取引先がバリスタを導入した時のお話
ヒダカカケル
取引先がバリスタを導入した時のお話
*****
「先輩、いったいどうしてそんな沈痛な表情なんですか?」
「……この間の案件な。ちょっと引っかかりがあって……」
入社してそろそろ一年、ようやくこの仕事に馴染んで来た私は運転も任されるようになり、今日もまた、いつもの提携先の町工場に新しいお仕事の話に行くところでした。
従業員数は八人ほどですが、いつも質の良いお仕事をされるとの事で信頼も厚いのですが、従業員の方々から社長にいたるまでコワモテで気難しい方ばかりで、今も私だけでは気後れしてしまいます。
助手席でずっと難しい顔をしている先輩はしきりに何かを気にしながら資料をチェックしていますが、気が気でない様子で、いつもの涼やかなイケメンの面影はありません。
「……おい、お前何か聞いてないか? 先方の事について。どういう様子だったかとか……」
「え? いいえ……特に。ああ、そういえば……バリスタを導入したらしいんですよ。怖い職人さん達ですけど、意外な一面が……」
「おい、待て――――」
そして、くだんの工場に続く道へとハンドルを切ります。
同時に先輩が、くわっと眼を見開いて私に問い詰めます。
「バリスタ? 確かか? 確かなのか!?」
「え、ええ……もしかしたら、御馳走してくれるかな、って……先輩、どうしたんです? 怖いですよ……」
「ばっ……」
直後――――前方に見えてきた町工場を認めたとたん、先輩が急にハンドルを横から握り、急ハンドルを切らせました。
車体が右にぶれて対向車線に堂々と躍り出た直後、運転席のあった場所へ三本もの鉄の杭が打ち込まれ、砕け散ったアスファルトが飛散して左側のウィンドウに無数のヒビが入りました。
「せ、先輩!? な、何ですかアレは!?」
「バカ野郎! なんで正面から行く!? いい的だぞ!!」
「ちょっとちょっとちょっと! いったい何……!」
「
「はぁ!? ってかバリスタって何で!」
「いいから前見ろルーキー! 装填中だ、距離を詰めろ! アクセルを踏め!」
すでに左側のサイドミラーはなく、前方の工場の建屋、その屋上に確かに据え付けられたそれが見えます。
二門ものバリスタがこの社用車に狙いを定めていました。
古くは古代ローマにまで遡る大型の石弓。
大砲の登場以前の攻城から防衛まで活躍した兵器がこちらを狙っている状況。
命中精度は先ほどの砲撃で見た通り恐ろしく正確で、一瞬でも遅れればドライバーシートごと撃ち抜かれて即死。
この状況に高ぶり、私はスカートの裾がまくれ上がるのも厭わず、アクセルを踏み込む足に力を注ぎ――
「来るぞ! 避けろ!」
その合図でハンドルを切り、今度は左車線側へと寄り、ほんの一瞬こすったガードレールから火花が散るのを認めた直後に一瞬前まで私がいた空間の路面に槍のような矢が突き刺さり、かすめて今度は右側のサイドミラーがもぎ取られました。
ぞわりと身の毛もよだつ思いも一瞬に過ぎ去り、アクセルを踏み込むと――社用車の今時珍しいMTカローラが元気づけてくれるように唸りを上げる。
蹴り込むようにクラッチを切り、シフトレバーを一気に四速まで入れて慎重にクラッチを繋ぎ、急加速。
魂を置き去りにするかのような急加速。
命を削り取るような急減速。
高速度域で廻り続けるタイヤは路面のわずかな凹凸さえも突き抜ける衝撃へと変え、バリスタの砲撃による震動と混ざりあいハンドルを
怖い。
息が吸えない。
まばたきは死につながる。
だからこその冴えが体を満たして、気付けばバリスタの弾道さえも見えてきた。
そうか、これが。
これが――――“お仕事”の充実感なんだ。
バリスタの砲撃を掻い潜り、閉じられたゲートへ真っすぐに向かおうとし――――そこで私の脳髄に電流が走る。
「先輩、掴まってください!」
減速、再びクラッチを蹴り込みながらハンドルを左へ切り、サイドブレーキを思い切り引き込む。
横方向への衝撃に胃の中身を揺さぶられながら耐え、ギアをRへ切り替え、鉄製のゲートへは思い切りバックから突っ込み、そのまま社屋入り口まで突入。
縁石に乗り上げながら入り口のガラス戸を突き破る衝撃が私達を襲う。
ここならばもうバリスタの俯角には入らない。
――――乗り切った!
「安心するのはまだだ、ルーキー!」
「はい!」
「お前は先に打ち合わせに行け! 俺はバリスタを始末してから合流する!」
「はい、えっ!?」
「お前ならやれる! 行け、行くんだ!」
「……はい!」
*****
――――そして、とどこおりなく打ち合わせは進み。
それどころか、私の運転を見ていた工場の社長さんが気を良くして円滑に運んで、むしろ関係さえも良くなったぐらいでした。
ボコボコになった社用車で戻る最中、先輩から訊かれました。
「おい。……ゲートに突っ込む時、どうしてフロントから行かなかったんだ? 一度ターンしただろ」
「ああ……もしもフロントから行ったらエンジンが止まって蜂の巣にされると思ったので。なのでバックから突っ込んだ方が安全かと……」
「いい判断だ。次も頼むぞ」
そう言って褒めてくれる先輩の顔は、夕暮れ時の逆光が眩しくて見えませんでした。
でしたが……私は、自分が一回り大きくなれた事を感じていて。
これからもきっと、様々な事を学んで行きたいと想いました。
*****
あれから、四年。
私もすっかり新卒を教育する側の立場になり、今日は新たな後輩とともにとある下請け先へと赴いています。
「先輩、そういえば今日の先方ですけど……最新型の顔認証装置を設置したそうですね」
「ええ、そう。……そして、きっとこうなるのよ」
エントランスへ到達した瞬間、私の顔を認めたシステムが耳障りなアラートを発します。
後輩は何が起きたのか分からずに固まり、ブリーフケースを抱えたまま狼狽えていました。
「せ、先輩!? これは!?」
「前回の納期はやはり無茶だったのね……! 伏せて、新人! 警備ドローンが来る!」
電気銃搭載のドローンのプロペラ駆動音から数を推測。
確認できているだけでも四機。
新人をインフォメーションの机の下に押し込み、素早く視線を走らせて状況確認。
「先輩、先輩って!? 何ですか警備ドローンって!? なんでこんな事になってんですか!」
「これぐらいの事でビビってちゃやっていけないわよ。社会の荒波に揉まれるってのはこういう事なの」
「違う! 絶対違いますって!」
「いいから覚悟を決めなさい。私だってどうにかなったんだから、貴方もきっと成長できるわ」
消火器の位置を確認、視界を遮りながら一機ずつ無効化する順番を組み立てる。
「私が時間を稼ぐから先に取引に行って。大丈夫、貴方ならやれる」
四年越しの今なら、先輩の気持ちが分かる。
成長を信じるからこそ、どんな苦境に立たされても力が湧いてくる時があると。
さあ、今日も。
今日も――――頑張りましょう。
了
取引先がバリスタを導入した時のお話 ヒダカカケル @sho0760
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