第4話 男としての見栄


 俺と星崎 千秋との出会いは高校一年生の時である。


 それなりに高校受験は努力し、自分がギリギリ行けるレベルの公立高校に入った俺は緊張と期待に胸を躍らせながら高校に到着した。


 朝早くに来たので、多分俺が一番乗りかな……なんて思いつつ自分の教室に足を踏み入れると、


「あ……!」


 第一印象は、クラスにすげぇ美人な人がいる。その程度の薄い感情しか抱いていなかった。




 それから月日が経ち、席替えで席が近くなろうとも遠くなろうとも話すことは全くもって皆無。授業でペアになるほど運も良く無く。俺は男友達と、星崎さんは陽キャグループの一員として別々に話をしていた。


 俺はただの傍観者だ。楽しそうに笑を零しながら話す星崎さんをただただ遠くからチラ見する。恋愛感情は男として勿論あったが、それよりも有名人や芸能人のように遠く離れた世界にいる人を見るような感覚に近かった。


 だから、あの星崎さん自身からあんなぶっ飛んだ話をしてくるとは検討も付かなかったのである。


 ☆☆☆


「すぅー、はぁぁぁー」


 家に慌てて帰宅した俺は呼吸をひたすらに整え、坐禅を組み、目をつぶり……瞑想という名の迷走を頭の中で繰り返していた。

 表上は冷静さをギリギリ保ってはいるが、内心はガラガラに瓦解したガラス細工のように動揺していた。


 勿論、星崎さんの身体………等では無く、星崎さんの告白の答えについて──それ一点のみをただただ深く考える。裸……などと言う邪な心は全て頭の奥深くへ追いやってやった。



 はぁ、どうしようか。

 取り敢えず今日の出来事を簡単にまとめてみよう。


 1、今日はとにかく不運に見舞われていた

 2、そこで担任から雑用を任された

 3、旧校舎の資料室で裸の星崎 千秋を偶然見てしまう

 4、ドロップキック→気絶

 5、責任を取って(結婚を前提に付き合って欲しい!?)


 今考えても非現実的で、ありえない幸運が何重にも折り重なった1日だった。


「っ……」


 精神的疲労で重い溜息を吐きつつ、次に星崎さんについて考えてみる。


 星崎さんは完璧美少女だ。

 容姿端麗であり、文武両道。スタイルも良く、誰にでも優しく隔てなく接することの出来る器の広さもある。更に皆を統率するリーダシップの力や同級生、上級生、下級生、ましてや先生ともすぐに親しくなれるコミュニケーション能力を持っている。たまに天然のところもあってポイントも高い。


 もっともっと……こんな俺でも知ってるような星崎さんの良い所は沢山ある。皆(俺含め)は星崎さんを“好き”で見てるからだ。


 だけど、本音を躊躇いなくぶつけて来る星崎さんを知っているのは俺だけではないだろうか?頬を赤くし、上目遣いで必死にお願いをしてくる星崎さんを知ってるいのは俺だけでは無いのだろうか?星崎さんから運命の告白をされたのも俺が最初で最後になるのでは無いのだろうか?


 俺の中で既にある星崎さんとは少しイメージが違く、俺だけしか知らない俺だけの星崎さんがそこにいた。



 だけれども。

 そんな甘い話、あるのだろうか。

 と、陰キャながらもつい不安に思ってしまう。



 ありえない……ことは無いんだけど。実感が湧かないのは事実。でも、それがもし現実なのならばそんなのチョロイン超えて超チョロインじゃん。

 ……ごほん。まぁ、冗談はさておき。

 考えをまとめよう。



 星崎さんは多分、本気だ。冗談だとか、からかうだとかそういう雰囲気では到底無かった。

 でも、こういうのはもっと慎重に物事を進めないと後々後悔することになるのは明白……なんだけども。


 俺の本音では既に“OK“サインを出していやがる。

 むしろ何故疑う?騙されたら騙されたで、騙されるまで甘い思いをしようよ……と、開き直ってさえいる。


 確かにまぁ、星崎さんと話していると何故か心が安らぐ。懐かしさすらも地味に感じてしまうほどに。

 元々相性が良かったのか?それとも星崎さんの演技力がずば抜けているのか?それは分からない。


 だけど、女子とあまり話せない俺(コミュ障)でも、何となく饒舌に話せる程気を楽に出来たってのは確かだ。



 じゃあ、答え。分かりきってるじゃん。


 ──うっ。でも、そうなんだけど。


 自問自答をひたすらに繰り返し、でもやっぱり結論は出なくて…………ただただ時間は過ぎていく。




 自分の理性が勝るのか、本音が勝るのか。

 決着は突然だった……




「あ、そうじゃん。なんか引っかかってたと思ったらそんなことか。ただただ男としての見栄で意地だったんだ!」


 その言葉に誰も答えることはなく、ただただ虚空へ消えた。だがその言葉はまだ俺の心にぐっと残っていて……信じられないくらいの緊張と覚悟、そして勇気を俺に与え続けてくれた。



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