春よ。春よ。春へ。

エリー.ファー

春よ。春よ。春へ。

 水の流れる音がする。

 朝日の中に僕がいる。

 地球が動いている。

 その上を人が動いている。

 星が動いている。

 人が、動く星を見ている。

 そして、いつか。

 春になるだろう。




 春から始まり、夏の途中で、秋を忘れないように、冬を刻む。

 春が途中から変わり始めている。

 夏は途中だ。

 秋は途中のまま生き続けている。

 冬は途中が最も似合う。

「途中でいいのだ」

「いいのですか」

「怖れるな。途中であることから始まる物語がある」

「狂気が壊れるような気になるのです」

「それで壊れるような狂気なのか」

「失礼をいたしました」




 春を愛していた。

 春が流れ出る冬を見つめることはない。

 僕は、春夏秋冬を感じていた。




 春の夜の夢のように生きている。

 という妄言をたれる。

 僕も、私も、あなたも、誰かも、皆。

 夏の日差しの下のように生きている。

 いや。

 秋の日に公園の中を散歩するように生きている。

 どこまでも歩いて行ける。

 いずれ、誰かの影が視界に映るだろうと思って歩いている。

 けれど。

 どこかで気が付くのだ。

 影がないことに。

 あるのは、木の影、枯葉の影、柵の影、街灯の影、建物の影、雲の影。

 ベンチに座りあたりを見回し、日が暮れることのない場所で影を待つ。

 そして。

 気が付く。

 寂しさと悟りが同居して、僕らを遠くに連れ去ってくれるのである。




 素直にものを言うと、素直ではないと言われる。

 素直というものを、素直に考えられない人間が一定数いるということである。



 春の香りがする公園でホームレスの死体が見つかった。

 死因についてはよく分かっていない。

 もともと、公園の近くの大学で教授をしていたそうだ。

 それ以外の情報は一切ない。

 歯と眼球がなかったそうだ。

 誰かに奪われたのか、自分で抜いてどこかに捨てたのか。

 何も分からない。

 その日を境に、公園は自殺公園と呼ばれるようになった。

 自殺だったかどうか分からないのに、言いきった誰かがいるということだ。

 僕は、その言いきった誰かのことを許せないでいる。

 もうすぐ春が終わる。夏が来て、そのうち皆はホームレスのことを忘れてしまう。

 悲しくなる。

 しかし。

 僕もその中の一人なのだ。




「春を愛していましたか」

「はい」

「何故、春を殺したのですか」

「余りにも、暇だったからです」

「春は、あなたのことを愛していました」

「はい、知っています」

「それでも、殺そうと思ったのは何故ですか」

「余りにも、余りにも。悲しいほどに暇だったのです」

「春は、あなたのことを」

「知っています。理解しています。重々承知しております」

「私は悲しいのです」

「理解しています」

「理解しているなら、何故」

「なんでしょうか」

「何故、殺したのですか」

「しつこい」




 春が過ぎ去ってから、僕たちが生まれた。

 夏の香りがしなければ、僕ではないのだ。

 秋を見失って、僕の影が濃くなった。

 冬の風が心地よいと思った、僕である。




「春ですね」

「そうですねぇ」

「お茶を飲みませんか」

「そうしましょう」

「春の香りのするお茶がいいですね」

「そうですね。こちらで用意いたしましょう。しばらくお待ちください」

「ありがとうございます」

「確か、おせんべいがこのあたりにあったはずです」

「あぁ、いいですねぇ。おせんべい」

「あの、一つよろしいですか」

「なんでしょう」




「ご冥福をお祈り申し上げます」

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