第9話 男を見せることにしました!


 ──いきなり“千秋”と呼び捨てで、更に荒っぽい口調で、いつもなよなよしてる雑草如きの分際でイキって申し訳ないが…………気付いた時には俺は名前を叫んでいた。


 例え千秋以外の赤の他人に聞こえて至って構わない、ただその言葉は千秋だけの物で、今後誰にも渡ることは無い特別な物になるということに変わりは無いのだから。


「っ……は、はい?」


 ようやく口を開いたと思ったら急に呼び捨て……という事もあり、千秋は一瞬ポカーンと気が抜けていたが徐々に理解したのだろう。


 必死に掴んでいた俺から少し離れ、涙を拭い、まっすぐ俺の瞳と合わせた。


 まだ目元や鼻は真っ赤に赤面し、いつもの美少女である千秋と比べると………あ、どっちでも可愛いや。という結論に至ったのでその気持ちは杞憂に終わった。


「突然驚かせてごめん。それに応えられなくてごめん。

 だけど、“俺から”どうしても言いたくってね」

「えっ……?は……?」


 千秋が何かを言う前に、俺は全てを言い終える。


「──俺は確かに千秋からの告白を拒否した。でも、それは男としての見栄を張ったからだ。千秋の考え方だったら男の俺がしゃんとしないと、おかしいだろ?女の子から言わせるのもなんだかカッコ悪いし、男が廃る。

 …………だから、俺から言わせて欲しいんだ」

「え……」


 俺は瞬時に頭を下げ、右手を千秋へと差し出した。

 俺が思う”お決まり“の姿勢である。


「千秋、俺と結婚を前提に付き合ってください。責任だとかは、もはやどうでもいい。俺の意思で君に気持ちを伝えている!

 好きなんだ!大好きなんだ!君の内面も外面も、何もかも。全部。──だから千秋、しきたりだとかルールだとか教えとかはどうでもいい、千秋自身の嘘偽りのない本音で応えて欲しい!」


 今の俺が確実に言い切れる覚悟と千秋に対しての想いの全てを出し切った。そして応えを求めた。


「え……」


 流石に千秋も予想外過ぎたようで言葉を失っていた。

 だが、流石完璧美少女。頭の切り替えが早く、数秒思考を巡らせると、どこか納得したのか……


「あーあ、心配した私がバカみたいじゃない」


 大きなため息混じりで、いつもの……俺にとって定着してる本音をストレートに言う千秋に戻っていた。


「お、おい!?せっかく雰囲気を作ったのに。お前も空気読んで乗ってくれよ。これじゃ俺、痛いヤツじゃん」

「はぁー、こんな美少女に大恥かかせといて随分と自分勝手ね。玄くんって以外に傲慢なのかしらね」

「ははは!男らしいって、褒めて欲しいものだね」


 先程からずっとお決まりの姿勢だった為、まだ千秋の顔は見れていないがどうなんだろうか?怒りの感情なのだろうか?はたまた、悲しみの感情なのだろうか?幸福の感情なのだろうか?


「……まぁ、でも、そんな男らしさも悪くはないわね」

「じゃ、じゃあっ!」


 まだまだ虚空に浮かぶ俺の右手。だけど、その右手を言葉と共に千秋は力強く握り返してくれた。


 顔を直ぐに上げると……

 千秋は俺の右手をしっかりと両手で握り、満面の笑みで俺を迎えてくれた。


「これからよろしくね、玄くん。私も大好きだよ!」

「っ……あぁ。宜しくな千秋」


 ここに境遇が複雑ながらも互いに認め合い、愛し合う。幸せなカップルが誕生したのであった。


 ☆☆☆


 ついに俺たちは結婚を前提に付き合うことになった。

 俺は達成感と幸福で今にも悶え死にそうだが、千秋も同じぐらい幸せそうで、顔がとろけていた。


 って……それを眺めていたのがバレたのか、千秋はにへらッと笑うと、


「これから、よろしくね、私の私だけの“ダンナ様♡”」

「おい、そう言うのは教室とかクラスメイトとか他人の前では言うなよ」

「ええ、もちろん分かってるわよ。この関係は私と玄くんだけの秘密なんだからね!」

「ならいいけど……」


「ま、たまーに言っちゃうかもだけど♡」

「おーい、そう言うとガチでやりそうだからやめとけよ。冗談じゃ済まないんだから」


 なんて、出来たてホヤホヤの初々しい会話を交わしながら、俺たちはしばらく話をしていた。








「──あ、後ね。よくも私を騙してくれたな?その話を今きっちりさせとこうか?」


 途中、思い出したのかタイミングを見計らっていたのかは分からないが……唐突に千秋は俺に対し、臨戦態勢を取った。


「うっ……それは、ごめん。でも男として……」

「そんなのどうでもいいのよ!私の涙を返しなさい!」


 あー、感動の末に新たなカップルが誕生した〜って、流れでそのまま水に流れてくれる事に期待してたんだけど、どうやらしっかりと話を付けたいようだ。


「あー、あれね。すっごく可愛かったし、新鮮な気持ちになれたよ。ありがとう!」

「ありがとうなんて、甘ったるい言葉なんて聞きたくないのよ。取り敢えずドロップキックを食らわせてあげるわ。甘んじて食らいなさい」

「え!ちょ、それはもう勘弁ッ!?」


 話とは?単純に物理攻撃ではないか!?


「問答無用よーッ!」

「ぐきゃぁぁぁぁぁぁ──」










 それから俺と千秋は結婚を前提にガチで付き合った。

 最初は初々しく甘々だったが、相手に対し知らない事が多くちょくちょく喧嘩はしていた。だが少しずつ少しずつ、互いに理解して行き……誰がいつ見ても、順風満帆でお似合いのカップルになった。


 そして、数年後。互いに目標の大学を卒業し、安定した仕事に就いた区切りでゴールインしたのだった。

 今では誰もが認めるおしどり夫婦で、本当に可愛くて大好きな自慢の奥さんです!




 偶然という偶然が重なり、彼女の裸を見た時から始まったおかしなラブコメ。人には絶対に公言できない恥ずかしさと衝撃ではあるが……まぁ、生涯2人だけの秘密ってことでも構わないだろう。


 その方が大切な“思い出”として、心に留めて置けるしな。




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