第44話 ウイルスとは

「むっかしーむっかしー、浦島は」

「今日は童謡で来たか」

「助けたカメが外来種~」

「外来種でも助けやればいいだろ」


「竜宮城に来てみれば~」

「それでも竜宮には行くんか」

「誰にも言葉が、通じない」

「外来種だけに、やかましいわ」


「ところで、おにぃ」

「ほいほい」

「なんかネットでね、ウイルスっていったいなにものだと話題に」

「そうなのか」


「コロナとかインフルエンザはウイルスだよね」

「そうだな」

「風邪ってのは、みんなウイルスなの?」

「それは違う」


「うぅ、その辺が良く分からないんだよなぁ」

「風邪ってのは、ウイルスも含めた体調不良の総称だ。原因がウイルスの場合もあるが、細菌もある。ただの冷えということもある」

「細菌って最近聞かないね?」

「やかましいよ。細かいシャレを混ぜんな。聞かないと言ってもなくなったわけじゃないからな。メディアが取り上げなくなっただけだ」


「話を戻すけど、ウイルスってなに? そもそもアレ、生きてるの?」

「そうだな。その前に『生命とはなにか』という話からする必要が」

「わーわーわーわーわー」


「お前が聞いたんだろうが!」

「だって、また長くなりそうな気配があったもの」

「短くまとめるから黙って聞け。どうせヒマだろうが」

「ヒマだけどさ。長く話されてもどうせ覚えていられないから、要点だけちょこっとね?」


「話がいのないやつめ。『生命とはなにか』というのは、人類の歴史が始まって以来ずっと議論してきた命題なんだよ。多くの科学者たちがありとあらゆる説を出しては論破されていった」

「おにぃの大学ってそんな昔からあったっけ?」


「あるわけないだろ! 名大じゃなくて命題だ。真偽判断するための定理という意味だ」

「あ、おせんべい食べようっと」

「そこは分からなくていいから、ちゃんと聞けよ」

「パリ」


「せんべいをかじる音で返事をするなよ。でな、20世紀にある大発見があって、その論争にピリオドが打たれることとなった」

「大発見?」

「そう。遺伝子の発見だ」

「ベイスターズを買収した的な?」


「それはDeNAな。今年も強そうだ……ってそんなことはいい。その遺伝子が発見されたことで『生命とは遺伝子を持つもの』だという定義が構築され、それが広く受けいられるようになった」


「遺伝子があると、生物ってことパリ?」

「そうだパリ。人はもちろん、動物も虫も植物にも遺伝子はあるパリ。しかし、水や石にはないだろ?」

「ないねパリパリ」


「だから……うまいな、このえびせんべいパリ」

「さすが名古屋名物・ゆかりだねパリパリ」

「宣伝乙。その説は一般の人にも受け入れられた」

「分かりやすいもんね。私もそれでいいと思う」


「ところがところが。20世紀も終わりになって、その説をひっくり返すやつが現れた」

「迷惑な。学習させられる身にもなってよねパリ」

「えびせんを食べながら言っても説得力はないが。それがウイルスだ」


「うがっ……ごほごほっごほおごほっごほっ」

「おいおい、大丈夫か。ほれ、水」

「あ。うん、ごほっごほっ。ぐびび、あぁびっくりした。そこでウイルスが出てくるの?」


「ウイルスは不思議ものでな、真空状態にしても死なない」

「ほぇぇ」

「しかも結晶化することができる」

「結晶化ってなに?」

「液体から固体を析出させることな。ウイルスがいる液体を特定の方法で処理すると、固体(粉末状)のウイルスを取り出すことができるんだ」


「そんなもん、生き物じゃない。私ならもう死んでいる」

「ケンシロウかよ。そもそも水に溶けたりしないしな。さらに、ウイルスには代謝というものがない」

「代謝ってご飯食べたり?」

「というより、生命維持活動のことだと思えばいい」


「それ、生きてないじゃん?!」

「科学者たちもそう考えた。こんなものが生命なはずはない。しかし、ウイルスには歴とした遺伝子が存在する」

「それは困った」


「そう、困ったんだ。せっかくまとまった話(生命の定義)が、ウイルスのせいでぶち壊されたんだ」

「ウイルスって空気読めないやつなのね」


「そもそも意志がないと思うが。ということで科学者たちは、『生命とはなにか』の定義を見直す必要に迫られたんだ」

「ふむふむ。その定義とは?」


「まだ確立されたとは言えないが、ひとつの有力な説がある」

「どんな?」

「『生命とは、自己複製するシステムである』って」


「なんだそれ?」

「真空では死ななかったウイルスも、ある条件が揃うと急に増殖を始める。遺伝子をコピーしてるんだよ」

「だから熱が出るのよね」


「熱が出るのは人の免疫によるが、まあそのようなものだ。人が成長するときも遺伝子をコピーしている。あらゆる動物も植物も同じだ。つまり、これならウイルスを『生命』と定義することができる」


「イメージには全然合わないけどなぁ」

「その通り。これは定義のほうを現実に近づけるという試みだ。俺たちが直感で感じる生命とは異なる。だからこれから先、もっと違った分類とか定義が出てくるだろう」


「ようするに、ウイルスは生命ではないということでパリパリ。あ、お茶入れようっと」

「いや、いままでの俺の話聞いてた?!」


 妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!

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