第9話オマケ 裏話 常連客と雑談と趣味談義 後編

フルーツサンドにがっついていると、その後ろを粟田とルリアが通った。

羅紅鳴勒の連中のオーダーを受けに行ったのだ。

それを粟田に教わった通りに注文を聞いて、オーダーを厨房に通す。

それから、ルリアはふと彼らが読んでいる漫画に視線を落とした。


「その本、色んなお客様が読んでますけど。

面白いのでしょうか?」


ルリアは漫画を読んだことが無かった。

存在は知っていたが、興味もなく、また周囲に漫画を読む人がいなかったため、この歳まで触れずに来たらしい。

これには、ミカゲも驚いた。

箱入りだろうなとは思っていたが、まさか漫画を読んだことがなかったとは。

代わりに小説は読んできたらしい。

推理小説やホラー小説が好きだと聞こえてくる。

話題を振られたことが嬉しかったのか、あるいは物珍しさか。

もしかしたらその両方かもしれない。

羅紅鳴勒の面々は、それぞれ得意げにオススメ漫画をルリアに紹介しはじめた。

人が死ぬ話が多かった。

漫画初心者に、人が死ぬ話が中心のものを勧めている。

そしてルリアは興味津々でそれを聞いている。

イライラがまたぶり返してきた。


(俺に聞いてくれれば、いくらでも教えてやるのに)


何しろ、ミカゲの家には漫画もだが小説も多い。

兄と妹が集めまくっているからだ。

特に、兄が雑食なので少年漫画、青年漫画、少女漫画、様々なジャンルの作品が、小説含めて本棚を埋めつくしているほどだ。

それらを暇つぶしに読んでいる。


だから、女性向け作品の話もしようと思えばできるのだ。

ルリアは、どんな作品を好むだろうか。

妹がよく読んでいる恋愛ものか。

それとも、日常系か。


(つーか、あんな簡単に笑いかけんなよ)


またもイライラがわき起こる。

あの笑顔を独り占めしたい。

そんな欲なのか願いなのかわからない考えが浮かんできた。

楽しそうな様子のルリアを見ていたら、そこに割り込む者がいた。

麒麟愚童流に所属している少年だ。

ルリアに少女漫画を紹介している。

なんでも少年の姉が読んでいるらしい。

と、ここで話題の流れが変わった。


「総長も漫画好きですから、俺らより総長にオススメ聞いた方がいいっすよ!」


ルリアに少女漫画をいろいろオススメしていた、麒麟愚童流所属の少年が、カウンター席に座っていたミカゲを指し示しながらそんなことを言ったのである。


ルリアがミカゲを見て、それからまた少年を見た。

そして、


「そうなんですか?」


そう聞いた。

ルリアの確認のような言葉に、少年はブンブン、頭が取れるんじゃないかというほど頷いてみせた。


「ね、総長??」


ルリアが再度、ミカゲへ振り向いた。


「……まぁ、普通に読む程度だけど」


その返答に少年が、ルリアへ補足説明するかのように言ってくる。


「えー、総長の家の本棚エグいじゃないっすか!

漫画だけじゃなくて、文字だらけの本も多いし」


「アレは、兄貴と妹が買ってきたやつもあるから」


家族について呟くように口にしたら、ルリアが反応した。


「お兄さんと妹さんがいるんですね!

私も兄がいるんですよ。

でも弟か妹も欲しかったんです」


「居ても喧嘩するだけだぞ」


叩き返すような返答に、さらに少年が口を挟む。


「総長、ルリアさんって、ミステリ小説が好きらしいですよ!

総長の家、ミステリ小説もたくさんありましたよね!

総長もよくミステリ読んでるし!!」


その言葉に、ルリアの瞳が輝いた。


「面白いですよね、ミステリ!」


そう言って、ルリアがミカゲを見る。

ミカゲだけを、その瞳に映す。

そのことに、ミカゲは満足感を味わう。

と、そこで頃合を見計らっていたらしいバイトリーダーの粟田が口を開いた。


「今日は冷泉さんは中番だから、早く仕事終わるし。

バイトが終わったら、ミカゲさんから色々オススメ教えてもらえばいいよ。

とりあえず、残りの仕事片付けちゃおうか」


さすがに雑談をし過ぎたらしい。


「あ!す、すみません!!」


「とりあえず、ミックスサンドが出来てるから運んでね」


粟田が落ち着いた声で指示を出している。

ルリアはそれに従って、パタパタと動き始めた。

その直後、ミカゲのよく知る人物が来店した。

それは【羅紅鳴勒】の総長、奔陰はしかげ蒼大ソウタだった。

少しくせっ毛の銀髪。

髪の染め方はそれだけなら十分目立つ。

しかし、ミカゲと並ぶと少し地味に見えてしまう。

こちらも普段喧嘩の時などに着ている特攻服ではなく、私服だった。

ソウタは、ミカゲの横に腰を下ろした。


「……なんだよ?」


ミカゲが不機嫌な声で聞いた。

ソウタが彼を見ていたからだ。


「いやぁ、女にタイマン挑まれて負けたって聞いたからさ~」


「………」


「あれ?言い返してこないの??

え、マジで負けたん、お前??」


負けてはいない。

でも、ちらりと客席を行ったり来たりするルリアを見た。

彼女と言葉を交わすだけでも上手く喋れなくなる。

言葉が出てこなくなる。

なんて言えば彼女は笑ってくれるだろう。

どんな話題なら、彼女は楽しんでくれるだろう。

嫌われてはいない。

でも、乱暴な言葉に触れて来なかっただろうお嬢様だ。

対してミカゲは、兄に対して気軽に【死ね】と言ってしまうほど口が悪い。

彼女を不快にさせないよう、これでもかとミカゲなりに気をつけている。

今日だって、わざわざ貯めていた小遣いで新品で買った服を着てきたのだ。

彼女に、嫌われたくないから。


「……そんなんじゃねーよ」


ミカゲは短く言った。

ソウタはメニューを手に取った。

メニューを見ながら、ソウタは声を顰めた。


「【羅紅鳴勒ウチ】の連中が、【殲滅連団スレイヤー】の奴らに襲撃された」


ミカゲの顔色が変わった。

殲滅連団スレイヤー】とは、不良達を潰すために作られたチームだ。

不良による不良を潰すための正義のチーム、というのが売り文句らしい。


殲滅連団スレイヤー】は、ミカゲやソウタをはじめとした名の知れた不良達に懸賞金をかけて、名を上げたい不良達をけしかけていた。

もちろん、自分たちが出向いて潰すこともある。

潰された方は、【殲滅連団スレイヤー】の傘下に入るか、不良をやめるか、警察にぶちこまれるかのいずれかの道を辿っている。

タチの悪いことに、その懸賞金を払うつもりはサラサラないらしい。

実際、とあるチームの頭を倒した不良がいた。

しかし、激戦で疲れきっていたところを【殲滅連団スレイヤー】の部隊が取り囲んで袋叩きにされて、頭を倒した不良は警察に逮捕された。

そういう汚い手を使う奴らだった。

なので、不良界隈では嫌われ者のチームとして有名である。

しかし、いまだに懸賞金目的と名をあげるために、ミカゲ達を襲撃するものは後を絶たないのである。

幸いなのはあくまで、不良達を潰すためのチームなので一般人には絶対に手を出さないことだろう。

ミカゲは、変わらずパタパタと忙しそうに動きまわるルリアを見た。

ミカゲと話したことがあるから、関わりがあるから、という理由で彼女が狙われることは、今のところ無いのが救いだ。

ミカゲが女にやられた、タイマンを申し込まれた、という噂もたしかに流れているが、所詮噂は噂だという扱いなのだろう。

それを理由にミカゲは、今のところ襲撃されたことはない。


ソウタは声をひそめたまま、続けた。


「今度派手に喧嘩する」


「果たし合いか」


「あぁ。

向こうのリーダーのSNSのアカウントにDM送った。

再来週の日曜日、夕方五時前後にぶつかる。

場所は、東雲公園近くにある廃工場だ。

その辺ぶらつくなよ?

下っ端にも周知させとけ」


「……うちの縄張りじゃないから、多分大丈夫だろ」


「それでもだ。

噂じゃ、最近リーダーが二代目に代替わりして。

拳銃を手に入れただのってヤバい話が流れてきた」


「マジかよ」


「マジマジ、大まじのマジ」


そこで、ソウタは店員を呼んだ。

やってきたのは、中堅バイトだ。

ソウタはクリームソーダを注文した。

中堅バイトは、そのオーダーを厨房へ通す。


「ただ、噂は噂だ。

どこまで本当かはわからない」


「…………」


「でも、火のないところになんとかって言うしな。

念の為だ、お前のとこの連中にも周知させとけ」


「わかった」


「それと、お前もいい加減携帯持てよ。

ヒヨリさんが、連絡取れないって嘆いてたぞ」


ヒヨリというのは、ミカゲの兄だ。


「うぜぇ」


ミカゲは、面倒だとばかりにそう返す。

そこに、ソウタが注文したクリームソーダが運ばれて来た。

運んできたのは、ルリアだった。

少し慣れつつある手つきで、クリームソーダをソウタの前に置く。

オーダーが間違っていないか、確認をする。

それから、ルリアとミカゲの目がまた合った。

お互い顔を真っ赤にして、すぐに逸らす。

そそくさとルリアが厨房に引っ込んだ。

そんなルリアのことを、ソウタは噂で知っていたので、何故か顔を赤くしているミカゲに確認も兼ねて聞いた。


「あの女か、お前にタイマン挑んだってのは。

そうは見えないなぁ、アイドルみてぇな女だな」


「ちげぇよ」


そもそもタイマン云々からして違うのだ。

けれど、その辺を詳しく説明してやる意味も無いのでミカゲはそう言うだけに留めた。

しかし、ソウタの追撃は終わらない。


「つーか、お前顔真っ赤じゃん。

そんなに暑いか?今日??」


ソウタの言葉に、ミカゲはおもむろに立ち上がると店の本棚から大判コミックを一冊持ってくると顔を埋めた。


それを見て、ソウタが怪訝な顔をする。


「お前、それ読めてるか?

上下逆じゃん」


漫画の上下が逆だった。


「うっせぇ、なんでもない」


「あっそ。

あー、やっぱりクリームソーダはサクランボが乗っててこそだよなぁ」


ミカゲの奇行にそこまで興味が無いのだろう。

ソウタはクリームソーダにパクつきはじめた。

それからすぐに、ルリアのバイトが終わった。

着替えて客席に出てくると、ルリアはミカゲに声をかけた。


「今日は休憩時間が無かったので、今から店長が食事を用意してくれるんです。

今日はタマゴサンドらしいです」


なんて楽しそうに言ってくる。

それから、さも自然な動作でミカゲの隣りに座ろうとするが、それを粟田が止める。


「ミカゲさんと話するなら、奥の席空いてるしそっちの方が落ち着いて話せると思うよ。

賄いは持ってくからさ」


粟田の言葉に、ルリアが嬉しそうに返す。


「本当ですか?

ありがとうございます」


そして、一瞬緊張したような表情になったがルリアがミカゲを見た。


「その、いいですか??」


「あ、あぁ、俺なら大丈夫だ」


そうして、奥の席に移動する二人を横目に見ていたソウタが、粟田に聞いた。


「なんなん、アレ?」


「オススメの漫画を、ミカゲさんがルリアさんに教える約束をしてたんですよ」


「ふーん?」


ソウタは興味が無いのか、そう返すと自分の注文したクリームソーダに集中した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る