び込んできて、ミカゲは小さくガッツポーズをした。


(いいぞ、もっと聞いてくれ!!)


客と店員として、ミカゲとルリアはこの数日、何度か言葉を交わしたことはあった。

けれど、女性客と中堅バイトが話しているようなことは聞けずにいた。

中堅バイトの言葉に、女性客がなにやら楽しそうにニマニマしてこう言った。


「あぁ、もしかして、彼氏じゃなくて婚約者かもねぇ、いるの」


思わず、ミカゲは女性客を睨みつけてしまった。

女性客は、そんなミカゲに気づいているのかいないのか、続ける。


「だってあの子、名札見たけど苗字が【冷泉】でしょ?

似てるなぁ、とは思ってたけどあそこの社長の娘さんだよね。

なら、そういう話があっても不思議じゃないし」


もの凄く楽しそうに、中堅バイトに話している。

その女性客が一瞬だけ、ミカゲを見た気がした。

女性客の目は、なにかイタズラを仕掛けて楽しんでいるように、ミカゲには見えた。

女性客は中堅バイトを見ながら、続ける。


「まぁ、婚約者云々はただの想像だけど。

あの子、確実に好きな子いるよ」


「わかるんですか?」


「なんとなくだけどね。

同じ学校の子か、別の学校の子か。

もしかしたら、ここの常連の誰かかもね。

だって考えみなよ、バイト先なんていくらでもあるのになんでこの店に決めたのさ?

安全面や時給で言うなら、駅中のコンビニかラーメン屋の方がいいでしょ?

交番あるしさ。

でも、彼女はこの店を選んだ。

なんでだろうね??」


その言葉は、まるでミカゲに向けられているようだった。


「えー、それが当たってるなら、誰だろう」


中堅バイトが無邪気に返している。

そこに、ルリアがミカゲの注文したフルーツサンドを持って現れた。

横には粟田が立っている。

ボソボソと粟田がルリアに耳打ちする。

それを受けてルリアが、


「お、おまたせ、しました。

こちら、フルーツサンドです」


フルーツサンドの乗った皿をミカゲの前に置いた。

また、粟田がボソボソと囁いている。


「ごちゅーもんは、いじょーでおそろいでしょーか??」


慣れていない棒読みで、ルリアが確認してくる。

ミカゲは頷いた。


「それではごゆっくり」


そう言って、ニッコリとルリアはミカゲに笑いかけた。

間近でそれを見て、初めて彼女にあの笑顔を向けられた時のことを思い出す。

クッキー缶をくれた時。

あの時と同じように、ミカゲは顔と耳を真っ赤にする。

ルリアが粟田とともに厨房に引っ込む。

それから、顔の火照りを誤魔化すようにフルーツサンドにぱくついた。

フルーツサンドは美味しかった。

でも、いつも以上に甘く感じられた。

クリームの甘さを変えたのかな、とミカゲは思ったが聞くことはしなかった。

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